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エクスペリメンタルロック、と唐突に言われて、どんな音楽なのかあなたはイメージできますか? この機会に何人かの同世代(シニア)に聞いてみたが、誰も知らなかった。という結果から判断してもピンと来る方はまだまだ少ないのかもしれないが、これも世代間ギャップ? 「エクスペリメンタル=実験的な」という意味に解せられるわけだが、別の言い方だと「アヴァンギャルド」で、これはもう少し分かりやすいか。それが半世紀前ぐらいだと、全部ひっくるめてプログレッシブ(略してプログレ)枠で片付けていたような気がする。
このエクスペリメンタルロックについては以前、当コラムでこのジャンルを代表するバンドとして「ヘンリー・カウ」を紹介する際に解説されているのでぜひお読みいただきたい。
定義づけするのも難しいとは思うが、要するにエクスペリメンタルロック(Experimental rock)は通常のポピュラー音楽の形式をあえて逸脱し、メロディー、リズムパターン、さらには楽器形態も既存のスタイルにとらわれず、独自のものを模索したロック、あるいはバンドといえばいいだろうか。数あるプログレッシヴ・ロックの中でも超メジャー級のイエスやEL&P(エマーソン・レイク&パーマー)、キング・クリムゾンなどのバンドがあくまでエレキギター、ベース、キーボード、シンセサイザー、ドラムといったロックミュージックで用いられる楽器編成で、メロディーアスで叙情的、ロックらしいダイナミズムを活かした音楽を展開したのに対し、エクスペリメンタルロックとして紹介されるバンドはクラシック音楽で使われる楽器を多用していたりする。特異な例で言えば、80年代に活躍したドイツのノイズ、インダストリアル系ロックバンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンなどのように電動ノコギリや建設用機材を用いて演奏するバンドもあった。
で、今回ご紹介するのもエエクスペリメンタルロックを代表するバンドとされるサード・イアー・バンドの『天と地、火と水(原題:Third Ear Band (a.k.a. Elements))』(‘70)で、彼らの2作目となるアルバムだ。
ピンク・フロイドがいた “プログレ”レーベル 『ハーヴェスト』からデビュー
このハーヴェスト・レコードはEMI傘下のプログレの専門部署みたいなレーベルだった。ソフト・マシーン、ケヴィン・エアーズ、ELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ まだ売れていなかった時期…)、ロイ・ウッド&ウィザード、クォーターマスといった玄人受けするバンド、アーティストがいるかと思えば、とにかく大看板はあのピンク・フロイドだった(各メンバーのソロ、そしてシド・バレットも)。そして、レーベルはフロイドの『原子心母(原題:Atom Heart Mother)』(‘70)の世界的なヒットによってそれまで特異なバンドの溜まり場のようだったインディーズ然としたレーベルの運営が盤石なものになる。ちなみにリチャード・ブランソン率いるヴァージンレコードがマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ(原題:Tubular Bells)』(‘73)を引っ提げて登場するまで、プログレ、アヴァンギャルドと言えば『ハーヴェスト』の専売特許、専門店みたいなものだったのである。そこにサード・イアー・バンドも所属していたのだが、彼らはロック界で最も謎めいたバンドのひとつとされ、レーベル内でも浮いた存在だったのではないか。当時、日本盤も出ているからライナーノーツも付いていたのだと思うが、どんな風に紹介されていたのだろう。70年代半ばになっても『ミュージック・ライフ』のような雑誌に記事が出るわけでもなく、バンドの写真さえ見た覚えがなかったほどで、彼らはとにかく謎のバンドだった。ファースト作のタイトルが『錬金術(原題:Alchemy )』だったせいで、どこか黒魔術的なイメージがつけられた。2作目となる本作が『天と地、火と水』とこれまた意味深なもの、3作目となった映画『マクベス』のサントラ盤(『Music from Macbeth(原題:Music from Macbeth)』)の裏面に使われていた写真が不吉なイメージ…。そういったことも重なって、得体の知れないイメージがひとり歩きしていた。
