『南から来た十字軍』はルーラルで骨太のフュージョンを提示したクルセイダーズの傑作

2019年5月10日 / 18:00

一般的にフュージョン黎明期とされる70年代中期は、傑作が多くリリースされた年だ。ジョージ・ベンソンの『ブリージン』(‘76)をはじめ、リー・リトナー『キャプテン・フィンガーズ』(’77)と『ジェントル・ソウツ』(‘77)、マイケル・フランクス『スリーピング・ジプシー』(’77)、アル・ジャロウ『グロウ』(‘76)、アール・クルー『リビング・インサイド・ユア・ラブ』(‘76)、ウェザー・リポート『ヘヴィ・ウェザー』(’76)、ジャコ・パストリアス『ジャコ・パストリアス』(‘76)など、どれもお洒落で都会の夜が似合う名盤たちである。これらのアルバムと同時期にリリースされたのが、スタッフの『スタッフ』とクルセイダーズの『南から来た十字軍(原題:Those Southern Knights)』で、どちらも76年のリリースだ。同じフュージョンでもスタッフとクルセイダーズはあまり都会的ではない。どちらかと言えば、南部的ないなたさが感じられる汗臭いサウンドが売りであったが、特に今回紹介する『南から来た十字軍』は、泥臭いヘヴィ級のリズムセクションに対して、繊細で洒脱なギターとエレクトリックピアノのインタープレイが素晴らしく、ポピュラー音楽史に残る名演が繰り広げられている。
イージーリスニングジャズから スタートしたフュージョン

そもそもフュージョンという音楽は、ジャズを一般大衆に分かりやすく伝えるために生まれた音楽である。難解なジャズのアドリブを、よく知られたポピュラー音楽に置き換えて提示しようとしたものだ。1966年にリリースされたジャズギターの巨匠ウェス・モンゴメリーによる『夢のカリフォルニア(原題:California Dreaming)』はフュージョン作品の先駆であり、ママス&パパスの大ヒット曲やその他のポップス曲をジャズ的な解釈で演奏した作品である。おそらく、リリース当初は売れるかどうか明確には分からなかったと思うが、蓋を開けてみればビルボードのジャズチャートで1位となっただけでなく、R&Bチャートでも4位という大成功を収める。翌年にリリースした『デイ・イン・ザ・ライフ』ではビートルズナンバーを2曲取り上げ、『夢のカリフォルニア』を超えてジャズチャート1位、R&Bチャート2位という好結果となった。今聴くと、これらのアルバムはほぼ“歌のない歌謡曲”であって、当初はイージーリスニングジャズと呼ばれていた。
クリード・テイラーの戦略

これらのアルバムをプロデュースしたのがCTIレコードの創設者、クリード・テイラーだ。ウェスのこれらのアルバムの成功によって、67年にA&Mレコードに迎え入れられ、翌年にはCTI(クリード・テイラー・イシューの略)レコードを設立しているのだから、イージーリスニングジャズがいかに売れたかを物語っている。当時のジャズミュージシャンはどんなに良い演奏をしても、ポピュラーのアーティストのようには稼げなかった。もちろん、クリード・テイラーも、そのあたりを不憫に思ってイージーリスニングジャズを作ったのだろうが、多くのジャズミュージシャンたちが彼のプロデュースでアルバムを作ろうと、彼のもとに集まってきた。

残念なことに、ウェス・モンゴメリーは売れ出していた矢先の1968年に、まだ45歳の若さで心不全で亡くなっている。売れる路線であっただけに、ウェスの後釜が必要となり、その代わりとしてウェスの弟子的な存在のジョージ・ベンソンが継承することになった。70年、クリードのプロデュースで『アビー・ロード(原題:The Other Side of Abbey Road)』をリリースすると、ヒットはするもののジャズのテイストが強すぎて、ジャズチャートでは1位を獲得したものの、他のチャートではあまり良い結果にはならなかった。

