『コール・ミー・イフ・ユー・ゲット・ロスト』タイラー・ザ・クリエイター(Album Review)

2021年6月29日 / 18:00

 1991年生まれ、米カリフォルニア州出身。ラッパーとしてはもちろん、ソングライター/プロデューサー、デザイナーから映像作家まで幅広い活躍で高く評価されているタイラー・ザ・クリエイター。唯一無二の作風は“個性的”と端的にまとめるには足らず、流石“クリエイター”を名乗るだけの実力とインパクトがある。

 自身が核となるヒップホップ集団=オッド・フューチャーの作品を除くソロ・アルバムは、1stアルバム『ゴブリン』(2011年)が5位、2ndアルバム『ウルフ』(2013年)が3位、3rdアルバム『チェリー・ボム』(2015年)が4位、4thアルバム『フラワー・ボーイ』(2017年)が2位、そして前作『イゴール』(2019年)で自身初のNo.1をマークし、5作全てのアルバムが米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”でTOP5入りをを果たしている。

 本作『コール・ミー・イフ・ユー・ゲット・ロスト』は、その大ヒット・アルバム『イゴール』から約2年ぶり、通算6枚目のスタジオ・アルバム。前週6月16日にリード・シングル「Lumberjack」をサプライズ・リリースしたタイミングで、本作を翌6月25日に発表すると告知したことが主要国のSNSでもトレンド入りするなど、大きな話題を呼んだ。

 前作『イゴール』は、昨年の【第62回グラミー賞】で<最優秀ラップ・アルバム>を受賞したが、一部メディアやファンからは「ラップ・アルバムではない」等の声もあがり、賛否もあった。それを受けてか、本作はラップを全面にしたヒップホップの古き良き時代へのオマージュ……ともいえる作風に仕立てている。10分を超える大作「Sweet / I Thought You Wanted To Dance」を除き、音を途切れさせないようノンストップで曲を繋げる展開も、かつてのヒップホップ・アルバムらしい。

 アルバムは、ウエストサイド・ガンの「Michael Irvin」(2020年)を使用したコントラファゴットによるジャジーなインストゥルメンタル~語りの「Sir Baudelaire」で幕開けし、社会情勢と人間関係をアフロセントリックなラップで披露したオルタナティブ風の「Corso」、ホーンのスリリングなイントロで始まる攻撃性の高い「Lemonhead」へと繋ぐ。「Lemonhead」には、5月にリリースしたミックステープ『Free Dem Boyz』が好調の米ミシガン州デトロイト出身のラッパー=42 Duggがゲストとして参戦。両者の成功を称えたラップさばきも見事。後半メロウに急展開し、間髪入れずに次曲「WusYaName」へ……。

 「WusYaName」は、売れっ子のヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインとタイ・ダラー・サインの2者を招いたやや不誠実(?)な恋模様のメロウ・チューンで、H-TOWNの90’sクラシック「Back Seat (Wit No Sheets)」(1994年)がネタ使いされている。90年代の空気感をそのままに、グレイヴディガズの「2 Cups of Blood」(1994年)をサンプリングした前述の先行シングル「Lumberjack」でピークを迎える。同曲は、研ぎ澄まされたビートにスクラッチが飛び交うストリート感覚の傑作で、「かつてのタイラーが戻って来た」との熱いメッセージもファンから寄せられている。自身をウルフ・ヘイリーとし監督を務めたミュージック・ビデオも、黄金時代への畏敬の念と持ち前のセンスが光る“洒落”のきいた素晴らしい作品だった。

 6曲目の「Hot Wind Blows」では、リル・ウェインのねっとりしたタングトリルをフィーチャー。ジャズ・ボーカリストのペニー・グッドウィンによる「Slow Hot Wind」(1974年)を早回ししたスタイルは、かつてのカニエを彷彿させる……一面も。フルートの音色をバックに従えた同調の「Massa」では、19世紀までの黒人奴隷制問題を取り上げ、現代社会との対比や今も根付いている人種差別についてを訴える。低音でつぶやくようラップするスタイルは、不気味だが中毒性が高い。

 キーボードの流し弾きからホーンの華やかなサウンド・プロダクションへ転調するテッツォ・タッチダウンとのコラボレーション「RunItUp」~オッド・フューチャーのメンバーでもあるドモ・ジェネシスとの「Manifesto」の流れも素晴らしい。後者では、ナズの「Nazareth Savage」(2004年)をネタ使用したトラックに、今日のSNSにおける社会秩序の乱れを畳みかけるようラップしている。

 前述の「Sweet / I Thought You Wanted to Dance」は、前編をネオソウル風味のオーガニック・メロウ、後編を古典的なルーツレゲエで展開する二部構成の大作。ボーカル・ゲストも、前半を米メリーランド州出身のシンガー=ブレント・ファイヤズが、後半を米LAの女性R&Bシンガー=ファナ・ヒューズがそれぞれ分担している。次曲「Rise!」は、デイジー・ワールドの舞い上がるようなボーカルとタイラーのファンキーなラップが映える、爽やかなポップ・ソウル。曲調にフィットしたお祝いムードの歌詞も晴れやかで、スティーヴィー・ワンダーを聴いた後のような浄化作用がある。

 一転、「Juggernaut」は歪んだ低音の重いトラックによるヒップホップらしい作品。ゲストのリル・ウージー・ヴァートとファレル・ウィリアムスのワイルド&ハイレベルなラップも見事で、レトロな田舎の風景を用いたMVも歌の本質を伝えようという意思が表れた秀作だった。過去の作品では、2018年の「Okra」に近い。

 「Sweet / I Thought You Wanted to Dance」に続く長編曲「Wilshire」では、良好とはいえない関係性や鬱々とした想いを長々とラップする。強調されたベースラインが耳に残るトラックは、シンプルだからこその心地よさがあり、単調ながら8分超えの尺の長さも全く気にならない魅力に溢れている。なお、その他の曲に参加しているDJドラマのボーカルは、この曲のみクレジットが外れている。ラストは、パンデミック後のバカンスをイメージしたファンキーな「Safari」で終結。歌詞においては、この曲のメッセージこそアルバムの本質と受け取れる。

 昨今活躍しているラッパーたちによるトラップ的要素も、オートチューンを起用することもない、ヒップホップの伝統に対する純粋な愛、美学を感じられる作品だった。オッド・フューチャーから初期の作品に回帰したトラックしかり、往年のファンも納得の出来栄えといえるのではないだろうか。純粋なラップ・アルバム(ヒップホップ)という視点でみれば、2021年最も優れた作品……という(個人的)見解も添えておく。

Text: 本家 一成


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