<インタビュー>森山直太朗を突き動かす根源とは 主題歌を担当した映画『風のマジム』で流した涙

2025年9月12日 / 18:00

 いまあるものは、過去から受け継いだ実りであり、未来への小さな種――そんなことに気づかせてくれる温かい映画がまたひとつ誕生した。沖縄のサトウキビを使ったラム酒ビジネスを立ち上げ、契約社員から社長へと歩んだ金城祐子の実話をもとにした同名小説を映画化した『風のマジム』。本作は、正社員と契約社員の間にある“薄くも厚い壁”を描きながら、主人公・まじむ(伊藤沙莉)の奮闘を通して、伝統を受け継ぐこと、そして閉じゆく扉と開かれる扉の狭間で踏み出す未来への一歩を描いている。

 主題歌「あの世でね」を歌う森山直太朗もまた、過去と現在、未来をつなぐシンガーのひとりだ。本曲を収録する10月発売のコンセプトアルバムのひとつ、『弓弦葉』(ゆずるは)は継承や限りある命、燃え尽きた先に残るものを追求した作品で、世代交代や譲渡の花言葉を持つ植物・ユズリハが、森山と映画『風のマジム』を不思議な縁で結びつけた。鑑賞中、涙が止まらなかったという森山は、本作から何を受け取ったのだろうか。

――映画『風のマジム』を観て、森山さんはどんなことを感じられましたか?

森山直太朗:すごく変な話なんですけど、映画を観ながらこんなに泣いたことが今までなくて、びっくりしました。自分の向こう側にある本当の心に触れられたような気がして、ずっと涙が止まらなかったんです。嗚咽するくらい、鼻水流しながらひとりで大泣きしてて(笑)。人が涙を流す理由っていろんな時間の積み重ねの果てにあることだと思うので、一言では語れないですけど、きっとこの物語にはそういう力があるんだと思います。

――ご自身では、涙が流れた理由がわかっているんですか?

森山:ううん、わからん。疲れてたのかな(笑)。もしかしたら、自分の中にある「生きていること」の衝動や、大切なものを受け継いでいきたいっていう気持ちがあるからなのかもしれないですね。映画の中で尚玄さん演じる、まじむの上司が「何かを作り出してしまった者は足を止めることはできない」というようなことを言っていましたが、自分も抑えられない衝動があるので、すごく共感しました。(原作者の)原田マハさんもそうだと思いますが、自分たちは誰かに頼まれているわけではありません。衝動の先にある、自分の価値や生まれて死んでいく自分の答えみたいなものを描きたくて書いている。そういう意味でも、社会的な不条理がある中でまっすぐに突き進むまじむの姿が本当にかっこよかったです。正直でいることってほんと難しいから。

――森山さんはフォークや叙情溢れる日本語といった伝来あるものを極め続けていて、ここ数年はお父様と向き合う時間もあったからこそ、現在の森山さんがいると思います。次へ繋げていく役目も意識されながら活動されていると思うので、この映画は森山さんの活動とも非常に通じるものがあるように思えました。

森山:僕たち人間って生と死を繰り返していて、言ってしまえば途中入場・途中退場じゃないですか。次の世代の人たち、自分の思いを受け継いでくれるたちに襷を渡して、晴れて退場です。『弓弦葉』はまさにそれがテーマです。架空の古道具屋でかかっている架空のアルバムをコンセプトに作りました。ある日、辞書をひいたら、弓に弦に葉と書いて“ゆずるは”という言葉があって。ピアノとチェロとギターと自分の歌声だけでアルバムを作ろうと決めていたので、この言葉を見つけた時は「なんじゃこりゃ!」って思うくらい不思議な出会いでした。ユズリハという植物の古語らしくて、春に咲く新芽を待って、芽生えたことを確認してから実を落とす習性があり、人間の世界とも通ずるなって思ったんです。「自分は自分らしく生きられた」「自分にある突き抜けた思いを誰かが受け取ってくれるかもしれない」ってことを確認して安心して、この世を去ることができるんじゃないかと。

