【ライヴアルバム傑作選 Vol.4】斉藤和義の弾き語りライヴの良さが凝縮された『十二月』

2023年4月19日 / 18:00

今週は4月12日にニューアルバム『PINEAPPLE』をリリースしたばかりの斉藤和義の過去作をピックアップ。斉藤和義はオリジナルアルバムだけでも今作を入れて22作も発表しているし、過去には『WONDERFUL FISH』を紹介しているので、“さて、何を紹介しようか?”と迷っていたのだが、そう言えば、今年からはコーナー内コーナーとして【ライヴアルバム傑作選】を始めたことだし、“斉藤和義のライヴアルバムを紹介しよう!”と思い立った。だが、ディスコグラフィーを見てみると、何とライヴ盤だけで14作もリリースされていることを初めて知った! う~む…こういう時には、当コラムでよく使う“デビュー作にはそのアーティストの全てがある”説に従おう。ライヴアルバムの1stである『十二月』を選んでみた。
今も続く年末の弾き語りツアー

この『十二月』というアルバムを聴いて、斉藤和義というアーティストのぶれのなさを痛感したところがある。まず“十二月”というタイトル。ファンならばよくご存じのことと思うが、これは弾き語りのライヴツアーにおいて今も使用されているものである。昨年も『弾き語りツアー「十二月〜2022」』が2022年10月から今年2月まで開催された。ツアーがジャスト12月だけに開催されるだけでなく、12月に開催が差し掛かる時はこのタイトルとなっているようである。

興味深いのは、弾き語りでも12月に重ならない時は“○月”と題してないことで、12月以外で開催した弾き語りツアーは何度もあったのだが、それぞれタイトルが別。12月の弾き語りツアーはこだわりを持って“十二月”が用いられているようである。25年前から使用しているものだし、ご本人は当然としても、ファンにとっても思い入れのあるタイトルなのだろう。ご本人にその意図を訊いたとしたら、“12月にやるから”とか“ずっとそうだし”というコメントが返ってくるのかもしれないけれど、勝手に斉藤和義のぶれのなさを感じるところではある。そんなタイトルの由来はともかくとして、デビュー以来、弾き語りでのライヴを開催し続けていることは、何よりも彼のぶれのなさを示すところだろう。この『十二月』と同時にバンドでの演奏を収録した『Golden Delicious Hour』というライヴ盤を発表しているのがその何よりの証拠だと思う。バンドサウンドと弾き語りがあってこその斉藤和義なのである。

以前(というか、今回調べたら2000年頃の話なので、かなり昔)今も現役で活動する、とあるシンガーソングライターがバンドと弾き語りの違いについてこんなことを語っていた。バンドでは自分の演奏や歌と自分以外のメンバーの楽器が奏でる演奏とが合わさっていくのが楽しいし、それがピタリと合った時は実に気持ちがいい。ただ、時には自分のタイミングで“ここは少し溜めたい”とか“ここではテンポを速くしたい”と思うことがあって、それがバンドでは不可能。でも、弾き語りだとそれが容易にできる。そこが独りで演奏して歌うことの良さだけど、そればかりやっていると、バンド演奏が恋しくなる──。流石に細かい言い回しは忘れたが、発言の主旨はそういうことで間違いないと思う。ちなみ、それが今も自分にとってのバンド活動とソロ活動の違いの基準となっていて、シンガーソングライターにインタビューした折に引用させてもらうことがちょくちょくある。そうした場合、概ね同意される人が多いところをみると、これはそれなりに正鵠を射た話なのだろう。

その観点で斉藤和義『十二月』を鑑みると、これまた納得するところである。M9「月影」とM10「FIRE DOG」の収録タイムを見ただけでテンポの違いを想像できる。『十二月』ではM9が5:42で、M10が4:23。ともにスタジオ録音音源と尺が異なるのはもちろんのこと、いずれも『Golden~』にも収録されているのだけれど、そちらは前者が5:22で、後者が3:54と、『十二月』のほうが長い。とりわけM10は約30秒も長いのだから、聴く人が聴けば印象も変わるのだろう。ちなみに、『十二月』と『Golden~』には、M9、M10の他に「歌うたいのバラッド」と「ソファ」が収録されているのだが、こちらは『Golden~』版のほうの収録タイムが長い。聴き比べてみると、ともにアウトロでのバンド演奏が長くなっている印象がある。「歌うたいのバラッド」は『Golden~』版が『十二月』版よりも30秒も長いのだけれど、あの演奏の熱さが歌詞やメロディーとは別の言外のエモーションを与えているようで、それはそれでとてもいい。こちらはバンドの良さを示したテイクと言えるだろう。
弾き語りならではアレンジの変化

