細野晴臣が狭山市の自宅でのレコーディングで、アメリカの空気を創造した『HOSONO HOUSE』

2023年5月24日 / 18:00

シティポップを筆頭にかつての日本のポップミュージックが海外でスポットライトが当たっているが、やはりと言うべきか当然と言うべきか、細野晴臣にも改めて評価が集まっているという。そんな中、細野晴臣のソロ1stアルバム『HOSONO HOUSE』が歌詞カードや内袋等のデザインを含めてオリジナルの仕様を完全再現した50周年記念アナログ盤として、5月25日に発売となった。リマスターCD版やUHQCDなど過去に何度も再発されている名盤だが、こういう仕様は新旧ファン共も嬉しいところではなかろうか。今週はその『HOSONO HOUSE』の基本情報をまとめてみた。
レコーディング環境の重要性

その昔…と言っても筆者がミュージシャンへのインタビューを仕事にしてからのこと。海外レコーディングという話を聞くと“何で海外へ行くんだろう?”と訝しく思ったものだ。レコーディングスタジオが日本にない、あるいは日本人にレコーディングエンジニアがいないとなれば、それも分かる。必然、海外へ行くことになる。だが、昭和ですらそんなことはなかったわけで、別に自己弁護するわけではないけれど、知識の乏しい自分が当時そう思ったのも止む無しではなかったかと思う。そののち、インタビュー仕事が増えていき、実際に海外レコーディングを行なったミュージシャンに直接話を訊く機会もしばしばあって、その理由を尋ねることもあった。最大の理由は音が良いことだという。その回答が一番多かったと思う。正直に白状すると、その時ですら、さすがに口には出さないまでも、“ホントにぃ?”と懐疑的に見ていたことも確かで、“実は半分は旅行だったんじゃないの?”とか思っていた。CDバブルの頃には実際に半分(以上)が旅行という人たちも少なくなかったことだろう。“儲かってる会社はいいよなぁ”と完全にやっかみ半分(以上)で見ていたとは思うが、さらに年月を重ね、さまざまなアーティストに取材する中で、海外レコーディングを理解できるようになってきたところはある。海外は音が良いことは事実であるようだし、旅行気分であってもそれはそれで立派な理由だということも分かってきた。

まず、音の件。概ね米国のロスアンゼルスとか西海岸は湿度が日本とは違うと聞いた。物理化学的なことは門外漢なので、あくまでも覚えている範囲の伝聞を述べると、カラッとしている分、高音がスッキリ聴こえるという。アコギの響きがいいという話も聞いた。それはそのスタジオにあった楽器が良かったということもあっただろうけど、湿度が違えばアコギのボディの湿気も違うだろうし、響きも変わってくるのも当然だろう。あと、電気の周波数のせいか、アンプから出る音が違うという話を聞いた記憶もある。今調べたら、日本は東が50 Hzで西が60Hz、欧州が50 Hzで北米が60Hzだそうだから、多分、周波数は関係ない。それは単なる勘違いだろうが、もしかするとそこにも湿度の違いがあったのかもしれない。当時取材したアーティストの返答を思い出すと、海外レコーディングでの音の違いは間違いないようではある。そうは言っても、日本と海外とでまったく同じ状態で録ったものを聴き比べたわけではないので、実際に何がどう違うのかを実感したわけではないのだけれど、大満足しているミュージシャンが多かったところを見ると間違いないようだ。

響きの違いもさることながら、旅行気分(そう言うと若干語弊があるけれど…)が海外レコーディングの利点である話もよく聞いた。リラックスできるのだという。異国に居るという開放感もあるだろう。日本、とりわけ東京都内のスタジオでやっていると、レコーディングが上手く進まずにストレスが溜まったとしても、それを発散できる場所が限られる。ストレスを抱えながら毎日会社に通うビジネスマンとそう変わらない。それでもいい演奏、歌唱ができれば問題ないわけだが、それは稀だろう。会社での長時間の会議のしらけた空気感を知っている会社員ならそこには共感してもらえるのではなかろうか。日常と日本の喧噪から離れた土地で、落ち着いた精神状態で作業に没頭できる。仮に作業が煮詰まっても、スタジオの外に出れば異国情緒がストレスを癒してくれる(らしい)。それは確実にプレイにいい影響を与えるようだ。

あと、コストの問題もあったとか。当時は渡航費や現地スタッフのギャラなどの諸々を含めた海外でのレコーディング費用は、日本の有名スタジオを何週間か借りた時の金額に比べても安かったという話も聞いた。今は円安でその状況も大分変わったのだろう。
“狭山アメリカ村”の自宅で録音

