藍坊主がデビュー作にして如何なく“自分らしさ”を掲げた、瑞々しさあふれるアルバム『ヒロシゲブルー』

2023年5月17日 / 18:00

今週は2023年5月24日に藍坊主の約4年振りのミニアルバム『月の円盤』がリリースされるとあって、彼らのデビューアルバムをピックアップした。2004年にメジャーデビューし、2011年には日本武道館公演も実現。CDチャートでトップ1獲得とか、アリーナツアー慣行とか、そういう派手な動きはないものの、確実に良作を送り出しているバンドである。単に筆者が好きなバンドなので、当初はコーナー内コーナーである【独断による偏愛名作】で紹介しようかとも思っていたけれど、それは現役で活動しているバンドに失礼な対応であると思い、レギュラー名盤として取り上げることにした。
小田原出身の幼馴染で結成

まずはちょっと思い出話。筆者が最初に藍坊主のライヴを拝見したのは、彼らがまだインディーズの頃。さすがに日付は覚えていないが、インディーズでのアルバム『藍坊主』の発売が2003年2月で、今回紹介するメジャーデビューアルバム『ヒロシゲブルー』が2004年5月ということは、その間だったと思われる。ライヴが終わってから関係各位に挨拶した時に“間もなくメジャーが決まりそう”だったか“トイズファクトリーにほぼ決まった”だったか、そんな話をしたことをわりと鮮明に覚えており、2004年だともうメジャー進出は決まっていただろうから、そのライヴはおそらく2003年だったのではないかと思う。2003年と言えば、バンド界隈では俗に言う“青春パンク”がブームとなっていた時期である。175Rの「ハッピーライフ」や「空に唄えば」がチャート1位になり、FLOWが海援隊の「贈る言葉」のカバー曲を発表したのも同年である。藍坊主にしても、今もWikipediaのジャンルのひとつに“青春パンク”とあるので、少なくとも当時はその括りで紹介されていたはずで、自分もそういう見方だったと思う。

地元のイベンターさんだったか、当時の彼らのマネージャーさんだったか、これも忘れたけれど、“小田原出身、幼馴染同士の活きのいいバンド”みたいな誘い文句があってライヴハウスに足を運んだんだと思う。正直言って、その演奏を見て雷に打たれたような衝撃を受けた…みたいなことはなかったが(ごめん)、歌のメロディーがしっかりとしたいバンドで、ヴォーカルも上手いと思ったことはちゃんと覚えている。とりわけ、『ヒロシゲブルー』にも収録されているM10「空」の印象が強く、ライヴが終わったあとで、そのイベンターさんだったかマネージャーさんだったかにその辺を伝えた記憶もある。たぶん“ひと口に青春パンクと言ってもいろいろあるんだな”とか思ってたんだろう。勝手にひと括りにしておきながら勝手に結論付けるとか酷い話ではある。

その後、メジャー3rd『ハナミドリ』、4th『フォレストーン』でメンバーにインタビューさせてもらう機会が訪れて、変なカテゴライズをすることはまったくなくなったわけだが、メロディーのいいバンドというイメージは新しい音源を聴いても薄れることはなかった。藍坊主にはhozzy(Vo&Gu)と藤森真一(Ba)というメインコンポーザーがふたりいる。両者ともに優れたメロディーメーカーである。両名が切磋琢磨しているという見方もできるかもしれない。たぶん、そうだろう。強いて言えば──『ヒロシゲブルー』を題材にして敢えてその特徴を述べさせてもらえば、hozzyはフォーキーであり、藤森はポップス寄りということができるだろうか。これはhozzyがヴォーカリストであって自分自身が歌うことが大前提であり、藤森の場合は自分が歌わないというところでの差異があるのかもしれないと少し思ったが、まぁ、それは個人的な感想で、実際のところはよく分からない。ただ、藤森が関ジャニ∞や水樹奈々などにも楽曲提供していることから、あながち的外れでもないかもしれない。
カラーの異なるコンポーザー2名

その藤森楽曲から見ていくと、この人の作る歌のメロディーラインには独特の抑揚がある。やはりM10「空」を例に挙げるのが最も分かりやすかろう。この楽曲はいわゆるサビ頭なので、《何もない空からね》と冒頭からいきなり新鮮なメロディーのアップダウンが飛び込んでくる。童謡や唱歌のような旋律と言ってもいいだろうか。アルバムを通して聴いてくると、10曲目でいい意味で聴き手の予想を裏切る──そんな言い方ができるかもしれない。語弊があることを承知で言うと、ロックだけを聴いてきた人からはなかなか出てこないメロディーではないかとすら思う。

