山下達郎の『RIDE ON TIME』は巧みなアレンジと、あふれんばかりのアーティストの熱に完全に脱帽

2022年6月29日 / 18:00

6月22日に発売された山下達郎、11年振りの最新アルバム『SOFTLY』が“オリコン週間アルバムランキング”で1位を獲得。通算12作目の1位獲得という以上に、今回で昭和、平成、令和の三時代でアルバム1位を獲得したということも大きく報じられていた。何でもこれは、矢沢永吉、竹内まりや、桑田佳祐に次ぎ史上4組目の達成ということで、分かっていたことではあるけれど、改めて氏は邦楽シーン、いや、日本の芸能史にその名を残す偉大なる音楽家であることを知らされた格好ではある(山下、竹内ご夫妻の偉大さも忘れてはならない)。本文でも書いたけれど、11年振りの新作発表に伴って、“山下達郎祭り”となっている中、少々遅れを取ったが、当コラムでも山下達郎の過去作を取り上げる。氏にとって初のチャート1位獲得となった作品『RIDE ON TIME』だ。
絶妙なアレンジ、 絶妙なアンサンブル

アルバム『RIDE ON TIME』のオープニングナンバーはM1「いつか」。ベース&ドラムが鳴らす軽快なリズムから始まる。そこに山下達郎本人が弾くエレキギター、エレピ、もう1本のギター、そしてブラスが順に重なっていく。ブラスは派手ではあるが、イントロでは出番が長くないこともあって下品な印象は皆無だ。それは他のサウンドも同じで、どのパートも抑制の効いた感じで進んでいき、歌が入ってからもそのテンションが妙に変わることはない。それでいながら、ヴォーカルの歌詞のない箇所では、その隙間を埋めるかのように、ベースのスラップが入っていたり、鍵盤でコードが鳴らされていたりと、決して伴奏に留まっていないところに絶妙なアレンジセンスを感じさせる。簡単にグルービーと片付けたくない巧みさだ。サビを迎えるにあたってドラムがフィルを入れてくるが、これも抑制が効いていて、自己主張が強過ぎない。とても品がいい印象。サビでは《SOMEDAY》のリフレインの隙間をブラスが埋めている。追っかけているといった感じであろうか。背後では女性コーラスが主旋律を支え、エレキギターが跳ねている。ギターは結構おもしろいフレーズを弾いているけれども、これもまた自己主張が強過ぎない。主たるメロディを邪魔することなく、楽曲の彩りとなっている。

サビ後半では、コーラスもメインの歌詞を歌い、オクターブユニゾンとなるが、それだけに若干見せる本人のフェイクが効いてくるようにも思う。ここでさり気なく添えられている、キラキラとしたシンセの音色もとてもいい。1サビが終わると間髪を入れずに2Aとなるが、1Aにはなかったコーラスとブラスが入ってくる。それによって楽曲の世界観がさらに開けていく感じがする。そこから続く2サビも、1サビとはコーラスの重ね方が異なっているので、キャッチーなリフレインを新鮮に聴くことができるようにも思う。個人的には、さらにソウルフルに展開したようにも感じる。間奏はキーボードとブラスの競演といった感じ。だが、いずれも派手に鳴り過ぎず、しかも長過ぎない。しつこくないと言ったらいいだろうか。楽曲の中心は歌のメロディであり、どのパートもそこから大きく逸脱しないこと不文律としているかのようだ。楽曲後半はサビのリフレインが続く。コーラスが《めまいする程遠い毎日の時の波》のパートを歌う一方で、それをバックに山下達郎本人は《SOMEDAY》のパートを歌うという構成。跳ねるようなエレキギターもそこまでよりちょっと前に出ていて、なかなか聴きどころではあるが、ここはやはりメインボーカルのテンションの高さに注目だろう。いや、ことさらに注目せずとも、時にシャウトも聴かせる歌声は、楽器陣が奏でる絶妙なアンサンブルと相俟って、実にスリリング。歌詞の《SOMEDAY 一人じゃなくなり/SOMEDAY 何かが見つかる》は、このアンサンブルに自身の気持ちを重ねているようにも感じられるが、それはともかくとしても、山下達郎というアーティストの熱を如何なく感じさせるところである。

M2「DAYDREAM」はギターのカッティングとファンキーなベースラインが引っ張るナンバー。とは言え、ビートのわりには音圧はないと言ったらいいか、これも全体に抑制が効いている印象だ。ブラスも必要最低限に鳴っている感じではある。M1に比べて各パートが派手ではあるものの、どこぞのファンクチューンのような下世話さはまったくない。聴きどころはBメロ~サビだろう。

