首振りDolls、ンスリーインタビュー第20弾のゲストは柴山“菊”俊之

2020年10月30日 / 20:30

首振りDolls × 柴山“菊”俊之 (okmusic UP's)

令和という時代に音を掻き鳴らすバンド首振りDolls。 メインコンポーザーであるドラムボーカルのナオとギターのジョニー・ダイアモンドは、現代のロックシーンに身を置きながらも、自らが生まれ育った九州が生んだロックバンドへの強い憧れと尊敬は、今も覚めやることはない。

今回は、そんな2人の原点とも言える、日本のロックバンドの草分け的存在サンハウスのボーカリストであり、Zi:LiE-YA、Electric Mud、BLUES LION、Rubyなどのバンドを率いるボーカリストであり、作詞家としての顔を持つ地元の大先輩・柴山“菊”俊之をゲストに招いて鼎談を行うことに。九州から上京するときに、本棚から大切に抜き取って持って来た柴山の自伝を毎日読み返しながら初の対面を心待ちにしていたというナオと、嬉しさのあまり前日一睡も出来なかったというジョニー。そんな2人に、憧れの“菊”がかけた言葉とは?
いろんなアドバイス貰って、 試行錯誤して。 でも、やりたくないことはやらなかった

――サンハウスは2人の憧れであり、今もこうしてバンドを続けていられる原点となっているバンドでもあるので、憧れの“菊”さんを目の前にして、放心状態です(笑)。

柴山:何をそんな。

ナオ:いえ、本当に。かなり緊張してます!(※鼎談後、柴山さんが帰られた後、“うわぁぁぁ。菊が居た、、、!”と悶えていた2人でした)

ジョニー:本当に、鼎談受けて頂いてありがとうございます。

ナオ:本当にお会い出来て感激してます。

柴山:そうか(笑)。

ジョニー:はい! 俺、小倉で、人間クラブの南浩二さん(※日本のロックバンドの草分け的存在である、ルースターズの前身バンド人間クラブのボーカル)がやっていらっしゃったバーによく通っていたんです。

柴山:俺も南のやってるバー、一回行ったことあるよ。

ジョニー:あ、本当ですか!? 俺、そこでサンハウスを初めて聴かせてもらったんです! “お前、サンハウス知らんのか!? 聴け!”って、叱られて(笑)。

柴山:あははは。無理矢理聴かされた?

ジョニー:いえ! “サンハウスは絶対に聴いとけ!”って、いろいろ教えてもらいました! そこからもぉ、俺はずっとサンハウス好きなんです!

柴山:ありがとう(笑)。いい奴だったよね、南(※2010年9月11日に脳出血のために死去)。

ジョニー:はい! 南さんもめちゃくちゃ尊敬してました! もちろん、柴山さんのこともめちゃくちゃ尊敬してます!

ナオ:俺も柴山さんのこと憧れなんです! 俺が長髪にしたのも柴山さんに憧れてだし、ステージ衣装で着物着てるんですけど、着物を衣装にしたのも柴山さんの影響だったりするんです。歌い方というか、声もそうで。もともと声が高いんですけど、それが自分的にも嫌で、柴山さんみたいに歌いたくて頑張って真似て歌ったりとかしてたんです。

柴山:あ、そうなの?

ナオ:歌詞を書くときも、毒を持って書く意識をしたのも、柴山さんへの憧れからなんです。柴山さんの書かれる歌詞って独特なので。

柴山:いやぁ、そんなことはないよ。普通と思うけどね。でも、当時はフォークが流行っていたんだよ。チューリップとか井上陽水とか。フォークが全盛の頃だったからさ。フォークの歌詞ってだいたいあんな感じになってしまうというか。自分はブルースバンドをやっていたんだけど、日本でマディ・ウォーターズみたいに歌っている人は居なかったから。そこまで考えて書いていた訳ではなかったけど、他のバンドと同じことはしたくなかった。深くは考えていなかったけど、逆にそれが良かったのかもしれない。

ナオ:「キングスネーク・ブルース」の歌詞をカッコ良く歌えるのは、本当にそういう人じゃなくちゃ歌えないだろうなって思うんです。

柴山:そんなことないよ。俺はあんな人じゃないから。まぁ、うん、あんな人じゃないと思うよ、たぶん(笑)。自分では分からないけど(笑)。でも、ああいう歌詞が好きなんよ。本当の自分じゃなくてもいいから、スタイルとして魅せるときに分かりやすいというか。自分を鼓舞して大きく魅せる感じ。自分自身と蛇というダブルミーニング。そういうのはブルースの基本でもあって。ただ、それを幼稚だって言われたりもしてた。

ナオ:あぁ、そのお話、柴山さんの自伝『菊の花道』にも書いてありましたよね。

柴山:そう。嫌われていたからね。サンハウスというバンド自体が。当時バンドと言ったらサンハウスくらいしかなかったから。本当に周りはフォークだらけだった。ハコ(※ダンスホール専属で演奏していたバンド )のバンドくらいしか居なかったから。俺たちも最初はハコバンだったから、ハコバンを毛嫌いすることはないっちゃけど、途中でハコを辞めて、米軍キャンプでずっと演奏する様になったんだよね。それがバンドにとってはすごく良かったと思う。佐世保とか板付とか、海の中道にも米軍キャンプがあったから。金土日はずっと出てた。そこでの経験がすごく勉強になってた。

ジョニー:どれくらいの本数やられてたんですか?