クリード・テイラーはこの後、ブラジルの有能なエウミール・デオダートをアメリカに呼び寄せて、CTIのアレンジャーとして雇い入れる。そして73年、クラシックとブラジル音楽、ジャズをクロスオーバーさせた『ツァラトゥストラはかく語りき(原題:Prelude)』をデオダート名義でリリース、これが世界的に大ヒットし、翌年のグラミーでベストポップ・インストゥルメンタル賞を受賞する。このアルバムはヒットしただけでなく、以降のフュージョンのスタイルを確立した画期的な作品となった。ベースにスタンリー・クラーク、ロン・カーター、ドラムにビリー・コブハム、ギターにジョン・トロペイなどの強者を揃え、何より当時新しかったデオダートのエレクトリックピアノは、フュージョンサウンドの特徴をリスナーに印象付けた。この後、ボブ・ジェームスがデオダートと同傾向の『はげ山の一夜(原題:One)』をCTIからリリースし、こちらもフュージョンらしいエレクトリックピアノが聴ける作品であった。
ソウルやファンクをバックボーンに持つジャズ・クルセイダーズの音楽

クリード・テイラーは、クラシック、ポップス、ロックなどをジャズ側からアレンジするというスタンスであったが、61年にテキサスから登場したジャズ・クルセイダーズは、黒人らしいファンキージャズを中心にしたジャズグループであった。60年代中頃からはレイ・チャールズやジェームス・ブラウンらのグルーブ感覚も取り入れ、より泥臭くアーシーなサウンドに変化していく。不変のメンバーはトロンボーンのウェイン・ヘンダーソン、サックスのウィルトン・フェルダー、ドラムのスティックス・フーパー、ピアノのジョー・サンプルの4人で、パーマネントなベーシストは当初からいなかった。ただ、ジャズ・クルセイダーズ時代は各パートで抜きん出たミュージシャンはおらず、気心の知れたメンバーのアンサンブルの妙が売りのグループであった。

クリード・テイラーが生み出す音楽は、白人ならではの洗練されたものであり、クルセイダーズはそれとは対照的に黒人音楽をベースにしたところに、ファン層の違いがあると思う。70年代半ばの日本の音楽嗜好で言えば、ポップスファンの多い関東ではCTI系が好まれ、ブルースやR&Bファンの多い関西ではクルセイダーズやスタッフの音楽が好まれていた。

70年にリリースされたジャズ・クルセイダーズ名義では最後となるアルバム『Old Socks, New Shoes』は、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「サンキュー!」やブルック・ベントンの「レイニー・ナイト・イン・ジョージア」、ビートルズの「ゴールデン・スランバー」、クルセイダーズのライヴでは定番の「ハード・タイムス」「ウェイ・バック・ホーム」を取り上げるなど、すでに彼らの雑食性が表れた佳作となっている。この頃からジョー・サンプルは、彼のトレードマークとなったエレクトリックピアノを弾いている。
ジャズ・クルセイダーズから クルセイダーズへ

71年にはジャズ・クルセイダーズからクルセイダーズに名義変更し、新たなスタートを切る。転機はブルー・サム・レコードに移籍してからだ。ブルー・サムは、ボブ・クラスナウ(ロックンロールの殿堂を設立したことで知られる)と敏腕プロデューサーのトミー・リプーマによって設立されたレコード会社で、CTIと双璧をなすフュージョンの新興レーベル。特にトミー・リプーマは70年代においてはクリード・テイラーのライバルであり、ニック・デカロ、ジョージ・ベンソン、アル・ジャロウ、マイケル・フランクス等々、素晴らしい作品を数多く残している名プロデューサーだ。

