<イベントレポート>高中正義、世界初単独ポップアップストア「SUPER TAKANAKA POP UP! in HARAJUKU」で体感する『虹伝説』の世界

2026年10月26日 / 18:00

 日本を代表するギタリスト・高中正義のポップアップストア「SUPER TAKANAKA POP UP! in HARAJUKU」が東京・原宿の竹下通りにあるUNIVERSAL MUSIC STORE HARAJUKUにて、2026年10月21日より期間限定で開催されている。その前日となる20日にはメディア向けの内覧会およびスペシャル・トーク・イベントが行われた。

 1971年のデビュー以降、サディスティック・ミカ・バンドなどへの参加を経て、ソロ・ギタリストとしてキャリアを重ね、現在に至るまで常に第一線で活躍を続けている高中正義。特にここ数年は全世界でブレイクを果たし、2026年の春にはロンドンのO2 Academy Brixtonでの単独公演を完全ソールドアウトさせるなど、一層注目が集まっている。「SUPER TAKANAKA POP UP!」は、そんな高中のソロデビュー50周年と、1981年3月10日、11日に行われた伝説のライブを収録した『RAINBOW GOBLINS STORY Live at Budokan 1981~虹伝説~』のレコード(3枚組)とCD(2枚組)の発売を記念した、世界で初めての単独ポップアップストアだ。これまでレコードショップなどのコーナーで開催されたポップアップは世界各地で数多くあったものの、ショップそのものを丸々使った開催は今回が初めてとなる。

 「SUPER TAKANAKA POP UP!」の入り口には、1977年に発売された2ndアルバム『TAKANAKA』のジャケット・アートワークが使用されており、鮮やかなブルーの背景に赤いスーツ姿でサンバーストのストラトキャスターを構える高中の姿は、国内外の観光客が行きかう竹下通りでひときわ目立っている。1Fと3Fが展示およびショップとなっており、1Fに入ると左手には高中のトレードマークの1つである「サーフボードギター」のレプリカが鎮座。ほかにも、4thアルバム『BRASILIAN SKIES』(1978年)のビーチ、初期のベスト・アルバム『ALL OF ME』(1979年)のスカイダイビングといった、ジャケット・アートワークが大胆に再現されたフォトスポットも設けられており、遊び心満載なキャプションに従って撮影したくなること間違いなし。壁に並んだライブや作品告知のプロモーション・ポスターも興味深い。サンタクロースに扮したユーモラスな姿など、広告が華やかだった頃の80年代の空気感が伝わってくるところも楽しい。中央の大きなスクリーンでは、1981年に行われたライブ映像から「BLUE LAGOON」「READY TO FLY」など、演奏に没頭する高中の熱いプレイを迫力の画面で観ることができる。壁一面の歴代カラーレコードも鮮やかだ。

 3Fの展示はアルバム『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』の世界観を表現したものとなっており、1981年の武道館ライブフォトのパネル、作品のモチーフになった絵本『THE RAINBOW GOBLINS』(邦題:『虹伝説』/著者:ウル・デ・リコ)に登場する「ゴブリン」のマスク7体のレプリカと、武道館ライブでメンバーのキーボーディスト・小林泉美が実際に着用したレッドゴブリンのマスクも展示されており、なかなかの迫力を放っている。ライブ【虹伝説】のために制作された「YAMAHA SG1000 レインボーギター」のレプリカをはじめ、「1998 YAMAHA SG2000 MT」、「1988 YAMAHA SG-T2」といった高中を象徴するギターが並んでいる。

 「SUPER TAKANAKA POP UP! in HARAJUKU」限定の商品も数多くラインナップ。ジャケットをデザインしたTシャツ、フーディー、バケットハットなどアパレル商品のほか、ジオラマキット、来店日が印字されるオリジナルラベル・ドリンク(烏龍茶/レモンスカッシュ)、ジャケットデザインのステッカーセット、缶バッジのガチャガチャなど、ファンにはたまらないグッズが揃っている。

 内覧会では、『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』(以下『虹伝説』)発表当時のキティ・レコード元マネージャー丸山好信氏と音楽ライター近藤正義氏によるスペシャル・トーク・イベントが行われた。

 丸山氏は80年前後に高中のマネージャーを務めた人物。一方、近藤氏は2004年のアルバム『Surf & Turf』で高中に初めてインタビュー取材を行い、その後何度かツアー前のインタビューをきっかけとして、ツアーパンフレットの制作を15年間担当しており、「おそらく高中さんと一番一緒にいる時間の長いライター」とのこと。丸山氏、近藤氏ともに『RAINBOW GOBLINS STORY Live at Budokan 1981~虹伝説~』でライナーノーツを書いているということで、この日の登壇となった。

