日本ロック史における需要バンド、UP-BEATが残した神盤『HERMIT COMPLEX』

2016年6月15日 / 18:00

『HERMIT COMPLEX』('88)/UP-BEAT (okmusic UP's)

去る2016年6月10日。広石武彦(Vo)が自身のwebサイトで新プロジェクト“Respect up-beat”の始動を宣言した。UP-BEATからの影響を公言するHAKUEI(PENICILLIN)やRYO(test-No.、ex.BY-SEXUAL)からのラブコールに応えるかたちでの始動のようだが、11年に立ち上ったup-beat tribute bandを15年に脱退し、「今後私がup-beatの楽曲を実演する機会は未定」と言っていただけに、今回の発表はファンにとってはこの上ない吉報と言えるだろう。test-No.のRYO(Gu)、DEN(Ba)、KAEDE(Dr)に吉田遊介(Gu)と鴇沢直(Key)を加えたメンバーで、8月26日にCLUB CITTA' にて行なわれるライヴイベント『CHAIN THE ROCK FESTIVAL 2016』に出演。メンバーも含めてそれ以後の動きは未定のようだが、それならば本公演はますます見逃せないところだ。今となっては一般的な知名度はあまり高くないかもしれないUP-BEATだが、日本ロック史における需要バンドである。80年代に彼らが残した音源と共にその軌跡を振り返る。

90年代の音楽シーンに影響を与えたバンド
一般リスナーからの大きな支持を集めているわけじゃないが、同業者であるミュージシャンから支持されているミュージシャンを“ミュージシャンズ・ミュージシャン”と呼ぶ。海外ではアル・クーパーやニック・ロウ、ジノ・ヴァネリらがその代表格のようだし、日本では(私見だが)キリンジやGREAT3、あるいはthe HIATUSへの参加で一般的な知名度を上げたが、堀江博久らの名前が挙がるだろうか。UP-BEATに関して言えば、アルバムはチャートベスト10入りを果たしているし、ホールツアーはもちろん、大型の野外イベントでヘッドライナーを務めたこともあったと記憶しており、決して人気のなかったバンドではないが、かと言って、誰もが知るようなヒット曲を残したわけではないという微妙な存在であろう。しかしながら、95年の解散以降、第三次バンドブームを彩ったバンドたちの中からその影響を公言し始める者が出てきて、UP-BEATが音楽シーンに残したものが決して小さくないことも分かってきた。その点では、所謂“ミュージシャンズ・ミュージシャン”と少し異なるだろうが、バンドマンたちからリスペクトされる存在であることは間違いない。UP-BEAT フォロワーと言えばPENICILLIN のHAKUEI、GISHO、cali≠gariの桜井青らがその急先鋒(?)だが、もっとも有名なのはGLAYのTAKUROのエピソードだろう。UP-BEATの3rdアルバム『HERMIT COMPLEX』のブックレットには音楽ライターの市川清師氏が手掛けたライナーノーツが掲載されており、それを読んだTAKUROは「メジャーデビューしたら市川清師に解説を書いてもらいたい」と思い、実際GLAYの1stアルバム『SPEED POP』のライナーノーツを市川氏に依頼したという。無論、TAKURO 以外のGLAYのメンバーもUP-BEAT好きを公言して憚らない。
81年に福岡県北九州市で結成されたUP-BEATのメジャーデビューは86年。おニャン子クラブが大ブームとなり、おニャン子関連アイドルがチャートを席巻する一方で、レベッカの4thアルバム『REBECCA IV 〜Maybe Tomorrow〜』が当時のロックバンドのアルバムとしては異例のミリオンセラーを記録した年である。また、この年にCDの生産がLPを上回ったり、TV番組『ミュージックステーション』が放送開始したりするから、まさに邦楽シーンのパラダイムチェンジが起こり始めた時期であった。翌年87年にはBOØWYが大ブレイクから解散を発表。おニャン子クラブも同じ年に解散し、同時にTV番組“夕やけニャンニャン”も放送を終了している。何かが始まり、何かが終わった年であった。「BOØWYはともかく、UP-BEATとおニャン子クラブはまったく関係ないんじゃないの?」と訝しく思われる読者もいらっしゃるかと思うが、かなり薄く…ではあるものの、関係がなくもない。『夕やけニャンニャン』の後番組が『桃色学園都市宣言!!』であったことを覚えている方がどれだけいらっしゃるか分からないが、その番組のオープニングテーマ曲がUP-BEATだったのだ。テーマ曲は月替わりだったので、5thシングル「NO SIDE ACTION」が88年1月期に流れた。UP-BEAT以外にはBARBEE BOYSやプリンセス・プリンセス、THE BLUE HEARTSもテーマ曲を担当しており、番組自体は2クールしか持たなかったが、制作スタッフたちはバンドブームの訪れを敏感に感じていたのかもしれない。ちなみに筆者がUP-BEATを知ったのはこの番組きっかけである。

