カルメン・マキがブルース・クリエイションとともに日本のロックの礎を作り上げたと言っていい意欲作

2021年4月7日 / 18:00

先月、ライヴ作品『カルメン・マキ&OZ 45th Anniversary and “the Last Tour” 2019』が2枚組CDとBlu-ray、それぞれで発売されたことも記憶に新しいカルメン・マキ。彼女がOZを率いる前、ブルース・クリエイションとともに作り上げたアルバムが何度目か再発されるとあって、手に取ってみた。以下にも書いたが、これが瑞々しさを閉じ込めた素晴らしい作品であって、正直言って、そのクオリティーとスタンスに結構感動した。というわけで、当時の音楽シーンを振り返りつつ、思うがままに解説を加えてみた。
1971年、国内外の音楽シーン

子供の頃、“お前の聴いているロックは本物じゃない”とか、“あんな映画を観て喜んでいるようじゃまだまだ…”とか、人生の先輩たちが回顧を交えながら半笑いで指摘する度に、自分が大人になった暁には“昔は良かった”などと口が裂けても言うまいと心に決めていたのだけれども、こうしていにしえの良作を耳にすると、条件反射的に“昔は…”という台詞が出そうになって思わず飲み込んだ。本作が発表された1971年に筆者はまだ物心つくかつかないかの頃だったし、そののちに発売された名盤中の名盤『カルメン・マキ&OZ』(1975年)にしても、リアルタイムではその存在すら認識していなかったのだが、1970年代にいずれかの作品に触れていたとしたら、もしかすると、どこかでしたり顔して “昔は…”とか言って嫌がられていたかもしれないなぁ…とちょっと思った。個人的にそのくらいインパクトを感じたロックアルバムだ。レコード=記録とはよく言ったもので、この盤には1971年当時の、カルメン・マキを始めとするプレイヤーたちのパッションやスピリッツ、熱情や情念、あるいは創意工夫や憂慮、さらにはイデオロギーまでが閉じ込められている気さえしてくる。その意味では、生々しいアルバムと言っていいのかもしれない。

本作を解説する上では、1971年とはどんな年だったのか、その時代を探ってみるのが分かりやすいように思う。まず当時の国外の状況。その前年の1970年にThe Beatlesが事実上解散して、同年5月にアルバム『Let It Be』を発表。その5カ月後にJimi Hendrixが、さらにその1カ月後にはJanis Joplinが亡くなっている。1970年はロックのシンギュラーポイントみたいなものだったのだろうか。巨星が去ったロックシーンは群雄割拠な状態になったのか、のちに誰もが認める名盤が多数産み出されている。代表的なところをザッと上げてみると、Emerson, Lake & Palmer『Tarkus』、The Rolling Stones『Sticky Fingers』、Black Sabbath『Master Of Reality』、Aretha Franklin『Live At Fillmore West』、T. Rex『Electric Warrior』、Pink Floyd『Meddle』などなどで、何と言ってもLed Zeppelinの代表作である『Led Zeppelin IV』がリリースされたのが1971年だ。当コラムは“邦楽名盤列伝!”だし、筆者は洋楽に疎く、この辺りは何がどうしてこうなったのか上手く説明できないので、ここまでで止めておくけれども、何度目かの黄金期だったようではある。

一方、その頃の日本の音楽シーンは…というと、1971年の年間シングルチャートのトップ3は、1位:小柳ルミ子「わたしの城下町」、2位:加藤登紀子「知床旅情」、3位:尾崎紀世彦「また逢う日まで」で、その年の日本レコード大賞が「また逢う日まで」で、最優秀新人賞は小柳ルミ子が受賞している。年間アルバムチャートを見ると、1位:Elvis Presley『ELVIS THAT’S THE WAY IT IS』(当時の邦題は『この胸のときめきを MGM映画<エルヴィス・オン・ステージ>主題歌集』)、2位:Simon & Garfunkel『Bridge Over Troubled Water』(邦題『明日に架ける橋』)、3位:Simon & Garfunkel『GREATEST HITS II』と、トップ3は洋楽が占めていたが、上記の黄金期の洋楽アーティストの名前はトップ10にはなかった。また、この頃のElvis PresleyはR&R以外も歌うようになっていて、昔からのファンにはやや不評ではあったとも伝え聞いている。こうした国内外の動向を比較すると、日本と欧米とでは指向がかけ離れていたと見ることもできるが、まったくかけ離れていたかというと、単純にそういうことでもなかった。Chicago、Pink Floyd、Led Zeppelin、Grand Funk Railroadが初来日。Chicago、Led Zeppelinは日本武道館でそれぞれライブを行なっているし、Pink Floydは日本初の野外フェスと言われているイベント『箱根アフロディーテ』に参加し、Grand Funk Railroadは後楽園球場で開催された『ロック・カーニバル♯6』で演奏した。その頃、ロックは一般大衆の隅々にまで浸透していたわけではないが、すでにアンダーグラウンドなものではなかった。過渡期というか、端境期というか、そんな時期だったようである。
フォークからロックへの転身

