まさに英国の華と言いたくなる、レスリー・ダンカンの珠玉の歌を覚えていてほしい

2023年6月16日 / 18:00

前回このコラムでバッキングヴォーカリストからソロアーティストに転じ、名盤を残したヴァレリー・カーターを紹介した。その記事を書いている途中、同じようにバッキングヴォーカリスト出身で、活動時期もほぼ同じ、今なお忘れがたいシンガーとしてアルバム、佳曲を残し、それら旧作のリイシューが続く英国の女性シンガー、レスリー・ダンカンを思い出した。この機会に彼女のことも紹介しておきたいと思う。ピックアップしたのは彼女の代表作『ムーン・ベイジング』 (‘75)と、そのリマスターを含む、旧盤に未発表とライヴ音源を加えたCD3枚組『レスリー・ステップ・ライトリー:GMレコーディング・プラス1974-1982』(’19)。

本国イギリスはともかく、日本のラジオでかかるようなヒット曲はこの人にはない。というわけで一般にはアピール度が低いものの、英国を代表する女性シンガーソングライターのひとり、しかも、その第一人者であり、一方でバッキングヴォーカルの仕事によってブリティッシュロック好きにも知られる存在である。
ピンク・フロイドや エルトン・ジョンのバックで

私が彼女の名前を初めて知ったのは、あのピンクフロイドの『狂気(原題:The Dark Side of the Moon)』(‘73)にバッキングヴォーカルで参加していたことだったかと思う。「タイム」のコーラスがそれだとされているのだが、ドリス・トロイ、レスリー・ダンカン、ライザ・ストライク、バリー・セント・ジョンの4人からなるハーモニーなので、どれがレスリーなのか特定できない。実は他の曲でもコーラスをつけているという噂もある。

あのジェフ・ベック(グループ)がバックを務めていることでも話題になったドノバンの『バラバジャガ(原題:Barabajagal)』(‘69)にもレスリーは参加している。ジェフの鋭角的なギターがキマるタイトルトトラックがそれなのだが、こちらも単独ではなく、レスリーのほかにマデリン・ベル、そしてあのスージー・クアトロとの3声コーラスなので、これまた彼女の声のみを特定することはできない。

最も多く彼女がバッキングヴォーカルで起用されたのは“英国のアレサ”とも言われたダスティ・スプリングフィールドとの仕事で、64年から72年までの長きにわたってスプリングフィールドはレコーディング、ショー、テレビ出演の際にレスリーを伴っている(BBC放送のものなどでレスリーの姿を見ることができる)。他にもウォーカー・ブラザーズ、意外なところでティム・ハーディン…と、判明しているもの以外に、コーラスで参加しているものは、きっと枚挙にいとまがない、というところだろう。

彼女の名前が大きくクローズアップされることになるのは、やはりエルトン・ジョンとの仕事によってだろう。エルトンはきっとスプリングフィールドとの仕事や長くコーヒーショップやバーで歌っていたレスリーの、歌唱力とソングライティングに注目していたのに違いない。セルフタイトルを冠した2作目『僕の歌は君の歌(原題:Elton John)』(‘70)ではじめて彼はレスリーを起用する。その時にレスリーのオリジナル曲を聴いたのだろうか。続く『エルトン・ジョン3(原題:Tumbleweed Connection)』ではレスリーのオリジナル曲「ラヴ・ソング」がカバーされ、同曲でレスリーがコーラスをつけている。この曲は最もよく知られるレスリーの曲で、先にエルトンに発表の機会を譲ったものの、彼女も翌年の1971年に初のソロデビュー作『シング・チルドレン・シング』にこの曲を収録している。エルトンはコーラス等の御礼の気持ちもあったのだろうか。アルバムのレコーディングにピアノで客演している。

エルトンとの仕事の話に戻ると、彼ほどのソングライターが他人の曲をカバーするのは異例中の異例で、それだけレスリーの曲、とりわけ「ラヴ・ソング」には惚れ込んでいたのだろう。エルトンとレスリーの共演は次作『マッドマン(原題:Madman Across the Water)』でもみられ、さらにライヴ作『ヒア・アンド・ゼア〜ライヴ・イン・ロンドン&N.Y.(原題:Here and There)』ではレスリーと共演する「ラヴ・ソング」が収録されている。

※NYライヴ・サイドではなんとジョン・レノンとエルトンの共演があり、発表当時、大変な話題になった。

ちなみに「ラヴ・ソング」に惹かれたのはエルトン以外にもいて、100を超えるシンガーがカバーしているそうだ。中でも意外なところでデヴィッド・ボウイが取り上げていて、初期のデモ音源を集めた編集盤『The ‘Mercury’ Demo』に収められている(動画サイトでも視聴可能)。
類まれなソングライティングの才と 天性の歌唱力、センス

