『SUCCESS STORY』から振り返る広瀬香美が“冬の女王”と成った必然

2021年1月27日 / 18:00

広瀬香美の新作『歌ってみた 歌われてみた』が1月27日に発売となった。カバー(=歌ってみた)を5曲、他アーティストとのコラボによる自身のセルフカバー(=歌われてみた)を5曲、さらには過去YouTubeやTV番組で披露された即興曲、通称“作ってみた”ナンバー7曲の、全17曲の大ボリューム。ここに来てますます勢いを増している彼女の音楽センスが発揮されたアルバムであって、新旧ファン必聴間違いなしのアルバムと言えよう。当コラムではそんな広瀬香美の出世作と言っていい3rdアルバム『SUCCESS STORY』について、徒然なるままに書いてみた。
邦楽シーンの“冬の女王”

最近はさまざまな楽曲を独自のアレンジで歌い上げる自身のYouTubeチャンネルが話題なので、世代によって捉え方が異なるとは思うが、広瀬香美と言えばやはり“冬の女王”のイメージが大勢だろう。いつ頃からそんな異名が付いたかというと、1998年発売のダブルミリオンを記録した自身初のベストアルバムのタイトルが『広瀬香美 THE BEST “Love Winters”』となっているから、その頃には完全に自他ともに認める“冬の女王”ではあったと思われる。これは、3rdシングル「ロマンスの神様」から始まって、5th「幸せをつかみたい」、7th「ゲレンデがとけるほど恋したい」、8th「DEAR…again」、9th「真冬の帰り道」、11th「promise」…と続く彼女の楽曲が、ずっとスキー用品店『アルペン』のCMソングに起用されたことに起因することは間違いない。同社のCMタイアップほぼ毎年続いた(1993~2002年、2007~2016年)。凡そ20年間、スキーシーズンが近づくとメディアで大量に広瀬香美ソングが流れていたのだから、巷で“冬の到来=広瀬香美の歌声”という図式が刷り込まれたことも当然と言える。

筆者もそのひとりで、漠然と何の疑いものなく、“彼女の持ち曲にはウインターソングが多いんだろうな”と思っていた。そんなわけで、本作『SUCCESS STORY』を聴くにあたって、発売も12月だったし、やはり冬の歌が多いのだろうと高を括っていたのだが、実際に聴いてみたら、M4「How To Love」やM5「Dear」にそのテイストはあるものの、案外ウインターソングが少ないのはちょっと意外だった。とりわけM2「ロマンスの神様」が冬の歌でも何でもなかったことには少し驚いた。いや、それもこっちが勝手に驚いただけで、広瀬香美サイドに何か問題があったとかいうわけではない。イメージというのはある意味で恐ろしい…という話である。

《平穏無事に春夏 秋に不倫も終止符/やってきました 雪のゲレンデ 今年をかけたシーズン/気の合う女友達 深夜バスでもソワソワ/かわいい男ならスカウトありよ 現地解散》《見つけた How To Love How To Ski/お願い 彼とのクリスマス/彼女いたらどうしよう 強行突破/見つけた How To Love How To Ski/三角関係 ご用心/恋もスキーも Jump no no チャンス下さい Hu》(M4「How To Love」)。

上記のようにM4「How To Love」は《雪のゲレンデ》や《彼とのクリスマス》などのキーワードが示す通り、はっきりとウインターソングである。一方、M2「ロマンスの神様」にはスキーの“ス”の字もない。それどころか、冬のキーワードすらない。“冬の女王”のイメージが刷り込まれてしまった今となってはなかなか困難ではあろうが、この歌詞のシチュエーションを夏と想像できなくもない。季節感うんぬんではなく、ここで描かれているのは極めて結婚願望が強く、恋愛に貪欲な女性の姿である。