転調を多用した特徴的な楽曲構成
さて、UP-BEATの特徴は…と言えば、転調を多用した楽曲構成であろう。しかも、サビで転調とかCメロで転調とかというのではなく、「NO SIDE ACTION」もそうであるように、Bメロやサビで転調するだけじゃなく、サビの中であっても何度か転調するのである。この手法はどうやら音楽的には邪道なようであるが、邪道であろうがなかろうが、そんなことは関係ない。その転調を繰り返す様子がキレッキレで実にカッコ良いのである。しかも、ただ変則的に転調を繰り返すのではなく、歌がメロディアスであるため、耳馴染みもいい。テンションコードを用いた、妖しくもキラキラとしたギターサウンドと相俟って、独特の世界観を生み出しているのだ。BOØWYと入れ替わるようにメジャー進出し、スタイリスト(ヘアメイクだったかも?)がBOØWYと同じスタッフだったとの噂もあったUP-BEATなだけに、初期にはBOØWYに近いビートロック的なイディオムで語られることもあった。確かに1st『IMAGE』、2nd『inner ocean』にはその匂いがなくはない。また、明らかにBOØWYが影響を受けているであろうRoxy MusicのテイストをUP-BEATからも感じられなくもない。しかし、あの転調の多用はUP-BEATならではのものだし、それを当時の日本の音楽シーンで高らかに鳴らしただけでもこのバンドの存在意義はあったように思う。

コンセプト・アルバムで示した主張
そのUP-BEATの3rdアルバム『HERMIT COMPLEX』を彼らのベストに挙げるファンは少なくないようだ。この後の4thアルバム『UNDER THE SUN』のリリース後、5人のメンバーから2名が脱退して3人となるが、少なくとも5人時代の初期UP-BEATの最高傑作が『HERMIT COMPLEX』であることに筆者も異論はない。件の市川清師氏がライナーノーツに書いているように、この作品は[完全なコンセプト・アルバムであり、そこには一つの世界観が提示されている](『HERMIT COMPLEX』ブックレットより引用)。そのコンセプトに関してはライナーノーツを入手して全文をお読みいただきたい…としたいところだが、そういうわけにもいかないので、以下、『HERMIT COMPLEX』に乗せられたメッセージを少し解説すると──。アルバムの序盤、タイトルチューンのM2「HERMIT COMPLEX 〜世捨て人の憂鬱〜」で広石武彦はこう歌う。《どうにもできぬ憂鬱を 背負うほど退屈じゃない/流れに身をまかせるだけ シナリオ通りに歩くだけさ》《Keep Down 気持ち抑えろ 何も考えず/調子合わせてればいいさ/まくしたてても 何も変わらないさ/配られたカード こなすだけさ》。まさに世捨て人。こんなにネガティブな歌詞もなかなかない。また、M3「Dried Flower」で《Nobody knows real truth》(=誰も本当の真実を知らない)、M6「Mode Insane」では《真実じゃなくてもいいのさ 事実よりおかしく話せれば/他人の涙の話題なら 君もきっと楽しめるさ》とアイロニカルな視線も投げ掛ける。その一方で、M1「Dear Venus」で《うそぶかずに傷ついているままでいいのさ》、M4「Glass Jewelry」では《また見ぬ明日を 諦めるその前に/もう1度 手を伸ばし 俺だけに微笑んで見せなよ》と希望あるリリックを織り交ぜつつ、アルバムはM9「Blind Age 〜Full Version〜」に辿り着く。《時がすべてを 塗りつぶすその前に/胸の鼓動の 証を築きたい》《Blind Age ここに居ると/鐘を鳴らせ/幾つもの ドアを開け すれ違う誰かに伝えたい》《何処へ行けば!? 何をやればと/迷い続けていた この場所で僕は叫ぼう》《鏡みつめ 問いかけ続ける/その姿は 誇れる筈さ》。「厭世主義に支配されそうなこともあるが、果たしてそれでいいのか?」と広石は己に問いかけている。

多彩なサウンドも魅力のロック盤
『HERMIT COMPLEX』はメロディーとサウンドメイクも素晴らしく、音階と音とが歌詞が湛えるメッセージを強固にしているのは間違いない。これはいいアルバムの必要条件であると思う。まずメロディー。歌が全編キャッチーかつメロディアスなことに加えて、ギターリフも実に耳馴染みがよく、そのふたつが絡み合う様子に聴く側のテンションが上がる。個人的にはM7「Brother Hopeの為に」をその代表としてお薦めしたい。サウンドは多彩だ。基本はダイナミズム溢れるロックバンドのそれだが、M3「Dried Flower」ではファンキーかつサイケデリック、M5「What Am I? 〜勝手な話〜」ではブルース・フィーリング、M6「Mode Insane」ではマッドな雰囲気のギターを響かせ、M8「Two Alone」では重厚なストリングスを聴かせる。リズムは所謂8ビート以外に、セカンドライン、シャッフルと、これまたバラエティーに富んでおり、ひと口で言えばポップなアルバムである。サウンド面での白眉はやはり「Blind Age」。この楽曲を根底で支えるマーチング・ビートは本当に素晴らしい。この楽曲に限らず、音楽に正解などないが、「Blind Age」の歌詞、メロディーにあのビートは大正解。あの圧しは問答無用にアガるし、「得体の知れない大きなものにも勝てるんじゃないか?」という高揚感を与えてくれる。紛う事なきロックであると思う。本作はポップチューン、M10「Around The Roulette」で幕を閉じるが、そのアウトロで再び「Blind Age」の後半部分が流れる。コンセプト・アルバムとして締め括り方も完璧である。この拙文でUP-BEATや『HERMIT COMPLEX』に興味を持った人には是非作品に触れてほしいものだが、こと『HERMIT COMPLEX』に関して言えば、ここでの問題提議があれから約30年が経った今、どうなっているのかにも思いを馳せてほしい。今こそ再評価されてしかるべきアルバムでもあることをわかってもらえると思う。


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