どのようなメンバーで、どんなふうにバンドはスタートしたのか、近年になるまで何も伝わってこなかったのだが、インターネットの時代になって、バンドの画像の他に、動画サイトに演奏風景までが紹介されるようになり、いかにも70年前後のロックバンド然としたロングヘアーのメンバーたちが演奏する姿を目にして、私は唖然としたまま見入ってしまったものだ。本作で言えばメンバーはグレン・スウィーニー(パーカッション)、ポール・ミンス(オーボエ、リコーダー)、リチャード・コフ(ヴァイオリン、ヴィオラ)、ウルスラ・スミス(チェロ)だが、メンバーは流動的で、こののちリーダーのグレン・スウィーニー以外は大幅に入れ替わっていくのだが、一時的に関わったメンバーを含めると結構な人数になる。中にはエルトン・ジョンやデヴィッド・ボウイをはじめとした英国ロック界のスターの間で引っ張りだことなり、さらにマイルス・デイヴィスのようなジャズ界の巨匠とも仕事をするポール・バックマスター(チェロ、オーケストレーション)や、これまたデヴィッド・ボウイのステージをサポートしたサイモン・ハウス(ヴァイオリン)、モット・ザ・フープルのメンバーとしても活躍したモーガン・フィッシャー(キーボード)など、逸材を輩出しているところも興味深い。個々の経歴、特にグレン・スウィーニーのミュージシャンとしての歩みなど知りたいところなのだが、ほとんど明らかになっていない。数少ないインタビューで、スウィーニーは影響を受けたミュージシャンとして、ラヴィ・シャンカール、サン・ラー、ピンク・フロイド、マイルス・デイヴィス、テリー・ライリーの名を、他にイングランド出陳の神秘主義者あるいは魔術師で知られるアレイスター・クロウリーや禅思想を挙げていた。他のメンバーも同様に黒魔術や禅に入れ込んでいたかどうかは分からないが、演奏者としては、みんな、クラシック音楽の素養があると見ていいだろう。
バンドは1968年頃にロンドンで結成されているのだが、時のアンダーグラウンド音楽やカルチャーの中心だったUFOクラブ(ピンク・フロイドやソフト・マシーン、ヨーコ・オノらが出入りしていた)でのフリーセッションで集まったメンツの中からバンドが形作られたことが分かっている。よく知られているのは本作を含む、初期の『錬金術』(’69)、本作『天と地、火と水』(‘70)、サウンドトラック盤『マクベス』(’72)の3作だが、バンドは解散、再編成を繰り返しながら1997年頃まで散発的に活動が続けられたようだ。ライヴ作としてサード・イアー・バンド名義で『Exocisms』(‘16)、『Spirits』(’17)という作品が残されているが、いずれも過去のライヴ音源のリイシュー作だと思われる。意外なところでは、1969年にクリーム解散後にエリック・クラプトン、スティーブ・ウィンウッド、ジンジャー・ベイカー、リック・グレッチらで結成されたブラインド・フェイスのロンドン、ハイドパークで行なわれたフリー・コンサートの前座に、どういういきさつかサード・イアー・バンドが出演している。わずかなものだが、演奏シーンが記録されている。ブラインド・フェイスのブルース系ロックを期待して集まった観客が、彼らの演奏に当惑した表情を浮かべている様子、トリップし踊る女性の姿など見ることができる。他にもボブ・ディランやジミ・ヘンドリックス、ザ・フー、ジョニ・ミッチェルらも出演したワイト島フェスティバルにも彼らは出演しているらしいのだが、こちらの映像は今のところ発見されていないらしい。
徹頭徹尾、 インプロヴィゼーションにこだわる
彼らの音楽は基本的にほとんどがアコースティック(後年はエレキやシンセも多用される)で、即興演奏が切れ目なく続くというパターンで、少なくともロックというよりはミニマルミュージック、チェンバーミュージック(室内楽)、アンビエント、フリーミュージック、中近東やチベットなどの民族音楽(エスニック)、タブラが多用されるインドの古典音楽ラーガ、そしてアヴァンギャルド…などのジャンルが適当かと思う。映画『マクベス』のサウンドトラックを手掛けたアルバムなど、まれにヴォーカルが入っている曲があるが、ほとんどインスト(演奏のみ)で、大衆性やポピュラー音楽とはかけ離れた位置にある音楽ではないかと思う。きっと、本盤や彼らがロックの扱いをされているのは、きっと当時の情報のなさから、ピンク・フロイドや所属するレーベル『ハーヴェスト』との関連、あと拡大解釈すると、彼らの音楽はトリップ感、酩酊感を誘うところがあり、サイケデリックブームと勝手に結びつけられたのかもしれない。
