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五輪真弓のデビュー50周年企画として、今月から“MAYUMI ITSUWA 70’s Album All Titles Release”がスタート。これは1970年代の彼女のアルバム10タイトルがデジタルリマスタリングされ、3カ月間でBlu-spec CD2で発売され、同時にハイレゾ配信も行なわれるというものである。1月25日にその第一弾として、『風のない世界』(1973年)、『時をみつめて』(1974年)、そして、『Mayumity -うつろな愛-』(1975年)がリリース&配信された。というわけで、当初は上記3作品にいずれかを紹介しようかと考えていたのだけど、本文でも述べた通り、初期の五輪真弓作品にまったく触れてこなかった筆者である。“ここはまずはデビュー作を聴くべきか”と『少女』を聴いてみたら…その音像の素晴らしさにちょっと興奮してしまった。あとは本文に書いた。
「恋人よ」も素晴らしい楽曲だが…
この『少女』は今回初めて聴いたのだが、これは紛うことなき名盤だろう。当コラムではもっと初期に、それこそ8、9年前の新しくコラムがスタートした頃に紹介していてしかるべき作品であったと少し後悔している。…と言いたいところだが、正確に言うと後悔まではしていない。本作がリリースされたのは1972年10月。筆者は物心が付く以前ではあって、リアルタイムで聴けていないのは当然として、以後もまったくのノーマークであり、終ぞここまで耳にすることはなかった。もちろん五輪真弓のヒット曲「さよならだけは言わないで」や「恋人よ」は、その頃(1978~1980年)になると、わずかながら物心も付いており、『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』などテレビの歌番組も好んで見ていたことから、それらの楽曲を発表当時に聴いていた記憶はある。好き嫌いはともかくとして、今でもその旋律と歌声が浮かぶほどにはしっかりと聴いていた。ただ、だからと言って、それ以前の五輪真弓を聴くこともなかったし、以降も彼女を追いかけることはなかった。何故興味を持てなかったかと言えば、同時期にサザンオールスターズやイエロー・マジック・オーケストラがデビューしており、そっちに惹かれたからだと思う。刺激の強いほうに行ったということだ。女性シンガーでは八神純子の一連のヒット曲の他、松原みきの「真夜中のドア〜Stay With Me」、久保田早紀の「異邦人 -シルクロードのテーマ-」を好んで聴いていた。
「さよならだけは言わないで」はそうでもないけれど、「恋人よ」は子供ながらに地味であることを実感していた。歌詞もさることながら、その主旋律には、当時はそこまで明確に分かっていたわけではなかっただろうけど、どこか怖さを感じていたようにも思う。特にピアノのイントロ。『葬送行進曲』に似た匂いがする。それを嗅ぎ取っていたのだろう。のちに「恋人よ」の歌詞は彼女が葬儀に出席したことをきっかけで生まれたものであると聞いて、自身の察知能力はそう間違いではなかったことを知るのだが、仮に当時、中学生の筆者がそのモチーフを聞いたとして、「恋人よ」を積極的に聴く動機付けにはならなかったこともまた間違いなかっただろう。それはそれで仕方がなかったのだ。
あと、「恋人よ」に関して言えば、その後に美空ひばりや淡谷のり子がカバーして、彼女たちの持ち歌になってしまったことも、少なからず五輪真弓に興味を持てなくなった要因であったと思う。あの辺から五輪真弓は演歌寄りの歌謡曲のシンガーという勝手なレッテルを貼っていた。日本の音楽シーンのメインストリームに、フォークもロックも綯い交ぜになったニューミュージックというカテゴリーが席巻し出した頃。子供ながらにもそれを感じていて、子供は子供らしく、“もう歌謡曲でもないし、ましてや演歌ではない”と足りない脳みそで考えていたのだろう。演歌、歌謡曲はオワコンと思っていたわけだ。勝手な話だ。
聞けば、「恋人よ」以降、[歌謡曲ファンを取り込むことになった反面、それまでのファンは抵抗を感じた向きもある]そうだから、筆者のような子供以外にも否定派は存在したらしい([]はWikipediaからの引用)。そうであるのなら、(これは今さら言っても栓なきことではあるのだが)あえて言わせてほしい。“「恋人よ」以前の作品を聴かずして五輪真弓を語るなかれ”と努めて諫めようとしたファンはいなかったのだろうか。そういう声があれば、子供は子供なりに何か考える余地はあったように思う。引き続き勝手な話であることは承知。昔、諸先輩から“ユーミンで聴く価値があるのは荒井由実まで”とか、“『Let’s Dance』以降のDavid BowieはBowieじゃない”という言説を耳にすることがあった。それらは何ら根拠のない懐古趣味であって今も老害以外の何ものでもないことだと思うが、反面、その偏見はともかくとして、歴史の連続性を蔑ろにしてはならないという教訓めいたものは受け取ることができたような気がする。その意味では、当時、生粋の五輪真弓ファンはもっと「恋人よ」を糾弾すべきだったと思う。その声が大きければ、子供の頃の筆者が「恋人よ」を演歌のフォルダに入れっ放しにしてしまうこともなく、ここまで『少女』を聴かないで過ごすこともなかったはずだ(ホント勝手な話だな…すみません。半分冗談です)。
