『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』はザ・ディランIIが遺したフォーク黎明期の遺産

2020年3月4日 / 19:00

日本のロック・フォークの原点と言われるURCレコード。はっぴいえんどや遠藤賢司が作品をリリースしたことでも知られている同レーベルだが、その設立50周年を記念して、先月からその作品21タイトルの発売が始まっている。当コラムではすでにはっぴいえんどや遠藤賢司はその作品を取り上げているので、今回は本日復刻されたザ・ディランIIの『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』を紹介してみようと思う。
アングラ作品を会員制で配布したURC

いきなり言い訳じみた書き出しで申し訳ない。いや、“じみた”ではなく、以下は完全に言い訳である。先に謝っておきます。すみません。

本稿作成にあたってザ・ディランIIの1stアルバム『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』についてあれこれ調べてみた。筆者はフォーク全盛期に遅れた世代で(生まれてはいたが未就学)、リアルタイムで、少なくとも自発的にその渦中の楽曲を聴いたことはない。のちにその時期に活躍したアーティストの名前を知ったが、それも大分あとになってからの話で、後追いで作品を聴くすることもなかった。つまり、『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』にしても今回初めて聴き、その内容を探っていったのだが、正直言って、この作品の解説は手に余る。本作は実に深い作品であるし、そうひと言で片付けるのも憚られるほどのアルバムと言ってもいい。個人的には本作の発売当時、そのムーブメントの渦中にいた者しか語れないのではないかとすら思う。まぁ、それは大袈裟にしても、当時の世相や風俗をしっかりと知る者でないと分からないというか、臨場感は持ち得ないのではないだろうかと想像する。サラッと調べてしたり顔はできない案件であることは間違いかかろう。

しかしながら、だからと言って、匙を投げるわけにもいかない。以下、なぜ筆者がそうも仰々しく思ったのか記すことで、『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』の解説としてみたい。大分変則的で反則技であることは承知の上のことであるが、それがザ・ディランIIとその作品、さらには彼らと同時代を過ごしたリスナー、オーディエンス、関係者への最低限の礼儀あると判断した。いつも以上に引用も多くなるとは思うが、これも正確を期すためとご理解いただきたい。

まず、これはザ・ディランIIに限った話ではないが、本作の発売元であったアングラ・レコード・クラブ=URCについて少し触れておきたい。名は体を表すとはよく言ったもので、そのレーベル名に組織の性格がモロに出ている。URCはアングラなレコードをリリースしていたレーベルである。特筆すべきは、このレーベルは発足当初、会員制でのレコードの配布というスタイルをとっていたことだ。1回2,000円の会費で、会員にのみレコードを配布していたという。Wikipediaにはこうある。

[当時フォークシーンで盛んになっていた政治を批判する歌詞のプロテスタントソングや反戦歌、差別用語や卑猥な言葉等放送禁止用語が含まれる等歌詞に問題があったり、放送するに相応しくないと言う理由でメジャーで発売出来ない楽曲を自主制作で発売する為に設立された。当初は会員制の通信販売のみで、会費を納めた会員にレコードを送るというシステムだったが、1000名の募集人数を大幅に超える会員希望者が殺到。募集人数を2,000名に拡大したがそれでも入会希望者が後を絶たず、正式にインディーズのレコード会社「URCレコード」として発足した]([]はWikipediaからの引用)。

実際に配布されたのは3回だけで(高田渡/五つの赤い風船、中川五郎/六文銭、休みの国/岡林信康)、その後は配布と同時に市販もされたようである。アングラという認識が関係者にあったのだろうが、そのニーズも確実にあったわけで、当時の社会におけるフォークソングのポジションがよく分かる格好の事例である。

また、URCは今で言うインディーズレーベルの先駆けとしても興味深い。その設立には「受験生ブルース」で知られるフォークシンガーの高石ともやが関係している。この辺を掘り下げていくと今回だけに留まらない話になるのでここでは止めておくけれども、1960年代半ばから日本のフォークミュージックは脈々と受け継がれていったことを認識していただければ…と思う。
そのサウンドはフォークに留まらず

