サイケデリックブルースロックからアメリカンロックへと転身したスティーブ・ミラー・バンドの『ジョーカー』

2021年11月5日 / 18:00

スティーブ・ミラーは多彩な才能を持ったアーティストである。60年代初頭からシカゴで本物のブルースを学び、サンフランシスコに移り住んでからは白人ブルースロッカーとして独自のサイケデリックブルースを追求しようとした。しかし71年、自動車事故による長期間の療養生活の間にいろいろ考えるところがあったようで、グループのメンバーを総入れ替えし、キャッチーなスタイルのロックグループとして再スタートを切る。今回取り上げる『ジョーカー』は新生スティーブ・ミラー・バンドの第一弾アルバムであり、王道のアメリカンロック作品となった。本作はグループ初のトップテンヒット(全米2位)で、タイトル曲の「ジョーカー」は1位を獲得、今でもアメリカンロックを代表する名曲として多くの人から愛されている
60年代サンフランシスコの代表グループ

1960年代中頃のサンフランシスコで人気のあったロックグループと言えば、まだレコードをリリースしているわけではなかったが、ジェファーソン・エアプレイン、クイックシルバー・メッセンジャー・サービス、モビー・グレイプ、グレイトフル・デッド、ドアーズ、ビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニー(ジャニス・ジョプリンを擁した)などが挙げられる。ヒッピー文化が中心であった当時のサンフランシスコのミュージックシーンは、ドラッグ抜きでは語れないことから、彼らの音楽はサイケデリックロックとかアシッドロックなどと呼ばれていた。

フィルモア・オーディトリアム(フィルモア・ウエストの前身)のオーナー、ビル・グレアムはこれらのグループをしょっちゅう出演させていたので、彼らの人気はうなぎのぼりで、レコード会社の多くが彼らと契約しようと躍起になっていた。67年に20万人以上を集めて開催されたロック史上最初のビッグフェスとなる『モンタレー・ポップ・フェスティバル』にこれらのグループが大挙出演してからは、その人気は全国区となっていく。ちなみに、このフェスは以降のロックフェスの雛形となり、『ウッドストック』も『ワトキンスグレン』も、この『モンタレー・ポップフェス』をモデルにしている。
すでにレコーディング経験のあった スティーブ・ミラー

中でもスティーブ・ミラー・ブルース・バンドは本格的なブルースを演奏するグループとして一目置かれる存在であった。グループのリーダー、スティーブ・ミラーは以前シカゴで、のちにマイク・ブルームフィールドやバディ・マイルスとエレクトリック・フラッグを結成するバリー・ゴールドバーグとの双頭バンド、ゴールドバーグ・ミラー・ブルース・バンドで活動し、65年にはすでにレコードもリリースしていたのである。

この頃の貴重なコメントがある。レコード・プロデューサーのデイビッド・ルービンソンは「私がサンフランシスコに出てきたのは1966年の12月。あの当時で最高のバンドというと、それはもうモビー・グレイプに止めを刺す。他とは比べものにならない。モビー・グレイプと一段下がってスティーブ・ミラーかな? (中略)できもしないブルースを演奏するサンフランシスコのグループなんてのはもう、お笑い草でしかなかったのさ。ただし、スティーブ・ミラーとサンズ・オブ・チャンプリン(筆者注:ビル・チャンプリンのグループ)とモビー・グレイプは別格だった」(『ロックを創った男、ビル・グレアム』ロバート・グリーンフィールド著、大栄出版、1994)と、後年に語っている。
スティーブ・ミラー・バンド

