坂本龍一がレジェンド級ミュージシャンたちと格闘技ばりに作り上げた『サマー・ナーヴス』

2021年12月15日 / 18:00

昨年12月12日、無観客コンサートとして世界同時配信された『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 12122020』が、12月12日に音源(CD、アナログ盤)となってリリースされたということで、今週は坂本教授の名盤をピックアップ。とは言っても、『B-2ユニット』は2014年に紹介済。“それじゃあ、ソロデビュー作の『千のナイフ』か”と思ったら、2016年にそのハイレゾ音源が発売された時にレビューさせてもらった。そんなわけで、今回は『千のナイフ』と『B-2ユニット』との間に坂本龍一&カクトウギセッション名義で発表された『サマー・ナーヴス』でいこうと思う。いずれのアルバムとは趣が異なるものの、若き日の坂本教授の意欲的な姿勢が感じられる、これもまた名盤だと思う。
レゲエアルバムとして企画提案

この『サマー・ナーヴス』は、[当初、ソニーからは坂本にボサノヴァのアルバム企画を持ちかけたが、坂本はレゲエアルバムを逆提案した。結果として、フュージョン・レゲエと言うべき内容に仕上がった]というアルバムだという。確かにストレートにレゲエと言い難い作品ではある。某レコード店は本作を“似非レゲー”(※原文ママ)と評している。言い得て妙ではあるし、勝手に言わせてもらえれば、似て非なるところもあるし、ほぼ非なると言っていい楽曲もあるような気がする。そもそもレゲエとはどんな音楽であるかというと──これもWikipediaを使わせてもらうと以下のような説明がされている。[レゲエ(Reggae 英語発音: [ˈrɛɡeɪ])は、狭義においては1960年代後半ジャマイカで発祥し、1980年代前半まで流行したポピュラー音楽である。広義においてはジャマイカで成立したポピュラー音楽全般のことをいう。4分の4拍子の第2・第4拍目をカッティング奏法で刻むギター、各小節の3拍目にアクセントが置かれるドラム、うねるようなベースラインを奏でるベースなどの音楽的特徴を持つ。2018年にはユネスコの無形文化遺産に登録された]。その生い立ちや歩みはともかく、ここで記されている“音楽的特徴”こそが我々がレゲエをレゲエと認識する上での肝と言える。その観点から言えば、『サマー・ナーヴス』収録曲は確かにレゲエと呼べる部分はあろう。だが、さっきも言ったように、これをストレートにレゲエと呼んでいいのか正直逡巡する(ようなナンバーもある)し、もっと言えば、本作未聴の方がこれを聴いてレゲエだと判断するのかと言えば、その答えは否ではないかと思う。レゲエフェスに行ったこともない自分が軽々に言うのも何だが、例えばレゲエフェスでDJが『サマー・ナーヴス』を回すことはないだろう。そういうアルバムではないかと思う(ダブミックスとかエフェクト次第では何とかなりそうだが…)。以下、収録曲を順に見ていこう。(※ここまでの[]はすべてWikipediaからの引用)
随所で印象的なボコーダー

オープニングはM1「SUMMER NERVES」。アルバムタイトルチューンである。冒頭のゆったりとしたテンポでキラキラと鳴らされるサウンドは、如何にもレゲエな感じではないけれど、洗練された印象ではあって、リゾートっぽさ、“SUMMER”っぽさはある。30秒後に歌が始まる。ここからのリズム、ギターのカッティング、ベースラインは確かにレゲエではあって、坂本龍一自身のヴォーカルに当時は面食らったリスナーも少なくなかったようだが、そこを差っ引いても、妙な感じはなく、“なるほど、レゲエだな”くらいにとらえることはできる。ヴォーカルラインは氏らしいメロディーで、十分にポップだ。ただ、間奏でちょっと景色が変わる。ソプラノサックス(多分)で奏でられる旋律は、そのポップなメロディーと相反するとは言わないけれどもアーバンな印象で、フュージョン的と言ってもいい代物。マイナーに転調しているようなので、そこに合わせたサックスのメロディーなのだろうが、ちょっと面白い展開ではあろう。全体の進行においてもそうで、前半のAメロは確かにレゲエのリズムではあるのだが、Bメロ(というかサビ)に移るとバックのサウンドが皆揃ってレゲエを演奏している様子ではなくなる。端的に言うと、2拍、4拍を強調しなくなる。そうなることで楽曲全体が即ちレゲエではなくなることではないだろう。少なくともAメロはレゲエではある。だが、間奏やサビにはトラディショナルなレゲエではない感触が確かにあるのである。