初期の、CBSレーベル時代のアルバムに惹かれるファンも少なくない。先述のデビュー作『シング・チルドレン・シング』、セカンド作『アース・マザー』(‘72)を中心にボーナストラックを加えて編まれた『Sing Lesley Sing: The RCA And CBS Recordings 1968-1972』もおすすめだ。

いかにも英国女性シンガーらしく、しっとりと湿り気を帯び、けっして明るく弾むことはないものの、母性を感じさせるような、強さと包容力のある彼女の声。その歌に触れていると、品の良さそうなルックスと相まって安楽な場所へ深く、導かれるような気になったりする。ソングライティングには伝統音楽(トラッド)やフォークからの影響も少なからずありそうだ。一方でアトランティックやモータウンをはじめ、ブラックミュージック、R&Bの影響も色濃く、その豊かな音楽性には目を見開かされる。驚かされるのは、彼女はアルバムの全曲を自身で書いている。エルトンが「英国のキャロル・キング」と称えたのも頷ける。また、低音気味の声質が幸いしたと言うべきか、ソウルっぽいヴォーカル、コーラスを取らせると、ゆるやかなグルーヴを感じさせる黒っぽい喉を聴かせるところも魅力かと思う。

レズリー・ダンカン1943年にイングランド北東部ダラム州にあるストックトン=オン=ティーズ という町で生まれている。北海に面した港湾都市だ。年齢的にはビートルズのメンバーとほぼ同年代(ジョージ・ハリスンと同い年)で、おそらくはレスリーもティーンエイジャーあたりから音楽に夢中になっていたのだと思われる。ロックンロール、ドゥー・ワップ、スキッフル、R&B、ソウルミュージックといったところだろうか。そして、彼女は顔に似合わず、大胆な行動に出る。14歳で学校を辞めてしまうと、19歳の時にロンドンに出て、カフェで働きながらソングライティングを始める。やがて音楽出版社に雇われるようになり、シンガーとしての能力も認められ、EMIと最初のレコーディング契約を取りつける。このあたりは、まさに英国版キャロル・キングそのものである。その頃に映画『ホワット・ア・クレイジー・ワールド』に出演しているという情報があり、モッズの匂いたっぷりの、スウィンギングロンドンを先駆けるような映画のクリップを必死でチェックしたのだが、これがレスリー…という確証を得る姿は判別できなかった。
飛びきりの美人というわけではないかもしれないが、ナチュラル系の美しい姿、何よりもその才能を持ってすれば、フロントに立てたはずだが、彼女は根っからのステージフライト(上がり症、舞台恐怖症)だったらしい。それがあってか、選んだ仕事はバッキングヴォーカルで、前述のダスティ・スプリングフィールドと長く仕事を共にすることになる。その間にもソングライティングは続けており、BBCラジオを中心に、ごくまれにソロでステージに立つこともあったようだ。そんな数少ないライヴで披露していたのが「ラヴ・ソング」で、これに注目したエルトン・ジョンとの縁をきっかけに、いよいよソロアーティストとして日の目を見ることになるわけだ。
1枚選べと言われたら 『ムーン・ベイジング』

今回取り上げた編集盤、特にその核となる『ムーン・ベイジング』 (‘75)はレーベルをGMに移籍して通算4作目、メジャーアーティストとの仕事でネームバリューも上がり、ある意味ピークとも言える時期に発表したアルバムだ。これまた全曲レスリーが書き下ろしている。前3作に比べると、アメリカのマーケットを意識したようなR&B、フュージョン風味のアレンジの曲が増えている。とはいえ、フォーキーさを湛えた情感あふれる曲もバランスよく配置され、タイトルチューンの「ムーン・ベイジング」で聴かれるようなアコースティック曲の味わいは格別だ。この曲ではレスリーはマンドリンも弾いている。レスリーがアコギを弾いている「ファイン・フレンズ」のピースフルな曲の味わいもいい。また、ほぼ全曲で英国きってのセッション・ギタリスト、クリス・スペディング(ニュークリアス→シャークス→ブライアン・フェリー・バンド→ロバート・ゴードン…etc)が随所で見事なギター、ソロで寄り添っている。そのスペディングを含め、手練のセッションミュージシャンらがバックを固め、当時レスリーの夫でプロデュースも務めているジミー・ホロビッツがピアノを弾く「レディ・ステップ・ライトリー」「ロッキング・チェアー」といった美しい曲などは、エルトン・ジョンが歌っても合いそうだ。