前置きが長くなったが、音楽には環境も大事ということ。環境による演者の心境は大きくプレイに影響するし、レコーディングではそれがダイレクトに記録される。プロフェッショナルにとって何処で録るかは極めて重要なのである。ここからは細野晴臣のソロ1stアルバム『HOSONO HOUSE』の話。タイトルの“HOUSE”とは、文字通り、細野晴臣の当時の自宅で録音されたところが来ている。その自宅の場所は…というと、前置きからして勢い海外、それこそ西海岸辺りか思われるかもしれないが、ファンはよくご存の埼玉県狭山市。通称“狭山アメリカ村”と呼ばれた旧米軍基地(現在の航空自衛隊の入間基地)の近くの土地で、基地の返還後、民間に払い下げられた米軍基地隊員用住宅を細野は借りて住んでいた。『HOSONO HOUSE』のM8「恋は桃色」の歌詞にある《土の香りこのペンキのにおい/壁は象牙色 空は硝子の色》はその自宅の描写だという。もちろん音楽家としてアメリカンカルチャーへの憧憬も影響していたことは間違いないけれど、狭山市へ引っ越したのは、広さのわりに賃料が安かったことに加えて、都市生活者ゆえの田舎指向もあったという。東京都港区生まれの細野はそれまで実家暮らしだったというから、単に親元を離れたかったのかもしれない。

どうしてその狭山市の“HOSONO HOUSE”で初のソロアルバムを録ることになったのかと言えば、それ以前、つまり、はっぴいえんどの頃、細野自身がスタジオで録る音に飽きていたからだという。飽きたというと少し語弊があるかもしれないが、当時、氏自身がスタジオで出来上がる音に慣れてしまって面白みを感じられなくなっていたとか。そのことをエンジニアの吉野金次氏と話している中で、“自宅で録ってみたらどうだろう”というアイディアが出てきたという。早速、自宅で自身のプレイをテープレコーダーに録ってみたところ、その音像はとてもリラックスしたものであったことで、細尾晴臣のソロ1stアルバムは“HOSONO HOUSE”での宅録が決まった。本当の米国ではなかったが、日本の住宅とはまったく雰囲気の異なる、かつて米国人が暮らしていた場所で作業したこと自体に高揚感もあったのだろう。のちに細野は『HOSONO HOUSE』のことを“バーチャルアメリカンカントリーを狭山で作った”と述べている。

『HOSONO HOUSE』の数年前、1968年に発表されたThe Bandの『Music from Big Pink』の影響も小さいものでなかったと聞く。このアルバムタイトルにある“Big Pink”とは、一時期The Band とBob Dylanが借りていた住宅の通称。アルバム自体はその“Big Pink”でレコーディングされたものではないとのことだが、Wikipediaには以下のように紹介されている。[サイケデリックブーム真っ盛りの1968年初めにレコーディングされた。しかしその流れとは正反対に、ザ・バンドのメンバーは従来のR&Bやゴスペルなどの黒人音楽と、カントリーやトラデイショナルソングなどの白人音楽とが融合したサウンドを作り上げた]([]はWikipediaからの引用)。米国でカントリーロックが盛り上がり始めた時期でもあり、その辺りも『HOSONO HOUSE』に影響を与えた。レコーディングに参加した鈴木茂、林立夫、松任谷正隆ら、のちのキャラメル・ママ→ティン・パン・アレーのメンバー、ペダル・スティール・ギターの名手、駒沢裕城をレコーディング現場である自宅に招き入れ、細野自らミルで豆を挽いたコーヒーを振る舞ってくれたという。氏がいかにリラックスしていたかという微笑ましいエピソードだが、その時のBGMにはThe Band『Music from Big Pink』もよく流れていたそうだ。
リラックスした空気が漂う楽曲と音像

アルバムのオープニングナンバー、M1「ろっか・ばい・まい・べいびい」から実にリラックスした空気が聴き取れる。アコギとベースのアンサンブル。綺麗な音かと言われたら、人によってはそう思わない人がいるかもしれないし、ものすごくテクニカルな演奏かと言えば、必ずしもそうじゃないかもしれないが、独特の温かみがあるのは確かだろう。M1はのちにティン・パン・アレーでカバーもされている。

M2「僕は一寸」はバンドサウンドでM1よりは音圧があって、ドラムはシャープな印象はあるが、これも決して尖った感じはしない。いい具合に肩の力が抜けた歌もそうだが、それに重なるブルージーなエレキギター、アコギも柔らかい。

M3「CHOO CHOO ガタゴト」もまたのちにティン・パン・アレーでセルフカバーされたナンバー。個人的にはティン・パン・アレー版のほうがちゃんとしているというか、丁寧にレコーディングされている印象がある。生真面目と言ってもいいかもしれない。逆に言えば、M3には粗さが残っていると言えるわけだが、それもまたリラックスした空気感と捉えることもできよう。細野の歌声にどこなくElvis Presleyのようなセクシーさが感じられるのもいい。

