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60年近くもの長い間、音楽活動を続けたドクター・ジョンが亡くなって2年近くが経つ。R&B、ブルース、ロック、ファンク、ジャズなど、彼がアメリカの音楽業界に残した功績は多大で、日本で言えば間違いなく人間国宝である。長い活動であっただけにその全貌を掴むことは難しいが、さまざまな要素が混じり合ったニューオーリンズの音楽を世界中に知らしめたことだけでもすごいことだと思う。今回は21世紀になってリリースされた『クリオール・ムーン』を取り上げる。本作はドクター・ジョンが久々にファンクと向き合った作品で、全曲彼のオリジナル(共作も含む)で固めた傑作だ。
マック・レベナックが演じる ドクター・ジョン
ニューオーリンズ・ピアノの原形を作り上げたプロフェッサー・ロングヘアに憧れてピアノを弾き始めた彼は、1950年代後半からニューオーリンズでミュージシャンとして活動している。60年代中頃には西海岸へ移り、レオン・ラッセルやラリー・ネクテルと同じようにレッキング・クルーの鍵盤要員として、引く手数多のプレーヤーになる。特に、スワンプ系ロックのサポートでは良い仕事をたくさん残した。
当初は本名のマック・レベナックでセッション活動していたが、ソロデビューの際にはドクター・ジョン(アフリカ起源のブードゥー教で主要な指導者のひとり)という芸名を名乗ることになった。68年にアトコレコードから『グリ・グリ』でソロデビュー。当時流行していたサイケデリックロックの風潮を見越してかどうかは分からないが、ワールドミュージック的な香りのする前衛音楽といった内容の不思議な作品であった。お断りしておくと、僕が高校生の頃、最初に聴いたドクターの曲は73年にリリースされた『イン・ザ・ライト・プレイス』所収の「ライト・プレイス・ロング・タイム」で、それもギターソロ(ゲストのデビッド・スピノザ)がカッコ良いという理由で好きになっただけで、彼をリアルタイムで追っていたわけではない。初期のアルバム(前述の『グリ・グリ』、2ndアルバム『バビロン』(’68))は大学生になってから聴いたがさっぱり理解できなかった。
3rdアルバムの『リメディーズ』(’70)あたりになるとニューオーリンズっぽい曲が少しは登場するものの、リリース当時に聴いていたら分からなかっただろうと思う。それはまだ日本の(いやアメリカでも)ロックファンの間でニューオーリンズ的なサウンドが流通していなかったからである。この後、しばらくしてザ・バンドの『カフーツ』(’71)や『ロック・オブ・エイジズ』(’72)、リトル・フィートの『ディキシー・チキン』(’73)など、ニューオーリンズ音楽に影響された作品が次々にリリースされ、ようやくニューオーリンズのリズム「セカンドライン」を知ることになるのである。
4枚目の『ザ・サン・ムーン&ハーブス』(’71)はイギリス録音を含み、デレク&ザ・ドミノスのメンバー(もちろん、クラプトンも)の他、ミック・ジャガー、グレアム・ボンド、メンフィス・ホーンズらが参加しており、このアルバムもまた実験的な要素が強いアルバムであった。
ニューオーリンズ音楽の 教科書『ガンボ』
そして、5枚目のソロアルバム『ガンボ』(’72)では、ドクターは自らのルーツであるニューオーリンズR&Bを、ニューオーリンズのミュージシャンをバックに掘り下げている。このアルバムが世界中にニューオーリンズR&Bのファンをどれだけ増やしたことだろう。僕もこのアルバムには完全にハマったクチだ。特に、彼の熟練したピアノの腕前に酔いしれ、彼のセッション参加アルバムを買い漁ることになるのである。
ミーターズとアラン・トゥーサン
前述した6thアルバムの『イン・ザ・ライト・プレイス』(’73)と続く『デシティブリー・ボナルー』(’74)では、ニューオーリンズ・ファンクを生み出したミーターズをバックに迎え、各方面からリスペクトされるアラン・トゥーサンがプロデュースを担当する。僕はドクターの70年代の最高傑作は『デシティブリー・ボナルー』(『ガンボ』は性質が違うので除く)だと思っていて、メロディー、演奏、ヴォーカル、どれをとっても素晴らしい。中でもファンクナンバーは独特のゆったりしたグルーブ感を持っており、ニューオーリンズならではのノリは大きな魅力である。
さまざまな顔を持つドクターの音楽
