<ライブレポート>薬師丸ひろ子×武部聡志、珠玉の名曲たちがオーケストラと共に新たな景色へ

2024年7月12日 / 18:00

 薬師丸ひろ子の初のオーケストラコンサート【薬師丸ひろ子 Premium Orchestra Concert ~ produced by 武部聡志】が、6月11日東京文化会館大ホールを皮切りに18日兵庫県立芸術文化センターKOBELCOホール、30日Bunkamuraオーチャードホールで行われた。

 東京での2公演を観たが、深みと同時にさらに瑞々しさを増した薬師丸の歌が胸に迫ってきた。楽曲のオリジナルアレンジを最大限に、彼女の声を存分に生かした、若きマエストロ・岩城直也の手によるオーケストラアレンジの素晴らしさ。岩城率いる若手中心のNaoya Iwaki Pops Orchestra(NIPO※兵庫公演はNIPO×大阪交響楽団)はダイナミックかつ繊細で白眉の演奏だった。そして薬師丸と若き才能の出会いを演出し、新たな感動を作り出した武部聡志のプロデュース――全てが有機的に響き合い、美しい120分間だった。

 東京文化会館はクラシックの殿堂と呼ばれる由緒正しいホール。客席にも少し緊張感が漂っている。オーケストラのコンサートマスター・大槻桃斗が大きな拍手に迎えられ登場する。拍手の響き方も他のホールとは違う空間であることを感じたお客さんもいたはずだ。そして指揮の岩城直也が登場し、まずはオーケストラの演奏で「Overture」から。「Woman“Wの悲劇”より」「窓」「メイン・テーマ」「元気を出して」「セーラー服と機関銃」の印象的なフレーズがメドレーとして編まれ、岩城の情熱的な指揮に導かれてNIPOが圧巻の演奏で魅せる。早くも胸が熱くなる。このコンサートがどんな雰囲気の、色の、肌触りのものになるのか客席の期待はますます高まる。

 武部聡志、薬師丸ひろ子が登場し「探偵物語」からスタート。ゴージャスかつ上品なアレンジと演奏に乗せ、しなやかな歌声が会場の隅々にまで届く。ふと、このアレンジと演奏の感想を大瀧詠一(作曲)に聞いてみたいと思った。それほど大瀧メロディが原曲とはまた違った表情で歌と相まって、新しい世界を作り上げていた。

 薬師丸は「最初にこのお話をいただいた時、私にできるのだろうかと思いました。でも武部さんがプロデュースしてくださるという安心感と、以前岩城さんのアレンジで『探偵物語』を歌わせていただいた時とても感動して、武部さんと岩城さんと一緒ならできるかもしれない、やってみたいと思いました」と、このステージに立つまでの思いを語った。武部は「僕にとって薬師丸さんとのこのコンサートは夢だった。名曲が新しい息吹を注ぎ込まれてどう生まれ変わるのか楽しみでした。オーケストラのフレッシュで若々しい響きを楽しんでください」と語った。武部はこれまで薬師丸の作品を27曲アレンジしてきた。その中から「あなたを・もっと・知りたくて」(作詞・松本隆/作曲・筒美京平)と「ステキな恋の忘れ方」(作詞曲・井上陽水)を披露。

 「あなたを~」はポップスオーケストラらしくカホンでリズムを作り、聴き慣れたイントロが劇的に変化し、ポップでキュートなアレンジと伸びやかな歌が多幸感を感じさせてくれる。「ステキ~」はタンゴ調のアレンジが施され、厚いストリングスと情熱的な歌で新たな世界へいざなってくれた。「拍手がよく響いて、皆さんの温かい気持ちが伝わってきます」と会場の響きの良さを薬師丸も感じていた。そして「今まで歌い続けてきた歌に、新しい命が吹き込まれました。リハから感動しています」と、感無量の様子で語っていた。公演前のインタビューで武部が「横綱クラスの名曲達にキラキラした新しい色彩を加え、皆さんにお届けしたい」と、このコンサートの見どころを教えてくれたが、客席も既に大きな感動を共有していた。

 「元気を出して」を披露する前には、この曲のコーラスアレンジを手がけた山下達郎とのレコーディング秘話も紹介。ハープがイントロを奏でた後は、チェロ、ピアノが重なっていくというシンプルで温かなアレンジ。優しく一人ひとりに語りかけているように歌う。その声と表現力を最大限引き立てる演奏。間奏では指揮の岩城が鍵盤ハーモニカを演奏した。そしてラストのコーラス部分は、清々しい声が全ての人を包み込むような温もりを伝えてくれた。60人の音と3人だけの音、緩急をつけたアレンジがインパクトを与える。

 オーチャードホール公演では薬師丸が岩城に「武部さんがアレンジした曲を、新たにアレンジするというのはどんな気持ちでしたか?」と突っ込んだ質問を投げかけると岩城は「初めて武部さんの前で披露した時は冷や汗をかいた」と語り、客席に笑いが起こる。今回は3公演だが武部、岩城とはもちろんオーケストラともしっかりコミュニケーションを取り、短い期間の中で更新を重ね、ファイナルのオーチャードホール公演ではその演奏と歌のアンサンブル、一体感が豊潤にそしてさらに強固になっていた。これが最後だなんてもったいないと心から思った。

 今年1月にリリースしたアルバム『Tree』でボーイソプラノユニット・LIBERAとコラボした「きみとわたしのうた」は、清々しいメロディと温かい愛のメッセージを伝える歌と、壮大なアレンジ、音がひとつになって心に響いてくる。

