『人間失格』に見る永久不変なスタイル人間椅子の不思議な感触の世界を惑溺せよ

2019年12月11日 / 18:00

12月11日、『人間椅子名作選 三十周年記念ベスト盤』がリリースされたとあって、人間椅子のデビューアルバム『人間失格』を取り上げる。ここまでの彼らの歩みは決して順風満帆と言えるものではなく、詳しくは本文に書いたのでそちらをご覧いただきたいが、苦労の連続だったと言える。そんな彼らがここに来て脚光を浴びるようになったのは、そのスタイルを貫き通したことに他ならないわけだが、その本質はデビュー作にしっかりと刻まれていた。
“イカ天”から登場して30年

彼らのメジャーデビューは1990年。29年前ということになる。そのきっかけは、1980年代後半からのバンドブームをけん引したコンテンツのひとつ、『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称“イカ天”)だった。週ごとの勝ち抜き方式であった同番組で人間椅子は翌週まで居残ることはできなかったものの、その演奏が放送されたことで動員が飛躍的に増加。『イカ天』出演後には、それまで身内しか訪れず疎らだったライヴハウスの客席が、彼ら自身も見たこともない人たちで膨れ上がったという。この時期、ブームに乗って数多くのバンドがメジャーデビューし、1991年には500組を超えるバンドがメジャー進出したというから、ブームを通り越して完全にバブルに沸いていた。人間椅子もそこに乗った。いや、“乗せられた”という言い方が正確だろうか。

そのデビュー作、アルバム『人間失格』はチャート31位と好リアクションでわりと売れた。実数は調べが付かなかったけれども、本作がここまで人間椅子のアルバムで最も売り上げた作品のようである。ちなみに翌年3月に発表されたメジャー2nd『桜の森の満開の下』が人間椅子の歴代アルバム売上の2番目で、これがチャート57位だった。しかし…である。リリースのインターバルは長くて3年程度と、ほぼコンスタントにアルバムを発表していると言っていい人間椅子ではあるが、その後、再び彼らの名前がチャートに登場するのは2009年の15th『未来浪漫派』を待たなければならない。この間、実に18年、12作を要している。失礼ながらとても“売れた”と言えない経歴である。

それゆえに、当然と言うべきか、インディーズでアルバムをリリースしたこともあるし、長い間アルバイトにいそしみながらバンド活動を続けていたとも聞く。しかも、和嶋慎治(Gu&Vo)、鈴木研一(Ba&Vo)以外のメンバー=ドラマーも、現在のナカジマノブ(Dr&Vo)に至るまで何度かチェンジしている。普通なら…と一般論で語るのも憚られるが、シーンからフェードアウトしていたとしても不思議ではない状況ではあった。『イカ天』出演で人気を得たバンドたちは、BEGINが現役バリバリで、FLYING KIDSは2006年に再結成しているが、そうした例外を除けば、ほとんどが解散しているか、解散したかどうかさえ分からない状態である。そんな中で人間椅子の存在は例外中の例外と言える。

さて、2009年の15th『未来浪漫派』以降の人間椅子がどうなったかと言うと、16th『此岸礼讃』(2011年)が59位、17th『萬燈籠』(2013年)が35位と、チャートリアクションだけ見ればデビューアルバムに迫る勢いだ。それだけに留まらず、20th『異次元からの咆哮』(2017年)は18位と初のベスト20入りを果たし、さらに、今年6月に発表した最新作21st『新青年』(2019年)は何と14位と、ここに来て自己最高位を更新した。奇跡的なV字回復である。また、これも数字が定かではないけれども、最高セールスは前述の通り、1位が『人間失格』、2位が『桜の森の満開の下』のままであるものの、それに続くのが『新青年』、『異次元からの咆哮』である。その順位が逆転する可能性も十分にあるような状況だ。活動歴の長いバンドも少なくなくなった昨今ではあるが、こんな軌跡を描いてきたバンドは他にはいない。人間椅子だけと断言できる。

これだけでも十分に話題だし、特筆すべき事項ではあるが、最も注目すべきはこの間、彼らの方向性、音楽性が変わっていないという事実だろう。そりゃあ、30年も経てば楽曲作りも巧みになるだろうし、レコーディング技術も進化しただろうからサウンド面はいろいろと変わっている。しかし、その本質はほとんど変わっていない。筆者も人間椅子のオリジナルアルバムを全て聴いているわけではないので軽々しいことは言えないけれども、ラブバラードが増えてファン層が拡大したとか、そういうことではないことは断言できる。加えて言うと、彼らはデビュー時から演奏技術もかなりしっかりしていたので、そこもことさら変わった印象はない。元より巧いバンドである。つまり、何かが大きく変わったからここに来てセールスが伸びてきたというわけではないのである。陳腐な言い方になるが、時代がようやく彼らに追い付いたという見方が適切であろう。
ヘヴィメタルに独特の歌詞世界

