リミックス制作の先駆者として知られる才人・ニルソンの傑作『空中バレー』

2019年11月8日 / 18:00

1968年、世界的なスターとなっていたビートルズが会見の席で「アメリカで注目しているアーティストは?」との質問に、ジョン・レノンとポール・マッカートニーがひとりのアーティストの名前を挙げ大きな話題となった。それがニルソンである。ニルソンはスタンダード曲のような本格的なポピュラー音楽のスタイルとサイケデリックなポップを混ぜ合わせたり、一人多重録音による斬新なヴォーカルアレンジを提示したりするなど、ポピュラー音楽界で独特の立ち位置を獲得したアーティストである。彼の歌う「うわさの男(原題:Everybody’s Talkin’)」は日本でも未だにさまざなメディアで使われているので聴いたことがあるのではないだろうか。今回は、その「うわさの男」を収録した3rdアルバムとなる初期の傑作『空中バレー(原題:Aerial Ballet)』を取り上げる。
日本にない“スタンダード”という 音楽スタイル

音楽ファンであれば、一度は“スタンダード曲”という言葉を耳にしたことがあると思う。スタンダード曲とは同じ国に住む人なら老若男女を問わず誰もが絶対に知っている楽曲群のことである。スタンダード曲はロックンロールが誕生した1950年代後半に縮小してしまうのだが、ジャズの世界では今でもちゃんと通用する言葉であり概念だ。アメリカのエンタメ界にはミンストレルショーやヴォードヴィルなどから派生した、劇中に台詞を歌で表現するミュージカルのスタイルが古くからあったが、ミュージカル映画の登場で一気に全米に広がっていく。基本的にスタンダード曲はミュージカル(ミュージカル映画も含む)の中で使われた曲で、長い間愛され、いつの間にか誰もが知る曲になったものを指す。

スタンダード曲の有名なところでは、ホーギー・カーマイケルの「スターダスト」「我が心のジョージア」、ジェローム・カーンの「オール・ザ・シングス・ユー・アー」「煙が目にしみる」、コール・ポーターの「ラブ・フォー・セール」「ナイト・アンド・デイ」、アーヴィング・バーリンの「ホワイト・クリスマス」「ブルー・スカイ」、ロジャース&ハマースタインの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」、ヘンリー・マンシーニの「ムーン・リバー」「酒とバラの日々」などがあり、これらは今でもジャズのジャムセッションではよく演奏されている。
ニルソンの音楽的バックボーン

ニルソン(本名はハリー・ニルソン)の曾祖父母はサーカスの芸人で、祖母はピアノが得意であった。近い親戚にも楽器を弾ける者がいて、ハリー少年は音楽的には恵まれた生活を送っていたと言えるだろう。ただ、家庭は貧しかったので、劇場で働くようになる。この頃から徐々にミュージカル音楽などの職業作家への憧れが強くなり、昼は作詞作曲、晩は銀行のコンピューター部門で働いている。60年初頭になると、レイ・チャールズのリズム(R&B)とエバリーブラザーズのコーラスに影響を受け、1963年には22歳でソングライターとしてデビュー、リトル・リチャードなどに曲を提供している。

この後、当時一世を風靡していたフィル・スペクターに教えを乞い、彼とソングライターチームを組んで曲を書くかたわら、自身のデモテープ作りも始めている。66年には自身のシングルを数枚とそれらシングルをまとめたデビューアルバム『スポットライト・オン・ニルソン』をインディーズレーベルからリリース、グレン・キャンベル、ヤードバーズ、フレッド・アステア。モンキーズといった人気アーティストにも曲を提供するのだが、彼自身はこれといった注目を浴びることはなく、相変わらず晩は銀行に勤め昼間に作詞作曲をするという生活を続けていた。ところが、RCAからアーティスト契約(歌手及びソングライター)の話が舞い込み、念願のメジャーレーベルでのデビューが決まる。
ニルソンのデビュー