M13「僕らしさ君らしさ」もそれに近いタイプ。ともにアルバム後半に置かれているのは他楽曲とはタイプの異なるメロディーであるゆえと考える。置場に難儀したとも思われるが、実際のところはどうだったのだろう。そんな余計な推測をしてしまうほど、特徴的な歌メロだと思う。M10の個性が突出していて、M13がそれに追随していると思うが、振り返ってみると、他の藤森楽曲にも彼ららしさが垣間見える。

M4「春風」、M5「追伸、僕は願う」、M11「おもいでの声」辺りにも当然その傾向を見出せるものの、アルバムのオープニングナンバーであるM1「鞄の中、心の中」も面白い。サビの《何度も何度も》のリフレインがキャッチーで、そこに耳が行きがちではあるけれども、Aメロから藤森らしさが十二分に発揮されている。《何気ない日の帰り道 帰宅ラッシュの電車乗り》。この辺はまだいいとして、《鞄から教科書取り出し》でちょっと“おや?”と思う。そのあとの《見ていると》の高音になる旋律で“!?”となり、《無意識に計算する僕の頭は君に会う確率を》で落ち着きつつも、《出してる》でまた高音となる。短いフレーズの中に音符のアップダウンがしっかりとあって、しかも当該楽曲の歌詞の世界観にマッチしているので(この辺はあとで述べると思う)嫌味がない印象である。ひと言で言うなら、やはりポップという形容が似合うような気がする。

一方のhozzyが描く旋律は滑らかな昇降があるという感じだろうか。流れるようなメロディーラインと言い換えることもできるだろう。いい意味でこちらの予想を裏切らない展開…と言うのは変な言い方だが、少なくとも本作でのhozzy楽曲の主旋律からは安心感のようなものが受け取れる。M3「雫」、M6「青葉台の夜」、M8「殴れ」辺りがそれに当たる。聴く人によってもよらなくても、やはりいわゆる“青春パンク”の匂いがするとは思う。フォーキーなメロディーをアップテンポなバンドサウンドでやるとそれらしくなるのだ。本作でのhozzy楽曲の幾つかはその好例だろうか。Wikipedia“青春パンク”と書かれたことはうなずけるところではある。この辺は時節柄があったのかもしれないし、彼自身はどこまで意識していたかは分からないけれど、メロディーにはフォークソングの影響が少なからずあったようには感じるM6の目の前に居る人に優しく語りかけるような旋律は特にその印象が強い。また、そのM6のBメロも、M2「サンデーモーニング」のBメロもそうで、今回久々に『ヒロシゲブルー』を聴いてみて、hozzyはBメロらしいBメロを作る人だとも感じた。J-ROCK、J-POPらしい展開がある…というと、これもまた若干語弊があるかもしれないけれど、この辺には個人的に好感を持ったところではある。そう思うと、hozzy楽曲は全体を通して抑揚を作っているということができるのかもしれない。藤森楽曲がミクロ的視点、hozzy楽曲がマクロ視点と言えるだろうか。自分で言っておいてよく分からない喩えだとも思うが、それはそれとして、藍坊主にはタイプの異なる(ある見方をすると真逆とも思える)コンポーザーがいて、それがバンドの特徴となっていることを強調しておきたい。

メロディーについてはもう一点。M9「宇宙を燃やせ」は、ここまで説明してきた藤森楽曲ともhozzy楽曲とも印象が少し異なる。The Toy Dollsのようなポップなパンクロックから始まって、浮遊感のあるサイケデリックな方向へ行くようなバンドサウンドも面白く、その辺に呼応したのか、歌メロも単にポップなだけでは終わらない。抑揚の少ないAメロと幻想感のあるサビは他楽曲とは明らかにタイプが違う。hozzyの作曲のようだが、藍坊主の楽曲を紹介しているWEBサイトのいくつかで作曲クレジットが田中悠一(=田中ユウイチ(Gu))、もしくは佐々木健太(=hozzy)&田中悠一となっているのを見つけた。手元にCDの現物がないので単に間違っているだけかもしれないが(事実誤認だったら謝ります。ごめんなさい)、もし田中が作曲に参加しているとしても合点がいく。それくらいに他の楽曲とは印象が違う。また、田中作曲でなかったにしても、マクロ視点のhozzy楽曲の本作での極北(大袈裟)という見方もできる。どちらにしても興味深い楽曲ではあるし、このバンドのポテンシャルを感じるところでもある。
“青春パンク”に括れない方向性

