『TRANSIT』のデビュー作らしい多彩さに垣間見る女性シンガーソングライター、泰葉の輝きと意欲

2022年7月6日 / 18:00

文字通りシティポップの名盤を復刻リリースするという『<CITY POP Selections> by UNIVERSAL MUSIC』と題したシリーズが立ち上がり、6月29日にその第一弾がリリースされた。そのラインナップの中に大橋純子、ハイ・ファイ・セットらと並ぶ、泰葉を発見! これはもう紹介するしかないでしょう! …というわけで、件のシリーズでも再発された彼女のデビュー作『TRANSIT』を取り上げる。本文冒頭で林家三平の娘と書いたけど、昨年まで『笑点』で大喜利をやっていた三平じゃないので誤解のないように。あちらの二代目林家三平は泰葉の弟である。念のため。
落語一族に生まれた シンガーソングライター

泰葉は実父である初代林家三平をして“天才”と言わしめたという。真偽のほどは定かではないようだが、仮に本当にそう言ったにしても“そりゃあ可愛い実の娘のことだもの、そのくらいは言うでしょう”と高を括るところではある。ましてや氏は“昭和の爆笑王”。そのキャラクターを考えれば、所謂親バカを演じることもあっただろう。その上でのリップサービスと捉えることもできる。だが、しかし…である。彼女のデビュー曲である「フライディ・チャイナタウン」を聴くと、誰もが泰葉のシンガーソングライターとしての才能を認めざるを得ないのではないか。マジでそう思う。初代三平は親バカでも何でもなかった。氏は彼女の才能を誰よりも早く見出していたのだろう。息子たちは自分と同じ落語家の道を歩んだが、彼女はそうではなく音楽の道を志した。初代三平の“天才”発言が本当だったとするち、もしかすると父は自分にはないタレント性に羨望の念を抱いていたのかもしれない。

この度その第一弾として、泰葉を始めとして、俗に言うシティポップの名盤全25タイトルを復刻リリースした『<CITY POP Selections> by UNIVERSAL MUSIC』。その『TRANSIT』の商品紹介はこんな文章で始まる。[ロサンゼルスの若者たち2000人が「フライディ・チャイナタウン」をクラブで大熱唱するなど、世界を席巻しているシティ・ポップに新たな旋風を巻き起こしている泰葉の1st アルバム](当該サイトより引用)。“ロサンゼルスの若者たち”というのが何とも時代がかっていて気になるところではあるけれど、同曲を知る者としては、2000人が大熱唱はあながち惹句のための誇張でもない…というか、“それはそうでしょう!”と思わず膝を打つところではある。この楽曲にはまさに世界を席巻するだけの成分が含まれている。どこの誰であろうと、これを聴いたら自然と心と身体が躍る。間違いなく、そういうナンバーである。『TRANSIT』はB面2曲目、全体での7曲目という中盤に置かれているのだが、今回はまずこの不朽の名曲と言っていい「フライディ・チャイナタウン」から解説していきたいと思う。
大傑作「フライディ・チャイナタウン」

とにかくサビのメロディーのインパクトが強いので、個人的にはイントロなしのサビ頭だと思っていたのだけれど、久し振りに聴いたらイントロがあって少し意外だった。それは単なる加齢による健忘なだけだが、忘れていただけにイントロも新鮮に聴くことが出来、しかもそのイントロもなかなかの聴きどころであることを改めて知ることが出来たのは儲けもの。物忘れも決して悪くはない。で、そのイントロ。それほど長くはないのだが、パーカッションの重なったダンサブルなリズムに乗せて、いきなりピアノ、ギター、ベースのユニゾンで始まるという代物だ(厳密には同じ音符を追っているわけではないかもしれないが、同じ拍ではある)。跳ねるような音階を各パートが競うように上っていく様子は実にスリリング。ファンキーでロックである。それを2度繰り返したあとに、ポップなホーンセクションが入る。ホーンではなくシンセかもしれないけれど、アンサンブルの重ね方としては、ソウルミュージックなどでブラスによく用いられるパターンではある。ここのフレーズも2度繰り返される。緊張感を帯びたサウンドが少し解放的に…というか、その緊張感がやや和らいだ印象となるのも束の間、シンバルがドラマティックに響き、しかもシンコペーションで食い気味に鳴らされて、歌へと引き継がれていく。ここまで約15秒。短いながらもヴォーカルの露払いと呼ぶにはもったいない豪華さではある。サザンオールスターズ「匂艶 THE NIGHT CLUB」のイントロに雰囲気が似ていると思ったが(サザンのほうが長めで音数も多くゴージャスな印象。※個人の感想です)、「フライディ・チャイナタウン」は1981年9月発売で、「匂艶 THE~」は1982年5月発売。泰葉のほうがやや早い。