M2「YOU’RE FRIEND TO ME」は本作唯一のカバー曲。オリジナルは『サマー・ナーヴス』と同時期に発表されたSister Sledgeのアルバム『We Are Family』に収録されたナンバーである。原曲を聴いてみると、オリジナルはソウル系のナンバーではあるものの、ゆったりしたテンポ感にギターのカッティングが配されていて、ちょっとレゲエっぽいと言えなくもない印象ではある。よって素人考えでもレゲエアレンジしやすい気はするし、イントロでレゲエ特有の♪スッチャスッチャ〜というギターが聴こえてくると、M1以上に“なるほど”とは思う。だが、歌が入ると、ちょっと驚く。これも坂本龍一自身が歌っているのだろうが、ボコーダーを用いているのだ。女性コーラスは原曲に則った形でソウルフルに入っている。サウンドにしても、ギターはもちろんのこと、べースもドラムもレゲエ仕立てになっている。その中で唯一、メインヴォーカルだけに強くエフェクトがかかっているのだ。今やJ-POPでもロボ声とかケロ声とか言われるようなアレンジなので、現在のリスナーにとってそれほど違和感はないのかもしれないけれど、当時はかなり斬新に感じた人は多かったと想像するし、サウンドはソウル寄りのレゲエなのにヴォーカルだけがボコーダーというのは正直、筆者には今も妙な違和感がある。でも、そこが面白いことも間違いない。

矢野顕子が手掛け、ヴォーカルにも参加しているM3「SLEEP ON MY BABY」は、メロディはどう仕様もなく…と言おうか、如何ともし難いほどに矢野旋律ではあるのだが、やはり全体的に♪スッチャスッチャ〜のリズムが横たわっていて、これは完全にレゲエではあろう。ギター、パーカッションの仕事は細やかだ。──と油断していると、楽曲が中盤、リズムレスとなり、そこではレゲエの面影をほぼ感じなくなる。そこでは矢野顕子ならではの歌唱と、コーラスと言うよりも合唱といった感じのバッキングヴォーカルが相俟って、まさにドリーミーな印象となる。大陸的、チャイナ風なテイストもあって、レゲエと言えばレゲエだが、他のジャンルとマッシュアップさせたような感触がある。そう言えば、歌と歌とをつなぐブリッジの部分もまたレゲエとは趣きが異なり、フュージョン的であることにも気付く。ひと筋縄ではいかないレゲエなのである。

M4「THEME FOR “KAKUTOUGI”」はタイトルからすると、本作を象徴する一曲と言っていいのだろうか。ギターであったり、ドラムであったり(特にフィル)にレゲエっぽさはあるものの、冒頭から印象的に鳴るベース、女性コーラス、ブラスセクションは、フュージョンのそれだろう。1980年代を先取りしていた感がある。とりわけインパクトが強いのが間奏で荒々しく弾かれるギターソロ。例のレゲエ的なサイドギターを従えながら、フリーキーに鳴らされる。実にエモーショナルだ。勇壮なストリングス・パートをさらに大きく聴かせるような見事なアクセントとなっている。まさしく格闘技のような掛け合いと言っていいかもしれない。全日本プロレス中継のBGMとして使用されていたので昭和のプロレスファンには耳馴染みがあるだろう。個人的には、世界最強タッグリーグの最終戦が終わったあと、新春ジャイアントシリーズの予告で流れていた記憶が強く残っているが(それ以外のシリーズでも予告編で使われていたと思うが)、御大・ジャイアント馬場率いる全日本プロレスのテーマであった“王道”を感じさせるに十分な重厚感でもあると思う。やや脱線したが、そこもまた単なるレゲエナンバーではないことは理解していただいたのではなかろうか。
豪華音楽家たちとのセッション

M5「GONNA GO TO I COLONY」からはアナログ盤でのB面。M5もまたレゲエのリズムで奏でられるナンバーであるのだが、これも妙な楽曲と言わざるを得ないだろう。妙なのはやはり歌。しっかりと歌われているパートは大分バランスが後ろ(というか小さい)印象だし、それ以外も当然のように電子処理されていて、メロディはあるにはあるがそれが前面に出ている印象はない。それよりも、スペーシーな電子音が比較的大きめに配されていて、SF風に仕上げられている感じがする。今現在、レゲエにスペーシーな要素を合わせたナンバーがあるのかどうかよく知らないけれど、少なくとも、本作が出た当時これは斬新なスタイルであったことだろう。その実験音楽のようなテイストは今も音源に遺っていると思う。

