絢香のシンガーソングライターとしての所信表明『First Message』に時代を超えた普遍性を見る

2022年2月2日 / 18:00

2月1日に絢香の通算6枚目のアルバム『LOVE CYCLE』がリリースされた。オリジナルアルバムとしては約3年3カ月振りとなる作品。6歳になる娘さんと一緒に歌った楽曲「Love for everyone」、ONE OK ROCKのTakaとのコラボ曲「Victim of Love feat. Taka」など多彩な楽曲を揃えており、シンガーとしてはもちろんのこと、ひとりの人間、ひとりの女性としての成長が刻まれた作品となっているのは間違いなさそうだ。今週の邦楽名盤コラムでは、そんな絢香のアーティストとしての第一声と言っていい、デビューアルバム『First Message』を振り返る。
若き本格派シンガーソングライター

一度だけ、絢香にお会いしたことがある。おそらく2006年の春頃で、1stシングル「I believe」が出たあとだったような気がする。お会いしたと言っても、彼女にインタビューした後輩に同行しただけなので、向こうさんはその時のことを覚えてもいないだろう。自分の記憶も薄く、“おそらく…だったような気がする”と述べたのもそれ故だ。自分が話を訊いたわけでもないので、そこで何が話されていたのかは皆目思い出せない。しかしながら、“しっかりと相手の目を見て話す人だなぁ”という印象は残っている。対峙する相手に自分自身のことをしっかり伝えようとしている。そんな感じだ。誤解を恐れずに言うならば、気の強い感じは否めなかったけれど、決して可愛らしいルックス(だけ)をセールスポイントにしている方ではない…ということはそこで完全に把握したように思う。薄い記憶をもう少し辿ってみると、取材をした後輩に“どうだった?”とインタビューでの雰囲気、現場での空気感のようなもの尋ねると、“緊張感漂うインタビューだった”といった主旨のことを話してくれたようなことを何となく思い出す。“リップサービスみたいなものがほとんどなかった”とはっきり言ったかどうかも定かではないけれど、そんなことも言っていたようにも思う。自分自身が取材するわけではなかったので彼女の音源をしっかり聴き込んでいたわけではなかったし、そのインタビューに同行するまでは、若くて可愛らしい歌のうまいお嬢さん…くらいのイメージしかなかったと思うが、その現場以降、絢香=本格派シンガーソングライターということが自分の中では刻み付けられたと思う。

…と、いきなり個人的な思い出話を絞り出してしまって申し訳なく思うが、今回、絢香の1stアルバム『First Message』を聴いて、彼女に対する自分のファーストインプレッションが蘇った。ファンにしてみれば何をか言わんや…であろうし、“絢香=本格派シンガーソングライターと思ったのに、そのあとで彼女の音源をちゃんと聴かなかったのかよ!?”と至極真っ当な突っ込みを入れられることだろう(いや、自分自身が取材しないアーティストの音源って案外聴かないものです…と言い訳)。お叱りを承知で筆を進めると、本作収録曲は、10代でデビューした女性シンガーソングライター、ルックスもいいという概形からイメージするものとは、やはり…と言うべきか、根本から異なっている。個人的な感想と言われればそこまでだろうけど、自分と同じような印象を持っている方は案外少なくないのではないだろうか。それは彼女の最大のヒットシングルである「三日月」の影響は大きいのではないかと想像する。遠距離恋愛を綴ったバラード。リリース当時、CMソングにもなっていて、巷でよく流れていたし、聴くともなしに耳に飛び込んできたので、「三日月」≒絢香のイメージとなっていたことは否めない。女性シンガーに限らず、日本のポップス、ロックの題材はほぼ恋愛なので、何も考えずにぼんやりと聴いていると“この人もそうなんだろうなぁ”と思うことになる。そこは改めて反省するところではある。『First Message』はミリオンセールスとなった作品だし、収録されているシングルナンバーはいずれもチャート上位を記録しているので、その内容は、ファンのみならず、ご存知の方は多いことだろう。だが、このアルバムの作品性、ひいては絢香のアーティスト性を整理する意味でも、まず筆者が本作の歌詞で気付いたことから記したい。
スピリッツはパンクに近い!?

