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1995年2月、仙台に雪が降っていた。バンドのツアーで来日していたジャミロクワイのフロントマン、ジェイ・ケイは、ホテルの部屋から人影のない通りを見下ろし、一体みんなどこにいるのだろうと不思議に思った。外に出て、雪の中をとぼとぼと歩く一人の女性に尋ねたところ、みんな地下にいるのだと教えられた。
インスピレーションが閃いた本名をジェイソン・ルイス・チーサムというこの英国人ミュージシャンは、室内に戻ると頭の中に浮かんだ歌詞をホテルの便箋に書き留めた。「Oh now there is no sound / For we all live underground(ああ もう何も聴こえない みんなで地底に住んでいるから)」というフレーズは、このアシッド・ジャズ・ファンク・バンドが1996年に発表した、テクノロジーへの依存によって定義されるディストピア的未来を描いた楽曲「Virtual Insanity」を象徴する一節となった。
「あの歌詞は、ある意味現実になったと言えますよね」と、英国の自宅からZoomで米ビルボードの取材に応じたケイは、終始朗らかで機嫌よくそう語った。
「Virtual Insanity」は米ビルボードの“Alternative Airplay”チャート(38位)と“Dance Club Songs”チャート(34位)を含む4つのチャートにランクインした。だがこの楽曲が文化的現象となった背景には、その温かみのあるグルーヴだけでなく、後に『セクシー・ビースト』や『関心領域』などの映画を手がけることになるジョナサン・グレイザーが監督を務めた、瞬く間に象徴となったミュージック・ビデオの存在があった。
このMVは、今月でちょうど30年を迎える1996年8月19日の楽曲リリースと同時にMTVでヘビー・ローテーションとなった。このリリースはジャミロクワイの3rdスタジオ・アルバム『トラヴェリング・ウィズアウト・ムーヴィング』の米国発売(1997年1月)に先立つものだった。「Virtual Insanity」は1998年の【グラミー賞】で当時の<最優秀ポップ・パフォーマンス(デュオまたはグループ)>を、1997年の【MTVビデオ・ミュージック・アワード】で<最優秀ビデオ>を受賞し、同授賞式でジャミロクワイがこの楽曲を披露した際にケイはMVと同じ黒いもこもこの帽子をかぶり、動く歩道の上でパフォーマンスした。
楽曲の30周年を記念し、ケイは伝統的なロンドン・ドライ・ジンのノンアルコール版であるビーフィーター0.0%とタッグを組み、「Virtual Insanity」のMVで見せた動く家具と華麗なフットワークを再現した。この新作動画は、オリジナル映像で彼が手を伸ばしていた寄りのカットが何だったのかを明らかにし、それがこのノンアルのジンで作られたカクテルだったことを示している。新バージョンでは、ケイがジムやフォーマルなダイニング・ルーム、ハイファイ・バーなど様々な空間を滑るように移動しながら、次々と帽子を替える様子が映し出される。このコンセプトについて、ビーフィーターのプレス・リリースは、「節度を守れば、ジェイ・ケイはより人生を謳歌できるという証明」と位置付けている。
この新作映像は、空港の動く歩道やベニス・ビーチの遊歩道など様々な場所で「Virtual Insanity」のMVを再現するという最近のTikTokトレンドとも呼応している。レゴで再現したバージョンまで存在する。
ケイは、この盛り上がりがジャミロクワイの8thスタジオ・アルバムであり、2017年の『オートマトン』以来となる新作にも波及することを期待している。ケイによれば、アルバムは一度完成していたものの、完璧主義者である自分が(「僕は山羊座だから妥協を許さないんだ」)スタジオに戻り”引き出したかった残り15%”を追求したとのことで、「そうでなければ僕は納得できなかった」と彼は語っている。このアルバムは2027年3月までにはリリースされる見込みで、ベースの名手サンダーキャットの参加曲も収録される予定だという。サンダーキャットは英国まで飛び、ジャミロクワイとスタジオで制作を行った。リード・シングルは今年中にリリースされる可能性が高く、このアルバムは1993年のデビュー以来ジャミロクワイがすでに売り上げてきた2,600万枚のアルバム売上にさらに数字を積み重ねることになる。
30周年を迎えた「Virtual Insanity」について、そして56歳になった今もMVを見事に再現できるほどの柔軟性を保っていることなどについてジェイ・ケイに語ってもらった。
──「Virtual Insanity」と『トラヴェリング・ウィズアウト・ムーヴィング』がリリースされる直前と直後で、生活にはどのような違いがありましたか。かなり変わったのではないかと思うのですが。
その前は、難しい2ndアルバムだった『ザ・リターン・オブ・ザ・スペース・カウボーイ』で。あのアルバムのビデオはかなり注目を集めたし、グルーヴィーな仕上がりで今聴いても十分に通用すると思います。今改めて聴くと、かなり尖っていて独特な作品でしたね。あの後は、他のすべてがそうであるように、もっと大きく、もっと良いものにしたいと思うようになりました。
──その“もっと大きく、もっと良いもの”を実感した具体的な瞬間はありましたか。
(英ロンドンの)パディントンにアパートを借りていた頃、レコード会社のソニーがやって来て新曲を聴いてくれたんです。「いいね、気に入った」という反応で、とにかくポジティブでした。それから、「他にも何かある?」と聞かれたので、「あります」と答えた。おもしろいことに、「Virtual Insanity」は僕がトビー(・スミス、亡くなったジャミロクワイのキーボーディストで共作者)と一緒に作った最初の曲だったんです。トビーが曲を作ってくれて、僕は仙台、日本の北の方をツアー中の真冬に歌詞を書きました。窓の外を見ると通りに人が誰もいなくて、どうしてなのか分からなかったんです。
外に出てみると深い雪が積もっていました。ようやく一人の女性が歩いているのを見つけて、「みんなどこにいるんですか」と聞いたら、「みんな地下にいるのよ」と言われました。それでホテルの便箋に、まさに音楽業界らしいやり方で歌詞を書き留めた、というわけです。それでレコード会社に「他にも何かあるか」と聞かれた時、「“Virtual Insanity”っていう曲があります」と答えたら、「聴かせてくれ」と言われて、部屋の空気がガラッと変わった。確か、当時ソニーのS2責任者だったマフ・ウィンウッドだったと思います。彼はバーミンガム訛りで「これだ。やったな。これで決まりだ」と言ったんです。
──その後は?
