ティン・パン・アレー『キャラメル・ママ』は音楽の達人たちが遺したレジェンド級アルバム

2021年11月10日 / 19:00

鈴木 茂、小原 礼、林 立夫、松任谷正隆によるバンド・SKYE。デビューアルバム『SKYE』は10月27日に発売されているが、そのアナログ盤が11月10日にリリースされたとあって、今週はそのメンバーがかつて結成したバンド、ティン・パン・アレーを紹介する。その概要をちょっと調べるだけでも、本人たちのみならず、伝説級のアーティストが数多く携わっていることが分かる、まさにレジェンド・バンド。活動期間中に制作された作品数は少ないものの、今も遺るアルバムにはレジェンド級の音楽家ならではの作風が垣間見える。
邦楽シーンの神々の集い

ティン・パン・アレーは、細野晴臣(Ba&Vo)、鈴木 茂(Gu&Vo)、林 立夫(Dr)、松任谷正隆(Key&Vo)の4人で1973年に結成されたキャラメル・ママを前身としたバンドで、1974年にこのバンド名になったと言われている(1975年に佐藤 博(Key)が参加)。少しでも邦楽に詳しい人にはもはや説明不要だろう。はっぴいえんどのメンバーであり、はちみつぱいのメンバーであり、ユーミンのプロデューサー&アレンジャーであり、YMOであり、現在に至る日本の音楽シーンの名立たるアーティストをバックアップしたミュージシャンたち。数多くの邦楽名盤を産み出してきた音楽人で、もし彼らがいなかったら邦楽シーンは今とは大きくスタイルを変えていたと言っても過言ではなかろう。

そのティン・パン・アレーは1970年代に3枚のアルバムを遺しているのだが(実質2枚…いや、1枚とする説もあるけれど…?)、今回紹介する1st『キャラメル・ママ』に参加しているレコーディングメンバーもこれまた半端ない。ザっと紹介すると──。高中正義(Gu)、駒沢裕城(Gu)、後藤次利(Ba)、今井 裕(Key)、矢野顕子(Pf)、南 佳孝(Pf&Vo)、斉藤ノブ(Per)。さらにコーラスには、山下達郎、大貫妙子、桑名正博、桑名ハルコ(現:桑名晴子)、久保田麻琴。上記で紹介したバンドに、サディスティック・ミカ・バンドであったり、シュガー・ベイブであったりの関係者も加わっており、ほとんど神々の集いと言ってもいい顔触れである。誰にしても当時は今ほどの知名度もなかったことと、このバンド以前からの付き合いも深かったから実現したものとはいえ、それにしてもこれだけのメンバーが集ったのはほとんど奇跡的に思える。逆に、バンドメンバーも含めて本作に参加した人の多くがのちに名を成した…と考えたとしても、まさに神懸かったことではあったと思うし、ティン・パン・アレー自体、そののちに[各メンバーの多忙により、1970年代後半には自然消滅]したというから、(変な言い方になるが)すでにそれなりに奇跡的な邂逅であったのだろう([]はWikipediaからの引用)。

当時からメンバーが多忙だった節は本作にもある。半分冗談、半分本気でそう思う。というのも、このアルバム『キャラメル・ママ』、なかなか特異なかたちなのである。全10曲収録で、4人のメンバーによるプロデュース楽曲(“編曲”とクレジットされている)が2曲ずつと、バンド名義でのアレンジの2曲で構成。しかも、4人全員が演奏している楽曲が10曲中6曲とおよそ半分なのだ。スタッフのクレジットを見ると、ディレクターもエンジニアもひとりずつで、レコーディングスタジオも1カ所だったようなので、決してソロ作品を寄せ集めたということではないようだが、全員が全曲に携わったということでもないのである。

例えば、林 立夫が作詞作曲編曲を手掛けたM2「チョッパーズ・ブギ」は林以外のティン・パン・アレーのメンバーは演奏に参加していないし、鈴木 茂が作詞作曲編曲のM3「はあどぼいるど町」も同様で、鈴木以外のメンバーはクレジットされていない。アルバム『The Beatles』、いわゆる『ホワイト・アルバム』ほどに個別で録った様子ではないようだし、かと言って、全ての楽曲において、メンバー個々の個性をぶつけ合うという、のちの日本のバンドが取ったバンドらしいアレンジ手法(例えば、UNICORNやLUNA SEAの楽曲制作がそういうスタイルであろうか…)を導入していたようでもないようだ。もしかすると、各メンバーにたっぷり時間があった上で、この作り方が最適と感じた結果なのかもしれないし、実際のところは知らないが、いずれにせよ、これがベターという選択があったことは間違いないし、今も遺る音源を聴いても、“とりあえず”な感覚はないし、しっかりとした顔見世興行的アルバムであったことはよく分かる。
バラエティー豊かな楽曲群

