『MARI & REDSTRIPES』から伺う日本のポップス職人、杉真理の求心力

2021年6月30日 / 18:00

6月23日、ビクターエンタテインメントの“マスターピース・コレクション~CITY POP名作選”の1作品として、杉真理のデビューアルバム『MARI & REDSTRIPES』がリマスタリングされ、「思い出の渦」のシングルバージョンを加えた『マリ・アンド・レッド・ストライプス+1』として再発された。今週はストレートにその『MARI & REDSTRIPES』を取り上げる。45年近くの長きに渡って、ソロでの活動はもちろんのこと、さまざまなユニットで活動してきた杉真理の原点とも言える本作。日本にポップスシーンの礎のひとつと言っても過言ではなかろう。
大学時代の音楽サークルが前身

MARI & REDSTRIPESは杉真理がプロミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせたバンドだ。ただ、そうは言っても、杉真理がソロになったのはMARI & REDSTRIPESが活動を休止したことに端を発して…とか、そういうことではなくーーいや、そうした側面が微妙にあったと言えばあったのだが、そもそもこのバンドの生い立ち、経歴は古今東西の“&”系バンド(?)とはちょっと違う。Paul McCartney & WingsやIggy Pop & The Stoogesのようにメインメンバーのネームバリューが必要だったからそれを前に出したというわけでもないし、Crosby, Stills, Nash & Youngのようにそれぞれが合わさってグループとなったということでもないらしい。Wikipediaには[大学時代に結成してライヴ活動やデモテープ作成などの活動をしていたバンド“ピープル”を杉のレコードデビュー時に名称変更したもの。実態は杉のソロ活動サポートメンバーであり、メンバーも流動的でバンドとしての一体性はなかった]とあることからすると、バンドではあるものの、杉を中心とした“プロジェクト”名に近いものだったかもしれない([]はWikipediaからの引用)。

日本のバンドで比較すると、あるプロジェクトに基づいたバンドという観点から言えば、杉山清貴&オメガトライヴに近いかもしれないし、大学時代の仲間が絡んでいるとすれば、世良公則&ツイストにも近いとも言えるが、やはりどちらとも微妙に違う(どこがどう違うが、ご興味のある方はお調べになってみても楽しいと思います)。今も残る文献を見る限り、独特のスタンスで活動していたバンドであったと言って間違いないようだ。

MARI & REDSTRIPESのメンバーは[青山 純(Dr)、新井田耕造(Dr)、竹内まりや(Back Vocal)、安部恭弘(Back Vocal)、平井夏美(Back Vocal)、永田一郎〈エルトン永田〉(Key)、内田龍男(Gu)、田上正和(Gu)、小池秀彦(Key) ほか 総勢16名]だったという([]はWikipediaからの引用)。ギターはともかく、ドラムが複数在籍している時点で特異なバンドであることが分かる。前述の通り、杉が大学時代に参加した軽音楽サークルで結成したバンドのピープルが前身で、杉のオフィシャルサイトを見ると、そのピープルはコンテストに参加することで名をあげていったようだ。興味深いのは、そのメンバー。のちの日本の音楽シーンを担うミュージシャンたちが揃っているのは、それだけ杉には学生時代から強烈な求心力があったということなのだろう。とりわけ注目したいのは平井夏美氏。氏は松田聖子の「瑠璃色の地球」や井上陽水の「少年時代」の作曲で知られる川原伸司氏のこと──つまり、川原氏の別名が平井夏美で、本名では参加できなかったので変名を使ったそうなのだが(なぜ本名で参加できなかったというと、氏がMARI & REDSTRIPESのディレクターであり、所属していたレコード会社の当時の規約でディレクターが作曲などに関わることが禁じられていたからだという)、どうやらこの平井氏=川原氏がMARI & REDSTRIPESの首謀者であったようだ。ウェブマガジン『大人のMusic Calendar』2019年3月25日付、“42年前の今日1977年3月25日、杉真理が「思い出の渦」でデビュー”と題された記事にこうある。[レコード会社の上層部は経費対効果を考え、スタジオ・ミュージシャンを起用するように指示を出したが、A&Rとして、制作現場の陣頭指揮をとっていた平井夏美こと、川原伸司(当時はビクターの社員だったため、アーティストとして関わる際には平井夏美と名乗っていた!)はそれを頑なに固辞している。彼は学生たちが集まって、何かを作り上げる、そんな瞬間をドキュメントしたいと思っていたそうだ。

