<イベントレポート>『劇場という名の星座』小川洋子×井上芳雄が語る、帝国劇場に生きた人々の言葉

2026年5月13日 / 19:00

 帝国劇場の閉館という大きな喪失を経た今、その舞台に込められた記憶と愛情を小説という形で次代に手渡した一冊、『劇場という名の星座』が小川洋子によって著された。本作の刊行を記念するトークイベント【帝国劇場と私】が4月24日、東京・時事通信ホールにて開催。作者の小川と俳優の井上芳雄をゲストに迎え、帝国劇場をめぐる思い出が語られた。

 冒頭では、小川と井上による朗読劇として、舞台が暗転する中、本作の一篇「ホタルさんへの手紙」が披露された。帝劇の舞台に立つ若い俳優の心情を描いたその文章は、井上自身のデビュー当時の言葉を取材で聞き、書き起こされたものだという。「大きなヒントをいただいた」と小川が語ると、井上は苦笑まじりに「畏れ多い」と返した。

 小川は本作の執筆にあたり、案内係、楽屋係、稽古ピアノ、通訳、プロデューサー、エレベーター係など、帝劇に関わる多くの人々への取材を重ねたという。楽屋係に「楽屋を掃除するのはどういう風にされるか」と小川が問うと、「前に楽屋を使っていた俳優さんの気配を消すことです」という返答が来たと紹介。使用している洗剤の種類などが返ってくると予想していた小川は、楽屋係の謙虚な回答に「(洗剤の種類とか)細かいことが小説では大事なのに、それをはるかに超えた(素敵な)お言葉を頂戴した」と振り返った。「決してパンフレットに名前が載らないような方が、いい舞台を作りたいというただ1つの目的のために働いていらっしゃる。そういう黙々と仕事をしている方が本当に大好きだ」とも語り、「あまりに大きすぎて、小説の星座の中に収まり切らない存在だった」と小川が表現したプロデューサーという職業については、帝劇の舞台に携わったプロデューサーの「ズボンの裾がすり切れるほど走り回り、現場で出るトゲをやすりで丸く納めていく仕事」「最悪を予想して、最善を尽くす。悲観主義者であり、楽観主義者でもある」という言葉が印象に残っていると語った。

 トークイベントの中盤では、”プリンス”の舞台を心待ちにする人々を描いた一篇「一枚の未来を手にする」が井上によって朗読され、終了後会場は拍手に包まれた。朗読を聞いた小川は「この日のためにこの小説を書いたんだと思いました」と感激し、井上は「書かれたご本人の前で畏れ多いが、はっきりした言葉となって生々しさを伴って読むということはすごいことだと思いました」と、”文学”にされることへの凄さを語った。

 帝国劇場が初舞台だったという井上は「比べるものを持たない状態でデビューした。今まで当たり前だと思っていたことが全部、帝劇ならではのことだとは知らなかった」と語り、「最初にそれを知れたのは幸せだった。でも今となっては、もうどこにもその空間はない」と続けた。初舞台『エリザベート』でのトート役・山口祐一郎や内野聖陽との幕間の秘話、初主演作『モーツァルト!』でのダブルキャストの挫折と5回の再演を経た成長など、帝劇での思い出が語られた。
 
 「スターとは、一緒にいて楽しくなる人だ」という言葉を取材中に聞いた小川は、「観客からは持って生まれた天才に見えていたけれど、裏では挫折を味わって背水の陣で臨んでいたと聞いて安心した。人間だったんだ」と井上を評した。”スター”がカーテンコールで手を広げるだけで場内を動かすことについて、井上が「舞台が終わって、お客様の熱気がこちらに伝わってきて初めてできる」と語ると、小川は「それはやっぱり『私が』を主語にしない人だからですよね」と語りかけた。「演劇の空間は共犯関係。自分の力は微々たるもの。年々そう思います」という井上の言葉も、本作の主題と響き合っていた。

 終盤には会場からの質問コーナーが設けられ、2人とも帝劇での初観劇は『レ・ミゼラブル』だったと明かした。小川は「汗が飛んでくるような肉体的な感動が舞台にはある」と語り、「登場人物の体温が伝わるような小説を書かなきゃだめなんだと思いました」と、小説と舞台それぞれの感動の違いを語った。作家と俳優の創る者としてのシンパシーを問われた小川は「違う種類の仕事ですけども、生み出すという意味ではシンパシーを感じています。書いていくうちに登場人物が勝手に動き出す。邪魔しないように観察してついていく感じ」と語り、「演劇の神様の前でひざまずくような姿勢が、帝劇に関わる全ての人に共通してあり尊敬しました」と話した。また「ミュージカルは奥が深い。小説家が言葉に書けないことを音楽にしてくれる舞台ですね」とも語った。

 最後に小川は「舞台、ミュージカル、劇場が人生をどんなに豊かにしてくれるか、少しでも伝わると思います。ぜひまた劇場で再会できたら」と語り、井上は「新しい帝劇ができた時に『待ってました』とたくさんの人が来てくださるよう、忘れないでいてほしい」と言葉を結んだ。

 帝国劇場はいま、建て替えのため休館中だ。だが、この日語られた記憶と愛情は、小説という星座のかたちで、確かに次の時代へと受け渡された。

◎書籍情報
『劇場という名の星座』
2026年3月5日(木)発売
著:小川洋子
1,925円(tax in.)

◎イベント情報
【『劇場という名の星座』刊行記念トークイベント「帝国劇場と私」】
2026年4月24日(金)
東京・時事通信ホール


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