野宮真貴の圧倒的な存在感とニューウェイブの猛者たちとの邂逅から生まれた『ピンクの心』

2022年6月1日 / 18:00

1982年に結成され、一時期は“幻のニューウェイブバンド”とも言われたPORTABLE ROCKが復活し、5月25日にベスト盤『PAST & FUTURE ~My Favorite Portable Rock』をリリースした。今週はそのヴォーカリスト、野宮真貴のデビュー作でもあり、40年前にPORTABLE ROCKが結成されるきっかけになったと言っても過言ではない『ピンクの心』を取り上げる。日本のニューウェイブをその黎明期からけん引する名立たるアーティストが参加した本作も、名盤と呼ぶに相応しいアルバムである。
ビギニング・オブ・PORTABLE ROCK

先日、野宮真貴がヴォーカルを務めるPORTABLE ROCKにインタビューさせてもらい、その中でメンバーに語っていただいたニューウェイブの定義が個人的にはストンと腑に落ちた。それはギタリスト、鈴木智文のこんな台詞。

“もともとニューウェイブってポストパンク的な感じで出てきたんですよね。(中略)パンクが終わって“この次に何をやろうかな?”と思った時に、音色がちょっと変わっているとか、曲調がちょっとアマチュアっぽいとか、そういう雰囲気がニューウェイブというものを形作らせて、そこで発生してきたような気がしますね”。

ニューウェイブ。直訳すれば“新しい波”。Wikipediaによれば以下のように位置付けられるようだが、こちらは分かったような分からないような感じである。

[ニューウェイブは、パンク・ムーブメントによってロック音楽を取り巻く状況が激変したイギリスにおいて、ポストパンクやディスコ、ワールド・ミュージック、現代音楽や電子音楽といったさまざまな影響によって成立した。ただし、すべての分野における「新しい波」ではなく、1970年代後半から1980年代前半という特定の時期のロックおよび、その周辺ジャンルに限定して適用される音楽用語である]([]はWikipediaからの引用)。

具体的なアーティスト名として、XTCやスクイーズ、ブライアン・イーノ、米国ではブロンディ、トーキング・ヘッズ、B-52’s、日本ではLIZARD、S-KENなどのバンドが挙がっていて、それを聞けば何となく納得させられた気にもなるけれど、それらの音楽性はだいぶ幅があるので何かモヤモヤとしていた筆者であった。それが件の台詞ですっきりした。ニューウェイブとはパンク以後の音楽で、音色が変わっていたり、曲調が凝ってなかったりするもの。この定義は分かりやすい。その観点で聴くと“なるほど”とうなずける楽曲も多い。ことPORTABLE ROCKに関して言えば、メンバーにドラマーがおらず、“ドラムがいなくても打ち込みを流しながらライヴできる”≒“3人で持ち運びできるロック”ということで、鈴木慶一氏が命名したものだという。今となってはドラムレスのバンドも珍しくなくなったけれど、当時は相当に革新的だったに違いない。その形態もまさにニューウェイブなのであった。

そんなPORTABLE ROCKは、野宮真貴のソロワークからの流れで結成されたバンド。その経緯についてはOKMusicのインタビューをご覧いただきたいが、PORTABLE ROCKは野宮真貴のソロとかなり密接な関係があって、アルバム『ピンクの心』がなければPORTABLE ROCKもなかった…と言っても大きな間違いはないようである。物語的に言えば、プリクエルと言おうか、ビギニングと言おうか、そういう作品である。PORTABLE ROCKは一時期“幻のニューウェイブバンド”と呼ばれていたとも聞くが、野宮真貴『ピンクの心』はその“幻”を産み出した日本のニューウェイブのキーポイントと言っていい作品であろう。

参加している参加しているスタッフの顔触れだけ見てもそれが分かる。プロデュースとアレンジを手掛けたのはmoonridersの鈴木慶一と岡田 徹。作家陣はふたりの他、佐伯健三、比賀江隆男、石原智広、上野耕路と、のちのパール兄弟やヤプーズへと繋がるハルメンズのメンバーがずらり。作詞には、PORTABLE ROCKでも歌詞を手掛けることになる高橋修、太田蛍一も参加しており、本作がプリクエル、ビギニングであったことを裏付けている。上野と太田は戸川 純とともにバンド、ゲルニカを結成したメンバーでもあって、この辺からも『ピンクの心』が日本のニューウェイブ、その渦中の作品であったこともうかがえるだろう(『ピンクの心』のリリースとゲルニカの結成は共に1981年)。また、伊藤アキラや佐藤奈々子の作詞、松尾清憲の作曲の他、見逃せないのはM8「恋は水玉」を作曲している中村治雄。頭脳警察のPANTAである。PANTA & HALを鈴木慶一がプロデュースした縁があってのことだろうし、氏が女性シンガーの楽曲を手掛けること自体はそれほど珍しいというものではないそうだが、PANTAが『ピンクの心』に参加していたという事実からは、ニューウェイブがテクノの亜流ではなく、パンクロックからの流れ──ポストパンクであったことを雄弁に語っているように思う。
実験性を帯びたパンク以降の音楽