1971年当時、ロックが一部好事家たちのものではなかった証拠がもうひとつある。同年2月にデビューしたPYGである。過去、当コラムでもアルバム『PYG!』を取り上げているので詳しくはそちらに譲るが、1960年代半ばにブームとなったGS(=グループサウンズ)の中でも特に人気を誇った3グループ、ザ・タイガース、ザ・テンプターズ、ザ・スパイダースのメンバーが結集したバンド。何と言っても沢田研二、萩原健一のツインヴォーカルという豪華共演に加えて、それ以降、日本の音楽シーンのひと役を担う井上堯之(Gu)、岸部一徳(Ba)、大野克夫(Key)らが顔を揃えただけでもすごいことだが、その中身も見逃せない。[ライブでは『ブラック・ナイト』や『ギミー・シェルター』など、ディープ・パープルやフリー、ローリング・ストーンズの曲を好んで演奏していた(2枚組ライブアルバム『FREE WITH PYG』で聴くことができる)。また、キング・クリムゾンの『エピタフ』など、プログレのレパートリー(大野の志向による)や、ハードロックのブラック・サバス『パラノイド』(岸部の志向)などもレパートリーとしていた]というから、その指向は完全にロックだった([]はWikipediaからの引用)。沢田、萩原のソロ活動が多忙になるにつれてPYGは結成から約1年で自然消滅となったようだが、少なくともそれまでアンダーグラウンドではない場所で活躍していたアーティストたちが本格的なロックを目指そうとしたのだから、この時期、そこにロックの強烈な磁場が発生していたことがうかがえる。日本の音楽シーンが大きく変わろうとしている状況を間近にして、どこかワクワクした気持ちを抑えきれずにいた人もいたのではないか。そんな想像もできる。

そして、カルメン・マキである。もともとフォークシンガーとして活動していた彼女もまた、この時期にロックから最大級の洗礼を受けたひとりであった。彼女の経歴については、これも過去の当コラムで『カルメン・マキ&OZ』を紹介した回に譲るけれども、1970年にロックへ転身した彼女が、この時すでにデビューを果たし、1971年3月に2ndアルバム『悪魔と11人の子供達』を発表したばかりの竹田和夫(Gu)率いるバンド、ブルース・クリエイションとともに作品を作ったことは、ある種、歴史の必然だったのかもしれない。この時、マキが20歳、武田は19歳。ふたりに限らず、誰もが己の可能性を疑わない年頃である。カルメン・マキ本人にしても、ブルース・クリエイションのメンバーにしても、アレコレ考えるより先にまずは一枚アルバムを作る…といったところに集中していたと思われる。実際、本作にはそういう音が収められていると思う。
同世代のバンドとのコラボ

まずM1「Understand」がいい。とにかく勢いに溢れた音像が録れている。米国のFantasy というバンドの同曲のカバーで、原曲と聴き比べてみたのだが、Fantasy版もハードロック的なアプローチで、演奏もうまいし、歌もパンチがあるけれども、どこか小奇麗にまとまっている印象。一方、カルメン・マキ版のほうはというと、演奏は荒削りな部分は否めないものの、それが大きく楽曲の勢いを後押ししている感じがある。バンドアンサンブルは各パートがせめぎ合う3ピースならではのものであり、さらにそこに乗るカルメン・マキもその荒々しいサウンドに負けず劣らず、それを向こうに回すようなパフォーマンスを聴かせている。ロックのアルバムのオープニングはこうあるべし!というような攻めの姿勢がうかがえ、彼女の新しいシンガー象を提示するアルバムのオープニングナンバーとして、M1「Understand」は極めてベターなチョイスだったと言える。

