1世紀ほど前に奏でられ、民衆を沸かしたメンフィス・ジャグ・バンドが今なお影響を与え続けている理由

2023年2月3日 / 18:00

曲を書いたり演奏をしたり、音楽をやる動機というのも人それぞれだと思う。聴く人を楽しませよう、惹きつけよう、ウケたい…という真っ当なものもあれば、モテたい…一発当てて儲けたい…なんていう、いささか不純なものだってある。いや、今では尊敬を集める偉大な音楽家になっているアーティストだって、最初はそんないい加減な思いつきで音楽を始めた例が少なくないのだから、取っ掛かりは何だって構わない。中には(レコード/ CDが)売れる売れないに関係なく、自分でうまく歌いたい、ギターを極めたいのだというプレイヤービリティの追求だけが目的で音楽を始める人だっているだろう。

そこで、まだ音楽が今ほどビッグビジネスなものではなく、 生演奏、ラジオ放送が中心で、ようやくレコード(SP盤)が作られるようになってきた1920年代に世に出た彼らは、どんな動機でこの音楽を作り、奏でたのだろうと考える。それは分からないけれど、こんなに最高、ご機嫌な音楽を、きっとやってる本人たちも楽しんでたんじゃないのか? そう、自分たちに楽しもうという意思がなければ、こんな音楽は作れないだろう。

というわけで、今回ご紹介するのはメンフィス・ジャグ・バンド(Memphis Jug Band)である。選んだのは彼らの1927年から1934年にかけて録音された、彼らの代表的な曲をぎっしり集めたもの。ジャケットのイラストを描いているのは、アメリカンコミック界のカリスマ的存在であるロバート・クラム(自身、ルーツミュージックの狂信的なSPコレクターであり、チープスーツ・セレネーダースというバンドを率いて活動中)が担当するという、気合いの入ったコンピ盤である。
ジャグバンド・ミュージックについて

ジャグ・バンド/Jug Bandは1900年代のはじめごろ、アメリカ南部で自然発生的に生まれたバンドスタイルを指す。楽器を買えない貧しいアフリカ系移民が身近な道具、小物を楽器に転用し、不足パートをうめるということで発生したと思われるのだが、たとえばジャグバンドの「ジャグ」(Jug)とは水やウイスキーなどの飲物を貯蔵する陶製の瓶のことだ。この瓶の口にうまく角度をつけて息を吹き込むと「ブォー」と音がする(Jug Blow)。これをベースの音の代わり、あるいは低音パートの管楽器、バスドラムに代用するというわけである。また、洗濯板の波板をこするとジャカジャカと音がして、規則正しくこするとサイドギターのようにリズムを刻むことができる(Washboard)。同じく洗濯用品の金たらい(Tub)を逆さまにして支柱をたて、ワイヤーを張り、それをはじくとたらい部分は音を増幅させる胴になり、ベースとして使える(Washtub Bass)というわけである。それだけでなく、アイデア次第で小物を使った楽器に際限はない。スーパーでもらえるビニール袋をマイクのそばでくしゃくしゃと揉むだけで楽器になるし、サンドペーパー2枚を擦り合わせるだけでリズム楽器として活用しているツワモノを見たこともある。これらの楽器に既存のギターやバンジョー、マンドリンを組み合わせたりして、南部系のブルースやカントリー、ヒルビリーソングなどを演奏するとしよう。すると、これが普通の楽器編成では生み出せないような、なんとも味のあるサウンドになるのだ。

そうしたジャグバンドは1920年代にあちこちで誕生するようになる。なにせ元手がかからず手軽に始められ、うまく演奏ができればウケがいい。ストリートで小銭を稼ぐこともできたし、物売りの口上の伴奏など(メディスン・ショーなどよく知られる)で雇われるなど仕事の口も得やすかった。そうした中でジャグバンドを代表する存在であり、今もなお影響力を発揮し続けているのがメンフィスを拠点に活躍したメンフィス・ジャグ・バンド、ガス・キャノンズ・ジャグ・ストンパーズといったバンドだった。