URCに関しては、そこで発表された作品群を含めてさすがに“URC50周年記念プロジェクトサイト”に詳しく、これから関連書籍も発刊されるようなので、ご興味のある方はそちらを是非ご参照いだだくとして、話を『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』の内容へと移す。

ここまでフォークという言葉がよく出てきたし、ザ・ディランIIもフォークグループやフォークデュオと言われているようであるが、本作を聴いた限り、本作は簡単にフォークと片付けられない印象がある。それは収録曲のほとんどにリズム隊や鍵盤が入っているからでもあるが、そんなことを言ったらこれまでフォークと言われた音源の多くはフォークではなくなるのでそういうことだけでなく、M6「プカプカ (みなみの不演不唱)」やM4「君をおもいうかべ」はブルース、M1「君の窓から」、M8「君はきままに」、M10「サーカスにはピエロが」辺りはカントリーと、明らかにフォークだけに留まらないサウンドを聴くことができるからである。広義でロックと言って差し支えないと思う。

まぁ、その名がザ・ディランIIであるから、それもそのはず。前身はザ・ディランと言い、大阪のフォーク喫茶“ディラン”に集った西岡恭蔵、大塚まさじ、永井洋を中心に結成されたグループである(西岡が脱退してザ・ディランIIとなった)。店の名はBob Dylanから拝借したものであることは説明不要だろう。実際、店ではBob Dylanを始めとするアメリカンフォークを流していた。

“ディラン”は大塚まさじが1969年8月に開いた喫茶店であるが、1960年半ばからすでにBob Dylanはエレキギターを持ちバックバンドを従えてツアーを行なっていたし、1968年にはそのバックバンドであったThe Bandが『Music from Big Pink』をリリースしているので、そうした影響は明らかだ。フォークという音楽ジャンルそのものが、フォークと言った時に多くの人たちがイメージする弾き語りスタイルだけにとらわれなくなっていた時期にザ・ディラン、そしてザ・ディランII は結成されているので、そのサウンドがバンドサウンドになったのもある種、必然であったと言える。その辺は、M5「男らしいってわかるかい」がBob Dylanの「I Shall Be Released」のカバーでもあるから、何をかいわんや…ではあろうが──。ちなみに、The Bandの『Music from Big Pink』については、過去、洋楽名盤で紹介しているので、是非こちらもご参照いただきたい。
時代を反映した注目すべき歌詞

1960年代後半、Bob Dylanは従来のフォークソング愛好者からプロテストソングから離れたと糾弾されたそうだが、そういったことも関係しているのか関係していないのか分からないけれど、『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』にもモロに反体制的なメッセージが感じられる歌詞はないようである。M1「君の窓から」の《貴族達のサロンでは/時計のはりもとまり/かわいた笑い声が/あふれているけれど》辺りはブルジョワジーの暗喩と受け取れなくもないだろうけど、それにしても《君の窓から出ておいで/何もない街だけど/二人だけでもいいから/夜が明けるまで おどろう》と言っているのだから、基本的にその骨子は前向きなメッセージと取ったほうがよかろう。

それよりも…と言うべきか、注目に値する歌詞はM2「子供達の朝」と、M6「プカプカ(みなみの不演不唱)」ではないかと思う。M2「子供達の朝」は永山則夫のことを、M6「プカプカ(みなみの不演不唱)」は安田南のことを綴ったものだという。これも正直に書くが、筆者はそれぞれの人物のことをよく知らなかった。永山則夫はその名前くらいは聞いたことがあったけれども、安田南の名はまったくの初耳であった。以下、調べて分かったことだが、永山則夫は1968年から1969年にかけて連続ピストル射殺事件を引き起こした元死刑囚のこと。安田南は“アングラの女王”との異名をとり、1970年代に人気となった女性ジャズシンガーのことである。共にその人物や事件の詳細を記し出すと膨大な量になるのでここではサラリと紹介するだけに止めるが、これらを知らない人がいるならば是非ググったほうがいい。