まじむの未来に何が待ち受けているかわからないけど、おばあ(高畑淳子)はきっと安心してまじむに襷を渡せられるんじゃないかな。おばあもいつかは途中退場するわけで、まじむはその思いを受け継いで新しい花を咲かせていく。それはアルバムのコンセプトにもすごく通ずるというか、それが当たり前の循環なんだよな。その当たり前を感じられないくらい忙殺される毎日だし、世界は物事の価値をそれとはまた違うところで見出すから、この映画を観て俺が涙したように、観る方々にも同じように感じてもらえたらいいな。

――今では珍しい手紙を送るシーンが、「あの世でね」の〈離れているなら手紙でね〉という歌詞と重なって印象的でした。おばあと母(富田靖子)、まじむが順にこの曲をハミングする冒頭のシーンは、音が代々受け継がれていくさまでもあったのかと。

森山:芳賀薫監督からは、「あの世でね」を主題歌だけじゃなく映画の中でも使いたいということと、この曲を近くに感じながら撮影したいということを事前に聞いていました。撮影中とかクランクアップしてから楽曲を頼まれることが多いのですが、今回はクランクイン前からこの曲をシェアしていて、それはかなり珍しいことでしたね。そういう意味でも、すごく誠実な作りをされているチームだと思います。

――監督が沖縄で耳にした音楽の多くがアメリカンミュージックだったようで、それで「あの世でね」もブルーグラスの仕上がりになったのでしょうか?

森山:この曲自体は最初、弾き語りバージョンだったんです。でも、アメリカンな原風景があったのと、前向きな気持ちで終わりを迎えたいという監督の希望を聞いて、エンディングはそっちに寄せたほうがいいかなと思って別バージョンを作りました。でも、タイトルは「あの世でね」っていう、ちょっとした違和感は残してて。曲が持つ土着的な世界観と沖縄にある民族的な世界観が合った気がします。

あと、高田漣君の音楽も素晴らしかったです。僕は昔から漣君と付き合いがあって、この映画で漣君と一緒になると知った時は、クラス替えしたら一番仲のいい友達と同じクラスになった、みたいな気分でした。漣君とカントリー&ウエスタンとかブルーグラスの世界観を6年前に一緒に作り上げた過去があって、10日ぐらい前に漣君に会った時も「『あの世でね』を聴いて自分も感化された」って言ってたから、僕はもう2人で一緒に作ったような気持ちでいます。そう思わせてくれる漣君の寄り添う音楽も必聴です。

――先にアルバム2作品を聴かせていただきましたが、素晴らしい作品でした。ライブではそれぞれのコンセプトに分けて行うようで、とても興味深いです。どんなライブになりそうですか?

森山:『Yeeeehaaaaw』は無条件に心身が解放されていくような音楽で、『弓弦葉』はとても個人的で闇の向こうにあるほのかな光に手をかざすような内省的な作品です。2つの異なるアルバムを引っさげて、異なる公演を全国でやるわけなんですが、どちらにも少しシアトリカルな部分を組み込んで、舞台を通して、人種とか性別、世代、概念の垣根を越えるものをお届けしようかと。両方を見てもらって初めて完成する気もしていますが、当然好き嫌いもあると思いますし、どちらかだけでも十分に楽しめるツアーにするので、ぜひいらしていただきたいですね。

Text by Mariko Ikitake
Photos by Yuma Totsuka

◎公開情報
『風のマジム』
全国公開中
原作:原田マハ『風のマジム』(講談社文庫)
監督:芳賀薫
出演:伊藤沙莉、染谷将太、尚玄、シシド・カフカ、眞島秀和、肥後克広、滝藤賢一、富田靖子、高畑淳子ほか
主題歌:森山直太朗「あの世でね」(ユニバーサル ミュージック)
製作・配給:コギトワークス
共同配給:S・D・P

◎リリース情報
森山直太朗『弓弦葉』『Yeeeehaaaaw』
2025/10/17 RELEASE


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