サウンドの クオリティーの高さは半端ない
さて、本題。この『少女』の素晴らしさとしてサウンド面の良さを上げていいと思う。1970年代前半の録音ということで、さすがにそこまでパキッとクリアーには聴こえないと思う人がいるかもしれないし、それはそうかもしれないけれど、そういうことではなく、どの音も躍動感が半端ないのだ。M1「なわとび」からしてそうで、オープニングから本作の勝利(?)は決まったようなものだ。まぁ、イントロからAメロにかけて、バックは抑制の効いたギターのアルペジオとピアノで、歌の旋律も若干フォーキーではあるので、フォークソング然としたものに感じる人がいるかもしれないけれど(日本語がはっきりと音符に乗っているから余計にそう感じるのかもしれないが)、それも1分を少し過ぎた辺りまでの話で、そこでリズム隊が入ることでそのグルーブ感の確かさを実感するであろう。間奏から入るストリングスもいい。勇壮…というのとはまた違うのかもしれないが、楽曲の世界観を広げているのは間違いない。アウトロ近くのヴォーカルのディレイと相俟って、サイケデリックなイメージもある。デビュー当初、五輪真弓には “日本フォーク界の最重要人物”という惹句が付けられたというけれど、これは完全にフォークという狭いカテゴリーの音楽ではないのである。
ギターのアンサンブルで聴かせる、ややエスニックな印象なM2「朝もやの公園で」を挟み、デビューシングルでもあったM3「少女」が登場。ここで件の“狭いカテゴリーの音楽”というのは決定的になる。ブラックミュージックからの影響を隠し切れない力強いピアノの音色から始まり、歌に寄り添いながら、徐々に熱を帯びていくバンドサウンド。かと言って、ロックバンドのように個々の音が変に突出することはなく、あくまでも歌声を邪魔することなく、これまたしっかりと抑制を効かせながら進んでいく。下品ではない。そういう言い方でもいいかもしれない。サビでサウンドが盛り上がる様子も、俗に言う高揚感とは似て非なるものというか、複雑なテンションとバランスを感じるところだ。特にギターやハープシコード(そう聴こえたが、違うかもしれない)からは冷静さが受け取れる。そして、M3もまた1サビ後半から間奏にかけてストリングスが鳴る。しかも、その弦楽器は2番のサビ前でも若干聴こえてくるものの、それがアウトロでドカンと響き渡るようなことはなく、やはり…というべきか、抑制が効いている。こういうアレンジが楽曲の世界観を圧倒的にふくよかなものにしているのだろう。ドガチャカした音楽に慣れた耳には少しばかり安らぎすら感じる、ちょうどいい塩梅。派手過ぎず、地味過ぎない。実に心地がいい抑揚なのである。
M4「雨」は、ある意味、タイトルから連想する通りのテンポと音色で、全体に落ち着いた印象ではある。重めのストリングスが聴こえてくるものの、どこか優雅な雰囲気もあって、少なくともサイケデリックロックには程遠い感じ。問題は(?)、M5「汚れ糸」である。イントロはM2に近いギターのアンサンブルで始まるので、これも比較的緩やかなナンバーかと思いきや、ベースラインのうねり→圧力のあるピアノ→力強いドラミングと、パートが折り重なっていき、1番サビ後半から間奏にかけてはついにエレキギターが鳴り渡る。これはもう完全にロックサウンドと言っていい。無論そうは言ってもしっかりとアンサンブルがとれていて、勝手気ままなロックバンド的な匂いはないのだが、アルバムを冒頭から聴いてきて、とりわけM1、M3を通過してきたあとでは、あたかもM5でクライマックスのような興奮を覚える。後半では歌にエレキギターが重なり、アウトロにかけての約1分はバンドアンサンブルの妙味だけで迫っていく。超カッコ良いとしか言えない、素晴らしいサウンドである。これでアナログ盤のA面が終了。アルバムの様式を熟知した見事な構成とも言える。
海外録音に踏み切らせた天賦の才
