『フレンズ・ザット・ブレイク・ユア・ハート』ジェイムス・ブレイク(Album Review)

2021年10月14日 / 18:00

 2011年にリリースしたデビュー・アルバム『ジェイムス・ブレイク』から今年で10周年を迎える、英ロンドン・エンフィールド出身のシンガーソングライター/プロデューサーのジェイムス・ブレイク。以降、2ndアルバム『オーヴァーグロウン』(2013年)で【第56回グラミー賞】の<最優秀新人賞>にノミネートされ、3rdアルバム『ザ・カラー・イン・エニシング』(2016年)は米ダンス/エレクトロニック・アルバム・チャートで1位を獲得。同年には、フランク・オーシャンの『ブロンド』やビヨンセの『レモネード』などの大ヒット作にも参加し、知名度と評価を高めている。

 2017年は、ケンドリック・ラマーの『DAMN.』、翌18年にはケンドリック主催のインスパイア―ド・アルバム『ブラックパンサー:ザ・アルバム』にも楽曲提供し、脂の乗り切ったタイミングで発表した前作『アシューム・フォーム』(2019年)で、UKアルバム・チャート6位、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”でも21位とそれぞれ最高位を更新した。本作は、翌年開催の【第62回グラミー賞】で<最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバム賞>にノミネートされ、1年間で3億回ストリーミングを突破する大ヒットを記録。各メディアからも絶賛を得た。

 本作『フレンズ・ザット・ブレイク・ユア・ハート』は、それに続く自身5作目のスタジオ・アルバム。その間には世界が新型コロナウイルスの猛威に直面し、アルバムの制作~発売にも影響を及ぼしたが、その経験を基に大切な人や自分自身との関係を考察したと、本作の制作過程・コンセプトについて話している。一見ネガティブな意味にとられる『フレンズ・ザット・ブレイク・ユア・ハート』というタイトルも、各曲のメッセージからそうではなく、救い、癒し、安らぎといったポジティブなニュアンスが読み取れる。マイルス・ジョンソンによるアク強めなカバーアートも、同様に。

 アルバムのリリース1か月前に発表した3rdシングル「フェイマス・ラスト・ワーズ」の浮遊するボーカル&サウンド・プロダクションは、自身が手掛けたビヨンセの「プレイ・ユー・キャッチ・ミー」(2016年)を彷彿させる。恋愛絡みともとれるが境界線が曖昧で、家族や友情についての“別れの歌”とも受け取れる。

 8月にリリースした2ndシングル「ライフ・イズ・ノット・ザ・セイム」もまた、失恋のニュアンスを含む曖昧な歌詞とドリーミーなメロディーで構成されている。共作したのは、最新の米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で上位にランクインしているリル・ナズ・X&ジャック・ハーロウの「インダストリー・ベイビー」を手掛けたテイク・ア・デイトリップ。それに通じるトラップの要素もあるが、サウンドの主導権はあくまでジェイムスが握る。バック・ボーカルには、88rising所属のジョージ(Joji)が参加。

 R&Bシンガーのシザによるコーラスが映えるオルタナティブR&B風味の曲「カミング・バック」は、ソングライティング/プロデュースに、ドレイクやザ・ウィークエンドのヒット曲などを手掛けるスターラが、コーラスにはドミニク・メイカーがクレジットされている。ジェイムスとシザは、前述の『ブラックパンサー:ザ・アルバム』にそれぞれ曲を提供しているが、共演は同曲が初。続く「フューネラル」は、曲調・旋律がやさしい空気感のダウンテンポだが、制作時の気分はパンデミックによる閉塞感から晴れやかさとは対照だったようで、タイトル「葬儀」に通ずる悲壮感も漂わせる。

 J.I.Dとスワヴェイという、ある種奇妙なコラボレーションによる意欲作「フローズン」は、社会情勢の冷却さを綴った歌詞に見合うアンビエントでノイジーな“冷たい”エレクトロ・チューンで、特に初期のエミネムを匂わせるリリック&ラップさばきのスワヴェイが、曲のイニシアチブを取る。音色が雑多に混同しているが、統一感あるよう仕上げるジェイムス・ブレイクの才能にも感服。