とにかく音源を聴いてみてほしい。ランダムに、どの曲から聴いてもかまわないだろう。どう? この味わい深さときたら堪らない…。いい感じのヴォーカルにシンプルなギター、そこにカズーが剽軽な味つけを加える。こんなに技巧をこらさず、聴くものの気持ちをグッと掴んでしまう演奏はありそうでない。それぞれの曲もいい。これはつまり、センスがいいということに尽きるだろう。
メンフィス・ジャグ・バンド (The Memphis Jug Band)

彼らは1927年から1934年にかけて、テネシー州メンフィスをベースに活動していたジャグバンドで、リーダーはシンガーで、ギターのほかハーモニカを演奏したウィル・シェイド(Will Shade)で、彼がほとんどの楽曲を書いている。バンドは当時としてはユニークというか、バンド名こそついているものの、活動はひとつのプロジェクトというか、ライヴ、イベント、レコーディングのたびにメンバーが召集されるしくみで、ハーモニカ、フィドル、マンドリン、バンジョー、ギターなどの楽器のほか、ウォッシュボードやカズー、ジャグ(大きな瓶)などを担当するプレイヤーが呼ばれるというふうだったらしい。資料をあたると、ここでは紹介しきれない相当な数の参加ミュージシャンの名前が出てくる。中にはメンフィス・ミニー(Memphis Minnie:ギター、ヴォーカル)のように、後にソロアーティストとして花開く人も関わっている。

臨機応変、プレイヤーを招集できるネットワークがあるおかげで、楽曲に合わせて思いつくままに編成を工夫することができたのではないか。しかも、その音楽性についても実に幅広いものを備えていたようだ。ブルースをベースにしつつ、ゴスペル風のもの、コミカルなお笑い演芸風のホウカム調のもの、じっくり歌を聴かせるバラッドなど、録音され、現存する100曲を越える音源からは、このバンドの多彩な音楽性、巧みに楽曲にまとめていったウィル・シェイドの才能が浮かび上がってくる。

この編集盤でも1時間を超えるボリュームで23曲が収録されているが、飽きさせない。私は本作以外に4枚組CDからなるボックスものを所有しているが、流しっぱなしにしてもダレることなく楽しめてしまう。ドライヴのBGMに驚くほどハマって同乗者を喜ばせたこともあるし、ノリのいいダンス曲は仕事の効率を高めてくれる。それにドタバタ喜劇風のノベルティソングには思わず声をあげて笑ってしまう。気分を上げるのにもってこいだ。
60年代にリヴァイバル・ジャグバンド・ムーブメントが起こる

ジャグバンドは40年代頃には勢いを失ってしまうのだが、この音楽もまた1950年代後半から60年代にかけてのフォーク・リヴァイバル・ムーブメントで都市の若者たちに再発見・再評価される。以前このコラムでミシシッピー・ジョン・ハートを紹介した際にも触れたが、今もルーツミュージックのバイブルのように評価されているハリー・スミス選『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』(‘52)という編集盤があり、メンフィス・ジャグ・バンドやガス・キャノンズ・ジャグ・ストンパーズ、ファリー・ルイスといったジャグバンド、それに類するアーティストもまた、他のブルースや昼ビリー音楽に混じってこのセットに収録された。それがきっかけになり、白人の若者たちがジャグバンドに興味を持ち、自分たちでバンドを組み始めるのである。ニューヨークではあのジョン・セバスチャンがマリア・マルダー、デヴィッド・グリスマン、ステファン・グロスマンらとイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドを組む。ボストンではジム・クウェスキンがジェフ・マルダー、ビル・キース、フリッツ・リッチモンド、リチャード・グリーンらを伴ってジム・クウェスキン・ジャグ・バンドを組んだ。ついでというと何だが、あのジェリー・ガルシア、ボブ・ウィア、ピッグペンもグレイトフル・デッドを組む以前、マザー・マギーズ・アップタウン・ジャグ・チャンピオンズというジャグバンドをやっていた。