B面はM6「あなたを追いかけて(Part1)」から。“ポップな感じかな?”と思わせるイントロでありながら、徐々に荘厳な空気、凛とした空気に変化していく。ここでもハープシコードが使われているようで、バロック調というか、大袈裟に言うと、中世ヨーロッパの宗教音楽的な雰囲気もある。そうした面白さはM7「枯葉の舞う時」も同様。アコギのざらついた音色がロックを感じさせるところでもあるが、これもどこか民族音楽的な香りがする。それを後押ししているのが鈴の音だ。激しく鳴っているわけでもないのだけれど、それゆえにか、とても耳に残る。歌詞を含めた楽曲の世界観を象徴しているようにも思う。M8「はと」は重厚なピアノが印象的。冒頭はそれこそ「恋人よ」にも似た“白玉”感(?)があるものの、それも束の間、リズム隊も入ったバンドサウンドはロックであることを理解する。とりわけベースが渋く感じられるが、聴き進めていくと、間奏からはっきりと聴こえ出すオルガンのカッコ良さにも気付かせられる。後半ではギターもいい仕事をしていることが発見できるし、これもまた、言うまでもなく、絶妙なバンドアレンジが発揮された楽曲であることを実感する。
M9「空を見上げる夜は」は甲高いギターと跳ねたピアノが米国のトラディショナルポップを感じなくもない。メジャー感が強いとまではいかないけれど、本作の中では比較的明るめなタイプと言えるかもしれない。アルバムのフィナーレはM10「あなたを追いかけて(Part2)」。B面1曲目がM6「あなたを追いかけて(Part1)」であるから、これももちろんアルバムを意識した構成だろう。M10はM6に引き続き荘厳な雰囲気のピアノが伴奏しつつ、ハープシコードに変わって(…と言っていいかどうか分からないが)ストリングスが配されている。そう書くと、そのストリングスが全体の荘厳な空気を演出しているように思われるかもしれないが、どこかシアトリカルである…という表現でいいだろうか。個人的にはここでのストリングスは言外での演出を担っているようにも思う。歌詞だけ見ると切なさ全開というか、悲壮感を強く抱いてしまうところを、決してそれだけではなく、ネガティブ一辺倒ではない、光のようなものを感じさせる。
B面収録曲はやや駆け足で解説したが、ここまで指摘してきたように、どの楽曲もメロディーとリリックで構築されているものをグッと広げるサウンドアレンジが施されている。これは言うまでもなく、シンガーソングライター、五輪真弓が創る核となる部分をより良く聴かせるための施策だろう。逆に言えば、当時のスタッフは、それほどに彼女の旋律と歌詞、そして歌声をあまねく広めるために腐心したこともうかがえる。最後にデビュー時の五輪真弓がいかに傑出したアーティストであったのかを記して本稿を締め括ろう。その辺はWikipediaに詳しい。以下に引用させてもらう。
[アルバム『少女』は、1971年夏に2カ月間をかけて、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスのクリスタル・サウンド・スタジオでレコーディングされた。このレコーディングには五輪のデモテープを聴いて感銘を受けたキャロル・キング、チャールズ・ラーキーも参加し、ストリングスの中ではデヴィッド・キャンベルがヴィオラを弾いている。(中略)いわゆる海外レコーディングを商業的に成功させた先駆者としても日本の音楽界に大きな影響を与え、その後さまざまな歌手やミュージシャンたちがそれに追随した]([]はWikipediaからの引用)。
上記の海外ミュージシャンを全て分からずとも、キャロル・キングの名前くらいはご存知だろう。知らないという人は調べてほしい。単に“有名な人に認められたからすごい”とか、権威主義的なことは言いたくないので、仮にアルバム参加メンバーを無視するにしても、1970年前半にロサンゼルスのスタジオで2カ月間レコーディングしたという事実は、どう考えても破格であろう。しかも本作はデビュー盤で、彼女はまだ20歳を過ぎたばかりであった。同時期にデビューした荒井由実は天才少女と呼ばれたようだが、五輪真弓もまた間違いなく天才であったことは、上記のエピソードから十二分にうかがえる。
大変遅ればせながら、当コラムでは今後も五輪真弓作品を取り上げると思う。とりわけ1974年のライヴ盤『冬ざれた街』は各方面から高い評価を受けているようなので、今年どこかで紹介することになろう。かつての筆者のように五輪真弓≒歌謡曲と思っている方がいらっしゃったら、それは間違いではないけれど、過去作を聴かずして、そう思っているのはもったいないと断言したい。まずはぜひ『少女』を聴いてほしいと思う。
TEXT:帆苅智之
アルバム『少女』
1972年発表作品
<収録曲>
1.なわとび
2.朝もやの公園で
3.少女
4.雨
5.汚れ糸
6.あなたを追いかけて (Part1)
7.枯葉の舞う時
8.はと
9.空を見上げる夜は
10.あなたを追いかけて (Part2)
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