角松敏生との邂逅で中山美穂がアイドルから完全脱皮!『CATCH THE NITE』は女性シンガー史上屈指の名盤

2020年6月24日 / 18:00

4月以降、リリースが延期となった新作が少なくない上に、ご存知の通り、ライヴに関してはほぼ壊滅的で、新作発表やツアーの開幕(あるいは終幕)といったトピックに合わせてそのアーティストの名盤を紹介している当コラムとしても、ここ数カ月間、当初の予定がわりとズレている。そんなわけで、4月は急きょ予定を前倒しする格好で、1980年代女性アイドルの名盤を、松田聖子、中森明菜、薬師丸ひろ子、小泉今日子と紹介してきたのだが、当然、女性アイドル史はこれだけで終わらない。今回は邦楽名盤女性アイドル編第五弾として中山美穂の『CATCH THE NITE』を取り上げる。
1980年代後半のシーンを席巻

中山美穂がシングル「「C」」で歌手デビューしたのは1985年6月。この年も、のちに“花の82年組”と称された1982年に引けを取らないほどのアイドルの当り年で、本田美奈子、南野陽子、斉藤由貴、浅香 唯ら、さらにはおニャン子クラブもこの年のデビューである。中山美穂はそこから頭ひとつ抜けた存在であったと言える。第27回日本レコード大賞で最優秀新人賞を獲得という勲章に加えて、1980年代のシングル総売上げが当時の女性アイドル中5位だったという話もあるし、レコード(CD)の総売上で見ても1980年代にデビューした女性ソロシンガーでは松田聖子、中森明菜に次ぐ3位であるという話もある。

また、これは1990年代に入ってからのことであるが、[1994年2月、「ただ泣きたくなるの」が100万枚を超える売上げを記録し、自身単独名義での初ミリオンヒットとなる。「世界中の誰よりきっと」と合わせると2曲目のミリオンヒットとなり、80年代デビューの女性歌手でミリオンヒット2曲は初の快挙で、現在までにこの快挙達成は中山美穂と今井美樹のふたりだけである]([]はWikipediaから一部修正して引用)というから、彼女は邦楽史にその名を刻む、押しも押されぬトップアイドル、いや、トップシンガーのひとりであることは疑いようがない。

ただ、デビュー当時の中山美穂は…というと、やや型破りであったものの、その存在はアイドル然としていたことは否めない気がする。彼女は歌手より先に女優としてデビュー。初演はテレビドラマでのツッパリ少女役であった。“やや型破り”と言ったのがそこでの演技で、台詞もシーンもテレビドラマにしては刺激的な内容だった。ドラマの放送後にそのシーンが写真週刊誌に載ったような記憶もある。続いて、映画『ビーバップ・ハイスクール』でのヒロイン役も話題となった。映画自体が大ヒットし、彼女が歌った主題歌で3rdシングル「BE-BOP-HIGHSCHOOL」もスマッシュヒット。[この曲でTBS系で放送されていた『ザ・ベストテン』に初ランクインした]というから、映画も主題歌も中山美穂の完全な出世作だったと言える。その後も数多くのドラマで主役を務め、[月9枠の常連となり、主演が7作品と、女性では最多を記録している(男性を含めると木村拓哉に次ぐ第2位)。また、主演と主題歌を担当した作品も4作で、最多である]とのことで、アイドルとしての活躍は申し分のないものであったと言える([]はいずれもWikipediaから引用)。

その一方で、デビューから2年間ほどの彼女の楽曲に目新しさはなかったとも思う。そう言うと、大変失礼な物言いに聞こえるかもしれないが、楽曲のレベルが低かったというようなことを言いたいわけではない。シングル曲のほとんどは“作詞:松本 隆/作曲:筒美京平”なので、レベルが低いはずもない。しかしながら、松本&筒美はすでに黄金コンビとして数多くのヒット曲を世に送り出していたし(つまり、それだけ新人の中山美穂が力を入れられていた証拠でもあるのだけれど)、松本 隆の歌詞は先行した松田聖子楽曲のイメージも強い。筒美京平に至っては手掛けた曲が多すぎて(作曲作品の総売上枚数作曲家歴代1位!)、どれがどうと言えないほどである。つまり、中山美穂の当初の楽曲はオリジナリティーが薄かったと言い換えたほうが分かりやすいだろうか。4thシングル「色・ホワイトブレンド」(1986年)で竹内まりや、5th「クローズ・アップ」(1986年)で財津和夫、6th「JINGI・愛してもらいます」(1986年)と10th「50/50」(1987年)とで小室哲哉からも楽曲提供を受けていたものの、ブレイク前のTKはともかくとしても、竹内まりや、財津和夫もまた作曲家としてのバリューが十分にあった頃であったし、そのコラボレーションによって大きな化学変化があったのかと問われたら、正直言って、“あった”とは言いづらいのではなかろうか。彼女にとって明らかに歌手としての転機となったのは角松敏生との邂逅であろう。具体的に言えば、シングル「You’re My Only Shinin’ Star」と、今回紹介する6thアルバム『CATCH THE NITE』である(ともに1988年)。
角松プロデュースで本格ブレイク

