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5月から6月にかけて、東京、大阪、横浜のビルボードライブで行われる【Sarah Àlainn Quartet ~ISEKAI~】。サラ・オレイン(Vocal/Violin/Kalimba/Synthesizer/other)と日本のジャズ界を代表する豪華メンバー、高橋信之介(Drum)、早川哲也(Bass)、田中菜緒子(Piano)と4名で織りなすカルテット。今回のビルボードライブ・ツアーは、6月11日にリリースされるサラ・オレインのニューアルバム『ISEKAI – Anime & Video Game Muse』の発売記念の企画である。その皮切りとなったビルボードライブ東京公演をレポートする。
六本木の高層に揺れる光が、ビルのガラス越しに優しく差し込む午後、ビルボードライブ東京の空間は“ISEKAI”へと変わった。会場の照明が落とされ、静寂に包まれるなか、カリンバの弾き語りで、優しい音色とともにサラ・オレインが登場した。音色一つひとつを慈しむように、観客をその手に抱きしめるように、彼女は“ISEKAI”の扉の鍵を鳴らす。
アカペラから始まった1曲。その透明感の高い声が湖面に波紋を広げるように会場に浸透していく。煌びやかなマントを脱ぎ捨て、“サラバンド”とともに解き放つ「Feelin’ Good」。この1曲で一瞬にして会場の雰囲気は変わった。“ISEKAI”への扉が開き始める。MCではISEKAIへ逃げることの大切を語るサラ。「頑張らないで。生きてるだけで十分頑張ってるから。思いっきりISEKAIへ逃げよう。ISEKAIへ逃げつつ、もっとこの世界を“いい世界”にしていきたい。思いやりの世界。ISEKAIの人を知ること、好奇心を持つことが大事。最初は理解できないことはたくさんあるかもしれない。音楽のハーモニーも、全て揃わないと、不協和音に聞こえるかもしれない」。そう語ると、ルーパーによる多重録音を駆使し、高音から低音まで自らの声を幾重にも重ね、虹のようなハーモニーを創り出した。「What A Wonderful World」。「いい世界、A Wonderful Worldを一緒に作っていかない?」。最後の主メロが重なるまで、確かに不協和音にも聞こえたハーモニー。絶対音感が生かされた見事な瞬間。虹は現実から異世界へとつながる入口だった。ベースと歌のユニゾンで始まった3曲目「Asturias」。ビルボードライブならではの選曲と編曲。サラの口笛で始まるソロに会場の空気が止まる。口笛の音は、どこか寂しげな風が吹くように会場を流れる。これにカリンバが続き、交錯し、サラのスキャットが空間を跳ねる。ライブでは初演奏というこの曲に、観客はただ息を呑んだ。
そして、「亡き王女のためのパヴァーヌ」。モーリス・ラヴェル生誕150年に捧ぐこの1曲は、田中奈緒子とのシンセサイザーのデュオ。電子音も駆使した流麗な旋律は、古典と現代が時空を超え邂逅した瞬間だった。後半はサラの弾き語りに移る。アルペジオの上からインスト曲に歌詞を加え、どこか冨田勲の世界観を連想させる。
ここで会場に微笑ましいハプニングが起きた。本来は次曲「Animus」後に登場するはずのアーティスト・カクテルを、スタッフが予定より早く持ってきてしまった。サラは「ちょっと早いけど乾杯しましょ!」。会場と声をあわせて「一緒に逃げよう、ISEKAIへ!」で乾杯。笑いを咲かせながら観客とグラスを掲げた。オリジナル・カクテル『ISEKAI MUSE』はアルバムのジャケットを意識してこだわったというサラ。
そして「Animus」へ。「Animus」はサラがヴァイオリンのために書いたオリジナル曲であり、女性の中に秘めている男性的な魂を表現している。高橋信之介のドラムが鼓動のように響き、田中奈緒子の迸るピアノ、サラの弓は激情と優しさを行き交う、繊細でありながら、ダイナミックなヴァイオリン演奏。それは音楽で綴られたサラ自身の自画像のようでもある。