さて、ここからは『ピンクの心』収録曲を見ていこう。M1「女ともだち」はCMソングに起用されただけあってキャッチーでさわやかな歌メロが印象的なナンバー。アルバムのオープニングとして相応しいように思う。ただ、そのサウンドは一筋縄ではいかない。イントロからちょこちょこと入ってくる電子音はテクノポップ調で如何にも…といった様子だが、やはりバンドアンサンブルが面白い。歌メロと展開はわりとロック的ではあるが、あえてダイナミズムを削除しているような印象もある。ギターのカッティングは躍動感たっぷりだし、ベースラインもところどころで派手な動きを見せる。しかしながら、淡々と…というと語弊があるかもしれないが、全体の聴き応えはアッパーになり過ぎない。これぞ、ニューウェイブの匂いだ。

M2「モーター・ハミング」は『ハルメンズの近代体操』収録曲のカバーである。ニューウェイブ≒ポストパンクとはよく言ったもので、曲のベーシックは3ピースバンドでも十分にアレンジが効きそうなタイプ。それを変則的なリズム、デジタル的な処理、他ではほとんど見かけない(少なくとも当時はそうだったであろう)比類なき歌詞によって、アフターパンクの新種のロックに仕上げていたと見て取れる。

M3「フラフープ・ルンバ」はそう謳ってるだけあって、リズムはちゃんと(?)ルンバ。バイオリンも聴こえくるし、どことなくマカロニウエスタンっぽさを感じるパートもある。ただ、これもまた、事はそう単純ではない。スパイ映画の劇伴調のスリリングさが随所にあるし、Bメロはツートーンになったり、間奏ではヨーデルが入っていたり、ハワイアンのようなギターが聴こえてきたり、完全に無国籍。いい意味で何かヘンテコだ。アウトロ近くの男性コーラス(?)はヘンテコの極みではないかと思う。

M4「シャンプー」は幻想的なナンバーで、音数もそれほど多くなく、テンポがミドル~スローということもあって、アイドルのアルバムに1曲くらいはありそうなタイプではある。その意味では変に驚くこともないのだが、そこから一転、M5「原爆ロック」はタイトルからして“!?”である。アップテンポで、M2同様、ギターサウンド仕立てにしていないだけで、パンクと言えばパンクに分類されるナンバーではある。メロディーはポップであるものの、ところどころで不穏なサウンドが鳴っていたり、不協っぽいアンサンブルも聴こえてきたりする。その意味ではタイトルに偽りなしではあろう。これを当時まだ20歳を少し超えたばかりの女性シンガー、しかもアイドルと言ってもいい雰囲気を持つ女性シンガーに歌わせたというのが何ともすごい。もっと言えば、これがデビュー作である。いろんな意味で勇気があったと言わざるを得ない。それはスタッフもそうだし、彼女自身もそうである。太田啓一の作詞、上野耕路の作編曲ということで、ゲルニカのプロトタイプだったという話もある。ゲルニカファンが聴けば納得の一曲ではなかろうか。

サウンドにリバーブをかけてダブっぽく仕上げているM6「船乗りジャンノ」もなかなか面白い。これもまたメロディーとその展開だけで見たらスタンダードなポップスナンバーとなりそうだが、それだけに飽き足らず、一度仕上げた楽曲をリミックスしたような印象だ。バックで鳴っているノイジーなギターはオルタナっぽいし、パンク以降の音楽に対する実験性があったことも垣間見える。

M7「17才の口紅」はタイトルからしても、これも化粧品のCMタイアップ向けに作られたのではないかという気がしないでもない。実際にはどうだったのだろうか? ドゥワップ的というか、ハーモニックなコーラスも絡んで、ちょっとThe Beach Boys的な匂いも感じる。かと思えば、(極めて個人的な感想ではあるが)間奏でLed ZeppelinっぽいドラミングにThe Doorsっぽいキーボードを重ねたような印象も受ける。ロックへのオマージュを濃いめに感じたところではある。それにしても偏狭さはないように思うし、十分にポップで楽しく聴けるところはポイントだろう。アナログ盤はここでA面が終了。
何かが変で妙な個性的なサウンド

B面のトップを飾るのが前述したPANTA作曲のM8「恋は水玉」である。♪ルンルンランラン ルランラン〜が何と言ってもキャッチー。アイドルソング然としたスウィートさ全開で、これは当時にしても相当にスウィート度合いは高かったであろう。頭脳警察のイメージからすると意外に感じるというか、ほとんど驚愕されるような方もいらっしゃるかもしれないが、この時期のPANTAの路線からそれほど大きくかけ離れているわけでもない。その辺はPANTAのアルバム『KISS』と聴けばよく分かるので、ご興味のある方は是非どうぞ。『KISS』も1981年の作品だ。

