コシミハルが細野晴臣との邂逅で本格的に才能を開花させたエポック作『TUTU』

2021年9月29日 / 18:00

9月15日に約6年振りとなるフルアルバム『秘密の旅』を発表したコシミハルの過去作をピックアップする。今やクラシック、シャンソン、ジャズ、テクノポップ、ダンスなど多様な面を持つ音楽家として活動している彼女ではあるが、デビュー当初は女性シンガーソングライターとしてすぐには活路を見出せなかった様子。その転換期は細野晴臣プロデュース作の4thアルバム『TUTU』であろう。最初期と比べて同作では何が変わったのか。まずは彼女のプロフィールから振り返ってみる。
未成熟だった1980年代の音楽シーン

コシミハルのオフィシャルサイトにあるプロフィールを見ると、まず〈父が読売日本交響音楽団ファゴット奏者、母が声楽家というクラシック一家に育つ。3歳からピアノ、8歳から作曲を始める。11歳のとき越路吹雪に魅了されシャンソンの弾き語りを始める。また、ステージの世界に憧れ、クラシックバレエを習う〉とあり、そこからすぐに〈1983年:遠藤賢司のレコーディングにキーボードとコーラスで参加したことがきっかけとなり、デモテープが細野晴臣の耳にとまり、細野のプロデュースでアルバム『TUTU』を発表〉となっている。Wikipediaによれば、彼女のデビューは1978年10月、越美晴名義で発表したシングル「ラブ・ステップ」だということだから、1979年から1982年までは“黒歴史”ということになっているのだろうか。『TUTU』は〈アレンジも含めて作曲をしていくというスタイルが出来上がったファーストアルバムですね。本当の意味で〉と本人も語っている(〈 〉はMiharu Koshi official websiteからの引用)。

最近では音楽活動と役者やモデル活動との両立も珍しくなくなり、バンドの掛け持ちも何ら不思議ではなくなった。アイドルを卒業した人がシンガーソングライターに転身することだってある。活動形態に規制がないのは当たり前というか、ほぼ自由になっていると言っていい。それが普通のことになっている時代の音楽ファンにしてみれば、“過去の活動が黒歴史ってどういうこと!?”と思われると思う。その辺りの実情がどうであったかに関してはWikipediaの記述が詳しい。やや長くなるが以下に引用させてもらう。

[デビュー当時の1970年代から1980年代初頭にかけては、音楽業界においてもテレビ番組や芸能雑誌が主要なメディアであり、若い女性シンガーソングライターはそれだけでアイドル歌手のような扱いを受けることが多かった。越美晴の場合もクラシック音楽の教育を受け、作詞・作曲、演奏を自らこなす正統派のシンガーソングライターであるにもかかわらず、その例に漏れなかった。なお同時代の女性シンガーソングライターには、大ヒット曲「異邦人 -シルクロードのテーマ-」を生みながら芸能界に違和感を覚えて活動停止した久保田早紀、「みずいろの雨」などのヒット曲を多数生みながらも海外移住の道を選んだ八神純子、また高い実力を持ちながら商業的に成功しなかったという理由で不本意な活動を強いられ、インディーズへ移行した中山ラビ、佐井好子などがいる]([]はWikipediaからの引用)。

ものすごーく雑にまとめると、1980年初頭までは若い女性シンガー≒アイドルというのが大半の見方だったということになろうか。第一次ユーミンブームが1975年から1976年にかけてのことだったというから、1980年代に入ると、女性シンガーソングライターはまったく新進気鋭の存在というわけでもなかっただろうが、エンタメ界における女性の地位がまだまだ低かったということだろう。いや、それはエンタメ界に限った話ではないかもしれない。そんな時代だったと言えばそこまでだが、まだまだ多様性の乏しい邦楽シーンであり、日本社会だったのだ。
テクノポップの意欲的な導入