MCで6月11日にリリースされるニューアルバム『ISEKAI – Anime & Video Game Muse』への想いが語られた。時には逃げることも、癒しの選択肢として大切だというサラの想い。“ISEKAI”、それは聴く者とともに逃げ込む場所。日常が刃となって心を傷つけるとき、サラの音楽は盾となる。続く「水の星へ愛を込めて」はニューアルバム収録曲でもある。原曲の持つアップテンポはサラの編曲で情感が込められたJazzyな曲に創られている。ヴァイオリンとピアノのソロの掛け合いも見どころのひとつ。
そして「Eight Melodies」。これもニューアルバム収録曲である。レトロゲーム『MOTHER』、8つのアイテムを探し、全て揃うとひとつのメロディーになる。サラが幼い頃にプレイした『ドクターマリオ』を作曲したのもチップ田中こと田中宏和その人である。サラ自身がずっと遊んできたゲームの曲の作曲者が自分のステージを聴きにきてくれたときの不思議な感覚。田中宏和との不思議な縁が語られる。「Eight Melodies」はサラ自身の歌声を何層にも重ねてレコーディングをし、さらにDolby Atmosでの立体音響効果が施されている。まさに音が天井から滝のように降り注いでくる“Wall of Sound”の仕上がりになっている。ビルボードライブではルーパーの多重録音とシンセサイザーを組み込んだ演奏で魅せ、会場全体と「ラララ~♪」のコーラスでハモった。音が空間を染めていく。
ここからはテンポの良いアイドル楽曲ゾーンへ。「Laisse Tomber Les Filles」「Idol」「Crazy for Who?」と連続する3曲は、サラの表現者としての幅広さが発揮される。
「Laisse Tomber Les Filles」は50年前のフランスのアイドルソング。軽快な旋律の裏には「女は放っておいてよ」と割とキツイ歌詞もある。途中でヴァイオリンに持ち替え、『ドクターマリオ』を演奏。一瞬でビデオゲームのISEKAIへ!
「Idol」(『推しの子』より)はジャズ風の編曲で披露された。虚構と現実の狭間でアイドルが抱えるせめぎあいの心情をサラの歌声が曝露する。そして舞台袖へ姿を消し、衣装チェンジ。スパンコールのパンツスタイルで彩られていたカッコいいものである。
「Cray for Who?」はゲーム『サガ・エメラルド・ビヨンド』でサラが歌っているロボット・ディーバDiva No.5の曲である。歌い出したがマイクが入っていないのか歌声が聞こえない。ワイヤレス・ヘッドマイクがスピーカーに流れていないトラブル発生。スタンドマイクに行き、「マイク入ってない♪ 何とかしてよ♪」とメロディーに乗せてアドリブ。その間も演奏を止めないサラバンド。すぐにスタッフが対応して音声が流れるようになった。ライブでこそのハプニングだが、サラもバンドメンバーの対応も本当に見事なもので、歌とは別に「凄いね」と、つい声に出てしまう。歌いながら、アニメでしか描けないと思われるDiva No.5の激しいダンスを現実でやってのける。
11曲目には「Killing Me Softly」。この曲はサラのお母さまが好きだったそう。母に頼まれても長年歌うことをためらっていたというこの曲を、今なら歌えると穏やかに語った。この曲には、誰もが持つ傷ついた過去との和解が込められている。サラ自身の過去と現在をつなぎ、観る者一人ひとりの心情にそっと寄り添った。
その祈りは「Calling You」へと続く。その歌声は遠く離れた誰かに届ける祈りのようだった。ルーパーで声を重ね、どこまでも伸びていく4オクターブにわたるヴォーカルが会場の空間ごと異世界へと引き込んだ。観ているこちらは、鳥肌と涙が言葉の代わりに答えている。
