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2023年10月27日、渋谷の街にドラムの神が降臨した。その名はスティーブ・ガッド(STEVE GADD)。GADDという名前をGOD(神)にかけて、“ドラムの神様”とも称される、伝説的なドラマーだ。70年代以降の洋楽ファンなら、名前を知らずとも、必ずどこかで一度は彼の演奏を聴いているといっても過言ではない。スタッフやガッド・ギャングといったスーパーフュージョンバンドのメンバーとして、あるいはポール・サイモン、スティーリー・ダン、エリック・クラプトンといった幾多のアーティストの名盤を支えてきたドラマーとして、彼がレコーディングに関わった楽曲は、想像もできないほど膨大な数だからだ。また、現在、第一線で活躍中のドラマーにもガッドを敬愛し絶賛する人は数多い。
この日、開催されたのは「スティーブ・ガッド/ドラムクリニック2023」(主催:ヤマハ、ヤマハミュージックジャパン)。偉大なドラマーのテクニック、ノウハウ、考え方が惜しげもなく明かされるのだという。会場となった渋谷ストリームホールには、チケットを手にできた幸運な観客188人が詰めかけた。客層は、明らかにミュージシャンというタイプの男性はもちろん、若い女性から年配の男女までと幅広い。ガッドがいかに長い期間さまざまな音楽ジャンルで活躍してきたかを表しているかのようだ。
ステージの中央にはドラムセットが1台。なんと、その脇には左右10席ずつ計20席のステージ席が設けられている。神ワザを間近で、同じ目線、同じ耳の位置で目撃することができる果報者がいるのだ。
ガッドは定刻通りに登場。“Everybody Good?”(みんな元気かい?)と呼びかけると、観客は「イェー!」と大合唱で応え、ステージは始まった。
最初の演奏は4ビートのジャズ。ごく小さな音で、ブラシを使ってスネアドラムを叩き始める。タッチはあくまでも柔らかく繊細だ。「タッタ~♪タラリ~♪タァ~ラ♪」と「Bye Bye Blackbird」のメロディーを口ずさみながら、ゆったりしたリズムで、グルーヴを紡ぎあげていく。ウォーミングアップのようにリラックスした雰囲気ながら、途中でメチャメチャかっこいいフィルイン(小節に挟み込む即興)をいくつも織り交ぜていく。聴衆の目は釘付けだ。
2曲目はマーチング曲の「Crazy Army」。ガッドがドラムソロでよく演奏することで有名だが、もともとはドラム教則本の練習曲。ドラムセットの演奏技術にマーチングドラムのルーディメンツ(基礎奏法)を取り入れて昇華させたのはガッドの功績の一つなのだ。ふだんの演奏では決して手数の多さを誇ることはないガッドだが、この日はドラムクリニックということもあってか、「いつもより余計に叩いております」といわんばかりの力の入った「Crazy Army」のように聞こえる。
3曲目は、「手拍子をお願いします」と会場に呼びかけた。ラテン音楽のリズムパターンのひとつ、3-2のクラーベだ。ドラム経験者が多いのか、観客も変拍子に見事に対応する。手拍子をバックにガッドはこれでもかと数々の技を繰り出し、さながらガッドと観客のセッション、あるいはバトルといった様相だ。あまりの熱演に、演奏が終わると同時に観客から「うぉ~っ」と声が漏れた。
デモンストレーション演奏のあとは質疑応答の時間だ。ガッドは「私は、もう何年もヤマハのドラムでプレイしてきました。ヤマハでプレイすることが大好きです。今日は皆さんと一緒に時間を過ごしながら私の知っていることをシェアしたいと思います」とあいさつ。事前に集められた質問に、ガッドが実演を交えながら次々に答えていくという趣向である。
まず切り出したのは、いま気に入っているという新しいスティッキング(ドラムをたたく時の手順)のことだ。コロナ禍で練習時間が増えたので、新しいスティッキングを思いついたのだという。「やってみましょうか」と、クリック(メトロノーム)にあわせて、楽屋裏に転がっていたという何の変哲もないテーブルをスティックで叩き始めた。練習なのに音楽的でつい聴き惚れてしまう。ガッドはスティッキングを新しいものに置き換えることに取り組んでいて、それに関する新しい本も出す予定だという。
後からスタッフに聞いた話だと、ガッドはこの練習を常に、本番直前ですらも行っていて、78歳にもかかわらず誰よりも練習するのだそうだ。ガッドのすごさを物語るエピソードである。
ここからは主な質疑応答を一問一答形式でご紹介しよう。
「食べ物には気をつけています。野菜、魚はたくさん取るようにして、肉、パン、パスタは取りすぎないようにしています。運動は重要です。2年前までは毎日ジョギングしていましたが、この2年はあまり走っていません。一緒に走っていた妻が背中を痛めたからです」
「フレーズ単位で考えるようにしています。1小節ではなく4小節単位だとか8小節単位です。観客とコミュニケーションするためにはフレーズがとても重要です。どういう意味かお見せしますね(ドラムで歌うかのように、4小節、2小節のドラミングを実演)。フレーズ単位でプレイすることで音楽的にプレイできます」
