中村雅俊の歌手キャリアのスタート作『ふれあい』にアーティストとしての懐の深さはすでに備わっていた

2024年1月10日 / 18:00

1974年7月1日にシングル「ふれあい」で歌手デビューし、今年デビュー50周年を迎える中村雅俊。現在、特設サイトにて、50周年記念のベストアルバムへのリスエストを募集している。300を優に超える氏の楽曲の中から、“これぞ中村雅俊!”と思う楽曲を3曲まで投票できるというもの。リクエストした楽曲のメッセージやエピソードも併せて募集しており、こちらはWebサイトなどでも紹介される予定だとか。2月11日まで開催しているとのことなので、気になる人は訪れてみてはいかがだろうか。今週はそんな中村雅俊のアルバムを紹介。デビュー曲も収録された『ふれあい』である。
多彩な作家とのコラボ

 歌手・中村雅俊は偉大である。これは改めて喧伝すべきことだろう。ファンのみなさんは“何を今さら失礼なことを…”と思っていらっしゃるだろうが、非礼は承知。氏のデビュー50周年をより盛大にお祝いする意味でも、その偉大さをことさらに広める意義は十分にあるのではないかと思うのである。中村雅俊は1974年のデビュー以来、現在まで24枚のオリジナルアルバム、300を超える楽曲を発表してきた。その事実だけでも十二分に氏のすごさが分かろうというものだが、歌手・中村雅俊の偉大さは楽曲を手掛けた作家陣にも見出すことができる。それもまたファンのみなさんにとっては今さら…な話になろうが、氏の足跡を振り返る意味でもまとめてみたい。以下、主だったシングルナンバーをその作詞者、作曲者とともに列挙してみよう。

1st「ふれあい」(1974年) 作詞:山川啓介/作曲:いずみたく

3rd「いつか街で会ったなら」(1975年) 作詞/作曲:吉田拓郎

4th「俺たちの旅」(1975年) 作詞/作曲:小椋佳

8th「青春試考」(1978年) 作詞:松本隆/作曲:吉田拓郎

9th「時代遅れの恋人たち」(1978年) 作詞:山川啓介/作曲:筒美京平

10th「日時計」(1979年) 作詞/作曲:呉田軽穂

11th「激しさは愛」(1979年) 作詞/作曲:円広志

15th「心の色」(1981年) 作詞:大津あきら/作曲:木森敏之

17th「恋人も濡れる街角」(1982年) 作詞/作曲:桑田佳祐

19th「瞬間の愛」(1983年) 作詞:三浦徳子/作曲:平尾昌晃

21st「パズル・ナイト」(1984年) 作詞:秋元康/作曲:林哲司

23rd「日付変更線」(1985年) 作詞:阿久悠/作曲:タケカワユキヒデ

24th「想い出のクリフサイド・ホテル」(1986年) 作詞:売野雅勇/作曲:鈴木キサブロー

27th「さよならが言えなくて」(1987年) 作詞/作曲:高見沢俊彦

31st「あなたにあげたい愛がある」(1989年) 作詞:大津あきら/作曲:NOBODY

35th「風の住む町」(1990年) 作詞/作曲:飛鳥涼

38th「ほんとうに愛ができること」(1993年) 作詞:松井五郎/作曲:根本要

39th「迷いながら」(1994年) 作詞/作曲:米米CLUB

43rd「小さな祈り」(1998年) 作詞/作曲:小田和正

47th「虹の少女」(2002年) 作詞/作曲:曽我部恵一

48th「立ち上がれ」(2003年)作詞:後藤貴光/作曲:FOOT STAMP

49th「空蝉」(2005年)作詞:一青窈/作曲:マシコタツロウ

50th「コスモス」(2007年) 作詞/作曲:松本素生

以上はシングル表題曲だが、10th「日時計」のC/W「優しさの街角」の作曲に尾崎亜美、26th「もう一度抱きたい」(1987年)のC/W「想い出と呼ばないで」と35th「風の住む町」のC/W「ONE MORE HEART」それぞれの作曲者に織田哲郎の名前を見つけることができる。ほとんど昭和、平成の歌謡史を見ているかのような陣容である。歌謡曲の大家だけでなく、ヒット曲「恋人も濡れる街角」の桑田佳祐を始め、呉田軽穂(言うまでもなく、松任谷由実のペンネーム)、円広志といった1970年代のロック、ポップス勢の起用はよく知られるところだろう。