面白いのはジャグバンドに飛びついた白人の若者たちの中に多分にブルーグラスに関わりがあるプレイヤーがいて、“ストリングス系”ジャグバンドが誕生したことだ。卓越したプレイヤーが多く、特にジム・クウェスキン・ジャグバンドのバンジョー奏者ビル・キース、フィドルのリチャード・グリーンはビル・モンローのブルーグラスボーイズ出身という実力は保証書付き、みたいな存在だった。とはいえ、センスがなければいくら演奏が上手くてもつまらないジャグバンドで終わったはずだが、彼らは傑作をものにする。ジョン・セバスチャン(ラヴィン・スプーンフル→ソロ)のいるイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドのほうも後に出身者が揃ってバンドで、ソロで成功するなど揃いもそろって達者なプレイヤーであるばかりでなく、非凡なセンスで活躍した。ボストンとニューヨークのこの2大バンドがリヴァイバル・ジャグバンド・ブームを牽引したと言っていいだろう。
日本に飛び火した ジャグバンドの洒脱なセンス

話をメンフィス・ジャグ・バンドに戻そう。どこを切り取っても魅力的なソースが滴ってくるような彼らの音楽は、国内外の若者に大きな影響を及ぼした。アメリカン本国はもちろんだが、意外なところでは日本/大阪のブルースバンドの憂歌団が『夢・憂歌』(‘81)の中で彼らの「Stealin’ Stealin’」をカバーというか、オリジナルの日本語詞(有山淳司作)をつけて歌っている。ちなみに有山淳司が参加していた、これまた大阪のブルースバンドの上田正樹とサウス・トゥー・サウスが“上田正樹と有山淳司”で発表したアルバム『ぼちぼちいこか』(‘75)の中でイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドの「Come On In」を「買い物にでも行きまへんか」のタイトルでカバーしている。どちらもカバーの域を越えたオリジナルとでも言うべき、驚嘆する作品に仕上がっている。必聴。

有山淳司や憂歌団だけでなく、ルーツミュージックに敏感な日本のアーティストの中には早くからジャグバンドの面白さ、奥深さに注目し、自ら実践していた。今や伝説となっている日本のジャグバンド、アンクルムーニーを70年代から率いたムーニーこと橋詰宣明さんはライヴを通じて長年にわたりジャグバンドの普及につとめ、バンド、リスナー人口を増やしてきた。彼が中心となって横浜ジャグバンドフェスティバル(毎年4月横浜西口ターミナル近辺の路上、ライヴハウスを中心に開催)はなんと数えること今年で22回になる。全国から40を越えるバンドが集まるというからすごい。1年に1度の集い目当てにファンもやってくる。今や本場アメリカ以上にジャグバンドに熱いのが何と日本なのだ。そんな日本のジャグバンドマンたちを夢中にさせた根っこの部分にメンフィス・ジャグバンドの存在があったのだ。その魅力、影響力の理由をぜひ探ってみてほしい。
TEXT:片山 明
アルバム『DOUBLE ALBUM』
2007年発表作品

<収録曲>

1. Lindberg Hop

2. On The Road Again

3. Stealin’ Stealin’

4. Insane Crazy Blues

5. K.C. Moan

6. Cocaine Habit Blues

7. Newport News Blues (take 1)

8. Whitewash Station Blues

9. The Old Folks Started It

10. Everybody’s Talking About Sadie Green

11. Memphis Jug Blues

12. Gator Wobble

13. Little Green Slippers

14. Taking Your Place

15. Sometimes I Think I Love

16. Memphis Boy Blues

17. Aunt Caroline Dyer Blues

18. What’s The Matter

19. Oh Ambulance Man

20. Beale Street Mess Around

21. She Stays Out All Night Long

22. You May Leave But This Will Bring You Back

23. Forth Street Mess Around


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