《ビル街に跳ね上げて砕ける/スカーレット グラスグリーン/流れる バイオレット ショックピンク/渦巻く ローズグレー ペールブルー/たちまちに》《水玉に弾み出す 砕ける/ワインレッド カーマイン/流れる ココブラウン イエロー/渦巻く チェリー ダークオレンジ/またたく間に》(M2「DAYDREAM」)。

上記がBメロの歌詞。[日本語の乗りにくい細かな譜割りのメロディーをクリアするために、アクリル・カラーのチャート表から詞を作り上げる発想は彼女以外には出来ないワザだ]と山下本人は絶賛したという([]はWikipediaからの引用)。確かに、流れるようなメロディーを損なうことなく、楽曲のテーマに沿ったシャレオツなワードチョイスは素晴らしく、吉田美奈子の天才的なセンスを感じるところだ。だが、そのかなり印象的なBメロのあとで、官能的なサビを持ってきているところも見逃せないだろう。どこまでも広がっていくようなハイトーンのヴォーカルはまさに白昼夢を感じさせる。間奏、アウトロのトランペットが若干長いような気がしないでもないけれど、全体的にスリリングなバンドサウンドに反して、ハツラツとした感じでありつつも柔らかな雰囲気は、これもまた楽曲のテーマに沿ったものなのだろう。
アーティストとしての熱を確信

M3「SILENT SCREAMER」。直訳すれば“静かなる叫ぶ人”といったところか。何やら文学的なタイトルだ。そのサウンドは、というと、ポリリズム・ファンクだという。ポリリズム=[拍の一致しないリズムが同時に演奏されることにより、独特のリズム感が生まれる]こと([]はWikipediaからの引用)。この楽曲で言えば、ドラムのビートとベースラインにそれを見出すことができる。音楽理論的な説明は上手くできそうもないので割愛するが、拍を合わせないことで、ノリが出るというか、うねりが出るというか、バンド演奏の醍醐味とも言えるグルーブが出ることはM3を聴けば明らかだ。パーカッション、とりわけクラップが今となっては若干時代がかっている気がしなくもないけれど、リズム隊の推進力がカッコ良いナンバーであることは疑うまでもない。イントロや間奏でのエレキギターがなかなかワイルドだなと思って聴き進めていくと、歌もどんどん熱を帯びていく。後半はほとんど《SILENT SCREAMER》の連呼といった感じで、まさに“SCREAMER”といったヴォーカリゼーションを聴くことができる。アウトロではギター2本がバトルっぽく絡み合う。山下達郎というアーティストに対して、勝手にクールなイメージを抱いていたのだが、M3ではM1で感じた熱が確信に変わった感じで、氏の本性を見る想いだ。

そのM3から、歌とエレピで始まる(しかもエレピが奏でるコードが独特な)M4「RIDE ON TIME」に繋がることで、いい具合に熱がリレーされていくような印象がある。熱過ぎもせず、かと言ってクールダウンもしない。1サビはトゥーマッチとは言わないまでも、コーラス、ブラス、ギターと一気にいろんな音が飛び出すし、何しろ歌がキャッチーであるので、そこだけで見たら味付けが濃いようにも見えるが、冒頭が歌とエレピであることで全体的なバランスが取られているように思える。2番に入ると歌にサックスが絡んだり、ドラムが四つ打ちになったり、アンサンブルはさらに濃くなる。そしてサビ。どう聴いても、この楽曲のサビでのアレンジは完璧ではなかろうか。コーラス、ギターのカッティング、ブラス、ベースのスラップ、ハイハットの刻み。それぞれが歌のメロディーを遮っていないのはもちろんのこと、それぞれがお互いを邪魔し合うことがない。皆、見事なタイミングと間で鳴らされる。後半ではサビが何度か繰り返されるので、うっとりと聴き入ってしまう。これは本当に素晴らしい。アウトロ近くでのシャウトやフェイクも実にいい。ソウルミュージックはこのくらいアツいほうがいい。確信がダメ押しされた。山下達郎、間違いなくアツい男である。

《僕の輝く未来 さあ回りハジメて/虚ろな日々も全て愛に溶け込む/アア何という朝 今すぐ君のもと/届けに行こう 燃える心迷わず》《Ride On Time 時よ走り出せ/愛よ光り出せ 目もくらむ程/Ride On Time 心に火を点けて/飛び立つ魂に送るよ Ride On Time》(M4「RIDE ON TIME」)。