柴山:45分ステージやって15分休憩して、っていうのを7本。3日間連続で。

ジョニー:す、すげぇ。

柴山:最初はすぐに声が出なくなった。2日目でもう声が出なくなって、3日目までなんとか歌い切って、翌週金曜日までに喉治して、また週末ステージをする。それの繰り返しだった。

ナオ:すごいですね。イベントを1バンドでやってるみたい。

柴山:それで喉も強くなったのかもしれんね。でも、その頃は、自分達のレコードを出すっていう頭は無かった。

ナオ:ライヴをやることで音楽を続けていたいってとこだったってことですか?

柴山:そう。大学に行ったのも就職したくなかったからだったし、大学卒業したら就職しなくちゃいけないから、それが嫌で結局7年通ったし。親がものすごく厳しかったからさ。

ジョニー:そうなんですね!

ナオ:そういえば柴山さん、中学生の頃はめちゃくちゃ悪かったとか(笑)!

柴山:子供の頃ってのは大概悪いでしょ。誰でも。俺も悪かったね、中学の頃までは。

ナオ:柴山さん、ご出身が天神ですもんね。悪くない訳がない、みたいな(笑)。

柴山:そう。土地柄的にね。ガラ悪かったから。先輩達もそういう人達ばっかやったから。でも、高校の頃に音楽が好きになって、そこからは音楽に夢中になった。そこからは更生したね。音楽に救われたと思うよ。きっとあのまま悪かったら、今頃ここに居ないかもね。先輩の鉄砲玉みたいになってたりして死んでたかも。それか、刑務所とか入ってたかも。当時、音楽やってる奴は不良って言われよったけど、俺は音楽に出逢って真面目になったみたいな感じやったから。

ジョニー:おぉ。いい話ですね!

ナオ:柴山さんが長髪になったのはいくつくらいの頃なんですか?

柴山:高校卒業したくらいじゃなかったかな。最初に行った高校は1週間くらいでクビになっちゃって。その後に行った高校は剣道の強い高校で。俺、小学生の頃から剣道をやっていたから、それでダブることなく6月から入学させてもらえて。その高校を卒業するくらいに長髪になってた。

ジョニー:柴山さんは最初からボーカルやったんですか?

柴山:いや、俺は最初ドラム。ドラムがしたかったからね。でも、ボーカルが辞めて居なくなっちゃって、それで先輩に言われて歌わされることになったんよ。そこから歌う様になった。だからドラムは1年くらいしかしてない。歌うのは、最初ものすごく嫌だったけどね。周りからも“ドラムの素質があるから、ドラムをやった方がいい!”って言われてたけど。まぁ、流れで歌うことになっての今だね。ロックと歌謡曲のリズムは違うから、ロックを歌うには、ドラムを経験していたことはすごくプラスだったと思う。出来ることなら、ボーカルはドラムを経験したほうがいい。リズム感が良くなるから。

ナオ:ドラマーからボーカルになった方って、何気に多いですもんね。

柴山:そうかもね。俺は本当に最初の頃、歌うのめちゃくちゃだったけど。

ナオ:いやぁ、柴山さんみたいに歌いたくて憧れたんですから! あんなに独特な歌い方なさる方って本当に他に居ませんから。あの、歌詞の話に戻ってもいいですか? 毒々しさをそこまで意識させていなかったっておっしゃってましたけど、本当に全くですか?

柴山:最初は意識していなかったけど、ドアーズのボーカルだったジム・モリソンの歌詞に影響されているところはあった。16歳の頃だったかな、世の中的にグループサウンズみたいなのが流行っていて。その頃に、ジム・モリソンが、“自分はポップスとかではなく、独自の世界観を追求した楽曲と歌詞で音楽をするんだ”って言ったっていうのを聞いて、そこに感化されたのはあったかなと。ジム・モリソンとか好きだったから、好きだった人の影響を受けたというだけで、特に毒々しい音楽をやりたいと思ってやってた訳ではなかった。サンハウスをしていたときも、日本語で歌うロックをやる人達がそう多くは居なかったけども、居なかった訳ではなかったから、よく似た歌詞で歌ったり、よく似たことをやったりしても面白くないし、全く目立たないと思ったから。とにかく人と違うことをやろうと思っていろいろとやってただけで。ただそれだけだったんだけど、それが良かったんじゃないかと思っているけどね、自分を駆り立てる意味でも。俺、恥ずかしがり屋だから。

ジョニー:え!? そうなんですか!?