M4「終わりの季節」はまさしくカントリーロックといった感じだろうか。歌に並走する鍵盤ハーモニカがノスタルジックで実にいい具合。どこかさわやかな印象もあって、《朝焼けが 燃えているので/窓から 招き入れると》という歌詞にもよく合っているように思う。

M5「冬越え」もバンドサウンドで、やや硬質な気はするものの、全体的に歌よりも前に出ないバランスでミックスされているからか、M2同様そこまで音圧は強くない。アレンジも録音も絶妙なのか、各パートの重なり具合がよく分かる。音像が立体的な印象だ。サビの《クシャミを ひとつ/ただ クシャミを ひとつ》はキャッチーで可愛らしい感じだし、ブラスセクションも派手に鳴り過ぎてなくていい。

M5「パーティー」はB面の1曲目。ピチカート・ファイヴが5th『女性上位時代』(1991年)でカバーしたことでも知られている。ピチカート・ファイヴはとてもピチカート・ファイヴらしくカバーしているが、このオリジナルは、間奏で転調して面白いアレンジを聴かせてはいるものの、全体的な空気感ははっぴいえんどにも近いフォークロックの匂いがする。

跳ねるようなエレピが引っ張るM6「福は内 鬼は外」はサンバと言ってもいいだろうか。カウベルも聴こえるし、スクラッチノイズみたいなのはギロだろうか。ダンサブルなリズムに乗ったポップなメロディーに《入れ入れ門から 家の中へ/入れ入れ門から 福の神》という歌詞を載せる辺りに、細野が楽しんで曲作りしていたこともうかがえる。

リラックスと言えばM7「住所不定無職低収入」もそう。悲壮感漂うタイトルだが、スウィングするリズムとビッグバンド風のブラスにはまったくそんな感じはない。おまけに歌詞はこんな感じ。《うまい話はないのかな/宝島の地図が最後の望み/キャプテンクックの様に俺は今/住所不定無職おまけに低収入》。ひたすらに素敵だ。

M8「恋は桃色」はシングルカットされた楽曲。これもはっぴいえんどから続くフォーキーロックの印象で、ゆるやかなバンドサウンドが心地良い。とりわけ鈴木茂のエレキギターと駒沢裕城のスティールギターのアンサンブルがいい。歌詞は“HOSONO HOUSE”の描写だと前述した通りだが、《ここは前に来た道/川沿いの道/雲の切れ目からのぞいた/見覚えのある街》は入間川であり、狭山市であるのだろう。

M9「薔薇と野獣」は本作の中では最も派手なバンドサウンドという見方もできるだろうか。エレキギター、エレピ、ドラムも音が硬質な印象。グルーブ感もより一層グイグイときている感じだし、アウトロではアドリブとも思しき、各パートの掛け合いが続いていく。これものちにティン・パン・アレーでカバーされたナンバーで、それにも頷けるアンサンブルである。

アルバムの最後はM10「相合傘」。はっぴいえんどのラストアルバム『HAPPY END』(1973年)収録の同曲のインスト版…と言えば聞こえはいいが、SEで始まって20秒くらいで終わる小曲。のちに、細野自身もM10をこのかたちにしたことを不審に思ったらしく、『HOCHONO HOUSE』(2019年)では歌を入れてリメイクし、収録タイムも80秒となった。

『HOCHONO HOUSE』ではM10だけではなく、『HOSONO HOUSE』を完全にリニューアル。収録曲はそのままに全て新録している。「僕は一寸」や「CHOO CHOO ガタゴト」などは歌詞も大きく変えた。『HOCHONO HOUSE』の話をし出すと文章がこの倍くらいになりそうなので、そこに関してはサラリと触れておくだけにさせてもらうけれど、『HOSONO HOUSE』は宅録の環境面は良かったものの、決して制作そのものには満足しておらず、あとで振り返って“どうしてこうなったのか?”と思うところも多々あったという。若さ故に落ち着いて作業できなかったと述懐しており、それが46年後のリメイク作『HOCHONO HOUSE』につながったようだ。逆に言えば、1970年代には勢いに任せた部分があったかもしれないけれど、いい意味で後先考えず、その場の空気、雰囲気だけに忠実だったとも言える。『HOSONO HOUSE』は邦楽の名盤として今も語り継がれるだけでなく、形を変えてここまで何度も再発されているのは、音楽にとって最も大事なファクターのひとつと言える、その時の現場の空気をしっかりとパッケージしているからに他ならない。それはこの『HOSONO HOUSE』をリメイクした事実からも伺うことができるのではなかろうか。
TEXT:帆苅智之
アルバム『HOSONO HOUSE』
1973年発表作品

<収録曲>

1.ろっか・ばい・まい・べいびい

2.僕は一寸

3.CHOO CHOO ガタゴト

4.終わりの季節

5.冬越え

5.パーティー

6.福は内 鬼は外

7.住所不定無職低収入

9.薔薇と野獣

10.相合傘


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