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カンの『フューチャー・デイズ』は45年経っても色褪せないジャーマンロックを代表するアルバム

1968年にホルガー・シューカイやイルミン・シュミットらを中心に西ドイツで結成されたカン(Can)は、テクノやエスノロックが登場した80年代に再発見された前衛音楽のグループ。ワールドミュージックの祭典『WOMADフェスティバル』とリンクした2枚組アルバム『ミュージック&リズム』(‘82)に収録されたシューカイの「ペルシアン・ラブ」が世界的にヒットし、Canにも注目が集まるようになる。英米中心のポピュラー音楽界にあって商業的に成功したとは言えないだろうが、彼らの作品はどれも高水準の出来であり、特に69年にリリースされたデビュー盤から今回紹介する本作『フューチャー・デイズ』までの作品は、どれも古びることなく常にフレッシュな魅力にあふれている。
不易流行と限界芸術

松尾芭蕉は俳諧の理念は不易流行にあると説いている。不易とは「いつまでも変化しない本質的なもの」であり、流行とは「時代に即して変化を取り入れていくこと」である。だから、不易流行とは「それらふたつの要素がバランス良くミックスされることで、初めて優れた作品が生まれる」という意味になる。これをポピュラーミュージックに置き換えてみると…。流行の音ばかりを追いかけていると時間が経った時に劣化(時代遅れ)してしまうし、不易だけで勝負すると聴きづらく分かりにくいものになりがちだというようなことになるのかもしれない。

思想家の鶴見俊輔は「限界芸術」という理論を提唱していて、これは芸術というものは専門家だけのものではなく、非専門家であってもポップカルチャーのような、ある種の芸術に近いものが生み出せるというものだ。「不易流行」と「限界芸術」の詳細については関連本を読んでみてほしい。

なぜ、ここで不易流行と限界芸術の話を持ち出したかというと、英米のロックと比べて西ドイツ(1990年以前は東ドイツと西ドイツにわかれていた)のロックはレベルが高く、彼らは文字通り「不易流行」を進めて「限界芸術」を生み出しているといえるからだ。
先進的なサウンドを持つ 西ドイツのロックグループ

アモン・デュール、カン、タンジェリン・ドリーム、クラウス・シュルツ、ノイ、クラフトワーク(以前、このコーナーで紹介している)、グル・グル、ファウストなど、ジャーマンロック(クラウトロックとも言う)のグループは、どれもハイレベルな音楽性を持っており、どんなにハードな音が基本にあっても、ロックというよりは現代音楽に近い位置付けで、不易部分を大切にしているからか、どのグループのサウンドも今聴いても決して古びていない。

そもそもドイツはクラシック音楽の本場であり、アメリカのアーティストのようにブルースやカントリーなどをルーツに持っているわけではない。イギリスはアメリカほどにはくだけていないけれど、トラッドやバラッド、アイリッシュのようなフォークロアが根付いているので、そういう意味では類型的にはアメリカに近い音楽的背景を持っている。

ドイツはクラシックの本場であるだけでなく、電子楽器を使った実験音楽が60年代初めから盛んであり、その実験の第一人者が著名な現代音楽家のシュトックハウゼンだ。グループのメンバー、ホルガー・シューカイとイルミン・シュミットは音楽学校でシュトックハウゼンに現代音楽を学んでいただけに芸術家的な思考で創造性を発揮し、売れるというよりは良いものをリリースするというスタンスであったようだ。彼らが60年代後半から70年代初頭にかけて作り上げた作品はポピュラー音楽史的には早過ぎた仕上がりだったこともあって、認められるのは、それからさらに10年ほど時を待たなければいけない。

ルーツ系民俗音楽をバックボーンに持つ英米のアーティストと、クラシック音楽と電子音楽をバックボーンに持つ西ドイツのアーティストとは、同じポピュラー音楽を創造するといっても土台自体が違うからかなり異なったアウトプッとなり、確実に言えることはカンの音楽がかなり先進的であったということである。
本作『フューチャー・デイズ』について

5作目に当たる本作は彼らの代表作とも言える出来となっている。アフリカ的なポリリズムを取り入れたリズムセクション、アンビエント的な響き、中近東的な旋律、繰り返しを多用するミニマルミュージック的な手法、突然浮き出てくるサウンドコラージュなど、英米のロック界ではどれも80年代以降に登場した表現方法であり、彼らがいかに先進的であったかがよく分かる。

時々、彼らのことをプログレのグループとして扱っている媒体があるが、それは間違いである。プログレッシブロックであることは確かだが、ジャンルとしての“プログレ”ではない。キング・クリムゾンやイエスと比べると、その違いは一目瞭然で、カンにはプログレ特有のドラマチックな展開が少なく、逆にどこまでもクールでフラットな表現に徹していることが多い。

1曲目のタイトルトラックはいろいろな効果音を組み込みながら、徐々にリスナーをカンの世界に引き込んでいく。サンプリングされたようなダモ鈴木の気怠いヴォーカルとギターのリフが一体化して、洗脳されていく感じすら覚える。2曲目の「Spray」ではアフリカ的リズムを前面に押し出しながら、かすかにロックンロールのフレーズが浮かんでは消えていくコラージュ的技法が実に上手い。とはいえ、オールマンブラザーズを真似た茶目っ気ある演奏で笑いを誘う部分もある。3曲目の「Moonshake」は小品であるが、まだパンクすら登場していないのに、既にポストパンクな音作りを見せているのには驚くばかり。本作の最後の20分近くにおよぶ大作「Bel Air」ではポップでカオスな側面を見せると同時に、パステル画のような静謐感も併せ持っていて、日常空間が彼らのサウンドに侵食されるような感覚にとらわれる。

本作のメンバーはベースのホルガー・シューカイ、キーボードのイルミン・シュミット、ドラムのヤキ・リーヴェツァイト、ギターのミヒャエル・カローリ、そしてヴォーカルのダモ鈴木であり、パーカッションはヤキとダモが演奏している。なお、ダモ鈴木は本作を最後に脱退している。
TEXT:河崎直人
アルバム『Future Days』
1973年発表作品

<収録曲>

1. Future Days

2. Spray

3. Moonshake

4. Bel Air

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