まず、そのM2、M3から見ていこう。M2「チョッパーズ・ブギ」はタイトル通り、ベースのチョッパーから始まる。演奏は後藤次利。ブイブイと鳴るそのベースプレイに、斉藤ノブのパーカッションとアコギのストロークが重なって、躍動感を与えていく。アコギは林が弾いている。出だしの15秒くらいで聴いているこちらが身震いを覚えるほどのグルーブ感だ。金属音っぽい硬質な音と相俟ってシャープに迫ってくる。その15秒を過ぎた辺りからエレキギターの流麗な単音弾きが聴こえてくる。その音色とメロディーでピンとくる人はピンとくるであろう。高中正義以外しか出せない艶めかしいギターである。歌詞はあるにはあるが、林の《チョッ、チョッ、チョッパー》との歌の桑名ハルコのソウルフルなコーラスが重なる程度で(とは言っても、そこはそこで印象的なのだが)、ほとんどインスト、フュージョン=ジャズロックと言うべき代物である。林がバカテクなメンバーを集めて理想のロックを実現させたナンバーといった感じだろうか。

一方、鈴木が手掛けたM3「はあどぼいるど町」はポップでシャレオツな雰囲気。テンポは決して遅くないけれど急かされる感じがしないのは、音数が多いわりにアンサンブルが妙に複雑ではなく、各楽器が変に突出してしていないからだろうか。ブラスが入っているものの、それがソウル、リズム&ブルースのような派手なセクションを占めることもないし、ギターもベースも比較的淡々と進行していく。そうかと思えば、間奏ではブルージーなキーボードが聴こえてきたり、マリンバやフリューゲルホーンが絶妙な位置に配されていたり、ベースがちらりとスラップを披露していたりと、あくまでもさりげなくセンスの良さを見せているところが心憎い。歌詞は、はっぴいえんど時代の盟友、松本 隆が担当。恋愛の駆け引きをポエミーに可愛らしく描いている。かようにM2、M3で対極的にあるような楽曲を置いているのが相当面白い。作家が異なるだけでなく、演奏陣もまるっと異なるので、まったく異なる楽曲になることは当たり前で、“そりゃあバラエティー豊かにもなるだろう”と思わなくもないけれど、出来上がった楽曲を聴き比べると、ちょっと目から鱗の制作形式ではあると思う。

ついでに…と言っては何だが、M4、M5と続けると、M4「月にてらされて」は松任谷正隆のナンバーで歌詞は荒井由実が書いている。松任谷が弾くアコーディオンとマリンバが印象的で、主旋律と音色は欧風でありつつ、斉藤ノブのラテン調なパーカッションが彩るという、(歌詞で描かれた世界観はメキシコのようだが、総体的には)どこか無国籍な感じ。山下達郎がコーラスアレンジを手掛け、山下と大貫妙子とのハーモニーで松任谷のヴォーカルを支えている。これも派手さはないが、他とは異なる空気感を持つ楽曲に仕上がっている。

M5「チュー・チュー・ガタゴト‘75」は細野晴臣のソロ1stアルバム『HOSONO HOUSE』(1973年)に収録された「CHOO CHOO ガタゴト」のセルフカバー。ブラスセクションも配されて、歌詞にもあるようにニューオーリンズ風のファンキーなアレンジが施されている。『HOSONO HOUSE』版も悪くはないが、このM5の方がポップな印象だ。こちらもコーラスは山下と大貫で、パーカッションは斉藤ノブ。そして──申し遅れたが、M4も、このM5もティン・パン・アレーの4人が演奏している。言うまでもないことだが、コーラス、パーカッションを含めて、タイプの違う楽曲を実に器用に演じている。個性的ではない…とは言わないが、それぞれのパフォーマンスが決して角が立ったものではなく、楽曲ライクとでも言おうか、あくまでも楽曲の世界観を活かすものになっていることには注目せざるを得ないとは思う。
垣間見えるのちにつながる嗜好

アナログ盤ではB面1曲目となるM6「シー・イズ・ゴーン」は、M2でもギターを弾いていたJ.ザルスキー作詞作曲のナンバーを林がアレンジ。テンポはミドルだが、やはりM2同様に圧は強め。後藤次利のベースは相変わらず、いい動きを見せている。エッジーだが抑制の効いたギターといい、跳ね過ぎてないエレピといい、桑名正博と桑名ハルコのコーラスといい、その匂いはアダルトで、文句なしのAORである。