中山美穂のシングル曲は前述の通り、松本&筒美の手による作品が多かったが、アルバムはその限りではなかった。1stアルバム『「C」』(1985年)では林 哲司も曲を提供しているし、3rd『SUMMER BREEZE』(1986年)には“作詞:湯川れい子/作曲:井上大輔”のクレジットも目立つ。5th『ONE AND ONLY』(1987年)では件のTKに加えて久保田利伸やEPOの名前もあるから、しっかりとしたパートナーシップを結べるコンポーザー、プロデューサーを模索していたことが想像できる。角松敏生は6th『CATCH THE NITE』のプロデューサーであるが、その2年前、3rd『SUMMER BREEZE』で3曲を提供している。そのうちの1曲が「You’re My Only Shinin’ Star」。これもまたアルバム収録から2年後に改めてレコーディングし直して、シングルカットされるという、当時としては異例のステップを踏んだ楽曲である。このことからも角松敏生プロデュースによる中山美穂作品は、まさに待ちに待ったコラボレーションだったこともうかがえる。彼女自身、もともと角松が手掛けた杏里のアルバム『Bi・Ki・Ni』を好んで聴いていて、そこから氏を招聘することになったというから、『CATCH THE NITE』は中山美穂本人にとっても待望の作品であったことだろう。

さて、前置きが長くなってしまった。肝心の『CATCH THE NITE』の内容について記そう。いきなり個人的な感想で恐縮だが、本作は女性アイドルのアルバムの中でもトップクラスの完成度と断言してもいい作品だと思う。また、もし本作を日本のポップス、ロック史上でかなり上位にランクする人がいたとしてもそれに異論はないし、1980年代に限定したら、自分も上位に置くかもしれないと思うほどに(?)、これはかなりいいアルバムだ。収録曲の基本はダンスミュージックと言っていいだろう。ジャンルで言えば、ファンク、ディスコ、ソウルと分類されるナンバーである。ただ、そうは言ってもアップチューンだけではなく、ミッド~スローも織り交ぜており、アイドルのアルバムを大きく超えたドラスティックな作品になりすぎず、従前のアイドル作とは明らかに異なる、絶妙なバランスのもとに成り立っている。アルバムとしてしっかりとトータリティーが図られているというか、統一感があるのだ。この辺はプロデューサーを配して、しかもそのプロデューサーがほとんどの楽曲のコンポーズとアレンジを行なっているところが大きいのだろう(作詞6曲、作曲7曲、編曲8曲が角松の手によるもの)。それゆえに無理矢理、統一感を図った感じはなく、筋の通り方がナチュラルな印象なのだ。

分かりやすいところで言えば、楽曲間がシームレスにつながっているところだろうか。M1「OVERTURE」からM2「MISTY LOVE」、M4「SHERRY」からM5「スノー・ホワイトの街」が、ほぼタイムラグなく続く。そもそも1曲目がインストというスタイルが彼女のみならず、当時のアイドルには珍しいものであっただろうが、スペイシーな雰囲気のインストM1「OVERTURE」から始まって、アーバンな匂いのするファンクチューンM2「MISTY LOVE」へと連なっていく仕様は、リスナーにこの作品がこれまでの中山美穂作品とは一味違うことを印象付けると同時に、アルバムの世界観に誘うに十分な仕様であったと思う。M4「SHERRY」とM5「スノー・ホワイトの街」はいずれもミドルテンポな上に、前者が角松、後者が佐藤 博の作曲と作者が異なるため、世界観を区切らないための工夫だったように思う。この辺は優れたDJのような仕事と言っていいだろうが、1980年代前半からニューヨークに渡って本場のダンスミュージックに触れ、自らの作品にもいち早くヒップホップの要素を取り入れていた角松敏生ならではのことだったであろう。

