木村カエラが数多のアーティスト、ミュージシャンから寵愛を受け続ける理由をアルバム『Scratch』から探る

2022年12月14日 / 18:00

12月14日、木村カエラの約3年5カ月振りとなるニューアルバム『MAGNETIC』がリリースされた。今作ではAI、iri、Open Reel Ensemble、SANABAGUN.、玉置周啓(MONO NO AWARE)らの参加が話題である。木村カエラと言えば、デビュー時からベテラン、ニューカマーを問わず、多くのアーティスト、ミュージシャンとコラボレーションしてきたシンガー。当コラムでは、初めてチャート1位を獲得した3rdアルバム『Scratch』をピックアップするが、こちらでも強力なメンバーが顔を揃えており、実にバラエティー豊かなサウンドを響かせている。木村カエラのアーティスト性ばかりでなく、発売された2007年という時代を感じさせる名盤である。
伝説のバンドの再々結成にも参加

とりわけ2006~2007年の木村カエラを表す言葉は、やはり“羊の皮をかぶった狼”が相応しいだろうなと考えていたのだけれども、これは本来(1)自分の正体を隠している悪人、もしくは(2)凡庸な見た目の実力者という意味であるそうだから、厳密に言えばこの形容は間違っている。しかしながら、そのニュアンスは汲み取っていただけるのではないかと思う。4ドアセダンにレースカーの性能を組み込んだBMWがそう呼ばれていたようなイメージだ。車好きには分かってもらえるだろう。彼女のルックス、佇まいと、アーティストとしてのポテンシャル、そのパフォーマンスには大いなるギャップが存在している。これまた厳密に言えば、ギャップが存在していた…と言うべきだろう。それはもちろんいい意味で…である。

デビューから18年。この度の新作『MAGNETIC』でオリジナルアルバムは11作を数え、そのギャップにも慣れてきたところではあるけれども、やはり当時の印象は今も鮮烈に残っている。そのギャップを示す好例として、アルバム『Scratch』の話に入る前に、本作の前年のSadistic Mica Band Revisitedについて語っておきたい。とはいえ、そこを掘り下げるとかなり長くなるので、サラッと触れておく。Sadistic~とは1970年代前半に活躍した伝説的ロックバンド、サディスティック・ミカ・バンドが再々結成した時のバンド名である。サディスティック~については当コラムの初期で解説されているので、そちらをご覧いただきたい。このバンドの伝説を理解してもらえるだろう。2006年のメンバーは加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋幸宏。ちなみに高中の作品については偶然にも先週取り上げているし、高橋はソロ作品を紹介している。手前味噌ではあるけれども、当コーナーでこれだけ取り上げていることでも、彼らのレジャンダリーっぷりを知ってもらえるのではなかろうか。木村カエラはそんなメンバーにヴォーカリストとして迎えられたのである。再々結成は話題となって、新録されたシングル「タイムマシンにおねがい」は配信ランキングで1位を獲得。アルバム『NARKISSOS』もチャートトップ10入りを果たした。Sadistic~は大成功したと言える。木村カエラの功績も少なくなかったと見るのは決した穿ったものではないだろう。
伝説のバンドの再々結成に一役買った木村カエラが、その半年後に発表したアルバムが『Scratch』である(そう考えると、Sadistic~の活動と並行してレコーディングしていたわけで、そこもまた彼女のすごさだなぁ)。伝説のバンドから寵愛を受けて、その3代目ヴォーカリストとなった木村カエラであったが、彼女が愛されたのは何もベテランからだけではなかった。『Scratch』は、まずそれを確認出来るアルバムである。とにかく参加したミュージシャンの顔触れがすごい。1st『KAELA』(2004年)も2nd『Circle』(2006年)も素晴らしい面子が多数参加しているが、3rd『Scratch』はさらに多くのアーティストが顔を揃えている。無論、数を揃えればいいというわけではない。ポイントはそのクオリティーである。もっと言えば、参加したアーティスト、ミュージシャンがそれぞれのキャラクターに発揮していなければならないし、そうでなければ頭数を揃えただけ…ということになる。以下、楽曲を解説していくけれども、本作は面子が多いだけ…なんてわけもなく、それはまったく当たらない。収録曲は参加ミュージシャンそれぞれの”らしさ”が見えるものばかりだし、それらが集まることで実にバラエティーの豊かなアルバムに仕上がっているのである。
当代ロックサウンドが次々に登場

M1「L.drunk」は作曲を手掛けるNATSUMENのAxSxEのギター、そのイントロの出音一発で“この楽曲はただのロックではない”と感じさせるに十分で、それだけにオープニングに相応しいナンバーだ。ナンバーガールの中尾憲太郎とtoeならびにthe HIATUSの柏倉隆史による、1990年代以降の邦楽シーンを知る者にとっては堪らないであろうリズム隊が楽曲を支える。その鋭角的なバンドサウンドもさることながら、石橋英子のマリンバがすごい。素直に“マリンバはこういう使い方もできるんだ!?”という未知との遭遇的な面白さを感じたところだ。とにかく音のキャラクターが立ちまくっている。

