『ラヴ・ゴーズ』サム・スミス(Album Review)

2020年11月3日 / 18:00

 ここ最近のサム・スミスをみていると、解放感で満たされているのがひしひし伝わる。たとえば“なりたい自分”を表現したインスタグラムの投稿、メイクアップ動画、母親願望の公言、性認識が男女どちらにもあてはまらない「ノンバイナリー」であることの公表、など。多少の迷いも感じられるが「今の自分はこうだ」ということを包み隠さず曝け出している。アルバムの発売直前には、毛髪移植手術の告白なんかもあったりして。

 3年ぶりの新作『ラヴ・ゴーズ』にも、そういった要素が含まれている。というか、むしろ自由度の高い曲で構成されたアルバム、というべきか。作品としては素晴らしかったが、前2作の少し窮屈な感じが一切なく、やりたいことをひと通り実現できた、そんな感じ。サム自身「真面目になり過ぎないようにした」とも制作過程を振り返っているし。そう考えると、前作『スリル・オブ・イット・オール』(2017年)からの進化は凄いもの。

 初っ端からアカペラを披露する「ヤング」はじめ、バラードのクオリティが如何なものかは今更何をといったところだが、前作からの進化といえば何といってもアップが充実している、ということ。シェルバックがプロデュースした2ndシングル「ダイヤモンズ」は、デュア・リパやザ・ウィークエンドの大ヒットを筆頭に、昨今ブームを巻き起こしている80’sディスコのリメイクで、ミュージック・ビデオでも固定概念を取っ払ったしなやかなダンスを披露している。「ステイ・ウィズ・ミー」(2014年)の大ヒットからバラードのイメージが定着しがちだが、フロアライクな曲も余裕で歌いあげる、その歌唱力も折り紙付き。

 アップも様々な種類があり、たとえばボーナス・トラックとして収録されたカルヴィン・ハリスとのコラボレーション「プロミセズ」は古典的なハウスだし、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で最高7位をマークしたノーマニとのデュエット曲「ダンシング・ウィズ・ア・ストレンジャー」は「ダイヤモンズ」路線のニュー・ディスコ。“完全解放”したMVも話題となったデミ・ロヴァートとのコラボ曲「アイム・レディ」は、パワー・ポップのような要素も感じられる。

 多方面で活躍するナイジェリアのシンガーソングライター=バーナ・ボーイをフィーチャーした1stシングル「マイ・オアシス」は、アフロビートやラテンのサウンド・プロダクションを取り込んだ、エキゾチックなメロディー・ラインのミディアム。前曲のようなフロア向けのダンス・トラックとは言い難いが、これはこれで新しい挑戦といえる。コロナ禍で感じた孤独を綴った歌詞も見事にハマり、地味ではあるが聴き手を強く引き付ける魅力が備わっている。

 ディスクロージャーのガイ・ローレンスがプロデュースした「アナザー・ワン」は、コールドプレイの「ア・スカイ・フル・オブ・スターズ」(2014年)を彷彿させる幻想的なEDM。ボーナス・トラック収録のシングル曲では近いものもあるが、尚UKシンガー“らしさ”を強調したといえよう。それから、グロリア・ゲイナーの「恋のサバイバル」(1978年)を彷彿させるマイナー調のレトロ・ディスコ「ダンス(ティル・ユー・ラヴ・サムワン・エルス)」もいい曲。サビのフェミニンな高音は、サムにしか出せない魅力に溢れている。スウェーデンの女性シンガーソングライター=ヌーニー・バオと共作した「ソー・シリアス」では、R&Bシンガーらしさもアプローチした。

 一方、後半に詰め込んだスロウも充実していて、前2作の路線を期待していたファンも裏切らない仕上がりとなっている。中でも、アルバムと同日にシングル・カットされた「キッズ・アゲイン」は格別。タイトルに忠実な過去の自分を回想するアコースティック・メロウで、旋律の美しさとソウルフルなボーカル・ワークは初期の作品に回帰したような出来栄えだった。ワンリパブリックのライアン・テダー、アンドリュー・ワット、アリ・タンポジ、ルイス・ベルという超強力タッグが実現しただけはある。内容に直結した遊園地でノスタルジックに浸るミュージック・ビデオも、単調ながら見入ってしまう引力が。

 その他、ストリングスを響かせるクリスチャン・ソングのようなピアノ・バラード「フォー・ザ・ラヴァー・ザット・アイ・ロスト」や、繊細な歌唱に目を細めてしまうほど優しい雰囲気の「ブレイキング・ハーツ」、伸びやかな声を活かし高らかに、誠実に歌う壮大なバラード「フォーギヴ・マイセルフ」など、スロウ続きでもマンネリ化しない充実感に満ちている。英ロンドンのシンガーソングライター=ラビリンスが手掛けたタイトル曲「ラヴ・ゴーズ」では、ファンファーレを響かせるクラシックの領域にも挑戦。なんでも柔軟にできる人だなぁ……と感心してしまう。

 バラードをひと通りやり終えた後、前述の「プロミセズ」からアップ系のシングル曲が立て続けに収録されたワケだが、これらボーナス・トラックも必要なかったのでは?と思うほど、本編は密度の濃い作品が厳選されている。とはいえ、マックス・マーティンが手掛けたトラップ風味の「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?」や、本来アルバムのタイトルとしてリリースされる予定だった悲壮感あるバラード「トゥ・ダイ・フォー」、Netflix『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち』の主題歌として書き下ろした情感豊かなバラード「ファイアー・オン・ファイアー」など、お蔵入りするには確かに惜しい傑作ばかり。幅広い層に聴いてもらうという意味合いでも、ボーナス・トラックとして収録したのは正解だったのかもしれない。

 本作の制作時は、新型コロナウイルスの影響で世界中がパニックに陥り、サム自身も諸々痛手を負ったかと思われるが、それを取っ払っても大きな変化をもたらし、個性を発揮しつつ後の可能性も開けた作品だってことがわかる。「実験的な2年間だった」というコメントも納得。少々残念だったのは、草原で横たわる爽やかなカバー・アート。これはこれで悪くないが、せっかくならもっと思い切ってもよかった気が……しないでもない。

Text: 本家 一成


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