本編ラストは「I Wish」。シンセサイザーとVocoderがJazzyな空気を醸し出し、サラのシンセソロではいろいろな日本のゲーム音楽の旋律も散りばめられ、 楽しいISEKAIを演出した。
再び姿を現したサラは、まるでギリシャ神話の女神アテナのような衣装(英雄伝ドレス)に身を包んでいた。
アンコール1曲目は「Spain」。ヴァイオリンのジャズソロに加え、情熱と技巧が燃え上がるような歌唱。ブレスさえも歌の一部としている。スキャットでなく、紡がれた疾風のような英語歌詞が音の波間を駆け抜ける「Spain」は賞賛に値する。ゲーム『百英雄伝』より「Flags of Brave」は、サラの代表曲としてライブの締めの曲になった。聴き手に勇気を奮い起させる力強い曲である。歌唱中「勇気の旗は降ろさない」の部分でステージ後方のカーテンが開き、光が会場に差し込む演出。光のなかでサラの姿は神々しく見える。ISEKAIに希望という光があることを、その歌と音楽と、そして自らの存在で聴き手に伝えてくる。
表現者サラ・オレインの真骨頂は1stステージだけでは語ることができない。というのも、ビルボードライブ東京公演の2ndステージでは、1stステージからセットリストが2曲組み替えられていたからである。1曲目はYouTubeで3,500万回以上再生されている「イザベラの唄」。歌詞のないこの曲で、サラの歌声は言葉という枠を超えて聴き手の心をそっと包み込む。慈しみと、どこか懐かしさを感じさせる温かさがある。伴奏は極限までそぎ落とされ、彼女の内面の祈りや静かなる愛を聴き手の心に奥底へと語りかけてくる。演奏後、観客の深い息遣いが一瞬響いた。それは、誰もが言葉を持たない感情に触れていた証であろう。
2曲目は「No Promise to Keep」。『Final Fantasy VII Rebirth』のテーマ曲である。この曲はアンコール曲に組み込まれていた。歌詞の一つひとつを丁寧に歌い紡ぎ、そこには、願いと諦め、そして祈りとが同居していた。この曲ではサラのヴァイオリンによる演奏も魅せ場だった。原曲にはないビルボードライブのためにサラがアレンジしたものである。聴き手はその美しいヴァイオリンの音色に引き込まれていった。サラの歌声は、繊細に、そして力強く、感情の層を往還してゆく。観客一人ひとりの胸に、それぞれの失われた約束がよみがえっていたに違いない。そこには、ライブのプロデュース、編曲、演出のすべてを自ら手掛けているサラ・オレインの表現者としての言葉では語れない奥深さが滲み出ていた。ビルボードライブ東京公演2ndステージのみに組み込まれた「イザベラの唄」と「No Promise to Keep」が、サラが誘う“ISEKAI(異世界)”の物語に華を添えた。サラ・オレインの歌声は、ISEKAIへの旅の灯火ともいえる。
ビルボードライブ東京公演【Sarah Àlainn Quartet ~ISEKAI~】は、曲目も内容もたっぷり詰まった感動的なライブだった。CDでは再現できない、生でこその唯一無二のもの。ビルボードツアーは始まったばかり。ISEKAIへの扉が開かれている。6月14日にはビルボードライブ横浜公演がある。まだ生のサラ・オレインを観たことのない人、生でライブを観たことのない人にはまさに必見といってよい貴重なライブである。ISEKAIの旅はつづく。(了)
Text by Norihisa Urakami, Ph.D
Photos by YUKI KINA
◎公演情報
【Sarah Àlainn Quartet ~ISEKAI~】
5/18(日)東京・ビルボードライブ東京 ※終了
5/24(土)大阪・ビルボードライブ大阪 ※終了
6/14(土)神奈川・ビルボードライブ横浜
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