彼の2枚目のアルバムでRCAでのデビュー作『パンディモ二アム・シャドウ・ショウ』は、67年の末にリリースされた。この作品ではすでにヴォーカルの一人多重録音や緻密なソングライティングが見られ、一般には売れなかったがポピュラー音楽業界ではかなりの注目を集めることになる。収録曲の「ウィズアウト・ハー」はBS&Tやハープ・アルバートに、「1941」はビリー・J・クレイマーにカバーされるなど、ソングライターとしての彼の才能は広く認められた。中でもビートルズのカバー「ユー・キャント・ドゥ・ザッツ」では、ビートルズのさまざまな曲のフレーズがコラージュ的に盛り込まれており、一人多重録音は斬新で素晴らしい成果を生んだ。このアルバムを聴いたジョン・レノンは感激し、わざわざニルソンに国際電話で自身の気持ちを伝えている。この後、ビートルズのメンバーとの交友関係が始まり、ビートルズ解散後もジョンとリンゴのソロアルバムにニルソンは参加するなど、関係は続いていく。また、この時期になってようやく銀行を辞め、ミュージシャンの仕事に専念するようになる。
本作『空中バレー』について

68年には3作目となる本作『空中バレー』をリリースし、ニルソンの名前が世界中で知られることになる。まず、60年代のロック界でリーダー的役割を果たしたアル・クーパーがデビューソロアルバム『アイ・スタンド・アローン』で本作に収録された「ワン」をカバー、翌年の69年にはスリー・ドッグ・ナイトも「ワン」をカバーし、シングルカットすると全米5位の大ヒットとなる。しかし、話はこれだけでは終わらない。本作に収録された「うわさの男」(フォークシンガー、フレッド・ニールのカバー)がアメリカン・ニューシネマの秀作『真夜中のカウボーイ』(ジョン・シュレシンジャー監督作品で、アカデミー賞で3つの賞を受賞、日本でも大ヒットした)に起用され、これが全米6位の大ヒットとなる。グラミー賞の最優秀男性ヴォーカルにも選ばれ、ニルソンは「ワン」ではソングライターとして、「うわさの男」ではシンガーとして認められる結果となった。

この2曲だけでなく、本作に収録された楽曲の13曲はどれも高水準で、スタンダード的な雰囲気のものやノスタルジックなものを中心に、どこかブリティッシュポップスの香りも感じさせる。ソングライティングとヴォーカルの両面でニルソンの才人ぶりがよく分かる傑作だと思う。バックを務めるのはロック寄りのミュージシャンも多く、ドラムにはジム・ゴードン(デレク&ザ・ドミノスなど)、キーボードにはラリー・ネクテル(後にブレッド)、サックスにはジム・ホーン(レオン・ラッセル、ジョー・コッカー、ジョージ・ハリソンらのバックで知られる)、ギターにデニス・バディマー(著名なセッション・ミュージシャン)ら、名手たちばかりである。

ニルソンと言えば7thアルバム『ニルソン・シュミルソン』に収められた「ウィズアウト・ユー」(71年リリース。米、英、オーストラリア、カナダなどでチャート1位)が最もよく知られているが、僕はノスタルジックかつ実験的なサウンドで勝負していた初期のニルソンこそが彼の真骨頂だと考えているので、本作『空中バレー』、4作目の『ハリー』(‘69)、5作目の『ニルソン・シングス・ランディ・ニューマン』(’70)あたりがお薦め作品となる。

なお、6作目のアルバム『エアリアル・パンディモニアム・バレー』(‘71)は、『パンディモ二アム・シャドウ・ショウ』と『空中バレー』の2枚のアルバムを再構成し新たにミックスし直した作品で、世界最初期のリミックス作品だと言える。

余談であるが、エアロスミスというグループ名は、ドラマーのジョーイ・クレイマーが本作を聴きながら思いついたそうだ。
TEXT:河崎直人
アルバム『Aerial Ballet』
1968年発表作品

<収録曲>

1. ダディズ・ソング/Daddy’s Song

2. 古い机/Good Old Desk

3. ドント・リーヴ・ミー/Don’t Leave Me

4. リッチランド氏の好きな歌/Mr. Richland’s Favorite Song

5. リトル・カウボーイ/Little Cowboy

6. トゥゲザー/Together

7. うわさの男/Everybody’s Talkin’

8. グッドバイ・トゥ・ミー/I Said Goodbye to Me

9. リトル・カウボーイ/Little Cowboy (Reprise)

10. ミスター・ティンカー/Mr. Tinker

11. ワン/One

12. 柳の嘆き/The Wailing of the Willow

13. バス/Bath

〜ボーナス・トラック〜

14. シスター・マリー/Sister Marie

15. ミス・バターズの嘆き/Miss Butter’s Lament

16. ガールフレンド/Girlfriend


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