この後、レコード会社を移籍し、強力なライヴ盤『ハリウッド・ビー・ザイ・ネーム』(’75)をリリースする。70年代の締め括りはトミー・リピューマ(ジョージ・ベンソンやマイケル・フランクスのプロデュースでお馴染み)のホライズンレコードで2枚のフュージョン系アルバム(といっても、ドクターらしいサウンド)をリリース、80年代に入るとソロピアノ作品の『ドクター・ジョン・プレイズ・マック・レベナック』(’81)(母親に捧げた名曲「ドロシー」が収められている。CD化の際にはボートラで別テイクもあり)や、ハーヴィ・メイソンやマーカス・ミラーらといったフュージョン系ミュージシャンをバックにして、ジャズに近寄った『イン・ア・センチメンタル・ムード』(’89)などをリリースしている。このアルバムでドクター・ジョン離れしたリスナーを僕は何人も知っている。
90年代には壮大なルーツ回帰作『ゴーイン・バック・トゥ・ニューオーリンズ』(’92)を自身初のニューオーリンズ録音でリリースしている。90年代は軽めのファンクやジャズ寄りのアルバムを出し、1999年リリースの『デューク・エレガント』は、ブルーノートに移籍して初のアルバムとなる。デューク・エリントンのナンバーを取り上げているので、カクテルジャズ系の安易な企画モノかと思いきや、ドクターの大胆なアレンジで素晴らしいファンクアルバムになっていた。ここで素晴らしい演奏を聴かせていたのが、今後ドクターと長い付き合いになるザ・ロウワー・ナイン・エレブン(The Lower 9-11)。スタントン・ムーア擁するギャラクティックやパパ・グロウズ・ファンクなどにも通じる、ニューオーリンズの新しいファンクグループである。
本作『クリオール・ムーン』について
本作でも『デューク・エレガント』と同じくザ・ロウワー・ナイン・エレブンをバックに従えているのだが、この作品は全曲ドクターの書いた曲(ドク・ポマスとの共作はあり)が収められており、前作を凌ぐファンク作品に仕上がっている。89年の甘い『イン・ア・センチメンタル・ムード』でドクターを見限った人にこそ、この作品をぜひ聴いてもらいたい。
ヘヴィで重いリズムセクションを中心に、ドクターのキーボード(特にB3が素晴らしい)が縦横無尽に駆け巡り、ホーンセクションとコーラスが間を埋めるという展開は鳥肌ものである。ドクターの歌も軽やかで、いつもより上手く聴こえるのは少し不思議。
収録曲は全部で14曲(日本盤はボートラ1曲あり)。ホーンアレンジはドクターとJB’sのフレッド・ウェズリーが担当している。サックスにはデヴィッド・ファットヘッド・ニューマン、スライドギターにはサニー・ランドレス、フィドルにはケイジャン界の大スター、マイケル・ドゥーセら、大物アーティストたちが脇を固めている。また、ライナー内の写真はヘンリー・ディルツが撮っているという贅沢さ。
ミーターズがバックを務めたドクター・ジョンの70年代を代表する『イン・ザ・ライト・プレイス』『デシティブリー・ボナルー』の2枚と、そのほぼ30年後にリリースされた『デューク・エレガント』『クリオール・ムーン』の2枚は好対照となっており、ドクターの創作意欲が全く衰えを見せていないことに驚くが、彼は亡くなる直前まで精力的に活動しており、その枯れることのない才能がまさに人間国宝なのである。
TEXT:河崎直人
アルバム『Creole Moon』
2001年発表作品
<収録曲>
1. ユー・スウォア/You Swore
2. イン・ザ・ネイム・オブ・ユー/In the Name of You
3. フード・フォー・ゾット/Food for Thot
4. ホールディン・パターン/Holdin’ Pattern
5. ブラハ・ベンベ/Bruha Bembe
6. イミテーション・オブ・ラヴ/Imitation of Love
7. ナウ・ザット・ユー・ガット・ミー/Now That You Got Me
8. クリオール・ムーン/Creole Moon
9. ジョージアンナ/Georgianna
10. モンキー&バブーン/Monkey & Baboon
11.テイク・ホワット・アイ・キャン・ゲット/Take What I Can Get
12. クィーン・オブ・コールド/Queen of Cold
13. ライトニン/Litenin’
14. ワン・2A.M.・トゥー・メニー/One 2 A.M. Too Many
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