また、パブリシティもそうだが、レコードをどのジャンルに並べて売ればいいのか、現場の担当者たちは困惑したのではないか。まさか「トリップにお勧め」とは言えないわけで。結果、判断のしようがなくロックの片隅に彼らのアルバムは置かれたのだと想像するが、これは冒頭で名前を出した同じエクスペリメンタルロックを代表するバンドのヘンリー・カウにしても、カンタベリーロックの一派なのでロック扱いしやすかったものの、その音楽に触れてみればロックの枠に入れるのには無理がある。やはりアヴァンギャルドでしかないのではないか。
私自身、音だけを聴き流してきたのだが、聴き方によっては難解でもなければ、決してとっつきにくい音楽ではない。ただ、初めて聴いた時から思っているのだが、本作や彼らがやっている音楽がそもそもロックというジャンル、カテゴリーに入れていることに猛烈に違和感を感じたものだ。サード・イアー・バンドのメンバーも、ロックなど意識しなかったかもしれず、自分たちの音楽がまさかロックの範疇に入れられるとは、さぞかし苦笑していたことだろう。
どう聴くのか、楽しむのか。 もう知ったことではない
「とっつきにくい音楽ではない」とはいえ、スピーカーの前に座ってじっと音と対峙するように聴いたのでは、これは実に悩ましいというか、脳が疲弊すると思う。私の場合には適当に流しっぱなしにして聴く、ぐらいが丁度良かった。とはいえイージーリスニングとは違って充分に脳内を刺激し、創造力を掻き立ててくれるものだと言える。メロディーを追求することなく、ひたすらパーカッシブなリズムに即興演奏が乗るというスタイルはフリーフォームのジャズに通じるものだが、完全に時代性を超越し、いつ聴いても新鮮なのだ。現行の未発表音源、BBCの放送音源を加えたリマスター、エクスパンデッド版をボリュームを上げて聴いていると、音質の向上で管楽器、弦楽器、打楽器、パーカッションの響きの生々しさに、次第に陶酔感にのまれていく。合わない方には嫌悪感さえ覚えてしまう音楽かもしれないが、波長が合う方にはちょっと深入りしてしまう音楽なのではないか。
日本でアルバムが売れたとは思えない。英国でもたいしたセールスは記録していないだろう。それでも、サード・イアー・バンド、そして彼らが残したアルバムのいくつかは音楽史に刻まれてもおかしくない。そう思うのには、彼らの音楽が他に類のない独創性を持ち、前衛の精神に貫かれているからだろう。似たようなバンドを探すなら、これまた謎めいたイメージで語られるタージマハル旅行団くらいだろうか。それでも、彼らのようなバンド、音楽が現れるのも、ある意味、歴史の必然とも思うのだ。
大衆音楽がラジオやレコードを通して拡散していくようになって一世紀、例えばロックミュージックが、いくつかある、その誕生とする説の中からエルヴィス・プレスリーのデビューを基点としてみるなら、そろそろ70年である。まだその程度の年月かと思ったりもするのだが、この音楽はメディアやカルチャーを巻き込みながら寛容と反発の荒波に揉まれながら、すさまじいスピードでスタイルの分岐を起こしてきた。エクスペリメンタルロックもそのひとつである。愚直なまでに変わらない、クラシックなロックも潔いが、原型をとどめないほどに破壊、構築を繰り返しながら生まれる音楽には挑戦があり、それこそがロックだと言えようか。ジャンルを越境し、言語圏の枠も越え、地球規模で音楽は交感するようになった。随分進化してきたようにも感じるが、聴く側はどうだろう。
サード・イアー・バンドが活動した70年代初頭から半世紀ほどが過ぎた現在でも、その異端のサウンドはかき消されることなく響いてくる。聴く側に媚びることなく、流行にも迎合することなく、マーケットの要求にも譲歩しなかったこの音楽は、まるで屹立する山のようだ。ある意味、彼らの自己満足かもしれない。だが、音楽とは本来そうしたものだろう。アルバムを紹介しながら「知ったことではない」と言うのもなんだが、どう感じるのか、どう楽しむのか? それは改めて言うまでもなく、リスナー次第だ。
TEXT:片山 明
アルバム『天と地、火と水(原題:Third Ear Band (a.k.a. Elements))』
1970年発表作品
<収録曲>
01. 天/Air
02. 地/Earth
03. 火/Fire
04. 水/Water
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