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今週は先月『GOLDEN☆BEST』のSACDハイブリッド版が発売された高中正義の名盤を紹介する。昨年デビュー50周年を迎えたリビングレジェンド。日本を代表するスーパーギタリストであるがゆえに、本文でも書かせてもらったように、どのアルバムを取り上げるか迷うところだが、このアルバムを紹介することに異論のある人も少ないのではないだろうか。ある世代のリスナーにとっては、高中正義の代名詞とも言っていい『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』である。
絵本から発想を得たコンセプト作
高中正義は現在までのところ、30枚のオリジナルアルバムを制作している。その中から1作品を紹介するとして、高中作品にまったくもって明るくない筆者は当初、初のソロアルバムである『SEYCHELLES』(1976年)か、初のチャート1位作品『SAUDADE』(1982年)か、あるいはジャケットが印象的な『TAKANAKA』(1977年)辺りもあるかなと考えていた。売上最上位で言えば『TRAUMATIC 極東探偵団』(1985年)らしいのでそれもアリだし、シングル「BLUE LAGOON」がCMソングに起用されたことが高中ブレイクのきっかけだったということを考えると、同曲が収録された『JOLLY JIVE』(1979年)も候補ではある。というわけで、担当編集者に相談したところ、“『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』でしょう!”と若干喰い気味な答えが返ってきた。“愚問!”と言わんばかりの勢い。“なるほど”とも思うし、“やはり”とも思う。『虹伝説』が発売された1981年当時をリアルタイムで体験している人にとって、本作のイメージはとにかく鮮烈だった。それは担当編集者と同世代の筆者もよく分かるところだ。売上トップとかチャート1位とか、そういうことは関係なく、当時を知る者にとっては“高中正義=『虹伝説』”である。下手をすると、本作を聴いていない者ですらそう刷り込まれていたとしても不思議ではない気もする。かく言う筆者も、当時、リアルタイムで本作を聴いていたかどうかはよく思い出せないのだけれど、周りで話題にしていた人たちが少なくなかったことはよく覚えている(そういや、LP2枚組で高価だったので簡単には買えなかったし、周りで持っている知り合いもいなかったんだよなぁ…なんてことを今思い出した)。
『虹伝説』はサディスティック・ミカ・バンドの元ギタリスト、高中正義の何作目かのソロアルバムで、音楽作品としての優秀さだけでなく、そのスタイルの珍しさも話題であった。本作を知らない人にとってはそこを説明するのが先だろう。Wikipedia先生にはこうある。[イタリアの画家であるウル・デ・リコの絵本『THE RAINBOW GOBLINS』(邦題は『虹伝説』)から得たインスピレーションによって制作したコンセプト・アルバムで、当アルバムが発売される1カ月前に小学館から『THE RAINBOW GOBLINS』の日本語訳の絵本が発売され、いわゆるメディアミックスの先駆けと言える作品である。レコード発売に合わせて2日間にわたって日本武道館でコンサートが開催され、その模様がレーザーディスク、ビデオ等で発売された]([]はWikipediaからの引用)。本作にはその絵本の物語や場面から高中正義がインスパイアされた楽曲が収録されている。映画のサントラに似たスタイルと言っていいだろうか。現在もそうした何かに影響を受けて創作される音楽作品もあるとは思うが、当時はそれほど多いケースではなかったように思うし、もしかすると、本作はそちら方向での先駆けとも言えるかもしれない。リリース直後にそのライヴが行なわれるというのは今となれば普通のことではあるけれども、日本武道館2日間というのは規模が大きい。それも当時、話題となった一因であっただろうか。いずれにしても、他に類を見ないエンターテイメント作品ではあったのである。個人的には、アルバムジャケットがその絵本がベースとあって、その幻想的な絵面が邦楽離れした印象であったことも記憶に焼き付いている。
ただ、『虹伝説』はウル・デ・リコの絵本からインスピレーションを受けた作品であったというものの、仮に絵本のことをまったく知らなかったとしても十分に楽しめる音楽作品である。今回、改めて本作を聴いて確信したようなところがあるし、そこは強調しておかなければならないだろう。傍らに絵本があればそれはそれで楽しめるであろうが、絵本がないからと言って楽しめないものではない。メディアミックスだからと言って、聴くほうはハードルを上げる必要はないということだ。そこは断言していいと思う。ポップでバラエティーに富んだギターインストアルバム…と言ってしまうと、メディアミックスであったことを蔑ろにしてしまうようで何やら申し訳ない気もするが、(あくまでも個人的には)そう言い切っても差し障りがない気がするし、そのくらい気軽に接していいようなアルバムのような気がする。
