『サーティファイド・ラヴァー・ボーイ』ドレイク(Album Review)

2021年9月7日 / 18:00

 昨年、デビュー・アルバム『サンク・ミー・レイター』のリリースから10周年を迎えたドレイク。新型コロナウイルス感染による影響でツアーやアニバーサリー・イベントもできず、自身もウイルスにおかされ脱毛症に悩まされるという惨事に見舞われてしまったが、キャリア10年目にしても第一線……どころか、トップの座を誰にも譲らない・奪われない衰え知らずの活躍と人気には感服する。

 2010年代に最も功績を残したラッパーの次章、20年代の幕開け第一弾となるアルバム『サーティファイド・ラヴァー・ボーイ』。リリース前にはスポーツ情報番組をハッキングしてリリース告知したり、街頭広告を使ってアルバムに参加したゲスト一覧を発表するという(高コストをかけた)派手なプロモーションを行ったが、その最たるは何といってもカニエ・ウェストとの確執再燃(ビーフ)だろう。

 ことの発端は当のドレイクで、8月にリリースしたトリッピー・レッドとのコラボ曲「Betrayal」でカニエをディスり、それに怒り心頭したカニエがドレイクの自宅をリークするという大人げない(というか法的にNG?)リベンジに出たことが話題に。それだけでも相当なインパクトだが、カニエは直後に延期を重ねていた新作『Donda』をサプライズ・リリースし、ドレイクの地元トロントで大々的に宣伝したりと、打ち負かす戦略に出たからなかなか根が深い。『Donda』にはドレイクを(悪い意味で)連想させるような節もいくつかみられ、その執念深さを物語る。

 一方、ドレイクも本作収録の「No Friends In The Industry」でカニエ、そしていざこざの乱因であるプシャ・Tについて触れ、解決には至らないであろう丈を吐き出している。トラックもスリー・6・マフィアの「Niggaz Ai n’t Barin’Dat」(1999年)をネタ使いした“強気の”ハードコアで、そのエネルギーからも自身が別格であることを示している、そんな風に受け取れた(ような気がする)。

 住所をリークされた恨みつらみかは定かでないが、自身が大邸宅を所有していたトロント・ノースヨークにある高級住宅街のブライドルパスについて歌った「7am On Bridle Path」という曲もあり、執念深さはドレイクも負けてはいない。鋭い切れ味のラップとジャジー&アーバンなトラックも高級感を演出する一材料に。

 なお、ビーフの発端となった「Betrayal」はトリッピー・レッド名義のアルバム『Trip at Knight』からのシングルで、本作には収録されていない。また、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で2位を記録したリル・ダークとのコラボ曲「Laugh Now Cry Later」と、3月にNo.1デビューを飾った「What’s Next」は、ヒットしたものの作風に見合わなかったか収録を見送られている。

 そのリル・ダークと、昨年「Chicago Freestyle」でコラボしたR&Bシンガーのギヴィオンは、4曲目に収録された「In The Bible」にゲストとして参加。アーバンな雰囲気のトラックに息の合った3者による化学反応が相まった傑作で、再び招かれたのも納得できる。

 ドレイクの新作ともなれば言わずともだが、その他のゲスト陣も豪華。LGBTQに触れたリリックが批判を招いた「Girls Want Girls」にリル・ベイビー、同トロント出身の女性シンガー=シャーロット・デイ・ウィルソンの「Mountains」(2019年)をネタ使用した「Fair Trade」にトラヴィス・スコット、2020年間7位のモンスター・ヒットを記録した「Life is Good」の相方フューチャーは「Way 2 Sexy」と「N 2 Deep」の2曲に参加するなど、過去作で共演した面々がおおよそを固めた。

 「Way 2 Sexy」には、昨年リリースしたミックステープ『ダーク・レーン・デモ・テープス』収録の「D4L」と同一メンバーのヤング・サグも参加。続編にありがちな失態はおかさず、それ以上のクオリティに仕上げてきたから凄い。トリオ形式&南部を意識したトラックには、ミーゴスの影もチラホラ。この曲には、全米1位、全英チャートでも2位を記録したライト・セッド・フレッドのデビュー曲「I’m Too Sexy」(1991年)が使われていて、同日に公開されたMVもマイケル・ジャクソンの「Black or White」(1991年)やプリンスの「Sexy MF」(1992年)など、亡きレジェンドたちによる同時期のヒット・ナンバーをオマージュした内容となっている。個人的にはバックストリート・ボーイズを誇張したシーンがツボだった。

 「N 2 Deep」は、サザン・ラップの代表格UGKのメンバーとしても知られるバン・Bの「Get Throwed」(2005年)をサンプリングした意欲作。不定期に唸るエレキがロック色を強めるシブい曲で、それを彩るべくコーラスにはザ・ウィークエンドが花を添えた。モンテル・ジョーダンによるエモーショナルなゴスペル・バラード「Daddy’s Home」(1995年)を下敷きにした2曲目の「Papi’s Home」も、クレジットはないがコーラスにニッキー・ミナージュが参加している。ニッキーといえば、「Only」で共演したリル・ウェインもリック・ロスを引き連れたニューヨーク・ゴーゴー風の「You Only Live Twice」にゲストで参加している。これは「The Motto」(2011年)の続編か?