 話はまず、丸山氏が高中のマネージャーを務めることとなるレコード会社「キティ・レコード」に入社した経緯からスタート。「当時、若手プロデューサーズユニットのキティグループというのがありまして。キティはまずレーベルでキティ・レコード、それと出版関係でキティ・ミュージック、アーティストのプロダクションとしてキティアーティストがありました。私はそのキティアーティストでマネジメントに携わっておりました。当時のキティは社長の多賀(英典)さんというすごいプロデューサーがいまして、その多賀さんがまだ30代、我々スタッフもみんな20代でスタートしました。私は1980年にキティに入社して同年秋の【Power Play’80】から高中さんのツアー現場に就いて、翌年の【虹伝説】の武道館、その後の【虹伝説】全国10公演ツアー、夏のカルロス・サンタナとの【SUMMER LIVE SUPER SESSION SANTANA/TAKANAKA Concert】全国5公演ツアー、【Power Play’81】、その翌年のアメリカ公演(ロサンゼルスとサンフランシスコ)、その年の夏のナラダ・マイケル・ウォルデン・バンドとの【ギター・ファンタジア~光と音の洪水~】全国3公演ツアー。それまでずっと高中さんについていたような状況です。私も本当にこの業界1年生でスタートしてるんですが、すごく濃厚な時代をみなさんと過ごすことができたという、そういう年代だったなと思っています」と高中と関わることになった当時を振り返った。

 近藤氏によると、【虹伝説】ライブの時期はメンバーが固まったバンド感のある時期だったという。丸山氏は
「アルバム『JOLLY JIVE』が出る頃からが、バンドのメンバーが固まってきた時期だったと思います。それで80年に入って高中さんが非常に売れて、公演もすごく増えてきたときに揃ったメンバーが、まさに【虹伝説】のときのメンバーで、【Power Play’80】の時からのメンバーでもあったと思います。その時のメンバーというのが、ドラマーが宮崎まさひろ、ベースが田中章弘、キーボードが小林泉美と石川清澄、パーカッションが菅原裕紀と木村誠という6人でした。当時のステージで、ギタリストは高中さん1人でした。でもレコードではバッキングをはじめ2本以上のギターが鳴っています。特に、綿密に作り込まれたアルバム『虹伝説』をステージで再現するにあたって、もう1人サイド・ギターを加えてライブでの音を厚くした方が良いのではないか? という感覚が芽生えたのではないかと思いますね。それで、是方(博邦)さんが、その次に行われた5月の【虹伝説】ツアー、全国10か所の公演に参加されていたと思います」と解説。近藤氏が「そのときの是方さんの記憶ではいつ入ったか覚えてないそうですが、今丸山さんからお聞きしますと、3月10日、11日に【虹伝説】の武道館があって、次に5月にそのツアーの全国版が始まるわけですよね。そこにもう是方さんがいたということなんですね」と確認すると、丸山氏は「そうだったと思います。是方さんは【虹伝説】10本の公演を経て、その後に行われたサンタナ・高中の共演に正式なメンバーとして在籍していたような気がするんですね。それはすごくいいことだったんじゃないかなと思っています」と実感を込めた。

 アルバム『虹伝説』の制作について時系列的にまとめたトークでは、丸山氏が当時のスケジュールを振り返った。80年の11月11日から12月22日まで【Power Play’80】が全国28公演あり、「その時期に『虹伝説』のプリプロダクションをどのように行っていたのか。それは非常にすごいことだなと思うんですね。80年が終わり翌年の3月10日、11日の武道館に至るまでに約3か月しかなかったんですけど、その間にレコーディングを全て終えて、武道館の初日にリリースというのは、ギリギリのタイミングだったなと思っていますね」と、当時の高中の多忙ぶりと制作について証言した。