《週休二日 しかもフレックス/相手はどこにでも いるんだから/今夜 飲み会 期待している/友達の友達に》《ノリと恥じらい 必要なのよ/初対面の男の人って 年齢 住所 趣味に職業/さりげなく チェックしなくちゃ》《幸せになれるものならば/友情より愛情 「帰りは送らせて」と/さっそくOK ちょっと信じられない》(M2「ロマンスの神様」)。

《友情より愛情》なんてフレーズからすると貪欲というよりも強欲と言った方がいいかもしれない。こうしてそれっぽい部分だけを抜き出してみると、フンフンと鼻息荒く男を物色している女の姿を想像してしまうのは筆者だけだろうか。
案外サラリと聴ける攻撃的な歌詞

本作『SUCCESS STORY』においてその傾向はM2「ロマンスの神様」だけに留まらない。

《欲を言えば175cm 中肉中背でハンサム/もっと言えば一人暮らしで 実家は遠いほうがいい》《名刺の裏こっそり書いたテレフォンナンバー気づいたかしら/私の夢どうか叶えて 30才までに寿退社》《恋人募集中 ときめき希望中/文句なしのヒーローいとめて 冒険の旅に出よう/Someday I’ll get you Everyday I want you/平凡な毎日は退屈 私が主人公》(M9「恋人募集中」)。

《早くいこう 彼が住んでる あの部屋へお引っ越し》《ラッシュになる前に 彼が帰ってくる前に/トラックの助手席 ソワソワ落ち着かない》《ドアを開けた途端 びっくり/ゴミ箱みたいな部屋/プロレスラーくらいでっかい靴も転がってるし》(M11「お引っ越し」)。

M9「恋人募集中」では《欲を言えば》と言いつつ、欲しか言ってない感じだし、M11「お引っ越し」に至っては《彼が帰ってくる前に》引っ越しする理由が分からない。《ドアを開けた途端 びっくり/ゴミ箱みたいな部屋》であったとすると“もしかして事前に彼に伝えないまま、強引に引っ越してきたのか!?”との疑念を強く抱かせる内容だ。いずれも現在進行形の恋愛を描いたものではあろうが、視点をちょっと斜め上に持っていくと“これはス○ー○ーの妄想では…!?”とすら思えてくる空恐ろしさ──もとい、力強さがある。まぁ、上記は筆者個人の感想であって、ス○ー○ーうんぬんに至っては完全にジョークなので何卒ご容赦願いたいが、それほどまでに、こちら(少なくとも筆者)の想像の上を行くアグレッシブさではある。いや、こと恋愛においてはもともと大半の女性はそのくらいアグレッシブ、攻撃的なのかもしれないので、それを隠すことなく全開にしていると言った方がいいのかもしれない。エゴを開けっ広げにしているのである。

ところが…である。こうして歌詞だけを(しかもその一部を)抜き出すと、そのグイグイと迫るような力強さにちょっと引いてしまうのは筆者だけではないのではないかと思うが、これがメロディーに乗ってしまうと、案外サラリと聴けてしまうというか、あっけらかんとした内容に聴こえてしまうところが圧倒的にあると思う。M2「ロマンスの神様」であれば、Cメロに《よくあたる星占いに そう言えば 書いてあった/今日 会う人と結ばれる/今週も 来週も さ来週もずっと oh yeah!》とある。ここだけで見たら“随分と都合のいい解釈だな”と苦笑いしてしまうところだが、高音に突き抜けていく旋律に乗せられると、無理矢理にも思えるその想いが必ず成就するような気にさせられるのも、これも筆者だけじゃあるまい。
優れたポップソングの創造

それは、主旋律の溌剌さと、それを造作もなく操る彼女の歌唱力の賜物であることは言うまでなかろう。広瀬香美の作るナンバーには一点の曇りもない晴れた空のような、ネガティブになりようのない雰囲気がある。中学から大学まで音楽を専攻し、デビュー前にはLAでMichael Jacksonのヴォイストレーナーに師事していたというから、ミュージシャンとしての経歴は申し分ないわけだが、衒学的な嫌味も感じられない。そこもいいところだと思う。M5「Dear」やM10「Tomorrow」のゴスペル要素から察するにこの人のルーツにはブラックミュージックがあるようで、時折、独特のフェイクやこぶし廻し、ホイッスルヴォイスなどを聴くことができる。それには彼女の歌唱の迫力を多くのリスナーに印象付ける必要性もあったのだろう。M5「Dear」の後半でサビは繰り返されるのもそうで、歌唱力の提示のダメ押しといった感がある。