歌詞もアツい。《今すぐ君のもと/届けに行こう 燃える心迷わず》である。想いが漲っているようだ。実際にどう思っていたかは本人に確認するしかないけれど、事前にタイアップも決まっていたというから、そこには音楽シーンのメインストリームを目指す決意めいたものが何かしらあったのかもしれない。個人的にはそんな風にも思う。M4はシングルとは異なり、ア・カペラで終わる。これはアナログ盤ならではの仕様だろう。A面はここで終わり、ア・カペラの余韻を残してレコードを裏返す。そんな風な仕掛けなのではないだろうか。また、このアルバム『RIDE ON TIME』が発売されたのち、『ON THE STREET CORNER』という氏初のア・カペラアルバムが発表されていることとの因果関係は何かあったのだろうか。そこも気になる。
喰わず嫌いはしちゃいかん

隠しておいても栓なきことなので告白するが、筆者は初めて『RIDE ON TIME』を聴いた。いや、山下達郎のアルバム自体、今回初めて聴いたと思う。当初、今回の邦楽名盤コラムは他のアーティストを用意していた。しかしながら、ここ数週間、さまざまな媒体で山下達郎、山下達郎と喧しい。11年振りとなる氏の最新作『SOFTLY』が発表されたわけで、それも当然だろう。界隈では祭り状態だったと言える。その祭りを横目にまったく無視はできまい。何しろ、曲がりなりにも当コラム“これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!”と題している。山下達郎を抑えずして、何が邦楽名盤であろうか――そういうわけである。よりによって筆者だけでなく担当編集者もアルバム単位で山下達郎を聴いたことがなかったようで、“山下達郎を取り上げないとマズくないですかね?”と尋ねると、“ですかねぇ…となると、『RIDE ON TIME』か『FOR YOU』ですかね? こちらにはアルバムはないのですが…”と返ってくる始末。こんなコンビで邦楽名盤コラムをお送りしているのは客観的かつ冷静に考えて我ながら不安にもなってきたが、それはともかく、そんな筆者が初めて山下達郎のアルバム、初めて『RIDE ON TIME』を聴いて(とりあえず前半だけ)解説してみたのが、件の文章である。長年のファンには“何を今さら…”と思われる箇所は多々あろうかと思うが、思ったところを素直に記してみた。個人的に最も印象に残ったのは、本文でも述べたように、クールなミュージシャンだと勝手に思っていた山下達郎の熱さである。

M1「いつか」やM4「RIDE ON TIME」で長々と分析したようなアレンジ、バンドアンブルのち密さはイメージそのまま、いや、イメージを遥かに上回る職人気質を感じさせるものであったが、その核にあるもの、音楽に向かう原動力や推進力となっている氏の情熱のようなものは熱々なのである。A面の4曲、アルバム前半でもそれが受け止められた。氏のコンサートでは観客を立たせないとか、テレビでの顔出しのインタビューをNGとしているとか、氏のミュージシャンとしてのストイックな姿勢を耳にして、冷静かつ頑固な方だと筆者が決めつけていたところはある。それ故にハードルの高さも感じていた。勝手な話であることは承知している。だが、今回、何となくのイメージで喰わず嫌いはしてはいけないという当たり前のことを改めて思い起こし、恥じ、反省しているところである。

で、『RIDE ON TIME』後半、アナログ盤でのB面である。結論から先に言えば、A面に比べてわりと落ち着いた印象ではある。耳馴染みのあるシングル曲をもう1曲くらい入れてもいいような気がしなくもないが、その辺は本人が意図しなかったのだそうだ。[このアルバムは浮き足立ったりせず玄人受けする内容にするのだという意思が強く働いた]のだといい、アルバム全体としては地味であると認めているという([]はWikipediaからの引用)。だが、そうは言っても、はっきりした派手さはないものの、単にシンプルというわけではない、B面もそれこそ職人技とも言える楽曲作りが垣間見えるものばかりだ。M5「夏への扉」はSFファンなら必ずピンと来るタイトル。Robert A. Heinleinの古典的SF小説をモチーフとして、吉田美奈子が歌詞を書いたものだ。ミドルテンポの比較的ゆったりとしたリズム。ドラムとベースも淡々としているし、サイドギターも同じフレーズ繰り返されるが、そこに確かな前のめり感があるのがおもしろい。歌もA、B(あるいはAとサビ)で構成されているので、所謂Jポップ的な展開もない。後半では若干シャウト気味なヴォーカルも聴けるが、A面ほどのアツさもないし、間奏のフリューゲルホーンもそれほど高らかに鳴らされるわけでもない。そんな中にあって、B(サビ)でベースが少し忙しくなったり、ドラムがちょっとだけ変化したり、エレキギターもの単音弾きが前に出たり、コーラスが入ったりすることで、楽曲に推進力を与えているようである。各パートがほんの僅かにさりげないフレーズを加えるだけで、楽曲全体が変化していく。そんなバンドアンサンブルの妙味が伺えるM5である。
バンドに対する愛情と決別