ナオ:めちゃくちゃ意外です!

柴山:いや、そうだよ。恥ずかしがり屋だし、あがり症だから。もともとステージに上がったりするときは、毎回緊張していたし。今でもその緊張は毎回あるからね。柴山俊之としてステージに上がっても、最初の頃はなかなか独自のキャラクターを作れなくて。それもあって、柴山俊之が、“菊”というキャラクターに指示する、という感じにしたというか。そうやって自分を切り替えていかないと出来なかった。そうやって自分のスタイルを作っていったんだよ。当時、着物着たりしてステージに立ってる奴が居なかったから、珍しかったんだと思う。最初は全然だったんだけど、突然人気が出た感じだってさ。ずっと嫌われ者だったからね、福岡で。ライヴとかしても誰も来ないし。でも、そんな中、突然お客さんが来始めたんよ。

ジョニー:何かきっかけがあったんですか?

柴山:きっかけは、女子高生。こんな言い方したらなんだけど、お嬢さんが行くお嬢さん学校の学生が、突然ライヴに来始めて。きっと、フォークが流行っていて、そこに飽きたんだろうね。ちょっと違うモノに手を出してみたいと思った文学少女達にハマったみたいで。たまたまそういう子達が、俺みたいな奴を見て、面白かったんじゃない? 自分達の上流家庭には無い刺激があったんだと思う。本当に突然、びっくりするくらい来始めたんだよ。

ジョニー:ほぉ。

柴山:そう仕向けてやった訳じゃなかったから驚いたよ。そういうのって、やろうと思ってやるものじゃなかったりするからね。サンハウスもみんなが着物を着ていた訳じゃなかったし。俺以外のメンバーは普通の格好をしていたから。そう思うと変なバンドだったなと。

ナオ:いえ! そこがカッコ良かったんです!

柴山:そう(笑)? 首振りDollsはバンドとしてなんとなく統一したイメージがあるけど、サンハウスは本当にバラバラだった。俺はグレイトフル・デッドとか好きなんやけど、デッドの様な、Tシャツに破れたジーンズを着てる様なアメリカの暗いバンドみたいな感じのところに、1人ド派手なグラムロック的風貌の奴が居たって感じだったから。結構大変やったよ。

ジョニー:ほぉ。でも、それがカッコイイと思えるんです。誰もが出来ることじゃなかったと思うから。

ナオ:うん。絶対そうだよね。女子高生がサンハウスを見つけて集まって来た時期と米軍キャンプで演奏していた頃は同じ時期なんですか?

柴山:いや、違う。米軍キャンプの時期はその前だった。ブルースを辞めて、日本のロックを歌う様になった頃は、もう米軍キャンプは無くなっていたからね。米軍キャンプのときに本当に鍛えられたなって思う。ただのコピーだったら兵隊さん聴いてくれずに帰っちゃうからね。俺たちがそこで演奏する理由として、お店に入って来て兵隊さん達が呑みながら演奏を聴いて、そこに長く居て、お酒をたくさん飲んでくれることだから。演奏に興味持って貰えなくてお客さんが帰って行っちゃったら、俺たちがそこで演奏する意味がない。でも、なかなかお客さんを引き止めることが出来なくて、いつも店はガラガラで。オーナーにいつも怒られてた。

ジョニー: はぁぁ、、、、、。そんな感じだったんですね。信じられないなぁ。

柴山:そこにはゴーゴーダンサーっていうのも居て、その人達からも、“もっとこうした方がいいよ!”とかいろんなアドバイス貰って、試行錯誤して。でも、やりたくないことはやらなかった。やりたいことだけをやる様にして。相手は米軍の兵隊さんだから英語しか通じないんだけど、だんだん英語でMCしなくても音だけで喜んでもらえるようになって。日本人の前でやったらウケないかもしれないけど、米軍キャンプならではのノリみたいなのを掴んで、お客さんを楽しませられる様になっていったね。
ちゃんと自分の中で納得出来ることを やっていかなくちゃいけない

ナオ:柴山さんはレコードデビューというのは、全然考えていなかった感じですか?

柴山:全然考えていなかった。東京にも行ってなかったし、ずっと福岡にいたし。さっきも名前を出したけど、グレイトフル・デッドみたいに、地元を大事にしている音楽をやりたかったから。福岡から発信する形でやろうと思っていたんで。誘ってくれたレコード会社もあったんだけど、俺たちが断固として東京に行かないって言ってたから、諦めてた。昔は今と違って東京に行かないとレコーディング出来なかったからね。そんな中で、最後まで粘り強く残って誘い続けて来たレコード会社がテイチクで。

ナオ:それでテイチクからデビューされたんですね?

