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ロック界初のチャリティーコンサートとなったジョージ・ハリスンの『バングラデシュのコンサート』

1971年8月1日、ロック史上初めてとなるチャリティーコンサートがニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行なわれた。当時、飢えと疫病に苦しんでいたバングラデシュの難民を救うために、元ビートルズのジョージ・ハリスンとインド出身のシタール奏者ラヴィ・シャンカールのふたりが主催、エリック・クラプトンやボブ・ディランをはじめ、企画に賛同した多くのミュージシャンがノーギャラで参加し、チャリティーの一環として映画やレコードも発売された。

何よりも、このコンサートはロック史上に残る素晴らしい内容であった。『バングラデシュのコンサート(原題:The Concert for Bangla Desh)』は、昼と夜の2回公演で4万枚あまりのチケット収益があったのだが、残念ながらチャリティーコンサートの仕組みはまだ整っておらず、寄付金が経由先のユニセフに送られたのはコンサートが開催されてから10年以上も経った後で、当初の予定は達成できなかった。それでも、このコンサートは『ライブ・エイド』や『USA・フォー・アフリカ』など、のちの大掛かりなベネフィット・コンサートに大きな示唆を与えることになるのである。
ベンガル人とバングラデシュ

ミャンマー在住のベンガル人はロヒンギャと呼ばれ、不法滞在者のレッテルを貼られて長い間苦難の生活を送っている。最近、日本でもロヒンギャに対する差別や虐待のニュースが報道されているので、ご存知の方も多いと思う。このベンガル人の多くが暮らす国がバングラデシュ人民共和国である。

1971年にパキスタンの植民地から独立するが、その前後の武力衝突によって生み出された貧困と疫病の流行で、多くのベンガル人が難民として国外へ出ることとなった。ミャンマーとロヒンギャのような問題はバングラデシュと隣接する国で過去に何度も起こっていたわけだが、近年ロヒンギャ問題が明るみになることで、ベンガル人の長い苦難の歴史が改めて浮き彫りになったのである。
ロック界初の チャリティーコンサートが 生まれた背景

1971年8月1日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催されたのが『バングラデシュのコンサート』は、ロック史上初めてのチャリティーコンサートとして知られている。その仕掛け人はインド音楽の大家で、ニューヨーク在住のラヴィ・シャンカール(ノラ・ジョーンズの父親としても知られる)と、元ビートルズのジョージ・ハリスンのふたりであった。

そもそもシャンカールは報道で知ったバングラデシュの惨状に、同じベンガル人として何とかしたいという想いから、自分の弟子でもあり親友でもあったハリスンに相談に行く。ハリスンはシャンカールの想いに心を動かされ、多くの寄付金を集めるためにどうすればいいかを考え、チャリティーコンサートを開くことを決める。彼は大きな会場の予約、ミュージシャンの手配など、マネージメント面でも八面六臂の活躍であったようだ。ふたりが打ち合わせてからコンサートが開かれるまでに2カ月ほどしか経っていないのはすごいことであるが、すでに何百万人もの難民が飢えや疫病で命を落としていたため、できるだけ早く多くの寄付金を集める必要に迫られていたのである。
コンサートに参加した ミュージシャンたち

LP時代、このアルバムは3枚組で価格は5,000円! 72年当時、中学3年生の僕にとって5,000円はびっくりするぐらい高かった…。特にハリスンをはじめ、参加したミュージシャンに特別思い入れのある人はいなかったが、このアルバムはなぜかどうしても欲しかった。その理由はよく覚えていないが、コンサート自体の魅力に惹かれたのかもしれない。

結局、お年玉の威力を借りて購入し、初めて味わう函入り3枚組レコードと豪華な分厚いカラーブックレットに酔いしれながら、毎日サイドB(2面)からサイドF(3面)までを代わる代わる聴いていた。サイドAには盤面全てを使った20分近いシャンカールをリーダーとするインド音楽が収録されているのだが、何度聴いても中学生には理解できなかった。しかし、シャンカールのパフォーマンスをA面に据えるあたりに、ハリスンのリスナーに向けた自らの音楽に対する想い(良い音楽は、売れる売れないという尺度では捉えられないという哲学)は伝わってきた。