M7「ソバカスのある少女」はタイトルからして松本 隆っぽく感じるのは気のせいだろうか。個人的な印象を言えば、鈴木のメロディーと歌声の柔らかさ、流れるように進むたおやかなリズム、夏の夕暮れを感じさせるようなサウンドからは、元はっぴいえんどのもうひとり、大瀧詠一の雰囲気を感じなくもないが、これは気のせいだろう。よくよく聴けばそのバンドアンサンブルはかなり興味深い絡みを示しているものの、どのパートもこれ見よがしな演奏を見せないので、ややキャッチーさに乏しい感じではあるが(M3もそうだったが)、そこがまた大人な印象でカッコ良い。これもまたAOR。ここでもM2、M3のようなコントラストが感じられるのが面白い。

そこから一転、M8「ジャクソン」ではパンチの効いたイントロが聴こえてくる。英語詞のブルースロックで、タイトルが米国ミシシッピ州の街の名前──そう言うとデルタブルースを想像するかもしれないが、特有のいなたさはなく、十分にポップだ。ベースラインがグイグイと楽曲を引っ張り、バイオリンが楽曲を彩る。ギターのカッティングも相当なものだ。歌は松任谷が担当しているが、楽曲のタイプが異なるゆえか、M4とは赴きが異なって溌剌とした感じであるのが面白い。そこだけでもアレンジャーとしての氏の手腕がうかがえるかもしれない。

M9「イエロー・マジック・カーニバル」はタイトルで分かる通り、細野ナンバー。のちのYMOにつながる氏の嗜好を垣間見れる。楽曲のベーシックはスカだろうか。2ビートの緩やかなリズムに中華音階(≒ペンタトニック)を取り入れたり、ストリングスや木琴、スチールドラムなどでアジアンエスニック感を出そうとしていたりするアイディアがお見事。比類なきAORに仕上がっている。ご存知の方もいらっしゃると思うが、この楽曲はのちにMANNAという女性アーティストがカバーしている。そのアレンジは鈴木 茂が手掛け、彼女の1stアルバムのプロデュースを行なったのは林 立夫だ。

さて、つらつらとアルバム収録曲を紹介してきたが、ここまで話さなかったM1「キャラメル・ラグ」とM10「アヤのバラード」とがバンド名義の編曲となっている2曲である。M1が2分ちょっと、M10は1分30秒ちょっととともに短いナンバーで、単なるプレリュード、コーダという側面もあるが、これがあるかないかでアルバム『キャラメル・ママ』の性格も印象も変わると思う。M1は文字通りのラグタイムで、松任谷の作曲であるがその旋律をなぞるという感じではなく、その旋律を基本に、メンバー4人が気ままに演奏したセッションという面持ち。ジャジーでファニー。ファンキーでグルービー。ピアノで始まって徐々に他の楽器が揃い、躍動感のある演奏が繰り広げられる。

アルバムはその後、前述したように各人のプロデュースの下でバラエティー豊かなナンバーが披露されていくわけだが、M1ではその根幹にあるのは4人で演奏した時に生じる愉悦であることを示しているようである。松任谷の雄たけび=“Voice of Tarzan”を始め、一聴すると楽曲にそぐわないように思えるSEは、フリーキーな精神の表れだろうし、音楽作品作りに決まり事がないのを示唆しているようにも思える。

そして、楽曲群の果てに辿り着く、細野作曲のM10「アヤのバラード」はバンド名義ではあるものの、(エレピの他、シンセもいくつか重ねているが)演奏は松任谷のみである。おそらくアルバムのフィナーレとして収まりがいいところもあって、こういう落ち着いたナンバーを入れたのだろうが、これを収録するのがバンドとしての総意であったことに他ならない。全員で演奏するのもバンドなら、ひとりで演奏した楽曲をバンドのものとすることを全員で決めたのならそれもバンドの音になる。それはM2、M3でも示された通りだ。演奏せずとも分かり合えるものがあるということだろうか。そう思うと、武術の達人のような音楽家たちだ。ティン・パン・アレーとはそんな達人たちの集いであり、『キャラメル・ママ』はその当時のケミストリーを閉じ込めた作品なのである。
TEXT:帆苅智之
アルバム『キャラメル・ママ』
1975年発表作品

<収録曲>

1.キャラメル・ラグ

2.チョッパーズ・ブギ

3.はあどぼいるど町

4.月にてらされて

5.チュー・チュー・ガタゴト‘75

6.シー・イズ・ゴーン

7.ソバカスのある少女

8.ジャクソン(英語版)

9.イエロー・マジック・カーニバル

10.アヤのバラード


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