そんな時代にあって、自身の信念を曲げずに音楽活動を続けたことが今のコシミハルに繋がっているわけだが、まさしくエポックと言える作品が『TUTU』であり、それまでの作品とは作風の異なるアルバムである。まずぱっと見て分かるのはジャケットのアートワークだ。百聞は一見に如かず。ググってみてほしい。1stアルバム『おもちゃ箱 第一幕』(1979年)、2nd『On The Street MIHARU II』(1980年)、3rd『Make Up』(1981年)と、この『TUTU』、加えて言えば、5th『Parallelisme』(1984年)とは、アーティストが変わったと思わされるくらいにビジュアルが違う。1st~3rdと4th~5thとでは髪型が違う…というのは半分冗談にしても、彼女の容姿が強調されている前者に対して、後者は彼女をアートワークに取り込んだジャケットと言ったらいいだろうか。3rdはショッキングピンクをあしらった辺りが如何にも1980年代という感じで、これはこれでいい感じなのだが、やはり1st~3rdのジャケからは、件のアイドル歌手扱いを想像することができる。とりわけ、そのショッキングピンクからモノトーンへと変化した3rd→4thは、アーティスト性の変貌を印象付けるには十分なものであっただろう。

そして、肝心のサウンド。これは相当に違う。細かく音像がどうだこうだ言う以前に、聴き応えが1st~3rdとはまったくと言っていいほど異なる印象だ。何と言ってもM1「ラムール・トゥジュール」がいい。これはベルギーの音楽ユニット、テレックスのカバー。テレックスは[YMO、ダフト・パンク、ジェフ・ミルズ、モービーらに影響を与え、ハウス・ミュージックの原点にもなった]というだけあって、オープニングにそのカバーを持ってきていることだけでも、本作がテクノポップ、ニューウェーブの影響下にあることが分かる([]はWikipediaからの引用)。楽器が奏でる旋律もヴォ―カルのメロディーラインもゆったりとしているが、サウンドは如何にもテクノらしい硬質さがありながら、歌声には独特の浮遊感があって、お互いがお互いを引き立てている。間奏のフランス語(ですよね?)も何とも“らしい”し、選曲にあたっては細野のアドバイスもあったということだが、彼女の新たなステージの幕開けに相応しいナンバーであったであろう。

M2「レティシア」もゆったりとしたテンポで、比較的淡々と進んでいく。大陸的というか、大らかというか、全体にはそんな雰囲気でありつつ、深めのリバーブがそこに幻想感を与えていて、当時の歌謡曲やポップスとは明らかに違う感触。アルバム2曲目にしてリスナーに決定的なイメージを与えたことだろう。M3「スキャンダル・ナイト」はアップチューン。音数も多く、音圧も強めだ。歌メロは大衆的…とまでは言わないけれど、キャッチーはキャッチーだし、可愛らしいボーカリゼーションと相俟って、今でもテクノアイドル歌謡として他者に提供出来るのではなかろうかと思わせる内容だ。個人的にはYMO中期のハードコアテクノ感を彷彿とさせるところもあるし、曲終わりのキレも良く、とてもカッコ良いと思う。中期YMOっぽさは続くM4「ラムール…あるいは黒のイロニー」でも感じるところだが、頭からいきなりリバースっぽい音が聴こえてきたり、シンセやサンプリングと思しきサウンドで楽曲が構築されているのが圧倒的に面白い。既存の楽器に囚われない音作りはM4に限ったことではないけれど、それが間違いなく、彼女にしか出し得ない世界を創り上げている。しかもM4に関して言えば、ベースはかなりブイブイとしたプレイを鳴らすなど、デジタルに生音を融合しているのも興味深い。リズムは速くても歌メロはゆったりしているというところもそうだし、相反する要素のコントラストはこの時期の彼女と言えるのかもしれない。と、ここまでがアナログ盤でのA面。

以下はB面。イントロからポップなメロディが聴こえてくるM5「シュガー・ミー」は、シンセの音色が如何にもニューウェーブ。A、B、サビという展開もJ-POP的で、M3「スキャンダル・ナイト」以上に歌謡曲対応可能だと思わせるナンバーだ。とは言え、コード感であったり、間奏(ブリッジ?)のややダークな感じとかは、簡単にアイドル的ポップソングと括られるものでないのは彼女の非凡さをうかがわせるところでもある。M6「プッシー・キャット」はジャジーなファンクナンバー。ダンサブルはダンサブルではあるが、ディスコティックという感じではなく、独特の不穏さを伴って展開していくのがおもしろい。当時はジャズの知識はほとんどなかったという彼女が、なんとかジャズの雰囲気を取り込もうとしたところでオリジナリティーが生まれたのだろうか。

