時代性を映す鏡は泣きながら踊る、映画『ジョーカー』の音楽

2020年8月3日 / 18:00

時代性を映す鏡は泣きながら踊る、映画『ジョーカー』の音楽 (okmusic UP's)

席の間引き、消毒、換気を徹底しながら運営中の映画館でようやく『ジョーカー』を観ました。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で劇中劇が劇中劇であることを忘却させるほどの名演を見せたレオナルド・ディカプリオが『第92回アカデミー賞』主演男優賞を逃したのも然もありなん。ディカプリオがリック・ダルトンとして生きたのに対し、ジョーカーことアーサー・フレック役のホアキン・フェニックスは社会に蹂躙され、黙殺される弱者という時代性の鏡として結晶していました。自身と他者の幸福を願いながら指先を伸ばしても一蹴され、悪のシンボルと成り果てた瞬間に初めて恭しく丁重に扱われた彼こそが明日の私かもしれません。
「That’s Life」(’66) /Frank Sinatra

グレイッシュで青の描線に象られた『ダークナイト』のヒース・レジャー版ジョーカーと相反して、鮮やかな臙脂と黄、極彩色の緑に身を包む希薄な描線のホアキン版ジョーカー。フランク・シナトラの「That’s Life」は、アーサー・フレックがジョーカーと化す寸前、素肌を晒してダンスとメイクに没入する最中とエンディングに寄り添う。ふくよかでまろやかなシナトラの朗々とした歌声、物言わぬベースと絡み合うミラーボールのように煌びやなシンセサイザーの華やかさに対して、ピエロの化粧を施すアーサー・フレックが自身の舌を白く塗りたくる場面と“これが人生、冗談みたいだけど”“夢を踏みつけて小躍りする人もいる、だけどくじけたりしない”という歌詞が重なるのは何とも皮肉で、凄惨なクライマックスとその先への幕開けを紛いものの明るさで緩慢に飾り立てる。
「Rock ’n’ Roll (Part 2)」(’72)/Gary Glitter

ジョーカーに身を堕としたアーサーが水溜りの飛沫を蹴り上げ、タバコを咥えて階段で踊る姿は長く映画史に刻み付けられる名シーンとなった。孤独な彼の背景に流れるのはゲイリー・グリッターの「Rock ’n’ Roll (Part 2)」。パーカッシブなベースと実像の残響の狭間で反復し続けるクラップハンド、硬質なベースとドラムのループフレーズに、無尽蔵に群勢する“Hey”というスキャットや捨て鉢のような息遣いで構築された奇妙なこの曲だけが、軽快かつ典雅に手足を伸ばし、ステップする彼の傍らに居る。ゲイリー・グリッターは性的虐待などで有罪判決を受けているが、直前の場面でアーサーが「優しかったのは君だけだ」と別れを告げる職場の元同僚の名前がゲイリーという設定に救いようのなさのみが佇む。
「Smile」(’54)/Jimmy Durante

アーサーがまだコメディアンを目指していた頃、曲がったネタ帳を片手に小さなステージに立ち、誇らしげな笑顔で腕を広げる束の間の細やかな幸福感に浸る中で添えられるのは、喜劇王チャールズ・チャップリンが作曲を手掛けた「Smile」。ドリーミーなハープの音色とジミー・デュランテの鉱物を思わせる歌声が“笑って、たとえ心が痛んでも”“笑って、例え心が砕けそうでも”という歌詞を満点の星の如く輝かせる。この曲は彼が犯した罪が新聞の誌面を賑わせ、格差社会のどん底で喘ぐ人々の鬱憤を晴らす風穴となったことを象徴するパートでも使用される。出番を終えた彼が歩く夜の街を彩色するのは、富裕層や被支配者層のヒーローとして祭り上げられる、口角を上げたピエロの仮面だ。
「White Room」(’68)/Cream

ジョーカーが生放送中のTVショーで起こした悲劇が引き金となり、略奪と暴動で燃え上がるゴッサムシティーの映像に挿入されるのはCreamの「White Room」。鬱蒼とした重苦しさと倦怠感が漂うサイケデリックな曲調の扉の向こうから光を放つのは、詩情が滲む暗喩が散りばめられた歌詞と、ジャック・ブルースの反転する歌声の影のように撓み、引き延ばされ、時にギラつく歪んだエリック・クラプトンのギターの色気。炎と煙と叫び声が充満する様をパトカーの中から眺めるジョーカーの笑みは街の灯のドットで色とりどりの穴が空き、“俺は待つつもりだ、太陽が輝くことのないこの場所で”というフレーズが絶望の淵からどす黒い闇の中に突き落とされた彼の心情といく末を暗示する。
「Send In The Clowns」(’73) /Frank Sinatra

エンドロールで使われているのはフランク・シナトラが歌う「Send In The Clown」。地下鉄の泥酔客がピエロの格好をしたアーサーを嘲笑う際に口ずさんだ楽曲でもあり、それは惨劇の火種となった。失恋した女性のモノローグが“ピエロはどこ? ピエロで笑うしかない”と縋り付く歌詞は、ジョーカーが民衆の救世主として崇められるストーリーラインの伏線でもある。醸成されたシナトラのヴォーカルを浴びて流砂のように波打つオーケストラのシンプルにして贅沢な構成は、いつ何時も聴き手を夢心地にさせる多幸感に溢れており、誰かを笑わせることで人や世界と関わろうとするも爪弾きにされ、血で汚れた笑顔を浮かべながらポーズを取った時に雷鳴の如き歓声に溺れた彼の悲劇を浮き彫りにする。
TEXT:町田ノイズ

町田ノイズ プロフィール:VV magazine、ねとらぼ、M-ON!MUSIC、T-SITE等に寄稿し、東高円寺U.F.O.CLUB、新宿LOFT、下北沢THREE等に通い、末廣亭の桟敷席でおにぎりを頬張り、ホラー漫画と「パタリロ!」を読む。サイケデリックロック、ノーウェーブが好き。


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