『ヒロシゲブルー』のサウンド面での特徴も記そう。ギター2本にベース、リズムという編成らしく、藍坊主のサウンドはやはりパンクを中心としたギターロックということで良かろう。勢いがあって、活きが良く、瑞々しい音像がほとんどだ。先にM1「鞄の中、心の中」の歌メロを説明したが、この楽曲にしても、ポップなメロディーと拮抗するかのような躍動感あるサウンドを聴かせてくれる。特にサビ前に入る、バンド全体でのフィルインがいい。“はい! ここからサビですっ!”と示しているかのようで、まさにけれん味たっぷりの演出である。《細かい理屈なんてない 小さい体裁すらない/ただ君に会えればそれでいい》から、《何度も何度も君の名前呼ぶ 無言の返事が心に刺さる/何度も何度も君に呼びかける まるで独り言のように》へとつながる、“急く想い”といったものを体現しているようでもある。当時のメンバーは20代前半。若さ漲るサウンドということもできるだろうか。そうかと思えば、決して勢いだけではないアレンジがあることも、本作の聴き逃せないところであり、これまたバンドの潜在能力を伺わせるところである。前述したM9のサイケデリックなサウンドの他、随所で混沌としたサウンドが聴こえる。分かりやすいところでは、M2「サンデーモーニング」の間奏とアウトロ。M5「追伸、僕は願う」の後半。M7「センチメンタルを越えて」の、これもアウトロ辺り。不協気味なアンサンブルであったり、凶暴にも思えるギターサウンドが配されていたりする。この辺も明らかに歌詞に呼応しているだろう。それぞれの歌詞は以下の通り。

《おだやかに安らぐ瞬間を僕は求めて探してるはずなのに/時々幸せなことが空しさに変わるんだ》《みんなで手をつなぎましょう/笑顔を絶やさずに過ごしましょう/こんなセリフを聞くたび/いつからか 眉間にシワが走った/もうたくさんだとつぶやき 自分をごまかしてた》(M2「サンデーモーニング」)。

《僕が頼んだ昼飯を/何も言わずに 怒らずに 差し出す/その牛丼の冷たさが 君の優しさに思えた》《そう一度 ただ願いを/叶えてくれる 神様がいるなら/もう一度 あの日だけを/やり直させてくれないかと願う》(M5「追伸、僕は願う」)。

《センチメンタルを越えて 何だか涙が出そうだ/僕の中できっと何かが 変わってしまったんだ》《僕が大人になるその中で 失う全てのもの/強く強く抱きしめたい それなのにどうしてだろう/一つ一つすり抜けてく 僕の両手をかすめて》(M7「センチメンタルを越えて」)。

逡巡と悔恨。人によっては反抗期ならではのこと…と簡単に片付けるかもしれないし、こういう世界観を以て彼らは“青春パンク”と呼ばれたのかもしれないとは思う。その中身への洞察は一旦置いておくとして、こうした世界観をバンドサウンドを伴って表現したことにもまた、彼らの良さはあるだろう。シンガソングライターにはない、バンドらしさを大いに感じるところである。

最後に歌詞についてもう一点。これは最初に『ヒロシゲブルー』を聴いた時はあまり気に留めなかったことだが、今回聴いて今日的なテーマが綴られていることに気づいた。それは、M7「センチメンタルを越えて」とM13「僕らしさ君らしさ」の以下の部分。

《精神解放が彼をゲイにした/人間模様は色とりどり/彼は彼の哲学を持ち 僕は僕の思想に生きる》《幾億もの人の存在 幾億もの人の個性がちらばってる/この世界に僕は独り 世界に君は独り/さぁ 解き放っていこう 本当の自分を》(M7「センチメンタルを越えて」)。

《育った場所 生まれた日 声の特徴 笑い方/出会った人 出会う人 体や顔の形/今の現状 向かう夢 得意な事 下手な事/血液型 悪いクセ 好きな人のタイプ/すべて自分は自分にちょうどいい/ちょうどいい「らしさ」 ちょうどいい「明日」》(M13「僕らしさ君らしさ」)。

日本で初めてLGBTであることを公表した地方議員が誕生したのが2003年。本作リリースの1年前である。その2004年には性同一性障害特例法施行が施行されている。それと直接関係があったかどうかは分からないけれど、これらの楽曲では日本で今もまだ燻っている問題にもフォーカスを当てているように思える。LGBTだけでなく、外国人に対する姿勢も含まれよう。先に指摘した通り、若さゆえの精神の葛藤を描いた歌詞も多く、そこで見れば“青春パンク”と言われるのも分からないでもない藍坊主だが、そこから先にある広義の“らしさ”を標榜していたことには注目したい。自分を含めて周りがいかに旧態依然だったかも改めて突き付けられた。
TEXT:帆苅智之
アルバム『ヒロシゲブルー』
2004年発表作品

<収録曲>

1.鞄の中、心の中

2.サンデーモーニング

3.雫

4.春風

5.追伸、僕は願う

6.青葉台の夜

7.センチメンタルを越えて

8.殴れ

9.宇宙を燃やせ

10.空

11.おもいでの声

12.月のヒト


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