ビデオの話が出てきました。動く歩道を使いたかったんですが、技術的にかなり難しいことになりそうで……。監督に決まっていたジョナサン・グレイザーに相談したら、「難しいだろうね。ちょっと考えさせて」と言われました。パディントンの自宅にいた時に彼から電話がかかってきて、確か夜中の1時頃だったと思います。「思いついた!部屋自体を動かして、君の周りを回転させるんだ」と言われたんですが、僕は電話口でうなずきながらも、正直何を言っているのかさっぱり分かりませんでした。
セットに入ると、「北!西!3!南!5!」というような大声の指示が飛び交っていて、すごく混乱しました。白い部屋に入ると、ソファや椅子がこちらに向かって動いてきて、「一体何が起きているんだ、あそこからあそこまでどうやって移動すればいいんだ」と思いましたね。カメラを覗いてファースト・テイクを確認したら、自分の周りをあらゆるものが動いている映像が映っていて、「ああ(なるほど)」と理解しました。
そこからは決められた立ち位置に収まっていきました、何度か危ういこともありましたが。特に今でも覚えているのが、ソファと壁の間に挟まれそうになった場面。昔の『トムとジェリー』のアニメで、つま先立ちで移動するシーンを覚えています?まさにあんな感じでつま先立ちの小さな動きをして切り抜けた。何度か危なかったけれど、なんとかうまく乗り切れました。
──今回このビデオを再現することになった経緯を教えてください。また、これほどアイコニックで、ある意味完璧な作品をあえて作り直す理由は何だったのでしょうか。
ビーフィーター・ゼロがビデオを再現したいと言ってきたんですが、実際にやってみるとオリジナルよりもはるかに複雑なものになりました。おもしろいことに、今回は逆のやり方だったんです。今回は長さ9メートルほどの床がレール上を動いて、様々な部屋を通り抜けていく仕組みで。セットで床が動き始めると、列車が発車する時のようなガタンという音がして、僕は片足でバランスを取ろうとしていました。しかももう27歳ではなく、もうすぐ57歳。だから内心、「これ、うまくやれるといいけど」と思っていましたね。
──見事にやり遂げましたね!
昔のビデオ、しかもこれほどアイコニックなビデオを題材にして、オリジナルに忠実でありながら同時に新鮮で新しいものにする、しかも昔のコンセプトを保ちつつ今のライフスタイルに合ったクールなブランドと結びつけるというのは簡単なことではない。最初のカットを見た時は本当に驚きました。最初の一瞬は”これはオリジナルだ”と思うんですが、次の瞬間にふっと画が広がっていくのが分かる。正直、終わった後は足が痛かったです。氷水の入ったバケツを用意してもらって、足をつけていましたよ。
──新しいビデオはすでに200万回近い再生回数を記録していて、オリジナルを再現する最近のTikTokトレンドとも呼応しています。何がこの関心の高まりを動かしているのだと思いますか。
なぜ今でもロレックスの時計を買う人がいるのか。それは、あの時計に価値があるから。僕は今でも道で、「どうやって撮ったんですか」と声をかけられます。それに新しい世代の若い人たちも増えていると思う。ライブで気づくんですが、観客が僕と同世代か少し下の世代、つまり、「1998年に観に行って良かったから、また観に行こう、まだ生きてるか確かめよう」みたいな人たちばかりじゃないんです(笑)。
全然そうじゃなくて、15、16、17、18、20歳くらいの子たちが来てくれている。しかも僕にとって嬉しくて新鮮なのは、親に無理やり連れて来られたような顔をしている子がいないこと。みんな、「これ、かっこいい」という表情なんです。そしてこういうことはすべて、雪だるま式に広がっていくものだと思う。それに今の時代、15秒の早回し編集の映像がバンバン流れてくる中で、4分間ずっと注意を引きつけるものを人々は見たがっているんじゃないかとも思いますね。
──若い観客を惹きつけているというお話でしたが、それによって新たなチャンスも生まれていますか。
素晴らしいことだと思います。実際の年齢がいくつであろうと、ステージに立てば僕は23歳なんです。それだけのこと。
──新しいアルバムのリリースに向けて準備を進めているそうですが、どんなサウンドになっていますか。
よりハッピーなアルバムです。グルーヴのアルバムですね。オールド・スクールへの回帰でありながら、さらにグルーヴを効かせています。すべての曲がトップ・メロディーから作り始められています。僕は朝の3時半に思いつきで目が覚めるタイプの人間なんで携帯電話は本当に便利です。頭の中で音楽がすべて聴こえてくるんです。残念ながら、頭のスイッチをオフにできないタイプなので、こっちで会話をしながら、あっちで音楽のことを考えている、なんてこともよくあります。