それでは、彼らのデビュー作であり、バンド史上最高セールスを記録した『人間失格』から、その人間椅子の方向性、音楽性を検分してみたい。本作はインストM1「鉄格子黙示録」から始まる。オープニングSEにも近い位置付けで、逆回転風の音も入ったサイケ的な音作りでありつつも、“おどろおどろしい”と表現するのが相応しい音だ。冒頭も冒頭からこのバンドの特徴が垣間見える。それがフェードアウトしたところに、ベース、ギター、ドラムと3ピースが重なっていく。これまたダークな印象。しかも緊張感は相当なものだ。ハードロック、ヘヴィメタル、プログレ。人間椅子の音楽はそういったジャンルにカテゴライズされるものであることが分かる。

それは次曲M2「針の山」がウェールズのバンド、Budgieのカバー曲であることからも明白となる。Budgieはそれほど知名度が高いとは言えないバンドだが、Metallicaがファンを公言し、IRON MAIDENやVan Halenもその楽曲をカバーしているバンドで、のちのHR/HMシーンに多大なる影響を与えたと言われる存在。カバーするにしてもそのセレクトが渋い。また、オリジナルの途中でアコギ中心のバラード調になるところはトレースしていないものの、それ以外は奇を衒ってないというか、とても素直にカバーしていて、どちらかと言えばコピーに近い。歌詞は日本語なのでカバーはカバーなのだが、言葉の乗り方も絶妙で、原曲を知らない人は人間椅子のオリジナルだと思うような楽曲だ。個人的にはオリジナルより若干上手いと感じるほどだし、グイグイと迫るテンションは明らかに原曲を超えている。歌詞がまたすごい。以下がその抜粋である。

《俺の穢れた臓腑を死んでる予定の母親貪って》《俺の奢れる舌をヤットコどっこい閻魔は引っこ抜き》《俺の狂える額を冥土の使いの禿鷹(はげたか)ついばんで》(M2「針の山」)。

まさしく地獄絵図。“おどろおどろしい”の字義通り、不気味で恐ろしい情景と言葉が綴られている。確実に万人向けとは言えない内容ではあるが、サウンドにも合っていると思うし、あえて東北訛りを活かしているのであろう発声法も民話伝承っぽい雰囲気がして、その内容にとてもマッチしている感じだ。続くM3「あやかしの鼓」は、これまたおどろおどろしい、呪術的とも思えるドラミングから始まる。日本古来の民謡などのリズム、調子にも重なる上、歌舞伎などの古典芸能の要素も感じられる歌い方も独特だ。バンドアンサンブルも面白い。ギターリフがリピートされつつも、リズム隊が変化することで、楽曲全体に抑揚と奥行きが出て来る好例。3ピースという最小形態を苦にせず、むしろそれを逆手に取ったようなバンドアンサンブルが実に素晴らしい。後半アップテンポになって疾走感を増していく様子はやはりプログレ的であって、伝統的なロックのカッコ良さが感じられる。楽曲のタイトル「あやかしの鼓」は夢野久作の著作からの引用だろう。

と、ここまで=M1~3で、人間椅子の方向性、音楽性ははっきりする。ジャンルはヘヴィメタル(プログレの要素も強いのでプログレッシブメタルと呼んだ方がいいかもしれないが、ここでは大枠で語ることとする)。そこに和テイストの歌詞──とりわけ怪奇的であったり幻想的であったりする歌詞を乗せたものが人間椅子であると言っていい。以降、サウンド的には若干バラエティー豊かにはなるものの、基本はこのスタイルである。少しブギーっぽいM4「りんごの泪」も独特の訛りがある発声法で、歌の抑揚のなさがまさしく民謡調のナンバー。和風プログレといった雰囲気もあるだろうか。

《りんごりんごりんご りんごの哀しみ籠の中》《十五時五十四分 青森発上野行急行津軽/りんごは今日も売られていく/お岩木山の麓では お猿の弥三郎(やさぶら)手を振って/齧るりんごも目にしみて 汽車はじょんからじょんからと》(M4「りんごの泪」)。