バラエティーに富んだポップな内容
M1「PROLOGUE」はタイトル通り、何か始まりそうな感じの楽曲。ストリングス中心であって、いわゆるエレキギター中心ではないけれども、まさにオープニングに相応しい雰囲気ではあろう。映画やゲームなど現代のファンタジーエンターテイメント作品の劇伴にも通じる神秘さと壮大さを併せ持った楽曲である。…と、M1こそ、コンセプト作らしく始まるものの、前述したように、以降はポップスやロックと言ってもいいようなナンバーが連なっていく。
まずM2「ONCE UPON A SONG」。軽快なリズムのもと、跳ねるに踊るように鳴るギターの旋律がとても印象的な楽曲だ。メルヘンチックと言えばそうだが、このメルヘンさは異世界のものではなく、現実と地続きというか、都会的なメルヘンさを感じる。シティポップ的と言ってもいいかもしれない。中盤から後半ややマイナーに展開していくところはドラマチックでもある。ストリングスやピアノもギターを邪魔することなく並走していき、とてもいいアンサンブルを聴かせてくれる。
M3「SEVEN GOBLINS」は冒頭の“GOBLINS”と繰り返す声の処理が1980年代前半らしくはあるけれど、そこから続くベースラインのファンキーさは時代を問わない感じだ。M2とはまた違ったダンサブルさ。こちらは駆けていくようなテンポである。そして、そのベースラインにギターとサックスがユニゾンで重なっていく。そのスリリングさが心地良い。モチーフとなった絵本の物語をなぞっているのであろうモノローグが入ったあと、高中らしいギターの旋律が聴こえてくる。当時のギターキッズは萌えたのではないかと思う速弾きではあるけれども、速弾き特有のエグさみたいなものはまるでなく、その旋律はやはりさわやかといった形容が相応しい。メロディーメーカーとしての確かな手腕を感じるところであるように思う。
M4「THE SUNSET VALLEY」もまたモノローグが入るけれども、それよりも何よりも冒頭から楽曲全体を支配する大らかなメロディーに誰もが耳を惹かれるはず。大陸的とも言える、どこかノスタルジックな旋律。歌謡曲的と捉える人もいるかもしれない。そこにボコーダーで処理されたヴォーカルが乗るのはこれまた1980年代前半らしいところではあるが、そのあとを追うエレキギターはロック的であり如何にも高中的である。流れるように楽曲に溶け込んでいく。そこからややダークな展開を挟んでアコギが聴こえてくる。ここが何ともカッコ良い。アコギとエレキとでは同じギターでも演奏の難しさが異なるというような話を聞いたことがあるけれども、高中クラスになるとその差異はないのだろう。造作もないように流麗なフレーズを鳴らしている。M4自体、全体のリズムとパーカッションの入れ方からしてちょっとボサノヴァチックなところがあるので、アコギの柔らかさは合っているように思う。
…と、ここまでがアナログ盤でのA面。全体の4分の1にして、十分にバラエティーに富んでいることが分かってもらえるのではなかろうか。ギター中心ではありながらも、多彩な楽曲が並んでいる。
どんどん解説していこう。B面1曲目であったM5「THE MOON ROSE」はさわやかかつメロディアスなナンバーで、ギターが弾く主旋律は歌詞を付けて誰かが歌ったとしても十分に成立するのでは…と思わせるほどの抑揚である。そう思いつつも、中盤で速弾きになる箇所はやはりギターらしさではあって、そんなふうにシームレスに展開していくのがインストの面白さなのかもしれないと思わせるところでもある。生粋のファンにとって高中正義と言えば山下達郎やサザンオールスターズ以上に夏を感じさせるアーティストだという。
シティポップ的なM6「SOON」は、まさにそのテイストを持ったナンバーと言えるのではなかろうか。とりわけ間奏というか、中盤の速弾きになるところは夏の青空や海を彷彿とさせるような広がりがある。生真面目な印象のリズム隊もいい仕事をしている。
キラキラとしたサウンドに彩られたM7「MAGICAL NIGHT LIGHT」を挟んで、M8「RAINBOW PARADISE」はアップテンポで弾けるようなポップさを持つ楽曲。開放感は夏っぽいと言えば夏っぽいし、どこか可愛らしくファニーな感じもある。“パラダイス”を彷彿させる。
汎用性が高く、プロレスの入場曲にも
雷のSEから始まるM9「THUNDERSTORM」は、まさしく“雷雨”のイメージなのだろう。シンバルが多めで、終始スリリングではあるが、厭味がないと言うか何と言うか、総体としてはポップな印象。リフレインが多いものの、単純な繰り返しが続くわけではなく、ドラマチックに展開していく。
そこから一転、スローなM10「RISING ARCH」はまさに嵐の後の…というところか。ギターにしろシンセにしろ、その落ち着いた旋律から静謐なイメージを受け取ることができる。
