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スティングの『ブリング・オン・ザ・ナイト』は、パンク以降のロックが進むべき道を示したライヴ盤

一流ミュージシャンが集まっているくせに、偽パンクロッカーとしてデビューしたポリスのすごさは未だに忘れられないが、ソロになったスティングのすごさもまた忘れられないものである。特にソロデビュー時の畳み掛けというか、次々に繰り出す彼の新しい試みは、新たなロックへの指針に満ちあふれていた。今回紹介する2枚組のライヴ盤『ブリング・オン・ザ・ナイト』は、スティングが新進気鋭の若手ジャズミュージシャンたちとともに、フュージョン的な要素は極力排除したまったく新しいスタイルのロックを提示してみせた名作である。これほどハイレベルのライヴパフォーマンスは、21世紀になった現在でも滅多にないと言っていいだろう。アーティストとしてのスティングの才能が最も輝いていた時代の、ロック史に残る偉大なドキュメントである。
ロック界最高のトリオのひとつ、ポリス

プログレ、ジャズロック、フリージャズ、ポップスなど、ポリスの3人はポップスの王道からアバンギャルドに至るまで、グループ結成までにすでに豊富な音楽経験を持ち、技術的にもハイレベルな猛者たちであった。彼らの狙いがどこにあったのか今となっては定かではないが、当初はパンク〜ニューウェイヴのテイストでデビューし、70s後半にイギリスで人気のあったレゲエ、スカの味付けを施したビートバンド的サウンドだった。78年にリリースされたポリスのデビュー盤『アウトランドス・ダムール』は、楽曲の完成度、演奏技術、創造性、魅力的なヴォーカルなど、全てにわたって非常に完成度の高い作品だ。

彼らのロッカーとしての底知れぬパワーは、続く2枚目の『白いレガッタ(原題:Reggatta de Blanc)』(‘79)で早くも頂点にまで達したかのように見えた。この作品ではデビュー時の商業イメージである“ビートバンド”的な要素はちゃんと残しつつも、すでに王道のソングライティングと高い技術に裏打ちされたパフォーマンス力を駆使して、パンクムーブメントによって一旦破壊されたロック音楽を再構築するだけでなく、次世代のアーティストたちへの指針とも言えるような新時代のポピュラー音楽を提示していた。何より、誰もが口ずさめるようなメロディーを持つスティングのソングライティングは素晴らしく、同時代のアーティストでは似たものがおらず、ビートルズやエルトン・ジョンが引き合いに出されるほどであったのだから、そのハイレベルさがよく分かるというものだ。

60s〜70sのポピュラー音楽をリスペクトしつつ昇華、パンク、ニューウェイヴ、ワールドミュージックなどの新しい要素も付加することができた彼らの才能は、この後の『ゼニヤッタ・モンダッタ』(’80)でも十二分に発揮されている。『ゴースト・イン・ザ・マシーン』(‘81)では旧世代のシンセが多用されているので、今聴くと古くなってしまっているのが残念だが、最後の作品となる『シンクロニシティ』(’83)は実験的な前半と王道ロックの後半の組み合わせを当時最先端のエンジニアリングで処理し、単にビッグセールスを記録したというだけでなく、80sを代表する純度の高いロックアルバムとなっていた。
スティングの音楽性

デビュー作の『アウトランドス・ダムール』から『シンクロニシティ』まで、ポリスの名曲群を書いていたのはスティングであり、美しいメロディーへのこだわりは強く、キャッチーな曲であろうとアバンギャルドな曲であろうと、彼はリスナーの心に強く残る曲を生み出すことのできるプロフェッショナルなソングライターだと言える。

ポリス時代は、アンディ・サマーズ、スチュアート・コープランドというすぐれたミュージシャンたちとのトリオであり、彼のベーシストとしての実力は万人が知るところとなったが、ソロに転向するとアメリカで頭角を現してきた若手の凄腕ジャズミュージシャンを従えることになり、スティングの音楽性がジャズ寄りになったことは確かだが、フュージョン的な演奏にはならずロックスピリットをしっかり感じさせるところは、バンマスのスティングがしっかりコントロールしていたからに違いない。

ソロに転向(この時点ではポリスは解散しているわけではなく、活動休止という扱いであった)して1枚目の『ブルータートルの夢(原題:The Dream of the Blue Turtles)』(‘85)からの付き合いとなる、ダリル・ジョーンズ(ベース)とオマー・ハキム(ドラム)のリズムセクション、ケニー・カークランド(ピアノ)、そしてブランフォード・マルサリス(サックス)の4人の若手ジャズプレーヤーは凄いメンバーばかりだ。これだけの力量を持ったメンバーを束ねられるのは、世界広しと言えどもスティングと矢野顕子ぐらいではないかと思う。