《憧れの場所へ夢見る”seventeen”/本当の自由 探し歩いた》《疑っては傷負い わからなくなるよ/足元にからみついた重い鎖/全部 投げ捨てるんだ》《矛盾だらけの世界/蹴散らしてみたけど/見えてくる空が言った気がした/うんざりするなら/Start to 0》(M1「Start to 0 (Love)」)。

《何もかも正当化して 話すのは もうやめにしない?/誰もそう ひきつり笑い 悪者になりたくない》《遠い 未来の自分に 問いかけてみるよ これでいい?今の自分は》《いつか 夢の中で笑ってた 小さな天使よ/自分にウソをつくのは もうやめたんだ》(M2「Real voice」)。

《弱い心の中で叫んでる奴は/自分の無力さを知った自分だった》《胸に刻み込んだ 悲しい後悔を/かき消すように ただ笑っていた自分/見えない未来とか暗い過去/頭の中から全てを吐き出せばいい》《月が笑うよ sha la la…/目と目合わせれば sha la la…/誰も一人じゃないよ》(M3「Sha la la」)。

《この胸の中に隠れてる 不安のうず/目の前にある 自分の進むべき/道はどれか》《人に流されてた日々 そんな自分に「さよなら」》《偽りの中でウソの微笑み浮かべて 生きる人を/幼き自分と重ねて見て/ため息つく》《どんな色にも染まらない 「黒」になろうと誓った》(M5「I believe」)。

《行く先も見つからず/あてもなく歩いてた/青い青い空の中に浮かぶ/フワフワ風船のように/何をしていいのかも/わからない日々の中で/突然あらわれた music in my heart/singing a song/誰もいない 暗い部屋/小さな窓から差し込む光》《melody melody/辛い気持ち 優しい音色で/そっと奏でた曲 口ずさもう…》(M7「melody」)。

非恋愛ものと思われる歌詞を抜き出してみた。『First Message』は全15曲収録の大作なので、ことさら非恋愛歌詞ばかりというわけではないけれども、冒頭3曲がそれで、1stから3rdまでのシングルもそうだというのは特筆すべきことではあるだろう。ちなみに、この2006年の他のシングル曲はどうだったのか少し気になって調べてみると、KAT-TUN「Real Face」や修二と彰「青春アミーゴ」、TOKIO「宙船」など、所謂アイドル界隈でも非恋愛ものが目立つので、もしかするとシンクロニシティ的な何かがあった年なのか…とも思ったりもしたが、それにしてもシングルでそれを連発するのはかなり特徴的とは言える。J-POPでは異例と言ってもいいかもしれない。己と向き合い、弱さを払拭せんとする姿勢。また、そうしたスタンスをリスナーに訴えるような内容だ。筆者は尾崎豊「僕が僕であるために」やhide「ROCKET DIVE」「ever free」を連想した(共に故人だが他意はない)。タイプこそ異なるものの、ポップスではなく、ロックを感じるのだ。

メロディーやそのボーカリゼーションからすると、絢香の音楽性はコンテポラリR&B寄りのJ-POPと見ることも出来るだろうし、それが無難な線ではあろう。だが、こうしたリリックで見ると、同時期の音楽で言えば、2000年代前半の青春パンクにも似たスピリッツを感じる。デビュー前にはバンドをやっていたそうだが、どうもそれはパンクではないようだし、おそらくまったく関係はないのであろうが、こうした歌詞が生まれた背景を興味深く感じるところではある。あと、これらをM1~M3と続けたのは明らかな意図があってのことだろう。しかも、アルバムタイトルは『First Message』で、ラストに収録されたM15「message」はこんな風に綴られている。

