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新時代のファンクを提示したハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』

本作『ヘッド・ハンターズ』はジェイムズ・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーンらが生み出した泥臭いファンクのエッセンスを蒸留・抽出し、当時はまだ珍しかった16ビートのグルーブ感と洗練された“キメ”を武器に、ファンクやジャズを知らないリスナーを虜にしたアルバムである。同時に、本作はフュージョン最初期のアルバムでもあり、70年代のフュージョン作品がやっていた仕掛けは、ほぼ本作にそのルーツがあると言っても過言ではない。当時、熱心なジャズファンには軽すぎると不評であったが、以降のフュージョンの隆盛を見れば本作に拠るところが大きいのは明らかである。
ジャズとロックの ファンクへのアプローチ

ファンクミュージックとは、もともとは黒人による泥臭いテイストを持つ音楽のことを指す言葉である。その語源はファンキージャズがもとになっており、ゴスペル、ブルース、R&Bなどに影響されたダンサブルで粘りつくようなリズムが特徴と言える。ファンクを作り上げたのはジェイムズ・ブラウンで、60年代中頃にはそのスタイルを確立しつつあった。ファンクに影響を受けたローカルな黒人グループは各地に次々に現れ、地方での人気を地味ではあったが集めていく。

ロック界でファンクが身近なものになるのは、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの登場によるところが大きい。フラワー・ムーブメンとヒッピー全盛のアメリカ西海岸でデビューしたスライのグループは、白黒混合のグループでロックフェスに参加する機会が多かったためにロックの影響も大きく、ゴリゴリのファンクというよりはポップ性も高く適度な泥臭さであったから、大きな人気を集めることができた。中でも、ラリー・グレアムが編み出したスラップ(当時はチョッパーと呼んだ)ベースは、ファンクのグルーブにぴったりのパーカッシブなサウンドを生み出した。

ジャズ界ではマイルス・デイヴィスがロックやファンクを採り入れた『ビッチズ・ブルー』(‘70)や『オン・ザ・コーナー』(’73)をリリース、16ビートのジャズロックを展開し、後のクロスオーバー(フュージョン)音楽の誕生に大きな役割を果たした。マイルスの16ビート路線は、ジャズ界だけでなくロック界にも大きな影響を与えており、多くのジャズロックグループが生まれている。BS&Tやシカゴといったブラスロックのグループもマイルスがいなければ、そのスタイルは変わったものになっていただろう。ただ、マイルスの音作りは難解な部分が少なくないため、一般のリスナーに浸透させるためには16ビートやファンクのサウンドをもう少し易しく噛み砕く必要があった。
若き天才ミュージシャン、 ハービー・ハンコック

『オン・ザ・コーナー』をはじめ、マイルスのバックメンとして参加していたのが(63〜68年まで)、まだ20歳代前半のハービー・ハンコックである。ハンコックは22歳で、ブルーノートレコードから初ソロ作『テイキン・オフ』(‘62)をリリース、コンポーザーとして「ウォーターメロン・マン」など、ファンキージャズの大ヒット曲を送り出していた。

ハンコックは「ウォーターメロン・マン」でも分かるように、元来ヒットメーカーの素質を持っており、『ビッチズ・ブルー』のスタイルを学びながらも、もう少しキャッチーな形でファンクを押し出そうと考えていた。しかし、そこに到達するまでには、もう少し時間が必要であった。ハンコックがマイルスのバンドを脱退してからワーナーブラザーズでリリースした作品『ファット・アルバート・ロトゥンダ』(‘69)、『ムワンディシ』(’70)、『クロッシング』(‘71)は、エレピ、シンセ、ホーンを前面にフィーチャーしたエレクトリック・ファンキージャズとも言えるスタイルで、まだリズムセクション(特にドラム)は従来のジャズのままであり、ヘヴィさに欠ける部分は否めない。彼はジャズ的なリズムセクションではファンクの“重さ”を表現できないことが分かっていたはずである。
ヘッド・ハンターズの メンバーをヘッドハント

ハンコックは新たなバックメンを探すためニューヨークからロスへと移り、そこで多くのグループを観たりセッションを行なったりと忙しい時間を過ごす。結局、キャロル・キングのアルバムでポップソウル風のドラミングを聴かせていたハーヴィ・メイソンと、まだ無名のベーシストであったポール・ジャクソンという若いリズムセクションをヘッドハンティングする。パーカッションにはニューオーリンズ出身のビル・サマーズを起用、そしてマイルスのグループで共演し、ハンコックのソロ作にも参加し続けているベニー・モウピンがサックスで合流する。このメンバーならハンコックが考える新しいテイストのファンクアルバムを制作することが可能である。
本作『ヘッド・ハンターズ』について

『ヘッド・ハンターズ』はハンコックがジャズサイドから提示したファンク作品であり、ロックサイドから制作された熱いロックスピリットに満ちたスライ・ストーンの諸作品と比べると、基本的にクールさが感じられる仕上がりになっている。これまでのハンコック作品には見られないほどシンプルな構成で、リズムセクションのハーヴィ・メイソンとポール・ジャクソンの、ある種ロック的なフィーリングを感じさせるグルーブがこの作品のキモだと言える。とにかく、シンコペーションの付け方が新しくてカッコ良い。

本当は泥臭くて粘液質のファンクが、本作ではスッキリと整理されていて分かりやすいだけに、一般のポピュラー音楽ファンにも支持され、ハンコックとしては初の全米ジャズチャートで1位、総合チャートでも13位と大ヒットとなった。ただ、コアなジャズファンは「ハンコックは日和った」と酷評する者も少なくなかった。しかし、本作が以降のフュージョンに与えた影響は多大で、フュージョンの基本的技術はほぼ網羅(ギターは参加していないので除く)されていると言ってもいいだろう。

収録曲は4曲。長尺のナンバーばかりである。ハンコックの「ウォーターメロン・マン」を再録、デビュー盤に収められたファンキージャズ・スタイルの同曲が、見事に洗練されたファンクへと転身しているので聴き比べてみてほしい。冒頭の15分に及ぶ「カメレオン・マン」はハンコックの多重録音も聴きものだが、ハーヴィ・メイソンのタイトで重いドラムワークが光るナンバー。「スライ」は文字通りスライ・ストーンに捧げられたナンバーで、すでにフュージョン作品として完成されている。途中、テンポアップしてからのメイソンとジャクソンのコンビネーションは恐ろしいまでの完成度である。それに触発されてか、ハンコックも熱の入った素晴らしいプレイを繰り広げている。

本作はファンクを極めようとしたアルバムであり、フュージョンというジャンルを創造した重要なアルバムでもある。この作品がリリースされていなければ、以降のポピュラー音楽の風景は少し変わったものになっていただろう。ハーヴィ・メイソンとポール・ジャクソンが世間に認知されたこと、そして一般のリスナーに、分かりやすいファンクを伝道したということでも大きな意味を持つ作品である。
TEXT:河崎直人
アルバム『Head Hunters』
1973年発表作品

<収録曲>

1. カメレオン/Chameleon

2. ウォーターメロン・マン/Watermelon Man

3. スライ/Sly

4. ヴェイン・メルター/Vein Melter

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