一方、M11「JUST CHUCKLE」はドリーミーという言い方でいいだろうか。ギターのファンキーで軽快なカッティングにボコーダーを使用した歌が乗っている。歌詞がはっきりと聴きとれるものではないけれど、親しみやすいメロディと相俟ってそれが全体に幻想的な印象を与えているようだ。
ゆったりとしたM12「RAINBOW WAS REBORN」は、徐々に開放的になっていく感じがタイトル通りの雰囲気。ゆったりと開け、ゆったりと広がっていくような空気感がある。ストリングスが絡むことでそこに綺麗さが加味されているようである。ギターがつま弾くリフレインは童謡や唱歌みたいな印象もちょっとあって、何か不思議な安心感を得るような感覚だ。
LPでのD面は2曲のみ収録と、ふたつの大作がアルバムのフィナーレを飾っている。まずはM13「PLUMED BIRD」。いきなりファンキーなギターが鳴って、そこにベースとドラムが絡んでいく。そこに高中的なメロディアスで広がりのある旋律が重なる序盤から、メインのギターはもちろんのこと、ピアノやリズム隊もさまざまに展開していくスタイルだ。途中、変拍子風にもなって、プログレ的という見方もできるが、あまり突飛なプレイが見られないのは、マニアックにならずにとてもいいところだと思う。いくらでもフリーキーに演奏できそうではあるものの、悪い意味で暴れた感じがしないナンバーである。スリリングさを損ねることなく、ポップ。高中正義が大衆的なアーティストであることの証明かもしれない。
M14「YOU CAN NEVER COME TO THIS PLACE」は8分超という収録曲中最長タイムの楽曲。冒頭のギター(もしかするとギターシンセかもしれないし、キーボードかもしれない)が奏でる旋律がそもそもフィナーレっぽい上に、どっしりとしたリズムと背後で支えるストリングスで、否応にも大団円感の漂うナンバーである。とにもかくにも高中正義のギタープレイが圧巻。序盤はメインのメロディーを弾きつつ、中盤でとてもらしい旋律を聴かせ、ストリングスがメインメロディーを引き継いでからは(タイムで言えば6分のちょい前くらい)、かなりエモーショナルな演奏を展開していく。速弾きもあれば派手なチョーキングもある。ヴォーカリストのシャウトにも似た、感情に任せたようなプレイだ。それもまた大作のフィナーレに相応しいように思う。
あれやこれや好き勝手に解説してきたけれど、ロックだ、ボサノヴァだ、ファンクだ、シティポップだ…と既存のジャンルを上記に散りばめたのはかなり意図的で、冒頭で述べた通り、それほどに親しみやすいものであることを強調するためである。インストだし、元は2枚組で長尺だし(とは言っても、トータル70分弱くらいなので、今となっては驚くほど長くはないが…)、絵本にインスピレーションを受けたコンセプトアルバムだし、というところだけ捉えたら、手に取るまでにハードルが上がる作品かもしれない。でも、騙されたと思ったつもりで一度聴いてもらえれば、堅苦しさのないアルバムであることがよく分かってもらえると思う。きっと、どこかで聴いたことがあるギターのフレーズを発見することだろう。最も有名なところはM9「THUNDERSTORM」。プロレスファンであればよく知る“ミスタープロレス”天龍源一郎の入場曲である。荒々しさがプロレス向きだったのだろうが、『虹伝説』とはまったく関係のないところで使用され、ファンにとっての定番曲となっている。あるいはM1「PROLOGUE」。こちらは名作ドラマ『北の国から』の挿入曲であった。ドラマの舞台、富良野にも虹が出るだろうが、絵本とは対極的にドラマのほうは極めて現実的な内容である。M1、M9以外にも本作収録曲はテレビやラジオで使用されている。しっかりと確認したわけではないけれど、どうもバラエティー番組や天気予報などのBGMで使われているところを聴いたようにも思う(たぶん間違いない)。それほどに『虹伝説』収録曲、ひいては高中正義のギターが生み出す楽曲は汎用性が高いということである。
アルバム『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』
1981年発表作品
<収録曲>
1.「PROLOGUE」
2.「ONCE UPON A SONG」
3.「SEVEN GOBLINS」
4.「THE SUNSET VALLEY」
5.「THE MOON ROSE」
6.「SOON」
7.「MAGICAL NIGHT LIGHT」
8.「RAINBOW PARADISE」
9.「THUNDERSTORM」
10.「RISING ARCH」
11.「JUST CHUCKLE」
12.「RAINBOW WAS REBORN」
13.「PLUMED BIRD」
14.「YOU CAN NEVER COME TO THIS PLACE」
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