それにしても『ブルータートルの夢』は名曲揃いの名作だ。スティングの才能は枯れるどころか、ポリス時代よりもソングライティングの技は冴え渡っている。「セット・ゼム・フリー(原題:If You Love Somebody Set Them Free)」「シャドウズ・イン・ザ・レイン」「黒い傷跡(原題:We Work The Black Seam)」などの名曲かつ名演は、今聴いてもまったく古さを感じず素晴らしい。やっぱり人力演奏に重きを置いているアーティストは良い。

なお、この頃のスティングバンドをカメラで捉えたドキュメンタリー『ブルータートルの夢(原題:Bring On The Night)』は、当時渋い映画を撮ることで映画ファンから注目を集めたマイケル・アプテッドが監督を務めた作品で、このバンドがいかにすごいかがよく分かるし、音楽ドキュメンタリーとしても素晴らしい作品に仕上がっている。スティングのファンでなくても楽しめるので、音楽ファンにはぜひ観てほしい。
本作『ブリング・オン・ザ・ナイト』 について

アルバム全体の出来としてみれば、本作『ブリング・オン・ザ・ナイト』の次にリリースされた『ナッシング・ライク・ザ・サン』(‘87)のほうが完成度は高いと思う。ただ、本作はライヴ盤なので、前述の若手ミュージシャンたちがライヴになるとこんなにすごい演奏ができるのかと、僕自身の驚きの記憶を忘れることができないので、スティングと言えば本作という思い入れがある。その驚きの瞬間は、早くも1曲目にやってくる。ポリス時代の「ブリング・オン・ザ・ナイト」(『白いレガッタ』に収録)と「君がなすべきこと(原題:When The World Is Running Down, You Make The Best Of What’s Still Around)」(『ゼニヤッタ・モンダッタ』に収録)の12分近くにも及ぶメドレーだ。「ブリング・オン・ザ・ナイト」はオリジナルとはかなり違い、こちらのアレンジのほうが数段良い。

冒頭からダリル・ジョーンズとオマー・ハキムのタイトで重厚感のあるリズムセクションのうねりに感心していると、より引き締まったリズムに変化していき、ケニー・カークランド(残念だが、彼は98年に43歳で急死している)のキレの良いパーカッシブなピアノが登場し、間もなく怒涛の超絶ピアノソロが始まる。そして、高揚していくカークランドのピアノに合わせてリズムセクションのふたりも絶妙のテクニックでアクセントを付けていく。観客の声援が大きくなっていき、聴いているこちらもカオスに巻き込まれてしまう。ピアノソロが終わる少し前に、スティングの「ケニー・カークランド!」というリスペクトを表すメンバー紹介があって、ゲストによる素晴らしいラップが煽りまくり、バックコーラスの女性数人とのコール&レスポンスが続く…いや、ほんと生きてて良かったって思うぐらいすごい演奏だ。

はっきり言って、このメドレー1曲だけで本作を持っておく価値があるぐらい素晴らしい。アルバムは2枚組で、収録曲は13曲。ポリス時代の曲とソロ1作『ブルータートルの夢』からの選曲となっているのだが、「ロクサーヌ」や「メッセージ・イン・ア・ボトル」など、ポリス時代の大ヒット曲は含まれていない。ライヴではもちろんやっているだろうが、シングルでひとり歩きしているナンバーを収録するとアルバムの統一感が崩れてしまうと判断したのだろう、それは僕も正解だと思う。

というわけで、今回は『ブリング・オン・ザ・ナイト』を取り上げたが、これまでポリスやスティングを聴いたことがないのなら、この機会にぜひ聴いてみてください。
TEXT:河崎直人
アルバム『Bring On the Night』
1986年発表作品

<収録曲>

1. ブリング・オン・ザ・ナイト/ホエン・ザ・ワールド・イズ・ランニング・ダウン / Bring on the Night/When the World Is Running Down You Make the Best of What’s Around

2. コンシダー・ミー・ゴーン / Consider Me Gone

3. ロー・ライフ / Low Life

4. 黒い傷あと / We Work the Black Seam

5. 世界は悲しすぎる / Driven to Tears

7. ブルー・タートルの夢/破壊者 / Dream of the Blue Turtles/Demolition Man

8. ワン・ワールド/ラヴ・イズ・ザ・セブンス・ウェイヴ / One World (Not Three)/Love Is the Seventh Wave

9. バーボン・ストリートの月 / Moon Over Bourbon Street

10. アイ・バーン・フォー・ユー/ I Burn for You

11. アナザー・デイ / Another Day

12. チルドレンズ・クルセイド / Children’s Crusade

ダウン・ソー・ロング – I Been Down So Long (Atkins, Lenoir)

13. サハラ砂漠でお茶を / Tea in the Sahara

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