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花澤香菜がビルボードライブ公演【HANAZAWA KANA Billboard Live 2023】を東京、大阪の2会場で開催した。彼女がビルボードライブのステージに立つのは、2017年に4thアルバム『Opportunity』のリリースに先駆けて行ったスペシャルライブ以来、実に6年ぶり。公演は各日2ステージ制となり、東京公演の2ndステージではライブ・ストリーミングも実施された。
なお、東京公演が行われた2月25日は、花澤の誕生日でもある。当日はお祝いの空気にも包まれ、客席とステージの距離が近いビルボードライブの規模感やジャズクラブ風の雰囲気も相まって、終始温かく親密なムードとともにショーは進んでいった。本稿では1stステージの模様を記述する。
まずは北川勝利(Gt)、末永華子(Pf)、近藤淳也(Perc/Sax)のバンドメンバー3人がオンステージ。ミニマム編成ゆえのシンプルかつオーガニックなアンサンブルがこの日のパフォーマンスの特徴だ。出囃子の演奏とオーディエンスのクラップに迎えられ、花澤がステージに登場する。衣装はスパンコールがあしらわれた黒いワンピースで、いつにも増してシックかつドレッシーな佇まい。
ショーは週末の夜をウキウキで祝う「Saturday Night Musical」からスタート。この曲は2012年にリリースされた花澤のデビューシングル『星空☆ディスティネーション』のカップリングなのだが、この通り本公演のセットリストは、自身の代表曲やライブの定番曲だけに限らず、カップリングからアルバム収録曲まで、新旧の様々なレパートリーから選曲していくレア構成。このようなショーは“アーティスト・花澤香菜”のディープな音楽性の魅力を明らかにしていく、本当に貴重な機会だ。
アウトロを「ハッピーバースデートゥーユー」の歌にアレンジして、思わぬサプライズに花澤本人が「なにこれ! こんなのリハーサルでなかった!」と驚いたオープナーに続き、「今日はすごく久々のビルボードライブ。めっちゃ近いね! 楽しんでる?」と客席のご機嫌を伺いつつ、バンドの3人を紹介。そのまま近藤のフルートが印象的なイントロの「ブルーベリーナイト」へ。この日の近藤は吹奏楽器からパーカッション、多種多様な小道具まで、曲中ですらパートを切り替えながらパフォーマンスを作り上げていく。“大切な人”とのお別れを歌う切ないラブソング「YESTERDAY BOYFRIEND」のソプラノサックスも、その物悲しいムードにより一層の拍車をかけていた。
「34歳になった私はね、ビルボードしっくりきますね」と花澤。前述の通り、彼女にとって6年ぶりのビルボードライブ公演である。6年前は「背伸びしている感じがあった」と当時を思い出しつつ、「ビルボードに初めて来たという方いらっしゃいますか?」という問いかけに多くのオーディエンスが手を上げて応えると、花澤は嬉しそうにしながら「ビルボードさん! 新しい人たちを連れてきましたよ~!」とお茶目にアピールする一幕も。
スティング「シェイプ・オブ・マイ・ハート」のギターリフを引用している「Trace」は、末永のピアノ伴奏のみで歌うという大胆アレンジが光る仕上がりに。オリジナルとはまた違った角度から、この曲が持つ悲哀の詩世界にアプローチしていく。歌詞のニヒルな筆致が異彩を放つ「プール」では、ソフトレゲエ・サウンドの心地いいヴァイブが会場を満たす。演奏後、花澤自身も歌詞が「本当に暗い!」と語っていたのだが、彼女のレパートリーには内省的だったりネガティブな感情をテーマにした楽曲も多い。そういった曲がショーの中間部にありがちなクールタイムとして配置されるのではなく、むしろ演奏のアレンジの妙や感情の機微をつぶさに捉える花澤の表現力に耳を奪われる、ある種のハイライト的な瞬間になっていたのも、この会場の浮世離れした風情とのシナジーであるように思う。
一方で、80’sリスナーならスクリッティ・ポリッティ「パーフェクト・ウェイ」を連想せずにはいられないニューウェーヴ・サウンドの「Brand New Days」、「トゥットゥットゥ」のスキャットも楽しい「雲に歌えば」、編曲をパソコン音楽クラブが手掛けたコミカルかつ疾走感のある「Groovy Mystery Train」など、多彩な楽曲を今回のアコースティック編成で再構築していく展開は、楽曲のベーシックなメロディの良さ、歌声の魅力を際立たせる再発見のパフォーマンスでもあった。25歳の誕生日には25曲入りという“いかれたアルバム(※この日の本人談)”をリリースするなど、愛と熱意を注ぐ音楽活動にも抜かりはない。
彼女の本業は声優。声のスペシャリストなのだ。その出自は当然、音楽活動にもしっかり反映されている。中でも出色だったのは「こきゅうとす」で、お決まりの短い深呼吸から始まるこの曲では、どこまでも透き通っているのに、まるで耳元で歌われているかのような錯覚すら覚える、その奇跡のようなクリスタル・ボイスの本領が発揮されていた。
約70分のミドルセット。それでも声優とアーティスト活動を両立させながら、時代やジャンルを超えて音楽を探究し、素晴らしい歌声を届け続けてくれる花澤の魅力がとことん詰まった、ひたすら濃密でエッセンシャルなひとときだった。
Text:Takuto Ueda
Photo:金子 弘
◎公演情報
【HANAZAWA KANA Billboard Live 2023】
2023年2月25日(土)東京・ビルボードライブ東京
2023年3月4日(土)大阪・ビルボードライブ大阪
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