個人的に注目したのは1990年以降。飛鳥涼、根本要、米米CLUB、小田和正という確変に突入したかのように有名アーティストが登場していることもさることながら、曽我部恵一、FOOT STAMP、松本素生という面子である。20歳も齢の離れたアーティストから楽曲提供を受けている。アルバムではなく、シングルのタイトル曲なのだから、これは挑戦的なことだったと今になっても思う。聴いてみると、それぞれに作曲者の個性が発揮されているものばかり…というか(「立ち上がれ」はFOOT STAMP楽曲のカバーなので、それは当然として)、作家の灰汁みたいなものをあえて注入しているものばかりで、そこにはちょっと驚いた。歌手・中村雅俊の懐の深さを如何なく感じられるところである。これを偉大と言わず何と言おう。
歌手活動への思い入れ

『ふれあい』はそんな中村雅俊のデビューアルバム。その約4カ月前にリリースされたデビューシングル「ふれあい」の大ヒットを受けて発表されたものであろう。アルバムタイトルはそこから取られたものであることは間違いない。シングル「ふれあい」はデビューシングルながらチャート1位を獲得…どころか10週連続1位となり、1974年の年間チャートでも4位に入った。大ヒットを超えた特大ヒットと言っていい。中村雅俊主演ドラマ『われら青春!』の劇中で使用されたことがヒットのきっかけだったが、聞けば、全22話だった同ドラマの中盤以降、何度か使われただけだったというから、視聴者にとって相当に印象に残ったのだったのだろう。何でもドラマは[視聴率的には伸び悩み、7月に入って発売された『ふれあい』の大ヒットも番組継続のための原動力となることはなく、放映開始から半年で終了することとなった]という([]はWikipediaからの引用。原文ママ)。事の真偽は分からないけれど、「ふれあい」のインパクトが余程強かったことが推測できるし、楽曲がドラマを超えて独り歩きしたことを伺わせる記述ではある。

アルバム『ふれあい』は、シングルヒットを受けて急きょ制作されたと見ることもできるし、ドラマでの披露→シングルリリース→アルバム発表と予定通りに進行したとも受け取れる。約4カ月間のインターバルというのが何とも微妙なところで、今なら完全に後者――つまり、そんなに早くアルバムが制作できるわけもなく、シングルの特大ヒットまでは想像してなかったにせよ、言わば既定路線だったと見るのが素直ではあろう。しかし、時は昭和である。中村雅俊ご本人も当時は“昨日は俳優、今日は歌手”といった状態で、明日の予定も分からないほどだったと述懐していたそうだから、急きょアルバム制作に至った可能性も十二分にある。この辺は当時の関係者に伺ってみないと分からないところではあるが、個人的には、ドラマでの披露→シングルリリースまでは既定路線で、アルバム制作までは想定していなかったのではないかと見る。

というのも、こんなエピソードがある。「ふれあい」以前、すでに中村雅俊には歌手デビューの話があったという。氏が大学在学中のことである。「別れの劇」というタイトルの楽曲をレコーディング。レコード会社に持ち込んだものの、ことごとくNGをくらったそうで、終ぞ陽の目を浴びることはなかったというのだ。「別れの劇」はのちに「ウイスキーの小瓶」とタイトルを変え、その作者であるシンガーソングライター、みなみらんぼうのデビュー曲となったので、完全にお蔵入りしたわけでもなかったのだが、ご本人は歌手デビューできなかったことにはだいぶ凹んだようだ。じくじたる思いがあったかもしれない。それが即ち、のちの歌手活動の原動力になった…とは言わないまでも、まったく影響がなかったとは言えないだろう。

ちなみに「ふれあい」のドラマでの初披露は1974年6月30日の第13話においてだったという。シングルリリースは1974年7月1日である。プロモーションもお見事だった。この辺も、歌手・中村雅俊を上手にランディングさせるための戦略だったと見ることができる。この奏功もあって、「ふれあい」は想像以上の特大ヒット。そのため、アルバムを急きょ前倒しした…というのが筆者の見方だ。まぁ、その事実はともかく、すでに俳優としてデビューしていたにもかかわらず、歌手活動に対しても相当に力が入っていたことがよく分かるでは話ではあろう。
デビュー作から気鋭の作家を起用