それで質問に戻ると、若い人たちが僕らにハマってくれているのはワクワクすることですし、この注目の高まりに乗ってアルバムも成功してくれればと期待しています。ラジオの仕組み上、みんな「Little L」や「Virtual Insanity」、「Cosmic Girl」は耳にしても、アルバムの他の曲までは届かないんですよね。僕らはずっとアルバム・バンドでやってきたのに。その一方で、ライブを観てもらえば、僕の歌声は良くなっていますし、体調も全体的に良くて、10年前や15年前より今の方が調子がいいと思います。「あれはトラックに違いない、本人が歌っているわけがない」と言われることもあるんですが、「ちゃんと歌ってるよ、しかも25歳の時と同じキーで」と言えるのは嬉しいことです。だから、この流れ全体がうまくかみ合って、みんなに新しいアルバムを聴いてもらえたらいいなと思っています。
──90年代のアルバム・リリースと今とでは明らかに状況が違います。状況の変化を踏まえて、今回の新作に対する成功の基準も以前とは違いますか。
僕はずっとライフワーク・バランスを大事にしたいと思ってきました。成功しすぎるとおかしくなってしまうこともあるんです。頑張りすぎると、自分が何者で何を求めているのか、人生には他にも大切なものがあるということを見失ってしまいかねない。物事が大成功を収めるのは素晴らしいことですが、僕もそれなりに経験を積んできましたからね。もちろんうまくいってほしいとは思いますが、成功の指標はライブに人が来てくれるかどうかだと思っています。とはいえ、アルバムがもっと注目されてほしいという気持ちは間違いなくあります。前の2作よりも、はるかに良いアルバムに仕上がっていると思うので。
──2018年以来、米国でライブをしていませんが、いつまた戻ってきてパフォーマンスする予定ですか。
できるだけ早くと思っています。アルバムの何曲かにはサンダーキャットが参加してくれているんですが、彼は僕がこれまで出会った中でも、最高に素敵で才能あふれる人間の一人です。彼がこちらに来てくれて、僕が彼の音楽が大好きだったので一緒にやることになったんですが、本当に素晴らしかったですよ。だから僕らが米国に行って、サンダーキャットも来て演奏する、という光景は自然と思い描けますね。米国には僕らを愛してくれる人がたくさんいます。僕も米国でのライブは楽しい。真面目な話、観客も本当に素晴らしくて、心からのめり込んでくれるんです。早く向こうに行ってみんなに会いたいですね。そしてあまり詳しくは言えませんが、このアルバムにはアメリカーナ的なコンセプトがかなり盛り込まれているんです。
──成功に対する考え方は、年月を経て変わりましたか。
もう十分に歳を重ねたので、物事を楽しめるようになりましたし、以前ほど……まあ、自分を必要以上に深刻に捉えていたつもりはないんですが、今の方がより肩の力が抜けていますね。「気にしなくていい」という気持ちの方が強くなりました。そう思えることでより良い選択ができるし、心構えもできると思うんです。みんなが「これはすごい!」と言ってくれたら「そうか、良かった」と思えるし、みんなが「これはひどい」と言ったとしても「わかった、それでいい」と受け止められる。すべての人を満足させることなんてできませんから。
でもこれだけは言えるんですが、僕が心から満足しているものに関しては、いつも信じているんです。人々がそれを聴いて、「これはかなり時間をかけて作られたものだ、たくさんの努力が注がれていて、10分でパパッと作ったようなものじゃない」と分かってくれると。仕事をきちんとやっていることを、人は評価してくれるものだと思います。僕の仕事は人々に喜びを与えて楽しませること、そして正直なところ、今の人生の辛さから少しの間でも人々を解放してあげることです。ライブの2時間だけでも、そこに没頭してもらえたらいいなと思っています。
──オリジナルの「Virtual Insanity」のMVでかぶっていたあの帽子は、今どこにあるのでしょうか。
いい質問ですね。子どもが3歳の頃に大好きだったおもちゃと同じで、きっと家のどこかの箱の中に入っていて、また出番が来るのを待っているんじゃないかな。
By: Katie Bain / 2026年8月27日Billboard.com掲載
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