M9「美少年」は、他収録曲とは雰囲気の異なるメロディーがいい。昭和の歌謡曲のような旋律で(これが作られたのも昭和だが…)独特のキャッチーさがある。シンプルだが躍動感のあるバンドサウンドがそれを彩る。デジタルの色付けもあるが、ギターやベースの演奏がそれを上回っている印象だ。

M10「絵本の中のクリスマス」は字義通りクリスマスソング。正調派と言えば正調派で、ディズニーの劇伴のような雰囲気であって、むしろここにこれを入れている辺りに違和感を持つというか、季節感も含めて不思議な気持ちになる。

M11「ツイッギー・ツイッギー」は、その後、彼女がPIZZICATO FIVEにおいてセルフカバーしたことでも知られる。PIZZICATO FIVE版が、如何にも渋谷系…と言うと語弊があろうが、1960年代っぽい音を都会的でダンサブルに仕上げている一方で、M11はサイケデリックロックの要素が色濃い。間奏以降はそれがどんどん濃くなっていく。アウトロ近くで走りまくるエレキギターは完全にロック。♪ツイッギー・ツイッギー〜のリフレインが楽曲の中心にあることは間違いないのだが、主役はむしろさまざまな楽器が奏でるサウンドにあるようだ。この辺が本作は野宮真貴のアルバムでありながらも、単なる女性シンガーのソロ作品に終わらせていないところであろうし、ひいては彼女がPORTABLE ROCKへと創作の場を移すことになる、その萌芽をうかがわせるものでもあろう。

マイナー調のM12「ウサギと私」は乾いたアコギのストロークがこれもまたマカロニウエスタンを思わせるし、やはりちょっとサイケな雰囲気もある。とりわけアウトロでフェードアウトしていく箇所に民族音楽的なコーラス(ていうか叫び?)とか、何かがおかしい(←褒め言葉です!)。《夢の中でも 退屈な私》という歌詞からすると、この不思議な感覚は狙い通りなのだろう。

そして、アルバムのフィナーレはタイトルチューンM13「ピンクの心」。♪ランラララン〜と可愛らしいハミングで始まり、全体を通して見たらアイドルソング的ではあるのだが、これもまた何か変だ(←褒めてます!)。最も面白いのは、イントロやCメロ前などで聴こえてくる、野球の応援ソングの♪かっとばせ!○○!〜で使われるメロディーだろう(あれは何という曲なのだろう?)。絶妙な入り方をしているのでパッと聴きには違和感は少ないが、聴けば聴くほどに“どうしてこれをここに?”と思ってしまう。歌詞もちょっと妙。《夕焼け空にうつる そんなわたしの思いは/そうね真赤なピンク 真赤なピンク色かな》。真っ赤なピンク? 分かるようで分からない。その他、《あなたの目玉/チクチクできるかな》や《道でバッタリ chance meetingしたとき》といったフレーズもかなり個性的。作詞は佐伯健三、作曲は鈴木慶一。今となっても“そりゃあ、単なるポップソングにはならないだろう”と思う。このふたりの面目躍如とも言えるだろうか。

ザっと解説するつもりが、図らずも全曲解説をしてしまったけれど、それはそれだけこの『ピンクの心』収録曲が多岐にわたっているからでもある。全体的にはアイドル寄りではあるようにも思うが、それにしても、前述したように“いわゆるアイドルソングにカテゴライズするのはどうなのだろう?”というタイプばかりである。やはり、バラエティー豊かという言い方が相応しいアルバムであろう。

しかしながら、音楽作品として一本筋が通っているのは、ニューウェイブというスタンスが貫かれていることもさることながら、すべて野宮真貴が歌っているからに他ならない。彼女のソロアルバムなのだからそれが当たり前と言えば当たり前なのだが、どの楽曲も歌の存在感がどっしりしている。凛としていると言い換えてもいいだろう。デビュー作だけあってさすがに若さを否めない箇所もあるものの、歌声は個性的なサウンドにまったく引けを取ってないのである。鈴木慶一、岡田徹を始め、日本のニューウェイブ界の主要メンバーと言っていいアーティストたちが彼女に興味を持って本作の制作に取り組んだことにも素直に想像できる。

この『ピンクの心』はセールス的には成功せず、一年ほどでソロ契約が切れてしまったのだが、そこからPORTABLE ROCKへとつながり、そしてPIZZICATO FIVEの大ブレイクに至って、この度の野宮真貴デビュー40周年まで続いたわけで、本作で示した彼女のポテンシャルからすれば、それも当然の帰結であったことが今は素直に理解できる。
TEXT:帆苅智之
アルバム『ピンクの心』
1981年発表作品

<収録曲>

1.女ともだち

2.モーター・ハミング

3.フラフープ・ルンバ

4.シャンプー

5.原爆ロック

6.船乗りジャンノ

7.17才の口紅

8.恋は水玉

9.美少年

10.絵本の中のクリスマス

11.ツイッギー・ツイッギー

12.ウサギと私

13.ピンクの心


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