『モンタレー・フェス』のあと、グループは大手レコード会社のキャピトルと契約、ビートルズのプロデュースを手がけたジョージ・マーティンの助言でスティーブ・ミラー・バンドへと改名することになった。チャック・ベリーのバックを務めたライヴ盤をリリースした後、デビューアルバム『未来の子供達』(’68)はグリン・ジョンズのプロデュースによってロンドンで録音された。この時のメンバーはスティーブ・ミラー(Gu&Vo)の他、ボズ・スキャッグス(Gu&Vo)、ロニー・ターナー(Ba)、ジム・ピーターマン(Key)、ティム・デイビス(Dr)で、後にメンバーとなるベン・シドランがゲスト参加している。そのサウンドはシンセなども使った実験的な要素が濃く、まさにサイケデリックロックとブルースの二刀流であった。グループはこの路線でセカンドアルバム『セイラー』(’68)をリリース、真新しい試みを随所に取り入れ評論家筋から高い評価を受けた。

続く『すばらしき新世界』(’69)では、スキャッグスとピーターマンが脱退、新たにベン・シドランが加入する。ゲストにニッキー・ホプキンスとポール・マッカートニー(変名で)が参加するなど、大きな話題となった。

5枚目のアルバム『ナンバー5』(’70)はナッシュビル録音で、エリアコード615の面々が参加するなど、カントリーやマリアッチ的なサウンドにもチャレンジするなど意欲作となったが、ミラー以外のメンバーの影が薄くグループの存続が危ぶまれた時期でもある。この後、ミラーは冒頭で述べた自動車事故で長期間の休養を余儀なくされるのと同時にグループは分裂する。
本作『ジョーカー』について

療養期間中、キャピトルレコードはミラーのライヴ音源や残されたスタジオ音源をもとに、寄せ集め的な内容の『ロック・ラブ』(’71)、『エデンからの旅(原題:Recall The Beginning…A Journey From Eden)』(’72)、2枚組ベスト『アンソロジー』(’72)をリリースするものの、『アンソロジー』以外はセールス的には芳しくなかった。

ミラーの復帰後はメンバーも一新し、ジェラルド・ジョンソン(B)、ジョン・キング(Dr)、ディッキー・トンプソン(Key)の4人組でリスタート、73年にリリースされたのが8thアルバムとなる本作『ジョーカー』だ。

これまでのサウンドと違い、シンプルかつキャッチーなアメリカンロックへと変貌する。ブルースナンバーは取り上げているものの、こちらもすっきりと仕上げられているのが特徴だ。特にベースのジェラルド・ジョンソン(本作のあとデイブ・メイソンのグループに移籍)の参加で、明らかにノリが良くなっている。

収録曲は全部で9曲、「カム・オン・イン・マイ・キッチン」と「イーヴル」の2曲はライヴ録音で、「イーヴル」のベースはかつてのメンバーであるロニー・ターナーがベースを弾いている。ペダルスティールの入った叙情的な「サムシング・トゥ・ビリーブ・イン」も佳曲だし、ファンキーな「シュ・バ・ダ・ドゥ・マ・マ・マ・マ」やR&Bっぽい「メアリー・ルウ」などは軽快で、まさにアメリカンロックそのものだ。少しハードな「シュガー・ベイブ」も良いが、何と言っても「ジョーカー」の出来が際立っている。スティーブ・ミラーはアメリカンロック史上に残るこの名曲をものにしただけでなく、この後も最高傑作となる『鷲の爪』(’76)や『ペガサスの祈り』(’77)を立て続けにリリースし、アメリカンロックを代表するビッググループになるのである。
TEXT:河崎直人
アルバム『The Joker』
1973年発表作品

<収録曲>

1. シュガー・ベイブ/Sugar Babe

2. メリー・ルー/Mary Lou

3. シュ・バ・ダ・ドゥ・マ・マ・マ・マ/Shu Ba Da Du Ma Ma Ma Ma

4. ユア・キャッシュ・エイント・ナッシング・バット・トラッシュ/Your Cash Ain’t Nothin’ But Trash

5. ザ・ジョーカー/The Joker

6. ラヴィン・カップ/Lovin’ Cup

7. カム・オン・イン・マイ・キッチン/Come On in My Kitchen

8. イーヴル/Evil

9. サムシング・トゥ・ビリーヴ・イン/Something to Believe In


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