で、サビメロである。このキャッチーなメロディーは一体何だろう? いきなりの高音。《It’s So Fly-Day Fly-Day CHINA TOWN》の《It’s So》からして旋律と歌声が強靭だ。この時点でこの楽曲の勝利は決まったと言っていい。バッターならホームランを確信して走らないだろう。確信歩き的メロディーと言える(?)。ただ、派手ではあるが、このメロディーは高音が単に耳を惹くだけに留まらない。大陸的であり、異国感──とりわけアジア感もあるが、和の要素もある。愁いを秘めた印象をわずかに…だが、確実に感じる。何をどうしたらこういうメロディーが出て来るのか。この旋律を産み出した事実だけで、彼女を“天才”と呼ぶことに躊躇はない。愁いが隠れていると言ったが、リズムがラテン調であることで、その愁いが浮き出すようにも思える。そう。アレンジもなかなかいい。最も優れていると思うのはコード。エレピの音色を追えば分かるが、パンチの効いたメロディー、アッパーでダンサブルなリズムにしては(と言うのも失礼かもしれないが)、洒落た和音を当てていることに気付くだろう。編曲は井上鑑が担当。言わずと知れた名編曲家である氏は「フライディ・チャイナタウン」と同じ年に、寺尾聰『Reflections』でも編曲を担当している。そして、「ルビーの指環」で第23回日本レコード大賞編曲賞を受賞。「フライディ~」は当時、最も脂が乗り勢いのあったアレンジャーが手掛けた楽曲ということになろう。泰葉本人がピアノを弾いているのも、もちろん見逃せないところだ。

この楽曲はメロディーとアレンジで、その勝利がほぼ9割9分決まったと断言していいだろう。そう言い切れる証拠はある。基本的な構造がサビメロとイントロの繰り返しなのだ。Aメロもあるにはあるが、サビメロが4回出てくるのに対してAは2回。タイムが3分半程度であることを考えるとAが少ないのは理解できるとしても、明らかにサビが多い。イントロで流れる印象的なフレーズは間奏とアウトロも同じだ。間奏では転調して繰り返される(もしかするとアウトロでも転調しているかもしれない)。フェードアウトするアウトロでは、エレキギターがやや個性的なプレイを見せているが、ここも基本的にはリフレインだ。これらは、のちにどんどん複雑になっていったJポップ、Jロックに比べればそう感じることなのかもしれない。だが、だとしても、最も印象的なメロディーだけで勝負していることは間違いなかろう。歌詞については、《踊りつかれていても 朝まで遊ぶわ》《どこか静かな場所で 着がえてみたいのよ》や《私も異国人ね》といった辺りに、当時まだ20歳という彼女がやや背伸びをしているようなスタンスや、新たに音楽シーンに臨む決意といったものを感じなくはない。しかしながら、最もインパクトのあるのはやはり《It’s So Fly-Day Fly-Day CHINA TOWN》であって、このワードをあのメロディーの乗せたのが歌詞での最大の成果と言えよう。
多彩な楽曲で構成されたデビュー作

さて、そんな“天才”女性シンガーソングライター、泰葉が「フライディ・チャイナタウン」に続いて発表した1stアルバムが『TRANSIT』である。まずジャケットに驚く。黄色地の上部に小さくタイトルが白抜かれ、中央に大きくグリーンで“YASHUHA”とある。ポップではある。そして、1980年代っぽい。齢20歳の女性シンガーソングライターのデビュー作で、本人の顔を分からないというのは異例な気がしないでもないけれど、これはルックスではなくて楽曲で勝負という意気込みの表れだったと見てよかろう。裏ジャケには本人が写っているけれど、これにしても顔のアップではなく、いかにもポップス系シンガーといった出で立ちで前身が写っている(ファッションもまたいかにも1980年代っぽくて微笑ましい)。