まず、永山則夫ならびに連続ピストル射殺事件。[犯行当時19歳の永山則夫(1990年に死刑確定、1997年に少年死刑囚として死刑執行)がアメリカ海軍・横須賀海軍施設(神奈川県横須賀市)に侵入し、後に凶器として使用される拳銃を盗んだ。永山はこの拳銃を用い、社会への復讐のため、短期間のうちに4人を射殺した]。この事件には[永山は生育時に両親から育児を放棄され(ネグレクト)、両親の愛情を受けられなかった。裁判が始まった当初は、逮捕時は自尊感情や人生に対する希望や他者を思いやる気持ちも持てず、犯行の動機を国家権力に対する挑戦と発言するなど、精神的に荒廃していた]という背景があったと言われている([]はWikipediaからの引用)。その事実を抑えると、M2「子供達の朝」の歌詞の味わいはグッと増す。

《朝の光からしめ出された子供は/今日も風のようにこの街をゆく/15の時に耳にした/祭のうわさを夢託し/遠いところへゆくんだと/一人家を出た/でも街の中では誰もが同じ/ネオンサインに/恋してけだるさに抱かれて/冷たい石の壁に行手はばまれて/雨ふる街の中に一人しずんでく》《母親たちのおとぎ話が/幼い時きけたなら/子供達の朝は手の中で/笑っていただろう》(M2「子供達の朝」)。

安田南には、彼女はヘヴィスモーカーで、1日100本も煙草を吸っていたという話がある。トランプ占いも好きだったと思われる。だから、そんな歌詞になったのだろう。

《俺のあん娘はたばこが好きで/いつも プカプカプカ/体に悪いからやめなっていっても/いつも プカプカプカ》《俺のあん娘はスウィングが好きで/いつも ドゥビドゥビドゥー/下手くそなうたはやめなっていっても/いつも ドゥビドゥビドゥー》《俺のあん娘はうらないが好きで/トランプ スタスタスタ/よしなっていうのに俺らをうらなう/おいら明日死ぬそうな/あたいのうらないがピタリとあたるまで/あんたとあたいの死ねる時わかるまで/あたいうらないやめないわ/トランプ スタスタスタ》(M6「プカプカ (みなみの不演不唱)」。

安田南に関してはこんな出来事があったという。[1971年、第三回中津川フォークジャンボリーのメインステージの安田南のライヴは、暴徒のため演奏中にステージを占拠されてぶち壊しになり、フォークジャンボリーは二度と開催されなくなった]そうである([]はWikipediaからの引用。中津川フォークジャンボリーは全日本フォークジャンボリーの別称)。これにより、同ライブイベントは翌年以降開催されなくなった。M6「プカプカ (みなみの不演不唱)の歌詞はそのことにはまったく触れていないようだが、そのライブイベントの開催が1971年8月で、『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』の発売が1972年4月であるし、第三回中津川フォークジャンボリーにはザ・ディランIIも出演していたというから、何かしらの因果関係はあると見るのが自然だろう。ちなみに安田南は[1990年代以降、事実上引退し]ており、関係者によれば[「既に亡くなった」という旨の証言がなされているが、正確な没年月日・死因などについては不明である]という([]はWikipediaからの引用)。

かように、この2曲もまた当時の日本の世相や文化を反映したものだと考えると、ザ・ディランIIの『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』はレコード作品であると同時に、まさしく時代のレコード(記録)であった。今回復刻に至ったのはとても意義深いことであって、日本の文化史としても重要なことなのかもしれない。
TEXT:帆苅智之
アルバム『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』
2002年発表作品

<収録曲>

1. 君の窓から

2. 子供達の朝

3. その時

4. 君をおもいうかべ

5. 男らしいってわかるかい

6. プカプカ (みなみの不演不唱)

7. さみしがりや

8. 君はきままに

9. うそつきあくま

10. サーカスにはピエロが


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