不穏な感じはM7「キープ・オン・ダンシン」にもある。メロディは可愛らしく、ちょっとばかりセクシーな味付けがされている感じだが、随所でサイケ風なサウンドが聴こえたり、間奏でギター(だよね?)がかなり荒々しく鳴らされたり、シャレオツなだけに留まらない奥深さがある。M8「日曜は行かない」はAOR寄りと言っていいだろうか。サウンドはそれほど派手ではない…という言い方でいいかどうか分からないけれど(間奏のギターは大分派手だけど…)、歌が前面に出ている印象だ。この辺はアーティスト、シンガーソングライターとしての過渡期をうかがわせるところでもあるし、逆に言えば、彼女の懐の深さを知ることも出来るナンバーと言えるのかもしれない。アルバムのフィナーレはM9「プティ・パラディ」。歌劇、クラシカルな要素も取り入れた三拍子。愛くるしくも親しみやすいメロディをオルガンやアコーディオン(多分シンセ)などで彩っている。最新作『秘密の旅』のBlu-ray盤においても収録されているので、コシミハルのスタンダードというか、なくてはならないナンバーと言っていいかもしれない。
最初期からあった才能の萌芽

と、収録曲をザっと振り返ってみても、『TUTU』は、歌だけでなく、サウンドにも重きが置かれ、しかも当時の音楽シーンでの最新モードだったテクノを惜しみなく(?)導入していることが分かる。その点は間違いないと言っていいだろう。本作は細野晴臣のプロデュース作であって、その作風の要因を細野に見出す人は多いと思われる。しかし、結論から言えば、それは半分正解と言ったところではないだろうか。筆者も当初は細野色が強い作品だろうと漠然と考えていた。それは、『TUTU』のリリースは1983年10月で、YMOの散開(※所謂解散のこと)が発表されたのも1983年10月だから、制作当時、細野はまだYMOだったことだし、氏の影響が強かったんじゃなかろうかという単純な理由で…だ。だが、“『TUTU』でどこがどう変わったのだろうか?”というのも気になって、『TUTU』以前の1st~3rdもサラッと聴いてみると、決して細野だけの要因ではないことが理解出来た。確かに『TUTU』での変化はあるものの、それは方向性が180度違うほどドラスティックなものではなかった。最後に、そこに触れておこう。

1st『おもちゃ箱 第一幕』は、さすがに…と言うべきか、ポップス感が強めであって、サウンドにはテクノな感じもほとんどない。ラテンの要素が少しあったりするが、女性シンガーソングライターらしい作品といった印象だ。ただ、2nd『On The Street ~ Miharu II』(1980年)から少し様子が変わる。歌メロが前面に出たポップス的な楽曲が多い中にも、ロックテイストあり、ファンク的ナンバーありと、サウンドの幅が広がった感じがある。その中でも、M3「いたずらアンニュイ」やM8「Up Down」などのシンセの使い方にテクノポップの匂いがするし、M2「立ち入り禁止」での歌唱はニューウェーブ調。彼女自身の嗜好が少し垣間見えるようだ。

その辺は3rd『Make Up』で確信に変わる。テクノな嗜好が感じられるのはM9「ポケットいっぱいラブソング」のみだが、アレンジ、サウンドメイキングの随所にアーティストの意欲が感じられる。エフェクトを駆使して不思議で妖しい雰囲気を醸し出すM6「ミスターM」。レゲエをベースにしながらもあまり他にはない音を導入することで、単純なロックチューンで終わらせていないM7「コーヒーブレイク」。また、M1「さりげなくジンジャーエール」はシティポップに分類されるもので、のちの彼女の作品ではこういうテイストが出てないということは、彼女自身の好みではなかったのかもしれないが、これはこれで実によく出来た楽曲である。つまり、最初期において彼女はお仕着せのシンガーだけをやらされていたわけではなく、アーティストとしてのスキルを磨きながら方向性を見定めていたのだろう。『TUTU』でレーベルを移籍しているが、その音源の一部は前レーベルで録音していたものを買い上げたという。それも彼女のスタンスを示す証拠だろう。そもそも才能溢れるアーティストであったコシミハル。そのポテンシャルは細野晴臣との邂逅によって花開いたものと見る。
TEXT:帆苅智之
アルバム『TUTU』
1983年発表作品

<収録曲>

1.ラムール・トゥジュール

2.レティシア

3.スキャンダル・ナイト

4.ラムール…あるいは黒のイロニー

5.シュガー・ミー

6.プッシー・キャット

7.キープ・オン・ダンシン

8.日曜は行かない

9.プティ・パラディ


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