 「つまり、『JOLLY JIVE』の頃から曲は作って温めながら少しずつプリプロを進めてきたと。ご本人から聞いた話ですけど、1曲作り、メンバーを集めて、スタジオでみんな顔を合わせて譜面渡してヘッドアレンジで進めていくと。そういう曲の作り方は『虹伝説』が最後だったと言ってましたね。 その後、いろんな機材の進歩とかもあって、いろんな作り方が可能になってきたわけで」
と近藤氏。丸山氏は「そうですね。当時レコーディングをしている頃というのは、アナログからデジタルへ移行する前夜みたいな時期だったと思います。レコーディングに関して言えば、私もずっとその場にいたんですけども、東京と伊豆にスタジオがありまして、伊豆スタで非常にたくさん録音をやった覚えがあります。高中さんはそれまでも伊豆スタで何曲も曲を作って世に送り出しているんですが、『虹伝説』のレコーディングは非常にタイトなスケジュールの中、差し迫った状況の中で行われていたなというのは私の記憶にあります。ミュージシャンが伊豆まで連日往復で入ってきたりとか、そういうことを繰り返ししていました。プリプロを入れれば1年がかりだったと思うんですが、本チャンのレコーディングは本当に1か月、1か月半あったかないかぐらいでやって、そのマスターテープを持って、当時山梨県にあったポリドールのカッティング工場に車を飛ばしてそれを納入したという思い出があります。その時はレコーディングのエンジニア、アシスタント、私の上司と私の4人で、本当にテープの納品を見届けるまでは終われなかったんです。そこから1か月半ぐらいの間で、何十万枚もプレスされて、武道館の初日にリリースされたという経緯がありました」と、制作からリリースまでの、今では考えられない流れを語った。

 また、ライブへ向けてのゴブリンマスクやマントなどの用意について近藤氏の質問に答えた丸山氏は、マスクについては特殊なメイクアップのアーティストの方に制作を依頼して、イメージに沿ったマスクが出来上がったことや、【虹伝説】のステージは非常に大掛かりなものだったと振り返った。「当時の武道館にこれだけのセットを作るというのはたぶん、当時のコンサート業界ではまだ誰もやっていないことだったと思います。武道館が本当にゴブリンの谷間になって、大きな虹がそこに映し出されるという演出でした。それと、その時にレーザーを導入してるんです。当時、日本ではレーザーを導入する公演はほとんどなかったんですけど、虹伝説の武道館で特殊なレーザーを駆使して公演を行ったというのは非常に大きなことだったと思います。それがきっかけで、翌年のナラダ・マイケル・ウォルデン・バンドとのスタジアムのショーも、それを一段と上回る日本初の七色のレーザーを使って行われたのだと思います」と、【虹伝説】の公演は演出においても画期的な出来事だったことを明かした。

 トークイベントの終盤、近藤氏は「丸山さんがご存知かどうか分からないですけども、高中さんご本人から聞いたお話によると、もともとライブで演奏することが好きではなかったとおっしゃってました。それが楽しいと思えるようになったのが、【Power Play’80】のツアーからだと言ってましたね。ですから、ご本人にとってもすごく意義のある期間だったんじゃないかと思います」と、【虹伝説】の公演に至るまでの高中について代弁した。

 最後は、丸山氏が『虹伝説』の時期について総括。「これはいまだに私が思っていることで、絶対にこれは他のギタリストじゃありえないことだと思うんですけども、高中さんは、なんであんなにメロディアスなものが作れるのかということなんです。すごくテクニカルなんだけども、表現する音楽、メロディーというのはものすごくポップなんですよね。しかも、他と比べ物にならないようなポップなメロディー。それと、高中さんって、全ての楽曲が正確な作曲であり、アドリブじゃないんですよね。全てのフレーズが全部作曲で、その通りにステージでも再現する。全てのアルバムがそうなんですけど、『虹伝説』は特にそういう音で埋め尽くされてると私はずっと感じていますし、そういったギタリストは絶対もういないなと思っています。目に見えていなくても景色が見えるというんですかね。高中さんの作品は、それはもう本当に素晴らしいものだなと思います」と、高中が唯一無二のギタリスト、ミュージシャンであることを伝えた。

さらに、「『虹伝説』は絵本を自分の作曲で音にして、自分がゴブリンに変身してステージに上がるということを武道館に持っていったというのが、素晴らしいものだったと今も思っています。私はその武道館公演を見ていて、まだみんな20代で、こんなに優れた人たちが本当にいるのかと思っていましたし、たぶん観客もそうだったと思います。この人たちと同じ時代を生きられて、本当にみんな幸せだと思ったんじゃないかと、いまだにそう思っています。私が高中さんについた80年は、業界1年生だったんですが、その2、3年の体験のおかげで、今ここにいると思ってます。その体験がなかったら、たぶん今の自分ではいないと思うんです。そのときに得たものが今に至るまで全て自分の中で生かされてる実感があるんです。それはメンバー以外のスタッフの人たちももちろんそうなんですが、高中さんがいなかったらそういう人たちに私は巡り会えなかったと、本当に思っています」と、いかに高中正義との出会いが人生を変えたのかを熱く語った。

Text by 岡本貴之
Photo by 筒浦奨太

◎イベント情報
【SUPER TAKANAKA POP UP! in HARAJUKU】
2026年10月21日(水)~11月1日(日)11:00~20:00(最終入場 19:30)
東京・UNIVERSAL MUSIC STORE HARAJUKU
入場無料


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