一方、『十二月』には弾き語りの良さといったものを感じられるテイクが豊富に収められている。まず、M2「Hey! Mr.Angryman」。シングル、もしくは6thアルバム『Because』収録の音源はシャッフルビートのアップチューンで、ファンならば聴き比べるまでもなく、このM2のテンポがゆったりとしていることが分かるだろう。このテンポのほうがメロディーの良さを味わえると個人的には思うのだが、それはそれとして、シングル&6thアルバム音源では間奏からCメロにかけてバンド演奏ならではのアレンジが施されている。それはパッと聴きには独りで表現不可能と思われる代物であって、そこをまったく無視することもできたとは思う。歌メロがいいだけに、それでもM2は成立したはずである。だが、斉藤和義はアコギ1本での再現に、果敢に(?)挑戦している。そうは言っても、曲芸的な演奏を繰り広げるとかそういうことではなく、具体的に言うと、それまで緩かったテンポを速め、極めてロック的なギターソロをアコギのストロークで聴かせつつ、Cメロに入っていく。そして、再びテンポを緩める、といった具合だ。スタジオ音源の鋭角的な部分を、演奏の緩急を付けることで表現したと言って良かろう。まさに弾き語りの良さだ。

M8「引っ越し」はオリジナル版を忠実に弾き語りで表現しているように思う。M8はもともと3rd『WONDERFUL FISH』版もアコギ基調ではあるので、出だしこそそこまで大きく印象は変わらない。ただ、『WONDERFUL FISH』版は途中からバンドサウンドが入り、Cメロへ突入し、再びアコギ基調になっていくという展開であって、中盤ではサウンドの圧が強くなる。M8ではM2同様にそこをアップテンポにしている。メリハリを強くすることで、Cメロとその他の箇所とのコントラストをはっきりとさせている印象がある。面白いのは──というか、聴く人が聴けば当然のことなのだが──そのCメロへ入る前、アコギのストロークが一旦終わったところで、歓声や拍手が一切聴こえないところ。皆、オリジナルを聴いているのでここからCメロへ入ることを理解しているはずで、短いブレイクポイントながらステージ上の演奏がどういう風に展開になっていくのか興味津々で見つめているようである。少なくともその雰囲気を感じる取ることができる。こういう空気感が収められているのはもライヴアルバムの妙味だろう。

M11「僕の踵はなかなか減らない」も興味深い。これもまたもともとの5th『ジレンマ』版がアコギのリフが基調でそこにバンドサウンドを併せている感じではあるので、弾き語りでも十分に演奏しやすいナンバーではある。それゆえなのか、だいぶフリーキーにアレンジを施している。1番終わりで3拍子になるところや、それこそイントロでシンセのサウンドを♪ギュイーン〜と口ずさむ辺りも含めて、前半はスタジオ音源を忠実に再現することを心がけているようだが、中盤からはライヴならではアドリブ(たぶん)が聴ける。3拍子のあとで演歌調のメロディーを弾いたかと思えば、アコギでオーディエンスとのコール&レスポンスを繰り広げる。M11は本作の他、『十二月 〜Winter Caravan Strings〜』(2002年)や 『弾き語り 十二月 in武道館 〜青春ブルース完結編〜』(2005年)、『Kazuyoshi Saito LIVE TOUR 2018 Toys Blood Music Live at 山梨コラニー文化ホール2018.06.02』(2018年)にも収録されていて、少なくとも初期ライヴの代表曲といった感じでもあったようで、ファンにしてみれば、間奏でのやり取りもお馴染みではあったのだろう。本作を聴く限り、予期せぬ感じでコール&レスポンスが始まった印象ではあるが、それでも観客もしっかりとついてきているようだ。そのアーティストとファンの関係性もなかなかいい感じである。また、これは本作からは若干離れるが、本作以外のライヴ盤でも「僕の踵は~」の間奏では必ずアドリブ的な演奏を入れているようで、その辺でも斉藤和義のぶれのなさを感じ取れると言えるかもしれない。
歌詞の普遍性に見る斉藤和義らしさ