柴山:いや、テイチクっていう名前が嫌でさ(笑)。レコード会社の人に“低脳”“蓄膿”みたいだから嫌だ。名前が気に入らないって言って(笑)。

ジョニー:えぇぇぇ(笑)!?

ナオ:あははは。それすごいですね(笑)! 書けないかな、そこは。

柴山:いや、書いてもいいよ、本当にそういう会話があったんだから。そしたら担当の人が、“だったら、サンハウス の為にブラック・レーベルっていうレーベルを作るので!”って言ってくれて。まぁ、だったら良いかって。それでデモテープを録るために東京行って、そのついでに日比谷野外音楽堂でライヴして。裕也さん(内田裕也)のライヴに、名前も何も告知せずに飛び入りで出してくれたんだよ。そんとき、イエローとか近田春夫とかCharとか、いろんなバンドが出てて。俺たちはそんな中、無名のバンドだったからね。そこにはたくさんのレコード会社の人間も観に来てて。

ジョニー:いきなり日比谷野外音楽堂でライヴですか?

柴山:そう。でも、めちゃくちゃだったと思うよ、演奏とか。リハーサルもなんもせんと、いきなり飛び入りだからね。

ナオ:いや、でも、ハコバンとか米軍キャンプで鍛え上げられた柴山さん達だったら、絶対にそこに対応できる力があったはず! カッコイイなぁ、その瞬間、観たかったなぁ。

柴山:とにかくウケなくてもいいから、自分達の存在を残そうと思って必死でやったからね。相当だったと思うよ。お客さんに向かっても、かなり酷いことしたしね。

ナオ:酷いことってなんですか?

柴山:罵倒したり。それも虚勢を張るみたいなもんよ。ウケんかったら恥ずかしいから。喧嘩して負けるのが嫌だったから。そこで不良だった過去がちょっと役に立ったのかもね(笑)。ハッタリだけで30分くらいのステージをやって。30分くらいだったらハッタリでも保つからね。

ジョニー:あははは。

柴山:何回も使えない技だけど(笑)。でも、そのときは勢いもあったんだろうね。テイチク以外のレコード会社が、ウチが声かけて引っ張れば良かったって、悔しがってたって聞いた。

ナオ:なるほど! それほどまでに素晴らしいステージだったんでしょうね!

柴山:東京の目ぼしいバンドからメジャーレーベルは声をかけていってたからね。わざわざ福岡の俺たちに声をかけるっていうのは後回しだったんだと思う。だから、見つけてもらったのも、運だったと思うよ。当初なんて自分達でPAとかも使いこなせていなかったから、音とかだってめちゃくちゃだったと思う。感覚でしかなかったから。

ジョニー:いやぁ、またそこがカッコ良かっただろうなぁ。その感覚が独特だったんだろうから。

柴山:とにかく、他と違ったんだと思う。俺は、よくステージで上半身裸になっていたけど、当時そんなパフォーマンスをする日本人バンドはあまり居なかったからね。そこがすごく目を引いたというか。

ジョニー:東京にはそういうバンドは他に居なかったんですか?

柴山:どうやろね? 居たのかもしれないけど、俺はとにかく“菊”を演じていたから。そこまで行ききったバンドはいなかったかもしれんね。最初にも言った通り、すごく恥ずかしがり屋なのに、もうその頃には全く恥ずかしさはなくなっていた。とにかく、最初の頃「キングスネーク」を歌うのとか本当に恥ずかしかったから。

ナオ:え〜っ!? 恥ずかしかったなんて、全然そんな風に見えないです!

柴山:昔はよ。“菊”って名前にしてからは恥ずかしくなくなったから。恥ずかしくて照れがあるうちは、見ててカッコ良くないんだよ。行ききってしまわないと、見てる方はそこに入り込めない。お客さんを惹きつけるには、自分が自分じゃなくなるくらい演じきらないとカッコ良くない。ステージの上でしか見れない“菊”に、お客さんは逢いに来るんだから。

ナオ:おぉぉぉ。たしかに。現実逃避させてくれる場所ですよね、そこが。お客さんにとっても、柴山さんにとっても。

柴山:そうだね。だんだんと学校から、サンハウスを観に行くなって言われる様になっていったからね。

ナオ:うわぁ。すごい! ロックバンドらしいエピソードですね! カッコイイ! 柴山さんの衣装の原点ってどこにあったりするんですか?

柴山:俺は、歌舞伎の弁天小僧菊之助。あんな感じの着物を着てみたいなってところから。“菊”の衣装は、俺の友達の妹さんがずっと作ってくれてる。今も。

ジョニー:今もですか!?