M2「Magic Music」はシングルナンバー。後半のサビのリフレインでしっかりと転調している辺りがシングル曲っぽい。ポップなパンク…というと語弊があるかもしれないが、シャープなリズムとエッジーなギターが全体を彩りつつ、メロディも歌声もスウィートという若干、対位法的な感じがするところはおもしろい(対位法的な感じはM2に限った話ではないが…)。M1に引き続いて中尾憲太郎がベースを担当し、他に會田茂一とthe HIATUSのmasasucksとがギター、Hi-STANDARDの恒岡章がドラムと、1st、2ndから付き合いのあるメンバーが名を連ねている。

アルバムの先行シングルだったM3「Snowdome」は“BEAT CRUSADERS meets 木村カエラ”と言ってもいいだろう。ヒダカトオル、クボタマサヒコ、カトウタロウ、マシータ、ケイタイモが全員参加(ヒダカがべースを弾き、クボタがギターを弾いているようだが、その辺の背景は不明)。加えて、前作に収録されている5thシングル「You」を手掛けたASPARAGUSの渡邊忍もギターで参加している。ビークルが作曲した日本人の琴線を刺激するメロディーが素晴らしく、かと言って、ストリングスなどに逃げず、ザラッとしたバンドサウンドで仕上げているところがさらに素晴らしい。とても生々しい音で録れているし、チープな言い方をすると、ちゃんと魂がこもっている音に感じられる。そこもとてもいい。

一方、岩田アッチュ作曲のM4「ワニと小鳥」は“NIRGILIS meets木村カエラ”である。岩田他、伊藤孝氣、栗原稔、稲寺佑紀と当時のメンバーで作り上げたサウンドは、M1~3のギターサウンドとは完全に趣が異なるものとなっているのが心憎い。打ち込みを多用しながらも、冷たさの中に独特の柔らかさと可愛らしさがあって(柔らかさと可愛らしさの中の冷たさ…かもしれない)、歌詞の世界をより豊かにしているようにも思う。不思議と印象に残るナンバーとしてM4を上げる人は案外多いような気がする。

M5「dolphin」は、作曲とベースの亀田誠治とドラムの村石雅行という椎名林檎周りでの活躍で知られる名うてのミュージシャンのプレイ、金原千恵子ストリングスのドラマチックな弦楽器も決して聴き逃せない代物であるが、筆者の推しは西川進のギターだ。“感情直結型ギタリスト”と呼ばれる西川の本領発揮。問答無用にアガるプレイだ。半端ない。もちろん、それを含めてまとめ上げた亀田の手腕も称えられて然るべきである。

M6「sweetie」は英国のバンド、FarrahのJez Ashurstの提供曲。ベースにDan Mckinna、ドラムにJonathan Atkinsonを迎え、ギター、キーボード、プログラミング等々をJezが担当している。歌のメロディーもバンドサウンドもここまで他曲で特筆してきたような派手さこそないものの、むしろそれがいいという指摘もある。癖が強くない分、聴き手を選ばないといったところだろうか。そこはワールド水準と言えるのかもしれない。…と、前半だけでも、収録曲が相当に個性的であることが分かってもらえただろうか。2000年代のロックサウンドのつるべ打ちである。しかも、まだまだ続く。
カエラ自身もピアノやギターを披露

M7「きりんタン」は會田茂一作曲で、ギターに會田、ベースがGREAT3、Curly Giraffeの高桑圭、ドラムがハイスタの恒岡と、これまた2ndでも共演した、勝手知ったる間柄…とも言えるメンバーとのセッションだが、これがなかなか面白い。ジャングルビート(と断言出来るものでもないが…)と突き抜ける高音が続く主旋律が、文字通り野性味を感じさせつつ、ディレイの深さや抑揚に乏しいサビメロがニューウエイブっぽくもあって、まさに独特の雰囲気である。

M8「Scratch」はtoeと木村カエラの共作だけあって(と言っていいかどうかアレだけど)、インストに近い。歌もあるにはあるが、分量少なめである。躍動感がありつつもアッパーではなく、それでいてしっかりとアンサンブルの緊張感がある。そんな空気感が支配している。注目はカエラ自身が弾くピアノだろう。無論、プロが弾くようなタッチではないが、彼女が弾いている確かなニュアンスを感じるられるのがいい。楽曲全体に揺蕩う静謐さはこのプレイだからこそ得られるものだろう。