斉藤和義があらゆる楽器を演奏するマルチプレイヤーで、自身の音源はそのほとんどを彼が演奏していることは、ファンならずともよく知る話ではないかと思う。アルバムで言えば、1997年の5th『ジレンマ』から全ての収録曲のアレンジと演奏を彼ひとりでやり始めたというから、『十二月』が収録された1998年には、言わばその“完全セルフプロデュース”が板に付きつつあったと言ってもよかろう。その辺をうかがえるのがM6「君が百回嘘ついても」。本作ではこのM6だけが唯一、いわゆるリズム隊が入っている。手元に正式なクレジットがないので、もしかするとこの演奏にはゲストプレイヤーが参加しているのかもしれないが、このツアーは弾き語り公演だったということだから、その可能性は薄いと思う(間違っていたらごめんなさい)。M6は同期演奏であろうし、ライヴステージでも自らのスタイルを実践し、ライヴ盤に収録する辺りにも彼らしさを垣間見ることができるのではなかろうか。

個人的に最も斉藤和義というアーティストのぶれのなさを感じたのは収録曲の歌詞である。とりわけM1「tokyo blues」の内容にそれを感じた。「tokyo blues」は1st『青い空の下…』の1曲目でもあるので、本作『十二月』というよりも、デビュー時からまったくぶれていないというのが正確かもしれない。

《今朝も井の頭通り Bike Bon Bo Bo Boon!/環八越えたあたりで すでに10分の遅刻》《早いもんだなこの街に来てあっという間に2年半》《今日も込みっぱなしの首都高 これじゃ何時に着くことやら》《時計は回り続ける 俺にゃとても止められない》(M1「tokyo blues」)。

時間がよく出てくる。先日、斉藤和義にインタビューさせてもらい、22th『PINEAPPLE』について語ってもらったのだが、その最新作の収録曲も“時”や“時計”といった言葉が目立ったので、その辺りをストレートに尋ねると、無意識に口を衝いて出てきたものだという返答であった(是非そのインタビューの全文もお読みくださ!)。「tokyo blues」の歌詞にもまさにそんな印象がある。おそらく上京して2年半後の偽らざる気持ちやある日の情景が落とし込まれているのだろう。筆者の推測ではあるものの、そこに斉藤和義らしさを感じるところではあるし、この辺はデビュー当時から変わりがないところではないのだろうか。あと、M1の歌詞で言えば、斉藤和義は[自身の発言や、ミュージック・ビデオでのパロディなどから、下ネタ好きとしても知られる]とも言われているが、それを確認できるところではある([]はWikipediaからの引用)。オリジナルでは《飲んでくだまいて寝るだけ》のところがちょっとだけ変わっている(観客も笑い声も少し入っている)。
もうひとつ、真面目なところで言うと、M12「ソファ」の歌詞もいい。これもまた斉藤和義のロックシンガーとしてのぶれのなさが分かると思う。

《馬鹿な事件を馬鹿が真似して/馬鹿が次々大袈裟にする/僕はといえばずっとソファで/そんな興味のない知識を見る》(M12「ソファ」)。

オリジナル音源の17thシングルが発表された1998年12月にはまだ炎上だ何だという現象もなかったはずだが、それらを揶揄したものと受け取ることもできる。斉藤和義がいかに普遍的なものの見方をしているかをうかがうことができると思う。
TEXT:帆苅智之
アルバム『十二月』
1999年発表作品

<収録曲>

1.tokyo blues

2.Hey! Mr.Angryman

3.空に星が綺麗

4.郷愁

5.彼女

6.君が百回嘘ついても

7.歌うたいのバラッド

8.引っ越し

9.月影

10.FIRE DOG

11.僕の踵はなかなか減らない

12.ソファ


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