以前このコーナーで、デレク&ザ・ドミノズの『レイラ&アザー・アソーテッド・ラブ・ソングス』、デラニー&ボニーの『オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン』、ジョージ・ハリスンの『オール・シングス・マスト・パス』、レオン・ラッセルの『アンド・ザ・シェルター・ピープル』、ジョー・コッカーの『マッド・ドッグス&イングリッシュメン』を取り上げたが、それらのアルバムに登場しているミュージシャンが、主にこのチャリティーコンサートでバックを務めるアーティストたちだ。

要するに、アメリカを代表するスワンプロックの猛者である。彼らこそ僕が個人的にもっとも好きなミュージシャンであり、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、オールマン・ブラザーズ、シェリル・クロウ、テデスキ・トラックス・バンドなど、多くのロックグループやシンガーに影響を与え、かつロックの進化にも大きな貢献をした人たちなのである。

中でも、オクラホマ出身のレオン・ラッセルはスワンプロックの草分けであり、彼がいなければデラニー&ボニーや一時期のストーンズ、デレク&ザ・ドミノズ、そしてイーグルスでさえもその音楽が今と変わっていたのは間違いない。それぐらいアメリカンロックに対してのラッセルの影響力は大きい。ラッセルの人脈では、ベースのカール・レイドル、ギターのジェシ・デイヴィス、ドン・プレストンらがこのコンサートに参加している。

バックヴォーカリストとして参加したドン・ニックスはメンフィス出身で、ジェフ・ベックのお気に入りとしても知られるスワンプロッカーだ。ベック・ボガート&アピスのアルバムには3曲ものドン・ニックス作品が収録されている。ニックスは白人でありながら、南部ソウルのレーベル、スタックスで活躍したマーキーズのメンバー。アメリカ南部在住のミュージシャンなら彼の名前を知らない人はいないはずだ。このアルバムでのニックス人脈は夫婦のマーリン&ジーニー・グリーンあたりだろう。グリーン夫妻はそれぞれソロアルバムもリリースしている。特にマーリン・グリーンはサザンソウルのレコーディングエンジニアとしても著名である。

ジョージ・ハリスンの人脈からはリンゴ・スターとエリック・クラプトンをはじめ、何曲ものヒットを持つバッドフィンガーの面々(当時はまだ新人なので、映像で観ると大人しいところが初々しい)とビリー・プレストンが参加し、特にプレストンの参加はこのコンサートのゴスペル的な方向性に大きな貢献をしている。この後プレストンはA&Mレコードで「ナッシング・フロム・ナッシング」が大ヒットし、成功を収める。

また、クラプトンはドラッグにより体調不良であったが、豪華な参加メンバーに鼓舞されたのか、ステージではゴキゲンな演奏を聴かせている。ベースのクラウス・フォアマンもハリスンと長い付き合いだ。余談だが、カーリー・サイモンの「You’re So Vain」のイントロのベースはフォアマンの名演だ。

他にも、クラウディア・リニア、ドロレス・ホールといったヴォーカリストや、ジム・ホーンをリーダーとする「ザ・ハリウッド・ホーンズ」と命名されたホーンセクションは、チャック・フィンドレー。ジャッキー・ケルーソー、ルー・マクリーリーなど、スワンプ系のレコードでは毎度おなじみのメンバーが参加し花を添えている。
本作『コンサート・フォー・ バングラデシュ』について

この作品は映像と併せて味わってもらうのが一番だとは思うが、もちろん音源だけでも満足することは間違いない。特にビートルズ時代のハリスンの名曲「While My Guitar Gently Weeps」と「Something」は本家を凌ぐほどの出来栄えだと思う。ドラッグ治療中のクラプトンがいいギター弾いているのは、案外、体調が悪くて力を抜いているからかもしれない。「Here Comes The Sun」についてはオリジナルのほうに軍配があがるかな。あと、リンゴ・スターのソロで大ヒットした「It Don’t Come Easy(邦題:明日への願い)」も名曲だ。リンゴは歌詞忘れてしまってるけど…。