 1部ラストは「若い頃から嬉しい時、哀しい時、いつも音楽を聴いて励まされた。そしてそんな曲達をたくさんカバーしてきました」といつも寄り添ってくれた楽曲の中から「時代」(作詞曲・中島みゆき)を披露。冒頭、マイクを離しアカペラで歌い、凛とした張りのある歌声が空間の空気を揺らし、響き渡る。途中からオーケストラの雄大な音が加わり、さらに薬師丸の歌が奥行きを加える。スケール感と切なさを湛える世界に、誰もが引きこまれていく。ステージに割れんばかりの拍手が贈られる。

 2部の「A LOVER’S CONCERTO」はオーケストラの優雅でダイナミックな音でスタート。薬師丸が登場し華やかでキュートな歌が重なる。松本隆がプロデュースを手がけたアルバム『花図鑑』(1986年)に収録されている「花のささやき」は、あまりコンサートでは披露されないレア曲。モーツァルトの「ピアノ協奏曲第23番第2楽章」に松本が歌詞をつけた作品で、この日は1番をオーケストラが原曲を演奏し、2番から歌唱するというクラシックコンサートならではの演出だ。薬師丸の歌と一緒に歌っているような武部のピアノが印象的だった。インタビューで武部は彼女の声を「鈴を転がすような声」と評していたが、「このコンサートが始まって“天から降ってくるような声”に変わった」と、オーチャードホール公演では、40年を超えてさらに進化した彼女の声を絶賛していた。その“天から降ってくるような声”を、オーケストラと武部のピアノの音が光となって包み込んでいるようなコンサートだった。

 そして武部が「この曲のイントロを聴いて(岩城に)負けたと思った」という「夢で逢えたら」は、ゴージャスで煌びやかなイントロが眩しいくらいで、「“ドリーミー”がテーマ。1940~50年代の洋楽が好きでその要素をたくさん散りばめた」と岩城が語っていたように、ディズニー映画のような華やかさ、キラキラ感溢れるアレンジを作り上げていた。岩城とアイコンタクトを交わしながら歌う薬師丸。ラストは美しいハイトーンで締めた。

 武部がアレンジした曲で日本中の誰もが知っているが、コンサートではほとんど披露する機会がないというレア曲「ハードデイズ ラグ」 を1コーラスだけ披露。この曲のアウトロ部分が、かつてフジテレビで放送されていた番組の中で、サイコロを投げる際のBGMとして使われていた。客席全員が心の中で大きく納得していた。そしてここからは薬師丸が「演じて歌ってきた」主演を務めた映画の主題歌=名曲が次々と投下される。

 「紳士同盟」の原曲は武部のアレンジだ。オーケストラサウンドが映える曲。マーチング調のアレンジと“キメ”がピタッと決まるサウンド、美しい佇まいの声がブレンドされ、客席が前のめりになっていくのが伝わってくる。おなじみの〈なんてね〉のフレーズもまた違った表情で伝わる。そしてそのまま「メイン・テーマ」へ。弦とピアノが深いイントロを作りダイナミックな演奏が生まれ、その中で薬師丸の歌の透明感がひと際光る。還暦を迎えてもなおその声の瑞々しさと透明度は増している。

 本編ラストは「セーラー服と機関銃」。カホンがリズムを作り、岩城の大きなアクションに導かれ圧巻の弦がグルーヴを生む。疾走感の中で溌剌とした豊潤な歌が、どこまでも伸びていくようだ。心が高揚するサウンドと歌が熱を生む。

 カーテンコールは鳴りやまず、アンコールの1曲目は自身が作詞した「アナタノコトバ」だ。昔、仕事で悩んだ時に海外のメンタルクリニックに行き、言われた言葉は「考えるな。あなたはこの仕事が好きなんだ」というエピソードを披露すると笑いが起きる。そんな経験も踏まえてしたためた歌詞だ。誰かと支え合いながら希望を持って「今日を良く生きよう」という歌詞を、親しみを感じるメロディと共に届ける。伸やかな声とオーガニックなアンサンブルがひとつになり大きな感動を生んだ。

 カーテンコールはまだ止まず、ラストは名曲「Woman“Wの悲劇”より」だ。静寂の中、細い光が射しこんでくるような一本の弦の音から始まり、切々と歌う薬師丸の歌がどこまでもせつない。徐々にダイナミックになっていく音。岩城の大きなアクションの指揮に応え、オーケストラがサビのカタルシスを連れてくる。彼女の情感が溢れながらも透明感を失わない歌に感情が大きく揺さぶられる。涙を流しながら聴いている人も多かった。松本隆の〈時の河を渡る船にオールはない 流されてく〉という名フレーズと、松任谷由実の繊細かつスケールの大きなメロディは、40年経っても色褪せないどころか輝きを増している。まさに名演だった。

 ピアノをまるで歌うように幸せそうに演奏する武部と、若い感性で名曲を斬新なアレンジで彩った岩城、その二人とアイコンタクトを取り歌う薬師丸も幸せそうだった。そしてNIPOが奏でる音も幸せを感じさせてくれた。公演後にSNSを覗くと、会場に足を運んだファンの「感動した」という声が多く飛び交い、誰もが再演を望むコンサートであった。

text:田中久勝 
photo:田中聖太郎


◎公演情報 ※終演
【billboard classics「薬師丸ひろ子 Premium Orchestra Concert」~ produced by 武部聡志】
2024年6月11日(火)東京・東京文化会館 大ホール OPEN 17:30/START 18:30
2024年6月18日(火)兵庫・兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール OPEN 17:45/START 18:30
2024年6月30日(日)東京・Bunkamuraオーチャードホール OPEN 16:00/START 17:00

出演:薬師丸ひろ子
ピアノ:武部聡志
指揮・編曲:岩城直也

管弦楽:
【東京】Naoya Iwaki Pops Orchestra(NIPO)
【兵庫】NIPO×大阪交響楽団

公演公式サイト

https://billboard-cc.com/yakushimaruXtakebe


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