「テンポは常に考えています。まさにそれがドラマーやベーシストの仕事です。一定のテンポで強い土台を作ってあげることで、シンガーなどがその上で浮遊していられる。一定のテンポを出すために、私はイヤホンでクリックを聴くこともあります。完璧なタイム感を持っている人はいないと思いますよ。タイム感とかグルーヴというのは、リズム隊の、あるいはミュージシャンの約束、合意事項です。常に意識する必要があります。曲によっては、走りがちになってしまいやすい箇所というのがある。
例えばAセクションから Bセクションに行く時に Bの前にフィルを入れるんだけどBの方が盛り上がるみたいな時、どうしてもそこでみんな早くなってしまいがち。クリックをかけて練習することで、こういった場所で早くなりがちなんだということを自分たちで気づくので、そこにより意識を向けられるようになる。そうすると一貫したタイムが出せるようになるんです」
「まず、ギタリストに言いたいのは、音を下げろということ(笑)。 ベーシストに言いたいのは ベースを弾いてということです。ベースはやろうと思えばギターっぽいこともできるしパーカッションっぽいこともできる。あれこれやるといろんな楽器の場所を奪ってしまう。ベースが忙しくなっちゃうと、私が演奏する余地が残らない。なのでベースの人には弾きすぎないで一緒にプレイして、と言いたい。
もちろん、皆で一緒にわーっとプレイする場面もありますが、いつもそうではない。例えばトランペットがソロを演奏する場合は、キーボードとギターが同時に伴奏しないでほしい。どっちか片方にしてほしい。そうしてくれると私が演奏するスペースが生まれます」
「今日は、私とヤマハのお付き合いのきっかけになった方がいらっしゃっています。ハギさん (萩原尚:ヤマハドラムの父と呼ばれ、世界中のミュージシャンから慕われている伝説の社員。2004年に定年退職)です。 70年代にスタッフというバンドで来日した時にヤマハがドラムを用意してくれて、独占使用契約のオファーをもらったんです。私にはドラムセットはこうあるべきだという考えがあったんですが、ヤマハは私の意見を大事にしてくれました。ヤマハのドラムはサウンドも外観も美しいし、ハードウェアも楽器作りに対する情熱も素晴らしい。それ以来私はヤマハのドラムを気に入って使っています。 ヤマハとはすごく良い関係が築けていますし、この関係を愛しています」
そのほか、ドラムクリニックらしく専門的な内容の質問が続く。「演奏する前のウォーミングアップ法やルーティンはありますか?」「リズムを刻む時の、ハイハット、キック、スネアの音量バランスはどのように意識していますか?」「バスドラのあの独特の質感はどうやって出しているんですか?」「ツインペダルの効果的な使い方を教えてください」「利き手ではない手の強化方法は?」「スティックはどれくらいの頻度で交換していますか?」「ハイハットのボトムのシズルはいくつ付けていますか?」「現在ウッドリムのスネアドラムを使っていない理由を教えてください」・・・といった具合だ。
クリニックでは、テクニカルな内容を説明しながらも、他のミュージシャンをリスペクトして他者の音をよく聴く姿勢、技術を誇示するのではなく音楽として表現することの重要性などを訴え、レジェンドの人間性に裏打ちされた器の大きさがひしひしと伝わってきた。
一つ一つの質問に演奏を交えながら丁寧に答えていき、最後の質問に答え終わると、ガッドは通訳のミキさん、ヤマハ、観客に深い感謝の意を述べた。そして盛大な拍手に見送られてステージを後にした。観客は誰もが感動冷めやらぬという面持ちだ。
ステージでは、ヤマハドラムに対する賛辞とヤマハへの感謝が何度も聞かれた。
楽器としてのドラムは、ドラム本体と、ハードウェアと呼ばれるスタンドなどの機材、それぞれが50%ずつの重要性を持つ。ドラム本体は高級品であればどこのメーカーでもいい音がするが、ヤマハドラムの強みは残り50%の部分も優れていることだ。音の良さに加え、ハードウェアがすごく使いやすいと全世界的に評価されおり、ガッドのようなレジェンドクラスから一流ミュージシャンまで使っている理由はそこにある。
さらに、ガッドはビッグアーティストのツアーのサポートや、自らのバンドの公演などで世界中を飛び回っている。ドラムセットの輸送は物量的に大変なので、楽器は基本的に現地調達だ。ガッドは絶対にヤマハのドラムしか使わないが、ヤマハは世界各地に拠点があるのが強みなので、その要求に対応できるというわけだ。
ヤマハのドラムは2027年に60周年を迎える。同じ年、ガッドとヤマハの契約は51年目を迎えることになる。まさにスティーブ・ガッドはヤマハドラムの顔であり歴史そのものだ。世界中でドラムの神様と敬われるアーティストが、日本ブランドのドラムセットをこれだけの年月使い続けていることに、なんだか誇らしくなるのは私だけだろうか。
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