柴山:そう。たまたまサンハウスのファンで、裁縫の得意な人で。当時10代だったんじゃないかな。最初に作ってもらったのは、着物のハギレを繋ぎ合わせた衣装だった。ものすごい数あるよ。『サンハウスSHOW』ってのをやったときに、7回衣装を着替えたことがあったんだけど、そのときも全部作ってくれて。魅せ方という面では本当に衣装ってすごく大事で。Tシャツが悪いわけではないけど、Tシャツを7枚着替えても意味ないからね。魅せるという意味では衣装はすごく大切なところだから。その子もプロとして衣装を作っている訳じゃなく、着せ替え人形みたいで楽しかったらしいんだよ。他の人の衣装は作ってないんじゃないかな。“菊”の為だけに衣装を作ってくれていた。

ナオ:やっぱり衣装って大切なんですね。魅せるという意味では。

柴山:すごく重要なところだと思うよ。ロキシー・ミュージックのブライアン・フェリーもアンソニー・プライスが仕立てた衣装のおかげもあって、すごく華やかに魅せられていたと思うんだよ。アンソニー・プライスは自身のブランドも持っていたんだけど、ジャパンとかは既成の服を着ていたらしいが、ブライアン・フェリーの衣装は全てアンソニー・プライスがブライアン・フェリーの為に仕立てていたからこそ、1着1着が全部カッコイイからね。音楽との融合でもあるよね、そこは。そういう合致こそが素晴らしい。洋服も音楽も全て統一されてカッコ良くないと、やっぱりカッコ悪いもんね。人と同じであってはダメ。そここそも、そのバンドの個性になるんだから。何でもいいって訳じゃない。むしろ一番重要なところだと思う。そこへのこだわりがあるか無いかで全然見え方が違ってくると思うよ。

ジョニー:細部までこだわってこそですね。

柴山:人と同じは絶対に嫌だから。革ジャンが悪い訳ではないけど、俺は革ジャン着ては歌えない。そうすることで恥ずかしさが出てしまうと思う。蛇のジャケットとかですらも恥ずかしいかな。

ナオ:なるほど。蛇のジャケットってかなりなインパクトではありますけどね、それでも更になんですね!

柴山:そうだね。

ナオ:柴山さん、サンハウス以降のお話も伺ってよろしいですか? サンハウスが止まってからは、作詞家として活動されていらした時期もあるんですよね? その頃は童謡も書いていらしたとか。

柴山:うん、童謡も書いてた。でも、作詞家はなりたくてなった訳じゃなかった。サンハウスを辞めるって決めたとき、解散ライヴがどうこうっていうのをいろんな人から言われて、それが嫌で。福岡におったらいろいろといわれるから、ちょっとのお金を持って東京に遊びに行ったんよ。このお金が無くなって、帰りの飛行機代だけになったら戻って来ようと思って。1ヶ月2ヶ月くらい福岡離れてたら、ちょっとは収まるだろうと思っていたら、東京に3ヶ月も居ついちゃって、気づいたら帰るお金も無くなってて。東京に滞在し過ぎて帰るタイミングを失っちゃったんだよね。で、どうしようかなと。女の人のところにおったっちゃけど、ずっとそこに居続ける訳にもいかんから、バイトし始めて。それからずっと東京に居る。当時、地元福岡では、“菊さんは東京に行って見窄らしい生活しとって、恥ずかしくて帰ってこれなくなってるらしい”って噂が広がってたみたいで。なんかヤバイなって思ってたけど、まあいいかと思って。そうこうしてるうちに、作詞とかの話が舞い込んできて。お金も良かったからやり始めたんだけど、続けて行くうちにだんだん辛くなっていって。職業作詞家として人の為に歌詞を書いていたんだけど、今まで自分達のバンドで、自分が歌う為にしか書いていなかったのもあって、書き上がってその人に渡した時点で、その人のものになったんだって諦めればいいのに、“ここをこんな風に歌えばいいのに”とかって、その作品が気になって気になって仕方なくて。レコードになって完成したものが送られてきて聴いて、自分が思っているものとかけ離れていたりすると、どうしてこんなにツマラナイものになっちゃうんだろう? って、悲しくなってきて。曲も歌詞も悪くないのに、すごくツマラナイ作品になってしまう。それがずっと続くと、それがストレスになってきて。それで辞めたんだよ。

ジョニー:辞めちゃったんですね。

柴山:そう。続けられなかった。なんていうのかな、そこに夢が無かったから。なんでもそうだと思うけど、夢がないとキツイんよ。そうでもない?