M6「MY SUGAR BABE」は、スローテンポで、ブルース進行ではあるようだが、泥臭さはまったく感じさせない都会的なサウンド。上品なナンバーである。注目は歌詞だろう。

《目を閉じれば そこに/MY SUGAR BABE/今夜も夢の道で会えたね/はるか日々を飛び越え/君は僕を酔わす/OH MY SUGAR BABE》《気が付けば 時は流れて/残された僕は ひとりですべってゆく/もう振り向きはしないから/僕を見てておくれ/OH MY SUGAR BABE》(M6「MY SUGAR BABE」)。

“SUGAR BABE”とは山下達郎がソロ活動以前に参加していたバンド名と同じであることは、ファンならずともご存知の人も多かろう。この楽曲はまさにそのバンドをテーマにしたものだという。そこにどんな想いを込めたのか、これまた本人に語っていただく以外に確かめる術はないが、上記の内容からは、深い愛情と同時に決別の気持ちが伺える。ソロアーティストとしての決意があったことは間違いなかろう。

アルバムはM7「RAINY DAY」~M8「雲のゆくえに」と続いていくが、雨→雲と繋がっていくのが洒落ている。また、雨→晴でも雨→太陽ではなく、あくまでも雲≒曇というのも、このアルバムが地味である所以なのかもしれないとちょっと思う。M7もまたミドル~スローではあるが、アルバムをここまで聴いてくると、ゆるやかなテンポでダレないアンサンブルを何曲も仕上げているところに職人仕事を感じるところだ。ピアノがキラキラとしているものの、シタールが聴こえてきたり、コーラスにリバースっぽいエフェクトがかかっていたりと、サイケデリックな味付けがされていて、単に綺麗なナンバーに終わらせていないことにも気付く。どこか不穏と言えば不穏。そう思って聴き進めていくと、《だけど幸せな日々は続かず/ただ 思い出が残されただけ》という歌詞に辿り着くので、妙に納得してしまう。なので、後半のファルセットが続くボーカルには悲しみ以外を感じられない。

M8は軽快なリズムとギターのカッティングで進むナンバー。M7よりもリズミカルだが、それほど速くもない。シカゴソウルを意識したということで、確かにBarbara Acklin「Am I The Same Girl」辺りに近い雰囲気があるが、そこまでカラッと突き抜けた感じがしないのは、やはり“雲”をモチーフとしているからだろうか。だが、このナンバーには突き抜けないからこその良さがあるような気がする。もしサビメロでドカンと盛り上がるような楽曲であったなら、このバンドアンサンブルは(とりわけ後半で長めに続く箇所は)味わえなかったであろう。

ラストはM9「おやすみ」。アルバムのフィナーレに相応しいタイトルではある。ほぼ本人によるピアノ弾き語りの一発録りのみというシンプル極まりないナンバーであり、重ねられたシンセやコーラスがやや明るめだが、全体のトーンは決して明るい感じではない。メロディーもコードも渋い。これで終わりというのは確かに地味だ。しかし、これが正解なのだろう。同じ年の5月にリリースされてチャート3位を記録したシングル「RIDE ON TIME」を受けて、その秋に発売されたアルバム『RIDE ON TIME』ではあるが、こういうスタイルであることで、発表から40数年を経た今聴いても、コマーシャルリズムに塗れなかったことをありありと感じることができる。当時の氏の反骨心のようなものが閉じ込められていると考えると、その容姿とは裏腹に実にロックな作品と言うこともできるのではないだろうか。
TEXT:帆苅智之
アルバム『RIDE ON TIME』
1980年発表作品

<収録曲>

1.いつか (SOMEDAY)

2.DAYDREAM

3.SILENT SCREAMER

4.RIDE ON TIME

5.夏への扉

6.MY SUGAR BABE

7.RAINY DAY

8.雲のゆくえに

9.おやすみ


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大阪2013/12/18、19

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