M9「SWINGING LONDON」は、今や日本を代表する音楽プロデューサーのひとりと言っても過言ではない蔦谷好位置が手掛けている。かつてYUKI(ex. JUDY AND MARY)は蔦谷の音楽性を指して“The Beatlesっぽい”と言ったそうだが、このM9も聴く人が聴けばThe Beatlesの影響を感じざるを得ないであろう。個人的には名越由貴夫(コーパス・グラインダーズ、YEN TOWN BAND)の弾くエレキギターに「Helter Skelter」を感じたところ。4106(ex. SCAFULL KING)とのユニゾンもとてもカッコ良い。

M10「never land」はシューゲイザー的ギターサウンド。作曲はクラムボンのミトで、彼を始め、渡邊忍、柏倉隆史もギターを重ね、カエラもギターを弾いていて、サビではシャワーのようにギターたちが降り注ぐ(リズム隊は、M9に引き続いてベースに4106、ドラムに柏倉)。どこかアシッドな空気感というか、特有の浮遊感、幻想感を出すことに成功している。

M11「TREE CLIMBERS」は渡邊忍作曲の疾走感溢れるシングルチューン。ギター・渡邊、ベース・山下潤一郎、ドラム・一瀬正和という、この前年までのASPARAGUSの3人がバックを担っている。何でも[サザンオールスターズの桑田佳祐が自身の番組「桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」内の「寅さんが選んだ21世紀ベストソング20」の1位にこの曲を挙げた]という逸話があるとか([]はWikipediaからの引用)。日本ロック界の大御所からお墨付きをいただいている。やはりベテランからも大いに愛されるカエラであった。

根岸孝旨作曲のM12「JOEY BOY」は、ドラムに佐野康夫、プログラミングに岸利至という、”もしこの人たちがいなかったら日本の音楽シーンは今とは違った風景になったのでは?”と思うほどに数多くのレコーディングを手掛けてきたメンバーが参加。ベースは根岸が弾き、ギターはM5に引き続き西川進が登場だ。原型はスタンダードなロックンロールであったと思われるが、この面子にかかると一筋縄ではいかない楽曲に仕上がっているのが面白い。ポップでありつつ、ワイルドでサイケデリック。これもひたすらカッコ良い。

アルバムラストのM13「Ground Control(Album Mix)」は、M6と同様のJez Ashurst、Dan Mckinna、Jonathan Atkinsonが締め括る(作曲はJez)。同期も使っているが基本はパンク。サビの展開、ギターのアプローチは2000年前後の雰囲気であって、カラッと明るいフィナーレだ。清々しい印象を残す。
それでも彼女のカラーは埋没しない

楽曲毎の参加ミュージシャンを記しながら、ザっと全曲解説してみた。仮にこのメンバーが全員、それぞれのバンドで集まってライブをするとしたら、それは本格的なロックフェスに十分なり得る顔触れである。これだけのメンバーを自作に集める木村カエラの魅力は相当なものであることを理解していただけるだろう。音楽シーンでその名を轟かす猛者たちを向こうに回し、こうしてパフォーマンスできるというのは何よりすごい。そんじょそこらのシンガーであれば萎縮して、自身のカラーをまったく出せないなんてことにもなりかねないだろう。ていうか、そっちが普通のような気がする。こうしてアルバムを作っていることが、木村カエラがいかに大物かの証拠と言える。彼女のすごさは、癖のないヴォーカリゼーションもさることながら、独自の世界観を貫いていることが最大の特徴ではなかろうか。音楽界の名立たるアーティストが提示する個性に変に阿ることなく、木村カエラならではのカラーをそこに違和感なく融合させている。今作において、個人的に白眉に思ったのはM4「ワニと小鳥」の歌詞だ。

《君のステキなところも/ボクはわからなくなってた/1番うばってはいけないもの/気に入らないことに/ハラを立てて/君を食べた》《だからね/いつも頭の上に止まる/小鳥を見上げて笑う/君に重ねて/思い出してる/たくさん話をして/言葉を聞いて/こんなボクなら/生かしてあげれるかな》(M4「ワニと小鳥」)。

おとぎ話にも似たファンタジーな語り口でありながらも、実に生々しくも残酷な現実をメタファーとしている。また、残酷だからこそ、柔らかさと優しさが際立っているとも言える。こんな筆致はポップミュージックではそうあるものではない。これだけでもアーティストとして相当な才能の持ち主であることがよく分かる。ベテラン、同世代、洋邦を問わず、木村カエラが愛されるのも同然である。
TEXT:帆苅智之
アルバム『Scratch』
2007年発表作品

<収録曲>

1.L.drunk

2.Magic Music

3.Snowdome

4.ワニと小鳥

5.dolphin

6.sweetie

7.きりんタン

8.Scratch

9.SWINGING LONDON

10.never land

11.TREE CLIMBERS

12.JOEY BOY

13.Ground Control(Album Mix)


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