ナオ:たしかに。夢がないとキツイです。

柴山:そうでしょ。100%上手くいくとかいかないとか、問題はそこじゃなくて、やりたいことを一生懸命にやってたらさ、いろいろと浮かんでくるじゃない。それが成功するかしないかなんて、運もあるし、いろんな人の協力もあるし。ぶっちゃけ成功する人なんて一握りで。俺はもともと芸能人には興味がないんだけど、売れてしまえば芸能人と同じ状況になる訳で。今思っても、ならなくて良かったと思ってる。サンハウスをやってる途中からそんなことを考えていたんだよね。でも、バンドは好きなんだよ。そこで歌うことも好き。でも、すごく売れたいとかそういう気持ちはないというか。けど、そこに夢があったら楽しいでしょ。一緒にバンドやってたら嫌なことも辛いこともあるけど、夢がちゃんとあってさ、そこに向かっているって素晴らしいことだと思うんだよ。物を作っていくということは、すごいエネルギーが無いと出来ないからね。

ジョニー:そうですね。

柴山:作ろうと思えば今なんて環境もいいから、簡単に出来ちゃうと思うけど、そんないい加減に物を作るんじゃなく、レコーディングのこだわりを一つ自分で持っていて、それを徹底的に貫き通すべきだと思う。ちゃんと自分の中で納得出来ることをやっていかなくちゃいけない。後から振り返ったときに、あぁ辞めときゃ良かった、みたいなことは絶対にしちゃダメで。自分もそういう思いでずっとここまでやって来てるからね。それもあって、作詞家は辞めようと思って辞めた。自分の書いた歌詞を、“あぁ、いい歌詞だな”って思えるのは、やっぱり自分の歌でしかないなと思ったから。今もたまに頼まれたら書くくらいはするけど、それくらい。

ジョニー:南さんにも書いていらっしゃいましたよね?

柴山:南には書いたね。3、4曲書いたかな。でも、歌詞を南に書いたときには、南とは面識がなかったんだよね。でも、アイツはすごくいい感じに歌ってくれてた。

ジョニー:いやぁ、素晴らしいですよね。

柴山:南と聞いて思い出すのは、アリス・クーパーが来日したとき。俺も観に行ったんだけど、会場で南を見つけてね。九州から観に来てたんだよ。18歳くらいの頃だったら九州から東京まで観に来ることってあると思うけど、いい歳こいたおっさんになっとる訳で。大人になってからもその衝動を持ち続けていられるって、すごい素晴らしいことだと思うんだよ。あの会場で南を見つけたときは、本当にコイツいい奴だなって思ったね。なんか、自分のバンドのメンバーだったのかな? ハノイ・ロックスみたいな奴らと来てた。

ジョニー:おぉ〜! 小倉の人達です! 五十嵐さん達ですね!

ナオ:五十嵐さん達だね! 間違いない!

柴山:でも、それからちょっとして死んじゃったもんね、アイツ。

ジョニー:はい、、、。

柴山:残念だったよね、本当に。
首振りDollsもちゃんと 自分達の伝えたいことや 魅せたい世界観があるんやろ? 作り出した作品を見れば それが分かるけん

柴山:ちょっと話が逸れちゃったけど、それで俺は作詞家を辞めて、ちょっとまたバンドしようかなと思ってRubyを作って。その前もソロで『センチメンタル・フール』ってアルバムを作ったりもしてたんだけどね。作詞家しよった頃、いっときARBの事務所に入ってたことがあったから、そこでレコード出しましょうって言われて作ったんだけど。当時はその作品をそこまで自分ではいいなとは思ってなかった。でも、まぁ、今聴き返してみるとなかなかいいの出来てたのかなって思ったりもする。今思うと、やっぱり作品として残しておいて良かったなって思う。けど、当時はレコード出したいとか、バンドしたいとか思わなくなってたんだよね。バンド、キツかろう?

ナオ:そうですね、バンドはキツイですね(笑)。

柴山:だろ(笑)。ソロは自分以外はそれぞれのプロが関わってくれるから任せておけばいいところがあるけど、バンドっていうのは全部自分達で0から作り上げていかなくてはいけないから。難しいよね。すごい腕のあるメンバーを集めて来たところで、音楽性のズレが出てきたりすることもあるし。俺なんかは口喧しい方だから一緒にバンドをやるのは大変だと思う。

ナオ:スタジオに入られているときの映像を見たことがあります。

柴山:物凄かったでしょ。ライヴやレコーディングじゃなく、リハーサルスタジオでの練習のときからかなり口煩いからね。“そこまで口煩く言わんでもいいだろ”って言う人もいるんだけど、良いものを作ろうとしたら、そうも言っとられんやろって、俺は思うから。首振りDollsもそうやろ? ちゃんと自分達の伝えたいことや魅せたい世界観があるんやろ? 作り出した作品を見ればそれが分かるけん。音源を聴いていてもそれが音へのこだわりからも伝わってくるし、CDのデザインとかブックレットとか衣装や写真とかからも伝わってくる。そこは首振りDollsとして一番大切にしなくちゃいけないところだから、とにかく貫き通した方がいい。ただ無闇に奇抜なヴィジュアルを狙っている訳じゃないってのも分かるから。