M6「TIME TRIP」も歌はボコーダーを通しており、ここまでくると本作ではその処理がデフォルトという感じすらしてくる。どことなくさわやかなAORっぽいイントロで始まるナンバーで、そのヴォーカルもさることながら、歌われるメロディーが大陸的でノスタルジックなところに耳を惹かれる。ミスマッチという感じではなく、“こういうマッチングもあるのか!? ”というのが率直な感想。唯一の日本語詞で、《何も 何も変わらない/いつもかすかな風が吹く/街の角を曲る時 終りかける一日》といった内容が歌われているようである。それが影響したメロディーなのか、こういうメロディーだから日本語詞になったのか分からないけれど、ボコーダー以上にレゲエとアジアンなメロディの組み合わせの妙味がかなり興味深い。「TIME TRIP」というタイトルも何となくマッチしているようでもある。

M7「SWEET ILLUSION」は歌のないインスト曲で、これはレゲエというより、そのルーツであると言われるカリプソっぽい。そして、これは完全にフュージョンと言っていいだろう。シンセで奏でられるメインのメロディーはYMOにも通じるところがありそうだが、キャッチーなメロディーを二連のリズムで締める辺りは1980年代のフュージョンバンドの姿に重なる。パーカッションとサイドギター、ベースの跳ねた感じが実にダンサブルなのも注目だが、M3同様、間奏で突然、乱入してくるかのようなギターソロがスリリング。後半はそのギターの独壇場となっていくようでもあり、この辺はいい意味で完全にレゲエの粋を脱していると思う。実際どんな意識で臨んでいたのだろうか。

ラストのM8「NEURONIAN NETWORK」は細野晴臣作曲で、YMOの原型ととらえる向きもあろう(というか、この時点ですでにYMOは結成されていたので、厳密に言えば原型というわけではないが…)。落ち着いたピアノの旋律の周りに電子音を配しており、いわゆるテクノポップのピコピコ音が前面に出ている感じではないのだが、メロディーはもとより、各パートの配置やそのバランスにどう仕様なくYMOらしさが感じられるところではある。2000年以降、同期なしの生演奏でリアレンジした「ライディーン」に近い空気感というか、アダルトかつアーバンでありながらも、確実に坂本、細野とケミストリーが感じられるのである。

拙い説明であったとは思うが、本作『サマー・ナーヴス』はレゲエでありながらもレゲエだけにカテゴライズされない感じ、もっと端的に言えば、単なるレゲエアルバムではないことは理解していただけたのではないかと思う(ていうか、何とか理解してください)。どうしてそうなったのかと考えると、それが当時の坂本龍一の志向であったのは当然として、カクトウギセッションの“セッション”にあったと想像できると思う。カクトウギセッションはライヴ用に結成されたという。ということは、このメンバーで演奏することを前提として、意図的にレゲエにさまざまな要素をクロスオーバーさせていると言える。乱暴に言えば、このメンバーだからこそ、こういう楽曲になったのだ。主だったメンバーは、小原礼(Ba)、高橋ユキヒロ(Dr)、大村憲司(Gu)、鈴木茂(Gu)、松原正樹(Gu)、渡辺香津美(Gu)浜口茂外也(Per)、矢野顕子(Vo)、山下達郎(Vo)、吉田美奈子(Vo)。ここまで日本のロック、ポップスシーンを支えてきたと言っていいアーティストたちが本作に参加している。M8に坂本、細野とケミストリーがあったと前述したが、それ以外の楽曲でも、下手するとそれ以上に化学変化があったことは疑うまでもなかろう。何が起こっても不思議じゃない。というか、レゲエアルバムを目指したものが、結果的にどこにもカテゴライズできない作品になったのは、ある意味、必然だったというか、なるべくしてなったのだった。
TEXT:帆苅智之
アルバム『サマー・ナーヴス』
1979年発表作品

<収録曲>

1.SUMMER NERVES

2.YOU’RE FRIEND TO ME

3.SLEEP ON MY BABY

4.THEME FOR “KAKUTOUGI”

5.GONNA GO TO I COLONY

6.TIME TRIP

7.SWEET ILLUSION

8.NEURONIAN NETWORK


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