 前述の「Get Throwed」にもフィーチャーされていたジェイ・Zは、5曲目の「Love All」に参加。ドレイクとは通算6曲目のコラボということで、相性の程が如何なものかは言うまでもない。この曲には、ダイヤモンド・アルバムに認定された故ノトーリアス・B.I.G.の名盤『ライフ・アフター・デス』(1997年)のイントロが使われていて、当時のラップ・マナーに則ったクールネスを醸している。以前噂が囁かれたR&Bシンガーのジョルジャ・スミスについて歌った曲……との説もあるが、真相は不明。ノトーリアスのナンバーでは、「Dead Wrong」(1999年)を使用した「Race My Mind」という曲もあり、クリス・ブラウンと大ヒットさせた「No Guidance」(2019年)路線の甘美なR&Bメロウ聴かせてくれる。

 サンプリング・ソースでは、未成年への性的虐待等の罪に問われたR・ケリーの「Half on a Baby」(1998年)を使った「TSU」という曲が批判を中心に波紋を広げている。ストリッパーの女性をテーマにしたストーリーは決して女性蔑視ではないものの、R・ケリーの起用はご時世、タイミング的にもマズかったか。トラップからドリーミーなメロウに展開する二部構成の後編には、インシンクもカバーしたクリストファー・クロスの「Sailing」(1979年)と、ジャスティン・ティンバーレイクの「Until the End of Time」(2007年)も使われている。

 女性絡みの曲では、ジューシー・J&プロジェクト・パットの「Feed the Streets」(2017年)を使用した21サヴェージ参加の「Knife Talk」や、タイ・ダラー・サインがコーラスを務める90’sマナーのミディアム「Get Along Better」もいいが、インパクトでいえばパーティーネクストドアがプロデュースした「Fucking Fans」に軍配が上がる。「Fucking Fans」はタイトルから色んなシチュエーションが想像できるが、おそらく女性ファンとのソレを意味したもので、ハイトーンで歌う浮遊感あるスロウジャムがその心情・情景を浮かばせる。自慢ではなく後悔で表現するあたりがドレイクらしい。

 女性といえば、本作のカバー・アートは肌の色が異なる12人の妊婦が連なったデザインで、iOSによる絵文字からAppleへの肩入れや「そもそもダサい」という声など、評判のほどはイマイチだが、親子関係や家族の在り方、女性への個人的感情、価値観等が垣間見えるコンセプトとすれば頷ける。また、「ジャケ写がイマイチだと内容にも比例する」パターンには当てはまらないことも、その“イマイチさ”をスルーできる理由のひとつだろう。なお、アートは芸術家のダミアン・ハーストによる彫刻像に、タイトルは映画『アメリカン・ギャングスター』(2007年)に触発されたとの説もある。

 【グラミー賞】で高い注目を集めたイエバのロマンチックなインタールード「Yebba’s Heartbreak」や、テムズのドライなボーカルがカリビアンな雰囲気をより高める「One Dance」や「Passionfruit」の続編的なダンスホール「Fountains」、ボーカルとラップを起用に使い分けて歌う初期の作風に近い「Pipe Down」~原点回帰したキッド・カディとのコラボ「IMY2」など、R&B寄りの曲も充実していて聴きやすい。

 アルバムのハイライトは、ビートルズの「Michelle」(1965年)をサンプリングした不穏なオープニング「Champagne Poetry」と、アンソニー・ハミルトンがバックを務めたエンディング「The Remorse」の2曲。いずれもトップを極めて振り返るキャリアと業界について歌った曲で、前者は安定感のないビートに不気味なコーラス、後者は不思議な感覚に陥る即興に近いピアノのバラつきが、そのもどかしさやたゆたう心境を表現した。

 曲それぞれの質、インパクトは流石といったところで、年齢とキャリアを重ねたからこそ醸せる味も出ていたりと諸々良かったが、問題点をしいて挙げれば尺の長さか。前作『スコーピオン』(2018年)の25曲/89分には及ばずとも、全21曲/86分というボリューム感はなかなかで、中盤以降に集中力が途切れてしまうのも否めない。昨今はチャートの集計において曲数でストリーミングを稼ぐケースが主流となっているため戦略としては致し方ないが、6~7曲を削っても“ドレイクともなれば”首位に立てるだろう。もう少し余裕をみせてほしかった。

 その甲斐あってか、Apple Musicでは配信後12時間における今年最もストリーミングされたアルバムとして認定され、主要国のTOP20を本作の曲が独占するなど記録を更新中。Spotifyでもその対抗馬(?)とされるカニエの『Donda』を即座に抜き、上位を『サーティファイド・ラヴァー・ボーイ』のタイトルが占めるなど、絶好調。総合チャートでもNo.1デビューはかたいだろう。なお、カニエの新作『Donda』は最新のアルバム・チャート“Billboard 200”で先立って1位に初登場している。

Text: 本家 一成


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