ブルー・サムに移籍したクルセイダーズは、これといった決定打を出せなかったが、それはベーシストのパーマネントメンバーがいなかったからかもしれない。クルセイダーズには、なぜずっとパーマネントのベーシストがいないのか? それはサックスのウィルトン・フェルダーが誰よりもベースが上手かったからだと僕は思う。彼がセッションで参加する時はサックスよりもベースのほうが多く、特にロックのアルバムが多いが、どれも素晴らしいベースを披露している。ロン・デイヴィーズの『UFO』、スティーブ・ファーガソンの『スティーブ・ファーガソン』、アル・ジャロウ『グロウ』などでのベースプレイは、ヴォーカルを際立たせるいぶし銀のような名演奏だ。
全盛期のクルセイダーズ

そして、ブルー・サムに移籍後4枚目となるライヴ盤『スクラッチ』(‘74)をリリースする。ベースにマックス・ベネット、ギターにラリー・カールトンというクルセイダーズにちょくちょく参加している準メンバー的なふたりを迎え、これまでとは違う新たな段階に突入したことがよく分かるアルバムになっている。特にラリー・カールトンのギターはエフェクターの進化もあって、すでにサステインの効いた彼らしい音を出している。特に「ソー・ファー・アウェイ」でのソロワークは名演だろう。

続いてリリースした『サザン・コンフォート』(‘74)、『チェイン・リアクション』(’75)も名作で、正式メンバーになったカールトンのギターも冴え渡っている。ただ、ベース奏者は相変わらず不在で、ウィルトン・フェルダーがサックスとベースを重ねて録音している。それだけに、『スクラッチ』で感じられた緊張感が欠けているところは否めない。
本作『南から来た十字軍』について

76年、ようやくベーシストがロバート・ポップウェルに決まり、ブルー・サムでの7枚目『南から来た十字軍』がリリースされた。ポップウェルはラスカルズのサポートや南部でスタジオミュージシャンも務めた強者で、デュアン・オールマンと一緒に仕事をしたこともあるプレーヤーだった。このポップウェルがどえらいプレーヤーであることは、1曲目の「スパイラル」で早くも分かる。というか、この「スパイラル」こそラリー・カールトンとジョー・サンプルの一世一代の名演が聴ける完全無欠のナンバーだ。ポップウェルの加入で、スティックス・フーパーのドラミングも水を得た魚のように文句なしのプレイを聴かせる。この曲の後半、ポップウェルのベースソロが登場するのだが、これもフュージョン史に残る大名演である。ようやくフェルダーが安心して任せられるプレーヤーが参加し、『スクラッチ』の時に劣らない丁々発止のインタープレイが繰り広げられている。この1曲で多くのリスナーは吹っ飛んでしまっているはずだが、続く「キープ・ザッツ・セイム・オールド・フィーリング」では珍しくアンサング・ヒーローズの彼らがコーラスを披露している。「マイ・ママ・トールド・ミー・ソー」はカバーも多い彼らの代表曲のひとつ。ここでもポップウェルが煽るので、それにつられてシンコペーションが効いたドラムの応酬が聴きもの。これも名曲! アルバムのラストを飾る「フィーリング・ファンキー」はジョー・サンプルが珍しく攻撃的にクラヴィネットを弾いていて、ポップウェルのスラップも実に力強い。本作には全7曲収録されており、ここに挙げていない曲も悪くない出来なのだが、上記の曲がすごい演奏だけに少し分が悪いかもしれない。

本作は数多いフュージョン作品の中でも名演の詰まったアルバムなので、もしこのアルバムを聴いたことがないなら、ぜひこの機会に聴いてみてください。きっと新しい発見があると思うよ♪
TEXT:河崎直人
アルバム『南から来た十字軍』
1976年発表作品

<収録曲>

1. スパイラル/Spiral

2. キープ・ザット・セイム・オールド・フィーリング/Keep That Same Old Feeling

3. マイ・ママ・トールド・ミー・ソー/My Mama Told Me So

4. 太陽の輝き/Til The Sun Shines

5. アンド・ゼン・ゼア・ワズ・ザ・ブルース/And Then There Was The Blues

6. セレニティー/Serenity

7. フィーリング・ファンキー/Feeling Funky


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