《歌いたい あなたのために/歌いたい 聴いてる人達に/何かを感じたり 伝えられたら/それだけで私は幸せ》(M15「message」)。

街の雑踏と思しき音の中、彼女はアカペラでこれを歌っている。この上なく分かりやすく、ストレートな“メッセージ”である。デビュー盤でのアーティスト宣言と言ってよかろう。
時代に流されないメロディーとサウンド

『First Message』収録曲のメロディーとサウンドについても記そう。まずはメロディー。歌は親しみやすいものばかりである。個人的に好感を持ったのは、ボーカリゼーションを変に誇示していないところ。M1「Start to 0 (Love) 」のCメロではアドリブっぽい歌唱も聴けるし、M6「Stay with me」の間奏前やM11「1・2・3・4 」のアウトロでスキャットも披露しているが、目立ったのはそのくらいで、歌い方においては比較的プレーンと言えばプレーンだ。そうは言っても、単にメロディーを辿っているのではないことは言うまでもない。M10「時を戻して」での迫力あるサビや、M13「ライラライ」での洋楽風に歌い方には、やはり非凡なものを感じざるを得ない。デビュー時から完成度が高かったことは、しっかりと記録(レコード)されている。本作の音楽性をザックリ“コンテポラリR&B寄りのJ-POP”と前述したけれども、1990年代後半からコンテポラリR&Bがシーンを席巻し続けていることはもはや説明不要だろう。あれはあれでエモーショナルだし、確かなスキル、テクニックがないと歌えないものであることは承知しているけれども、かと言って、それがシーンの大半になってしまうのも違うとは思う。絢香が登場した2000年代半ばまでは──ちょっと大袈裟に言うと──男女問わず、毎月コンテポラリR&Bのシンガーがデビューしていたような印象すらあった。個人的にはやや食傷気味ではあったが、そんなコンテポラリR&B隆盛の中で、丁寧にメロディーを歌う絢香の出現は多くのリスナーにとっても鮮烈に感じられたのではないか──今となってはそんな風にも感じたところだ。

 歌のメロディーは親しみやすいと書いた。サウンドも同様で、親しみやすい…というと語弊があるかもしれないけれど、変にこねくり回してないように思う。ファンクあり、ジャズあり。ロックもあるし、ピアノやストリングスを配したバラードもある。ジャンル的には比較的バラエティに富んではいるが、それぞれに悪い意味で突飛なものがないように思う。かと言って、平板かと言うとそれも違う。体温が感じられる音作りが成されている。そんな印象を受けた。アルバム後半、M10「時を戻して」からM15「message」が、それが分かりやすい。ホーンセクションの入ったソウル系ナンバーM10。ハードロックに近い雰囲気も感じられるM11「1・2・3・4」。ポップのロックチューンM12「Story」。オーガニックな空気感もありつつ、どことなく幻想的なM13「ライラライ」。言わずと知れたM14「三日月」はストリングス&ピアノでしっとりと奏でられ、M15は前述の通り、アカペラである。似たようなタイプが連続せず、しかも、それらは楽曲を構成する個々の音、そのキャラクターによって成立している。ベーシックはバンドサウンドで、そこにブラスや鍵盤、ストリングスをあしらっている。各々のプレイはあくまでも歌に寄り添い、過度な派手さはないものの、間奏やアウトロではしっかりと個性的な演奏を聴かせる。そういうタイプが多い。バンドの醍醐味と言えよう(M15を除く)。『First Message』を聴いて、いい意味で時代性を感じなかったのだが、その秘訣はこのバンドサウンドにあるのかもしれない。逆に言えば、普遍的なアルバムと言っていいのではないだろうか。
TEXT:帆苅智之
アルバム『First Message』
2006年発表作品

<収録曲>

1.Start to 0 (Love)

2.Real voice

3.Sha la la

4.ブルーデイズ

5.I believe

6.Stay with me

7.melody

8.君のパワーと大人のフリ

9.永遠の物語

10.時を戻して

11.1・2・3・4

12.Story

13.ライラライ

14.三日月

15.message


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