ちなみにデビューが杉真理名義ではなく、MARI&RED STRIPES、杉真理&RED STRIPESなのは、竹内まりや&RED STRIPES、安部恭弘&RED STRIPES…と、続けてリリースする構想があったからだという]([]は『大人のMusic Calendar』からの引用)。その記事を読んで合点がいった。本作『MARI&RED STRIPES』に収められた音像はとにかく活き活きとしている。そこがまさにこのバンドの本質であったのだ。
活き活きとしたバンドアンサンブル

オープニングのM1「ムーンライト・ベイビー」こそ、ピアノ中心の短いナンバーでしっとりと聴かせてはいるものの、続くブルージーなM2「気まぐれママ」からはそのバンドサウンドの本領が発揮されていく。Aメロ~Bメロ(特にBメロ)はメロウで、サビではロック的に圧しが強くなるという展開そのものに起因しているのかもしれないが、生真面目に、それでいて力強くビートをキープするドラムを根底に置いて、その上をベースが躍動的に鳴り、軽快なカッティングを聴かせるギターとブルース調に響くギターとで、サウンド全体を彩っていく。さらにアウトロではフリーキーに奏でられるピアノがとてもいい具合に重なり、その弾けるようなメロディーに呼応するかのようにグルーブが増していく様子は、この楽曲の聴きどころのひとつでもあろう。いい意味で過不足のないコーラスがヴォーカルパートをさりげなく支えているところも聴き逃せないと思う。

デビューシングルでもあったM3「思い出の渦」では、そのバンドアンサンブルはさらに本領発揮。リズムギターが淡々と楽曲を引っ張る一方で、ベースラインはやはり独特の動きを示し、リードギターはそれとはまた違った旋律を重ねていく。弦楽器の絡み合いがとても面白い。さらに、コーラスが本性を露わにしていると言ってよかろう。少し牧歌的な印象もありつつ、どこか切な気な雰囲気もある歌の主旋律を、ハーモニーによってふくよかにしているというか、コーラスを重ねることによって単純に終わらせない味付けが成されているのは間違いない。間奏においても重要なポジションを取っている。また、この曲は間奏のサウンドが興味深い。あれは何らかしらエフェクトのかかったエレキギターではないかと思って聴いたのだが、鍵盤のようでもあり、ウインドシンセのようでもあり、何とも不思議な音色が、やや不思議な歌詞世界にもマッチしているようで、これもまた聴きどころだと思う。

M4「トゥナイト」、M5「表通りで」、M6「はやく君を抱きたい」は、それぞれにタイプは異なるものの、いずれもギターがカッコ良い。ブルージーに歌メロに絡んでくるM4。キレのいいカッティングを見せるM5。そのM4とM5の中間とも言えるニュアンスで、時に滑るように、時にしっかりとリズムを意識しながら弦をかき鳴らすM6。共通点としては、どれもこれもロックを感じさせながらも、粗野でなく、お洒落な感じに仕上げているのがポイントではあろうか。もちろん、ギターだけが優秀というわけではなく、M4であればストリングスを配してドリーミーかつドラマチックにしている点や、M5はソウルフルなコーラスワーク、M6では間奏でしっかりと存在感を見せるピアノなど、各パートのプレイも決して無視できないのが、MARI & RED STRIPESらしさと言えるだろう。
デビューアルバムらしい所信表明

M7以降はアナログ盤で言うところのB面。ここからはここまで説明してきたアンサンブルの妙味や個別のパートだけでなく、それで築かれたサウンド(簡単に言えばジャンル)についても見ていこう。M7「バイ・バイ・ウサギ君」は、そのタイトルからも想像出来るようなポップなナンバー。跳ねたピアノと躍動的なベースが中心となってスウィングしていく。ベーシックなコード進行はブルースを基調としている感じだが、お洒落なコードも使っているようで、まったくと言っていいほど泥臭さはない印象だし、アウトロで聴かせるスキャットなどからは演奏そのものの楽しさが伝わってくる様子もいい具合だ。

M8「君は一人かい」はバイオリンを配したカントリー風の楽曲で、こちらもポップだ。個人的には、サビに重なるコーラスに昭和っぽさというか、若干のいなたさを感じなくもないけれど、それを含めて比類なきポップさを有した楽曲と好意的に受け取りたいところはある。そして、これもまた間奏でのバイオリン、ピアノが活き活きと鳴っている部分に、このバンドらしさを見ることができよう。電話の呼び出し音のSEから始まるM9「ファニー・ダンサー」は、ヴォーカルにもエフェクトがかかって、いかにもアーバンな雰囲気を醸し出している。スロー~ミドルテンポのリズムレスで、ブルースというよりもスローなブギーという印象。決してダークな感じではないけれども、アコギとバイオリンという弦楽器の生音が独特の愁いのようなものを与えているように思われる。