続くM2「And You」、M3「Lord, I Can’t Be Going No More」、M4「Empty Heart」はいずれも竹田が手掛けたナンバーで、M2はフォーキー、M3はブルース、M4はバラードと、テンポはミドル。それなりにバンドサウンドも目立つのだが(M3でのギターは相変わらずカッコ良いし、個人的にはM2でのドラムの鳴りが実にロックしててとても素晴らしいと思う!)、この辺りは本作がカルメン・マキというシンガーが参加したアルバムであることを意識しての選曲と構成であろうか。テンポが緩やかであるからヴォーカルが前に来ている感じではある。とりわけM4後半のアドリブっぽいシャウトは、流石に若い印象だし、のちの「私は風」辺りには及ばないかもしれないけれど、彼女が目指した方向がはっきりと示されていることがありありと感じられる。

M4まではアナログ盤でのA面。M5からはB面となるが、B面はいきなり重要な曲が配されている。M5「Motherless Child」だ。これは19世紀の黒人霊歌「Sometimes I Feel like A Motherless Child」のカバーで、その「Sometimes I Feel~」の邦題は「時には母のない子のように」。カルメン・マキのデビューシングルと同タイトルであり、「時には~」を作詞した寺山修司は「Sometimes I Feel~」からその発想を得たと言われている。本歌取りとは言えるものの、「時には~」と「Sometimes I Feel~」とは音楽的にはまったくの別物であるから、この関係を表す適切な言葉が浮かばないが、そこには何らかの意図があったことは間違いない。サウンドをゴリゴリのハードロックに仕上げていることからすると、やはり彼女のロックシンガー宣言と見るのが正しいのだろうか(すみません。この辺、彼女の発言など、しっかりと確証を得られるだけの資料を見つけることが出来ませんでした。ご存知の方がいらっしゃったら教えてください)。M6「I Can’t Live For Today」は再びミディアムのブルースロック。ヴォーカルとエレキギターとのユニゾンや、2本のギターのアンサンブルなどを聴くことができて、改めて本作がロックバンドとのコラボレーションによるアルバムであることに気づかされる。

次のM7「Mean Old Boogie」は一転、軽快なR&R。タイトル通りブギーだ。これもヴォーカリストのアルバムっぽくないサウンドだが(特に間奏はそう)、曲調が明るめということもあってか、他に比べてマキの声が可愛らしい印象がある気がするのが面白い。全8曲と曲数は少なめでもバラエティーに富んでいる。フィナーレはM8「St. James Infirmary」。これも米国の古い黒人音楽をブルースロックに仕上げている。聴きどころはやはり歌だろう。迫力があるヴォーカル…というよりは、どこか鬼気迫る感じすらあるヴォーカリゼーションだ。こののちのカルメン・マキを知る人には若干の物足りなさがあるかもしれないが、過渡期であると考えても流石の表現力と言ってもいいはずだ。彼女のロック転身はJanis Joplinだったというから、M8ではJanis Joplin「Summertime」のようなことをやりたかったかもしれない。その心意気は充分に伝わってくる。

カルメン・マキとブルース・クリエイションとのコラボレーションは本作のみであったが、彼女はその後、カルメン・マキ&OZを結成。ブルース・クリエイションはバンド名をクリエイションと変えて渡米し、米国でアルバムのリリース、ツアーを行なうなど、ともに別のアプローチで日本のロックシーンを切り開いていった。本作にはそうしたパイオニアたちの萌芽がある。
TEXT:帆苅智之
アルバム『ブルース・クリエイション/カルメン・マキ』
1971年発表作品

<収録曲>

1.Understand

2.And You

3.Lord, I Can’t Be Going No More

4.Empty Heart

5.Motherless Child

6.I Can’t Live For Today

7.Mean Old Boogie

8.St. James Infirmary


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