さて、肝心のアルバム『ふれあい』であるが、シングル「ふれあい」の憂いを秘めたメロディーから作品全体を想像すると、若干意表を突かれる内容かと思う。どちらかと言えば、冒頭で述べたような、ここまでの中村雅俊のシングルナンバーのようなバラエティさを想像してもらったほうがいいかもしれない。さすがに全12曲それぞれにライターが異なりはしないけれど、作詞家は中村氏本人を含めて5名、作曲家は8名と、十分に多彩である。「ふれあい」を手掛けたいずみたく作曲のナンバーはその「ふれあい」1曲と、アルバムでは少数派(?)。その代わりに…というのも変だが、作曲陣で目立つのは、GSを経てロックバンドのメンバーとなった面々である。ザ・ハプニングス・フォーのクニ河内。ザ・ゴールデン・カップス→ゴダイゴのミッキー吉野。ジ・アウトロウズ~ザ・ビーバーズ→フラワーズ~フラワー・トラベリン・バンド~トランザムの石間秀機。河内がM1「白い寫眞館」とM4「田舎教師」、吉野がM3「夏の終り」とM8「デンマーク農場」、石間がM2「笑うがいいさ」を手掛けている。

やわらかなメロディーがドラマチックに展開するM1と、ファンキーなロックチューンのM4。M3は和テイストの中にオリエンタルな雰囲気も漂わせ、M8は“デンマーク”とは名ばかりのソウルフルでアメリカンな楽曲。M2では若干トーキングスタイルの入ったブルージーなナンバーを聴かせている。どちらかと言えば、フォーキーな印象ではあった「ふれあい」とはタイプが異なるものばかりである。子供の頃からGSや洋楽が好きだったという氏にとってはこちらのほうが性に合ったのかもしれない。演奏はリズムセクションを石間が加入していたトランザムが、シンセサイザーとメロトロンをミッキー吉野が担当しており、歌詞の内容はともかくとして、メロディーを活かすアレンジが取られているのは間違いがない。M2のサイケデリックな感じもいいし、M8の派手のホーンセクションも躍動感がある。

さらに注目したのは、M5「想い出のかたすみに」とM9「俺の地方の子守唄」。M5は作曲がブルース・バウアー、M9は泉つとむの作曲である。まずM9から行くと、泉つとむは1973年デビューのプログレッシブロックバンド、コスモスファクトリーのヴォーカル兼キーボードを務めていた人物。筆者は不勉強なことにこれまでコスモスファクトリーを存じ上げなかったのであるが、この度、気になって聴いてみたら、そのカッコ良いサウンドに軽くぶっ飛んだ。今も海外で評価が高いという話にもまったくうなずけるクオリティーである(コスモスファクトリーの楽曲がQuentin Tarantinoの映画『キル・ビル』で使用されたというのはホント?)。M9では作曲のみの参加だが、この時期の中村雅俊も、言わば気鋭のバンドマンを自らのチームに引っ張ってきており、ここからも、冒頭で述べた氏の挑戦的なスタンスが垣間見えるのではなかろうか。

M5のブルース・バウアーはおそらく、1973年にミッキー・カーチスのプロデュースによりアルバム『KIDS members of nature’s revival』を発売したシンガーソングライター、Bruce Bauerのことではないかと思う。“おそらく”というのはこのBruce Bauerの情報がほとんどないからで、筆者が探し得た情報は、もしかすると正確なものではないかもしれないので、お取り扱いにはご注意いただければと思う(もしくは筆者が勉強不足なだけかもしれないので、先に謝っておく、すみません)。Bruce Bauer はSilk Taylorという名前で米国でも活動していた人らしく、日本を観光で訪れた際、何故かは分からないが片言の日本語で「ブルースのメニュー」というシングルを作ったという。アルバム『KIDS~』には「I Love Rock ‘n’ Roll」の作者としても知られるAlan Merrillも参加しており、シングル、アルバムともに今も一部好事家の間で喜ばれる代物らしい。想像するに1973年のある時期だけ話題になったアーティストであったのだろう。M5での、ややメランコリックところからサビで劇的に開放的になる展開を聴く限り、即に言う“際物”などではなく、メロディーメーカーとしてはそれなりに才のあった人物であったようには思う。メロディー展開、歌詞に呼応した大仰なサウンドもだいぶ面白い。それよりも何よりも、アルバムとは言え、こうした米国人シンガーソングライターの書いたナンバーを収録した中村雅俊及びスタッフは、やはり懐が深くて大きかったと言わざると得ない。言うまでもなく偉大なるアーティストである。
TEXT:帆苅智之
アルバム『ふれあい』
1974年発表作品

<収録曲>

1.白い寫眞館

2.笑うがいいさ

3.夏の終り

4.田舎教師

5.想い出のかたすみに

6.ふれあい

7.夜行列車

8.デンマーク農場

9.俺の地方の子守唄

10.トン・トン五月の風が

11.空は悲しみをたたえ


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