ナオ:嬉しいです、そう言ってもらえて。

ジョニー:すごく分かってもらえてて嬉しいです。

柴山:今の時代、CDなんて作ったって売れないじゃない。全部配信とかになっちゃって。でも、レコードとかCDは作るべきだと思うんだよ。ちゃんと作品として残さないとダメで。配信だけじゃなく、ちゃんと形として残すべきだと思うんだよ。

ナオ:手にすることの大切さ、ですよね。すごく分かります。自分はレコード大好きなんで。CDも、その中に入ってるブックレットを見るのも大好きで。

柴山:そういうもんだと思うよ。それに、作品って作り続けないと出来なくなるよね。ちょっと休んでたら、作詞も作曲も出来なくなる。ならない?

ジョニー:分かります! 作り続けないと出来なくなりますよね!

柴山:そう。作り続けないとなんだよ。それが一番大事。歌詞を書くのにどれくらい時間かかる?

ナオ:書けるときはツルッと書けるんですけど、書けないときは、ちょっと寝かせます。

柴山:寝かせてるときも考え続けているから、すぐに書けるわけではなかったりするんだよね。結局ずっと考えてるんだと思う。俺は作曲より作詞の方が難しいね。メロディに色は付けれても、言葉に色は付けられないからね。

ジョニー:たしかにそうですね。

柴山:俺は楽器全然出来ないんだけどさ。でも、曲ってのは、歌詞から書く勉強した方がいいと思う。歌詞を歌うという意識を強く持った方がいい。ちゃんと伝えたいことを書いて、そこにメロディを付けていく感じというかね。スティーヴ・ウィンウッドとかも好きで、キーが高い歌も好きだから、そういうのを歌うことで高いキーも出るようになったんだけど。最初は無理矢理歌ってたけど、歌い続けていくうちにだんだんと自然と高いキーが出せるようになっていったし。ボーカリストとしては、高いキーと低いキーを使い分けて両方を歌えるような、ジム・モリソンみたいなボーカリストになれたらいいと思うよ。せっかく東京来てみんなで夢追いかけてんだから、いろいろと勉強して頑張ったらいいと思う。

ナオ:はい! むちゃくちゃ頑張ります!

柴山:あははは。無理矢理頑張らんでもいいけどね(笑)。

ナオ:いえ、それが俺のやりたいことなので! 首振りDollsをジョニーと立ち上げて、活動し始めて長くなって来たんですけど、続けていたからこそ見れた景色もあるし、こうして憧れの柴山さんともお話しさせて頂いて、それがこうして記事になることもあるんだなと思ったら、本当に続けて来て良かったと思うし。今日、こうしてお話しさせて頂いて、改めて“詞”がすごく大事なんだなって思えたし、本当にまだまだ勉強することってたくさんあるなって思えてます。

柴山:でも、やっぱり歌詞だけじゃ作品にはならないからね。朗読みたいに、歌詞だけあって、全く違う音楽が後ろに流れてるみたいなことになったら意味がない訳で。

詞と曲は共存してないと意味がないから。難しいよね。でも、俺は日本語って、すごくロックに合うと思っているからね。ドイツ語もそうだけど、ちょっと硬い言葉というか、それが合うんだと思う。

ジョニー:なるほど。洋楽を聴き慣れていると、どうしても英語の方がハマりやすいんじゃないかって感じがちですもんね。

ナオ:あぁ、洋楽聴いてる人はそういう感覚あるのかもね。

柴山:レコーディングも綺麗にやらなくて良い。ライヴだってそのとき、そのままなんだから。Zi:LiE-YAはプロトゥールスではないからね。テープで録ってるから。

ナオ:え!? そうなんですか!? 聴き返してみよ!

柴山:全部テープだよ。一回しか歌ってないしね。ステージでやるときと同じ。レコーディングもライヴと同じ。そのときの息で録ってるんだから。そこを大事にしないと。

ジョニー:なるほど。どうしても綺麗に演奏しなくちゃって思ってしまったりしますからね。

柴山:そう。でも、そんなこと思わなくていい。

ナオ:一発レコーディングをやってみたくなりました。

ジョニー:たしかに、ライヴでは一発ですもんね。インディーズのときに始めて作ったアルバム首振りdolls 『首振り人形症候群』(※当時完売となり再発された『首振人形症候群〜REVISITED盤〜』は現在も発売中https://kubihuri.thebase.in)は、ほぼ一発で録ってますね。

ナオ:歌もほぼ一発なんです。音としては荒いけど、その頃の音はその頃の音でやっぱり衝動が詰まってますからね。それがすごくいいんですよ!