そこから一転、次のM9「ドライヴ・オン・ザ・ハイウェイ」では、ビートの効いたロックチューンを聴かせてくれる。テンポこそさほど速くないが、グイグイと来るドラミングは明らかに力強いし、アウトロで鳴るサックスの軽快さ、後半の♪Drive on The Highway〜のリフレインがルーズに歌われている箇所などは如何にもロックっぽい。《ヘイ!! ハナの高い小粋なお嬢さん/どうぞ 僕の車に乗りませんか》辺りでディレイが長めにかかっていくところなど、なかなか面白いサウンドエフェクトも聴かせており、この辺は[後年松尾清憲らと結成したBOXは日本版ビートルズともいえるサウンドを展開し]た、自他ともに認めるThe Beatles好きの杉らしさと言えるだろうか([]はWikipediaからの引用)。キラキラしたエレピ、深めのディレイがかかったヴォーカルで、都会的幻想を感じさせるバラード、M10「ベイビー」はアレンジにこねくり回した感じはなく、それ故に本作の中では最もストレートに歌詞が耳に飛び込んでくるような気がする。一部抜粋すると、こんな内容。

《Baby たくさんの人が行きかって/Baby 今日はもう終わったよ》《Baby たくさんの言葉が話されて/Baby 今日はもう終わったよ》《Baby 君は何も言わないで/Baby 僕の歌を聞いておくれ/君をいつか この腕の中に/抱きしめられる 時が来るまで》《僕は夢を追いかける 一人の男/数えきれない 夢の中で/時は過ぎてゆく》(M10「ベイビー」)。

アルバムの締め括りに相応しい内容であろうし、デビューアルバムらしい杉真理の所信表明が含まれていると考えることもできると思う。アルバムの最後はM11「エピローグ~気まぐれママ・パートII」。短いピアノのインスト、ラグタイムで締め括られる。これ以後のアルバムでもこうしたサウンドで終わることもあるそうで、彼のアーティスト性──と言うとやや表現が固いけれども、アルバム制作の臨み方が早くもデビューアルバムから確立されていたと言うことができるだろうか。

ザッとアルバム『MARI & REDSTRIPES』に収録曲を解説してみた。サウンドの躍動感、アンサンブルの活き活きとした感じが、正確に伝わったかどうかはともかく、何やらポップで楽しそうなアルバムだと少しでも感じてもらえれば幸いであるとは思う。こうした、言わば“REDSTRIPESサウンド”と言うべきものがどうして生まれたかと言えば、冒頭でも述べた通り、それは杉真理というアーティストの求心力に他ならないのであろう。そして、さらに端的に言えば、彼の作るメロディーや歌詞が魅力的であるからだろうと考える。

件の『大人のMusic Calendar』にこんな文章があった。それによるとREDSTRIPESとは[当時のアマチュア・バンド、ピープル活動中に出会ったミュージシャンが母体でしたが、もはやピープルのメンバーだったのは竹内まりやくらいで、その他はコンテストや人のツテで知り合った『杉くんを手伝ってやろう』という雑多なミュージシャンの集合体でした]とのことだ([]は『大人のMusic Calendar』からの引用)。杉真理のメロディーメーカーとしての資質は今さらここで言うまでもないが、それはデビュー時から…いや、デビュー前からしっかりと確立していたと見ることができる。杉自身にとってMARI & REDSTRIPES名義でのアルバムは一時、黒歴史であったようだが、『MARI & REDSTRIPES』は彼が極めて優れた音楽家であることを示す歴史的資料でもあるようだ。
TEXT:帆苅智之
アルバム『MARI & REDSTRIPES』
1977年発表作品

<収録曲>

1.ムーンライト・ベイビー

2.気まぐれママ

3.思い出の渦

4.トゥナイト

5.表通りで

6.はやく君を抱きたい

7.バイ・バイ・ウサギ君

8.君は一人かい

9.ファニー・ダンサー

10.ドライヴ・オン・ザ・ハイウェイ

11.ベイビー

12.エピローグ~気まぐれママ・パートII


イベント情報 EVENT

J-POP・ROCK

Dear BEATLES 2014

杉真理、坂崎幸之助、リッキー、上田雅利、伊豆田洋之、村田和人、小泉信彦、chay

東京2014/3/15

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