当たり前のことだが、歌の主旋律は角松敏生としか言いようがないものばかりで、M4「SHERRY」、M7「JUST MY LOVER」、M8「FAR AWAY FROM SUMMER DAYS」辺りは、筆者のような熱心な角松リスナーと言えない者でも“これは角松だなぁ”と納得できるメロディーであって、本作のプロデュースに際しての彼の力の入り具合もうかがえるところだ。それはM10「花瓶」をのちに彼がセルフカバーしたことでも分かるだろう。力が入っていると言えば、アレンジも本当に力が入っていることがよく分かる。一切手を抜いた感じがしないのは当然としても──こう言っちゃアレだが、当時のアイドル楽曲としては、いい意味でやや過剰とも思える豪華なサウンドが聴ける。全曲が注目と言えるが、個人的にオススメは後半(アナログ盤で言えばB面)。とりわけM7「JUST MY LOVER」のパーカッションの響きやソウルフルなコーラスは完全にアイドルソングとは一線を画しているし、この曲のサビに重なるモノローグ(ていうか、囁き?)はあまり他では聴けないものだ。M9「GET YOUR LOVE TONIGHT」もいい。ブラスが配されて、間奏はゴスペル調のコーラス。ソウルっぽいアレンジとかではなく、完全にソウルミュージックである。また、これはアルバム全体の話になるが、本作は全体的にヴォーカルのバランスが小さい。アイドル楽曲…というだけでなく、ソロシンガーの楽曲としても異例と思えるほど歌が前に出ていない。ディレイが深めな箇所も多々ある。この辺と、件のアレンジの豪華さを考えると、角松はアイドル歌手やソロ女性シンガーのプロデュースというよりも、優れたロック、ポップス作品を創り出そうとしていたのではないかと気すらしてくる。
脱アイドルがうかがえる歌詞

『CATCH THE NITE』はアルバムとして統一感があると言ったが、これは歌詞も同様。アルバム内で統一感があるだけでなく、中山美穂のアーティストとしてのスタンスに重ねているのでは、と思うような内容でもある。

《Woo darling 今夜も又/Woo darling わがままに負けそう/本気じゃないこと知っていたけど まだ迷ってるの/In the night 今夜限りで終りにして/In the night ゆくあてのない愛はこれで/Good bye love》(M2「MISTY LOVE」)。

《何かが私の中で 変わってゆく気がするの/もう流されたくないわ》《Don’t stop dance とびだす/夜の街が教えてくれるわ/Catch my heart 変わらぬ/もう一人の私に目覚めて》《何も考えずに 身をまかせていた/そんな毎日には 今夜でさよなら/大切な日々の中で stepを踏んでよ さあ!/素敵な夜の始まり》(M6「CATCH ME」)。

《この退屈な部屋の中から すぐに/連れ出して どこか遠くへ》《決められた毎日に 縛られたまま/ときめくことさえいつか/見失なうのが恐いから》《きっとまた ありふれた朝がくる/その前に私を変えて》(M7「JUST MY LOVER」)。

《Get your love tonight/お互いに待つ人がいる/Get your love tonight/もうあの頃に帰れない》《Get your love tonight/それ以上 言わなくていい/Get your love tonight/今夜だけ連れ出して》(M9「GET YOUR LOVE TONIGHT」)。

《私が求めていたことは きっと/ここにいることじゃないの/気がついた時は 指輪をはずして/駆けだしていたの 振り向かずに》《花嫁姿のままとび出したら/あなたにすぐ電話するわ/あの部屋の花瓶 これから毎日/私が水をあげたいの》(M10「花瓶」)。

そのほとんどが男女の関係を綴ったものではあるようだが、どれもこれも現状からの変化や逃避を希求する内容である。アイドルからアーティストへの脱皮を図りたいと考える彼女の決意、そのメタファーのように思えるのは私だけではあるまい。作品に貫かれたスピリッツもお見事である。
TEXT:帆苅智之
アルバム『CATCH THE NITE』
1988年発表作品

<収録曲>

1.OVERTURE

2.MISTY LOVE

3.TRIANGLE LOVE AFFAIR

4.SHERRY

5.スノー・ホワイトの街

6.CATCH ME

7.JUST MY LOVER

8. FAR AWAY FROM SUMMER DAYS

9.GET YOUR LOVE TONIGHT

10.花瓶


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