歌詞はパッと見では可愛らしく感じられるかもしれないが、相当ヘヴィな話を下地にしていることは疑いようがないだろう。M5「賽の河原」もスラッシュメタル的なリフながら、全体的には重いサウンドが淡々と進む感じだが、これがまた歌詞に合っている。

《一つ積んでは父のため/二つ積んでは母のため/三つ積んでは人のため》《右も左も 分からぬ/霧と硫黄の 荒野を/鬼に追われて 子供は逃げる/石を蹴散らし どこに行くのだろう》《遊び疲れた 子供は/石の蒲団に くるまり/水に呑まれて 湖の底/醒めることない 夢を見るのだろう》(M5「賽の河原」)。

これまた後半、アップテンポに展開が変わるが、楽曲のシアトリカルさを増長している感じで、完璧とも言っていいアレンジだ。サビメロがどこか昭和歌謡っぽいM6「天国に結ぶ恋」は、楽曲タイトルからして“おっ、このバンドにも恋愛の歌があるのか!?”と思っていわゆるラブソングを期待すると、いい意味で裏切られる(人によっては“悪い意味”で裏切られる)ダークなナンバー。この歌詞はあえて掲載しないけれども、少しでも興味を持った人はググってみてほしい。良くも悪くも衝撃的であるはずだ。
楽曲全体の世界観も巧みに描く

M7「悪魔の手毬歌」と、タイトルチューンであるM8「人間失格」はそのタイトルからしても、前者は横溝正史、後者が太宰治のオマージュであることは明らか。歌詞もさることながら、興味深いのはサウンドだ。M7「悪魔の手毬歌」は、これまた後半にテンポアップするプログレメタルな楽曲だが、イントロのワウペダルを使っている(と思われる)ギターはどことなく市川崑版の映画を彷彿とさせる音色。M8「人間失格」のアドリブっぽいフリーキーな感じやシャウトというよりは叫び声と言った方がいい歌唱(?)は、太宰の自己破滅を思い起こさせるところがあって、世界観の描き方も巧みであることが分かる。

その一方、M9「ヘヴィ・メタルの逆襲」では、メタルというよりもハードロック寄りのサウンドに乗せて、音楽ジャンルを相対化し揶揄するような歌詞を乗せているも面白い。

《ほとばしる 躍動感/それもそのはず ヘヴィ・メタル/見かけほど 強くない/みんな痩せてる ヘヴィ・メタル》《ベーシスト チョッパーは/使用禁止だ ヘヴィ・メタル/ギタリスト 得意技/ライトハンドだ ヘヴィ・メタル》《仕事には 苦労する/割とシビアな ヘヴィ・メタル/ビデオ屋と 楽器屋と/ビラ配りする ヘヴィ・メタル》(M9「ヘヴィ・メタルの逆襲」)。

スローなM10「アルンハイムの泉」を挟み、坂口安吾の短編小説からタイトルを拝借したであろうM11「桜の森の満開の下」では密集感の強いサウンドで締め括り、いろんな意味でズシリとしたアルバムであることを印象付ける。

バラエティーに富んだ作品ではありつつも、HR/HMというところで完全に一本筋が通ったサウンドで、歌詞はそれ以上にとことん和風──独特の世界観にこだわっていることは、やはり誰が聴いても明らかだろう。根強い固定ファンは全世界にいるものの、端から敬遠する人も多いヘヴィメタルというジャンルで、しかも前述した通り、歌詞も本能的に忌み嫌う人もいると思われる内容である。デビュー時は“イカ天”での露出も手伝って売れたことも分かるが、そのスタイルは変わらなかったわけで、次第にセールスが厳しくなっていったことも不思議ではなかったと思われる。しかし、彼らはその姿勢を貫いた結果、前述の通り、ここに来て人間椅子は人気のピークを迎えようとしている。2020年2月には初の海外ワンマンツアーも決定。日本を代表するヘヴィメタルバンドとして世界に認められる日もそう遠くないかもしれない。まさに“一念岩をも通す”である。本当に素晴らしい。
TEXT:帆苅智之
アルバム『人間失格』
1990年発表作品

<収録曲>

1.鉄格子黙示録

2.針の山

3.あやかしの鼓

4.りんごの泪

5.賽の河原

6.天国に結ぶ恋

7.悪魔の手毬歌

8.人間失格

9.ヘヴィ・メタルの逆襲

10.アルンハイムの泉

11.桜の森の満開の下


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