ただ、アルバム全体としては過度に黒人音楽なるものを追求している印象があるかと言えば、それは薄い気はする。エンタテインメント要素のほうがそれを覆さんばかりに発揮されていると言い換えてもいいだろうか。例えば、タイトルチューンであるM3「SUCCESS STORY」ではファンキーなギターのカッティングに英語ラップが乗っていたりとコンテポラリーR&B的要素が顔を覗かせているものの、総体としては昨今のそれらと趣が異なる。M8「二人のBirthday(LA. Mix)」とM9「恋人募集中」とはThe Jackson 5的な歌メロなので、サウンドはモータウン風味が強くなっても不思議じゃないが、そこまで色濃くなっていないのはおそらくその辺を意識してそうしているのだろう(逆の見方をすれば、過度にモータウンを意識したわけではないということかもしれない)。M5「Dear」にしてもゴスペル風とは前述したが、サビのメロディーは大衆歌としては十二分なものではある。そう考えると、広瀬香美とそのスタッフは、彼女の音楽的ポテンシャルを持って、マニアックになりすぎない、大衆的という意味でのポップミュージックを産み出そうとしたのではないか。そんな想像ができるとは思う。

話を戻すと、そのためには歌詞は恋愛である必要があったのだろう。話をM2「ロマンスの神様」に絞れば、初のCMタイアップが、スキーヤー人口がピークを迎えた1993年に『アルペン』のCMだったわけだから、じっくり聴いてもらうものよりも、スキー場へ行きたくなる気持ちを想起させるような、明るく弾けるものが相応しいという判断があったことは確実である。こんな話もある。M2「ロマンスの神様」は[広瀬が中学1年生の時にピアノとヴァイオリンの室内楽として作曲したものが原型であり、それをポップス調にアレンジし直したものである。しかしCMソングとなるにあたりCMの監督、所属事務所、レコード会社などがあれこれと注文をつけ、まだキャリアが浅かった広瀬は素直にそれを聞いて何度も曲に手を入れていったため、最終的に自分の曲でなくなったような気がして、広瀬は歌いながらも不本意な思いを抱いていたという]が、結果的に170万枚を超える大ヒットとなり、1994年の年間シングルチャートでは2位となった([]はWikipediaから引用)。今や彼女の代表曲であるばかりか、1990年代の世相を表す一曲として邦楽史に残る楽曲である。

《一度だけしかないのチャンスは そう頑張らなくっちゃ/二度とやり直しはきかない 後悔したくない/決めてみせましょう SUCCESS STORY》《きっとつかめる SUCCESS STORY》《短期決戦 SUCCESS STORY》(M3「SUCCESS STORY」)。

そのM2「ロマンスの神様」のリリースから2週間後に発表されたアルバムには“SUCCESS STORY”という題名が付けられた。そのタイトルチューンは、恋愛成就に目指す気持ちが重ねられているかのような内容ではあるが、有り余る音楽的才能を発揮して極上のポップソングを作成し、それを特大ヒットさせた彼女の高らかな勝利宣言のようでもある。
TEXT:帆苅智之
アルバム『SUCCESS STORY』
1993年発表作品

<収録曲>

1.Introduction―Make me smile

2.ロマンスの神様

3.SUCCESS STORY

4.How To Love

5.Dear

6.Make me smile(reprise)

7.生きがい

8.二人のBirthday(LA. Mix)

9.恋人募集中

10.Tomorrow

11.お引っ越し


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東京2014/2/8

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