編集盤『レスリー・ステップ・ライトリー:GMレコーディング・プラス1974-1982』には『ムーン・ベイジング』の全曲、3作目の『エヴリシング・チェンジズ』(’74)の全曲、最後のソロ作となった『メイビー・イッツ・ロスト』(’77)の全曲に加え、レスリーが残した貴重なBBCラジオ音源、ライヴ音源が数多く収められ、「シング・チルドレン・シング」や初期の代表曲、とりわけ彼女によるオリジナルの「ラヴ・ソング」のライヴバージョンも聴け、この類まれな英国女性シンガーソングライターの仕事を俯瞰することができるかもしれない。
レスリーはアラン・パーソンズとの仕事の後、徐々に音楽活動を縮小していく。理由は分からない。再婚を機に家庭での時間を優先したのかもしれない。最晩年の録音としてはボブ・ディランの「戦争の親玉(原題:Masters of War)」(’82)のカバーが残されている(彼女には珍しいパンキッシュな歌いっぷり)。

※本編集盤にも収録されている「戦争の親玉」のカバーは平和目的のチャリティーで録音されたものらしいが、発売の数日後にフォークランド紛争が勃発し、一部からは不快感を抱かれることになったとインタビューで語っている。

やがて、彼女は1996年にスコットランドのマル島に移り住むと、音楽活動から完全に離れ、ガーデニング、障害者のボランティアなどに取り組むほかは、ひっそりと暮らす生活を選ぶ。近隣の住民は彼女がシンガーだったことも一切知らなかったそうだ。そして、残念なことに彼女は病に侵されてしまう。長く闘病生活を続けたものの、惜しまれつつ2010年に亡くなった。享年67。

ヴァレリー・カーターもそうだったが、レスリー・ダンカンもバッキングヴォーカルに仕事を通じて多くのミュージシャン、アーティストに信頼され、愛されてきた、まさにミュージシャンズ・ミュージシャン(シンガー)だったのではないか。ビッグヒットこそ残さなかったし、アルバムは傑作でありながらも、小品という趣きだ。それでも味わい深く、いつまでも忘れず、棚にコレクションしておきたい気にさせられる。ぜひ一度、聴いてみてほしい。
TEXT:片山 明
アルバム『ムーン・ベイジング(原題:MOON BATHING)』
1975年発表作品

<収録曲>

1.I Can See Where I’m Going

2.Heaven Knows

3.Moon Bathing

4.Rescue Me

5.Lady Step Lightly

6.Wooden Spoon

7.Pick Up The Phone

8.Helpless

9.Fine Friends

10.Jumped Right In The River

11.Rocking Chair
アルバム『レスリー・ステップ・ライトリー:GMレコーディング・プラス1974-1982(原題:Lesley Step Lightly: GM Recordings Plus 1974-1982)』
2019年発表作品

<収録曲>

■Disc 1

1.MY SOUL

2.BROKEN OLD DOLL

3.THE SERF

4.HOLD ON

5.EVERYTHING CHANGES

6.LOVE MELTS AWAY

7.SAM

8.YOU

9.WATCH THE TEARS

10.WE’LL GET BY

11.MY SOUL

12.SAM

13.FORTIETH FLOOR

14.LOVE SONG

15.THE SERF

16.EARTH MOTHER

17.SING CHILDREN SING

■Disc 2

1.I CAN SEE WHERE I’M GOING

2.HEAVEN KNOWS

3.MOON BATHING

4.RESCUE ME

5.LADY STEP LIGHTLY

6.WOODEN SPOON

7.PICK UP THE PHONE

8.HELPLESS

9.FINE FRIENDS

10.JUMPED RIGHT IN THE RIVER

11.ROCKING CHAIRBONUS TRACKS

12.COULD’VE BEEN A WINNER

13.EARTH MOTHER

■Disc 3

1.THE SKY ON FIRE

2.MAYBE IT’S LOST

3.SLIPPING SIDEWAYS

4.LIVING IT ALL AGAIN

5.ANOTHER RAINY DAY

6.RIDE ON THE WIND

7.LET IT ROLL

8.WALK IN THE SEA

9.FALLING LIKE A LEAF

10.DON’T WORRY ‘BOUT IT

11.DRIFT AWAYBONUS TRACKS

12.THE MAGIC’S FINE

13.PAPER HIGHWAYS

14.SING CHILDREN SING

15.RAINBOW GAMES

16.DON’T CRY ANITA

17.THE WRONG WOMAN

18.WALKING OUT INTO A BAD DREAM

19.YESTERDAY

20.YOU’RE A SLY ONE

21.MASTERS OF WAR

22.ANOTHER LIGHT GOES OUT


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