柴山:そうでしょ。ロックってそれだと思うんだよ。自信持って。元が良ければ、綺麗に録る必要なんてない。まずは“いい音を作ること”。そこを一番に考えて。元の音が生きていればいい。せっかく首振りDollsは音が良いんだから、頑張り続けないとね。

ジョニー:嬉しいです! すごくいいお話聞けました! 根本的なところを見つめ直せた気がします。

ナオ:ありがとうございます! 今日柴山さんから頂いたたくさんの言葉を胸に刻んで頑張り続けます!

柴山:うん。頑張って。とにかく生き残れるか生き残れないかって、すごく重要だと思う。生き残っていくのって大変なことだと思う。バンドって、やりたいと思ったら誰でもやれることではあるんだよ。俺たちの時代よりも今の方がロックが市民権を持っているから、やりやすい時代でもあるからね。だからこそ、努力しないと頭一つ抜けられないし、生き残れない。音楽で食べていくって本当に大変だから。ちゃんとそこを知って。生半可な気持ちじゃ生き残れないよ。真剣に。

ジョニー:はい。ありがとうございます!

ナオ:頑張ります!

柴山:とくにこんな状況だし大変な時代ではあるけど、頑張って。俺もやっと最近だから、自分のこと分かってきたの。最近ちゃんと歌が歌えるようになったと感じている。それまでは分からなかったからね。それくらい時間がかかるものでもあるんだよ。とにかく、やり続けて。期待してるよ。簡単な世界じゃないよ。頑張って。

ナオ:はい! ありがとうございます! 本当に今日はありがとうございました!

取材・文:武市尚子

写真・映像:DOLL RECORDS Co., Ltd.
【ライヴ情報】

『REAL FRIDAY THE DOLLS 〜首振りDolls one-man 人数制限付有観客公演〜』

11月6日(金) 東京・新宿MARZ

<2回公演>

17:00〜18:00

20:00〜21:00

<有観客ライヴチケット情報>

前売り4,000/当日4,500+drink order

LivePocketにて発売開始!

■11/6 有観客ライヴ購入先URL

https://t.livepocket.jp/

<ご注意事項>

※同タイトル、同日程にて一部公演、二部公演と開演時間が異なりますので、ご購入の際はよくご確認くださいます様お願い申しあげます。

※入場時お手を触れる事なくお使いの端末に表示させたQRコードチケットの認証でご入場頂けます。

※チケット購入には事前に Live Pocketにご登録頂く必要がございます。

※感染症対策ガイドラインに沿った形での開催となります。

ご入場頂ける人数には限りあり、受付可能枚数が大変少なくなっております。ご了承頂きますようお願い申し上げます。

<配信ライヴチケット情報>

■11/6 配信ライヴ購入先URL

https://shinjuku-marz.zaiko.io/_item/332242

※各日程ともイベントページは一つずつで、チケット購入先が1部と2部で分かれてます

■一部

ZAIKO HP情報公開日時:10/30 10:00〜

チケット価格:¥3500

チケット販売期間: 11/1 10:00〜

■二部

ZAIKO HP情報公開日時:10/30 10:00〜

チケット価格:3500

チケット販売期間:11/1 10:00〜

『【2DAYS企画】FRIDAY THE 《13TH》DOLLS -horror night – 〜首振りDolls one-man 人数制限付有観客公演〜』

11月13日(金) 東京・新宿MARZ

<2回公演>

17:00〜18:00

20:00〜21:00

<有観客ライヴチケット情報>

前売り4,000/当日4,500+drink order

LivePocketにて発売開始!!

■11/13 有観客ライヴ購入先URL

https://t.livepocket.jp/

<ご注意事項>

※同タイトル、同日程にて一部公演、二部公演と開演時間が異なりますので、ご購入の際はよくご確認くださいます様お願い申しあげます。

※入場時お手を触れる事なくお使いの端末に表示させたQRコードチケットの認証でご入場頂けます。

※チケット購入には事前に Live Pocketにご登録頂く必要がございます。

※感染症対策ガイドラインに沿った形での開催となります。

ご入場頂ける人数には限りあり、受付可能枚数が大変少なくなっております。ご了承頂きますようお願い申し上げます。

<配信ライヴチケット情報>

■11/13 配信ライヴ購入先URL

https://shinjuku-marz.zaiko.io/_item/332256

※各日程ともイベントページは一つずつで、チケット購入先が1部と2部で分かれてます

■一部

ZAIKO HP情報公開日時:10/30 10:00〜

チケット価格:¥3500

チケット販売期間:11/1 10:00〜

■二部

ZAIKO HP情報公開日時:10/30 10:00〜

チケット価格:¥3500

チケット販売期間:11/1 10:00〜


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