 アルバム中で最も奇妙というか、ユニークな仕掛けが配置された独特の世界観の「アイム・ソー・ブレスト・ユーア・マイン」は、同じフレーズが繰り返されるループ感が特徴的。この曲には、同英ロンドン出身のソングライター/プロデューサーのKhushiが制作に参加している。

 「フット・フォワード」は、カナダ出身のシンガー・ソングライター=ダン・ヒルの「フローズン・イン・ザ・ナイト」(1978年)をサンプリングした、メトロ・ブーミン、フランク・デュークス、アリ・タンポジのヒットメイカーが集った目玉曲。この曲も、アートポップ、R&B、オルタナティブ・ロック……と様々なジャンルにクロスオーバーしている(ように聴こえる)が、ジェイムス・ブレイクの曲はあくまで“彼自身のジャンル”であることをお忘れなく。前に踏み出そうとするポジティブなメッセージは、アルバムの主体そのもの。

 米ウィスコンシン州出身のインディー・ポップ・バンド=PHOXのモニカ・マーティンがボーカル・ゲストとして参加した、メロディラインの美しいミディアム・バラード「ショー・ミー」。離れてしまった関係から得た心境の変化、成長を書いた曲で、その浄化される感じが曲調にも反映している。モニカ・マーティンの繊細且つ丁寧なボーカルがすばらしく「彼女がいなければむき出しな感じになってしまった」と振り返るのも納得できる。

 7月にリリースした、本作からの1stシングル「セイ・ワット・ユー・ウィル」は、いわゆる 「隣の芝生は青く見える」をテーマにした曲で、それを妬み羨むではなく、ポジティブに捉えたメッセージが刺さる。ビリー・アイリッシュの兄でプロデューサーのフィニアスが参加したミュージック・ビデオも、歌詞に直結したストーリーが画かれていて、エンディングにはセオドア・ルーズベルトの「比較とは喜びを奪うもの」という名言が載せられた。ピアノとストリングスのクラシカルな演奏、穢れのなさと毒々しさの両面を持ち合わせたファルセットが美しく響くメランコリック・メロウは、本作一の美しさ。

 タイトルに直結したキャロルのようなメロディー、ゴージャスなハーモニーを備えたバラード曲「ロスト・エンジェル・ナイツ」は、パッヘルベルのカノンを下敷きにしたような古典的な風格もあり、ジェイムス・ブレイクの宙に舞い上がる歌声がオペラのように聴こえるフレーズも。この曲もまた、成功者(自分?)を羨んでも自分は誤魔化せない、そんなニュアンスが汲み取れる。

 タイトル曲「フレンズ・ザット・ブレイク・ユア・ハート」は、アコースティック・ギター、マイナー調の旋律が、かつてのフォーク・ミュージックを彷彿させる。制作には、80年代から数多くのヒット曲を手掛けてきたリック・ノーウェルズが参加。彼に会いに行く途中、車の中でメロディーを書きその後完成させたという経緯がある。前述にもあるように、この曲で書かれた内容は否定的・消極的なものではない……と思われる。

 米バーモント州出身の鍵盤奏者/作曲家のニコ・マーリーが参加した、本作のトリを飾る集大成「イフ・アイム・インセキュア」は、遠くで響くオルガン、徐々に熱を帯びる聖歌隊のアンセミックなコーラスなど、教会音楽のような風格がある。パンデミックで絶望した2020年から、それを受け入れて前進する2021年現在のあり方を捉えた曲で、終末論的な内容からしても最後を締め括るに相応しい。音楽を通じて「これでいいんだ」とリスナーに感じさせてくれるジェイムス・ブレイクは、本当にすばらしいアーティストだ。

 綿密に作られたサウンド、独特の世界観はそのままに、“快適になりすぎない”ようにした親しみやすい作風は、これまでで最も洗練されていて、「人としても作家としても自信が持てるようになった」と公言した通りの大傑作となった。いうまでもなくジェイムス・ブレイクは多才なアーティストであり、これからさらに向上し、その道を進んでいくのだろう。

Text: 本家 一成


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