ハリスンのソロ1作目『All Things Must Pass』に収録されていた「Wah Wah」「My Sweet Lord」「Awaiting On You All」「Beware Of Darkness」も、オリジナルはフィル・スペクターの音作りがこもった感じであったのに対して、こちらのテイクはすっきり感が増し、バックを務めるミュージシャンたちの職人技もあって、どれも秀逸な仕上がりになっている。

アルバムの目玉(どの曲もそうだが)はレオン・ラッセルの10分近くに及ぶ「Jumpin’ Jack Flash 〜 Young Blood」のメドレーとビリー・プレストンの代表曲のひとつ「That’s The Way God Planned It」で、ロックとゴスペルがもつ高揚感のようなものがこの2曲にはしっかり感じられる。後者は映像で観ると鳥肌もののシーンもあるので必見。そして、5曲にわたるディランの名曲の数々は、他にないラッセルとハリスンの豪華なサポートで、ザ・バンドをバックにした時とは違った素のディランが味わえる。

アルバムの最後(2005年のリマスター盤では違うけど)を飾るのは、このコンサートの前に先行シングルリリースされたハリスンの「Bangla Desh」で、コンサートではアンコール曲として披露された。これはハリスンの代表曲と言っても過言ではない名曲中の名曲。ジム・ホーンのサックスソロも含め、後半の緊迫感に満ちたカオス的展開は、このコンサートが如何に切迫した状況で開催されたのかを演奏で語っているようだ。

ジョージ・ハリスンは2001年11月に、ラヴィ・シャンカールは2012年12月に亡くなってしまったが、バングラデシュへの支援は現在も続けられ、ユニセフによって設立されたジョージ・ハリスン基金は、全世界でさまざまな救援活動への支援を行なっている。
TEXT:河崎直人
アルバム『The Concert for Bangla Desh』
1971年発表作品

<収録曲>

1. ジョージ・ハリスン/ラヴィ・シャンカール・イントロダクション/George Harrison/Ravi Shankar Introductio

2. バングラ・デューン/Bangla Dhun

3. ワー・ワー/(ジョージ・ハリスン)

4. マイ・スウィート・ロード/My Sweet Lord (ジョージ・ハリスン)

5. アウェイティング・オン・ユー・オール/Awaiting On You All” (ジョージ・ハリスン)

6. 神の掟/That’s The Way God Planned It (ビリー・プレストン)

7. 明日への願い/it Don’t Come Easy (リンゴ・スター)

8. ビウェア・オブ・ダークネス/Beware Of Darkness (ジョージ・ハリスン,レオン・ラッセル,ジム・ホーン)

9. バンド・イントロダクション/Band Introduction

10. ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス/While My Guitar Gently Weeps (ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン)

11. メドレー:ジャンピン・ジャック・フラッシュ〜ヤングブラッド/Medley: Jumpin’ Jack Flash/Young Blood (レオン・ラッセル,カール・レイドル、ドン・プレストン、レオン・ラッセル)

12. ヒア・カムズ・ザ・サン/Here Comes The Sun (ジョージ・ハリスン、ピート・ハム)

13. はげしい雨が降る/A Hard Rain’s A-Gonna Fall (ボブ・ディラン,レオン・ラッセル、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター)

14. 悲しみは果てしなく/It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry (ボブ・ディラン、レオン・ラッセル、ジョージ・ハリスン,リンゴ・スター)

15. 風に吹かれて/Blowin’ In The Wind (ボブ・ディラン、レオン・ラッセル、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター)

16. ミスター・タンブリン・マン/Mr. Tambourine Man (ボブ・ディラン、レオン・ラッセル、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター)

17. 女の如く/Just Like A Woman (ボブ・ディラン、レオン・ラッセル、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター)

18. サムシング/Something (ジョージ・ハリスン)

19. バングラ・ディシュ/Bangla Desh (ジョージ・ハリスン、ジム・ホーン)

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