さて、その『TRANSIT』の内容は…というと──結論から言えば、個人的には「フライディ・チャイナタウン」を上回るような衝撃はないと感じたものの、聴きどころはなくはない。いや、そういう言い方をすると、アルバムを低く見ているように思われるかもしれないが、そうではなく、少なくともあの時点で「フライディ~」を超えるのは難しかったとは思われるので、それも止むなしではあったと好意的に捉えている。アルバム全体のバランスは微妙と言わざるを得ないけれど、ジャケット同様の意欲を感じる楽曲も少なくない。そういうことだ。まず、M1「恋1/2」。イントロではエレピがリードする弾むようなリズムの中、軽快にフルートが鳴らされていく。歌が始まると背後のベースはスラップとなって、楽曲全体がスキップしているようだ。ヴォーカルは初々しい中にもしっかりとした表現力を確認できて、アルバムのオープニングから何か新しいものが始まっていく予感がする。続くM2「モーニング・デート」はシングル「フライディ~」のB面(≒C/W)であったナンバーだが、これが一転、R&R。そうは言っても3ピースで3コードのようなスタイルではないけれど、ピアノは跳ねているし、ギターの音色はなかなかワイルドだ。ソウルミュージックへのリスペクトを感じるフレーズも聴ける。M1、M2共に井上鑑氏の編曲。アルバム冒頭2曲は案外振り幅が広い。

M3「ありきたりな筋書き」とM4「Bye-Bye-Lover」のアレンジは、矢野立美氏と泰葉本人。ミドルバラードと言えるM3は、歌の主旋律はフォーキーな感じだが、伴奏のピアノはややゴスペルチック。2番から入るギターはブルージーな印象もあるし、ブラックミュージックを目指したことは理解できる。M4は、オールドタイプのR&Rとファンクを合体(融合ではなく合体)させたような、何かおもしろい曲。最もおもしろいのは間奏で聴かせるスキャットとギターとのユニゾンだろう。レンジも広くて音符も細かく、ヴォーカルにしてもギターにしてもお互いに合わせるのは大変だったであろうが、スリリングなテイクを録ることに成功している。泰葉のシンガーとしてのタレントに最注目できる箇所であろう。若草恵氏編曲のM5「空中ブランコ」はボサノヴァ。アウトロではサックスも鳴って、アーバンに仕上げている。間奏のピアノソロもシャレオツだ。サウンドが落ち着いているだけに、ここではより彼女のヴォーカルの特徴を掴めるような気がする。シルキーで混じり気のない歌声なので、個人的には、変に楽曲を選ばない器用なボーカリストであるように感じたところだ。

A面だけでも、先に述べた意欲を感じられるバラエティーさであることが分かってもらえると思うが、B面でもそれは続いていく。M6「LOVE MAGIC」はラテンのリズムでスムースジャズ風サウンドをまとった歌謡曲…という説明でいいだろうか。メロもサウンドもM7「フライディ・チャイナタウン」に寄せている気がしないでもないけれど、これはこれでなかなかおもしろい。音が硬いのが気になるが、その辺は目をつぶろう。M7のことは先に書いたので割愛。マイナー調のM8「ミッドナイト・トレイン」はスローに始まって途中からハードロック的バンドサウンドに展開していく。ギターがとにかく暴れていて、それに呼応するかのように連打されるピアノもかなりワイルドだ。宇崎竜童が手掛けた山口百恵ナンバーと比べていいかどうか分からないけれど、山口百恵の引退が『TRANSIT』の前年だから、もしかするとその路線継承の想いがあったのかも──いやいや、自分で言っておいて何だが、さすがにそれは穿った見方であろう。M9「アリスのレストラン」はビッグバンドジャズ風。間奏ではソウルっぽいブラスとスキャットの掛け合いを見せるが、ここはゲストのしばたはつみの声のようだ。M4が本人でM9では何故ゲスト参加になったのかよく分からないけれど、聴く分に違和感はない。M10「Remember Summertime」はストリングスが配されたバラードナンバー。アルバムの締めとしてはありふれた感じではあることを個人的には少し残念に思うが(悪い曲ではないと思うが)、やはりエレキギターがそれなりに自己主張していたり、ストリングスが重めでサイケっぽい箇所があったりと、それなりに聴きどころはある。

アルバム全体のバラエティーさは、その後の彼女の方向性を模索していた帰結と見ることもできるだろうか。また、彼女のポテンシャルを発揮したら必然的にバラエティーに富んだという見方もできると思う。いずれにしてもデビューアルバムとしては完全に及第点以上。40数年を経て“人外”“異国人”を大合唱させたとしても不思議でも何でもないのである。
TEXT:帆苅智之
アルバム『TRANSIT』
1981年発表作品

<収録曲>

1.恋1/2

2.モーニング・デート

3.ありきたりな筋書き

4.Bye-Bye-Lover

5.空中ブランコ

6.LOVE MAGIC

7.フライディ・チャイナタウン

8.ミッドナイト・トレイン

9.アリスのレストラン

10.Remember Summertime


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