ポルノグラフィティの最大の特徴をロックへの敬愛と共に捧げた『ロマンチスト・エゴイスト』

2019年9月4日 / 18:00

ポルノグラフィティがシングル「アポロ」でデビューした1999年9月8日からちょうど20年目となる9月8日(日)とその前日である9月7日(土)に、デビュー20周年を記念したコンサート『20th Anniversary Special LIVE “NIPPONロマンスポルノ‘19〜神vs神〜”』を東京ドームで開催する。彼らにとって10年振りの東京ドーム公演であり、公演名にもあるように両日ともに“神セトリ”によるライヴとなるとあって、否が応にも期待は高まる中、本コラムではデビューアルバム『ロマンチスト・エゴイスト』で、20年前の彼らを振り返ってみようと思う。
岡野昭仁の天性の歌声

この間、とあるバンドに取材した時、そのメンバーのひとりが“声は才能。磨いてどうにかなるものじゃない”と語っていた。ほんとその通りである。同意するしかなかった。練習したり、鍛えたりすれば、音程を上手にとれるようになったり、音域が広くなったり、声量が上がったり、それこそ表現力がアップすることもあるだろうけれど、その人が本来持っている声質がトレーニングで大きく変化することはないだろう。

いわゆるハスキーヴォイスというのは、先天性発声障害などを除いて、ほとんど先天的ではないらしいので、言わば“作れる声”なのかもしれないが(海に向かって叫ぶとか、ウォッカでうがいをするとか、ハスキーヴォイスの作り方はいろいろとあるらしいが、それらは民間伝承や都市伝説の類いなので、決して真似しないでください)、ハスキーヴォイスの本質はノイジーになったり倍音が増えたりすることと考えると、声質の変化とは少し違う気はする。

声帯の縁に小さい隆起ができる声帯ポリープという病気がある。声を出す仕事の人がかかりやすいと言われ、シンガーにも時々、声帯ポリープを患って切除手術を行なう人がいる。何度か声帯ポリープ切除手術を行なったミュージシャンに取材させてもらったことがあるのだが、みんなおしなべて、施術後に自分の声が変わらないか少し恐れていたと述懐していた。術前と術後で声質が変わることはほとんどないそうであるが、そうした発言を耳にする度に、やはり声を使った仕事にしている人たちだけに万が一のことも考えてしまうのだなと思ったものだ。すなわち…と言うには若干乱暴かもしれないけれど、声は天賦のものであって、のちにどうにかできるものではないことを表した事例と言っていいのではないかと思われる。

ソロシンガー、バンドのヴォーカリストを問わず、音楽業界の第一線で活躍する人の中には、先天的に恵まれた声を持ったと言えるアーティストは多い。実名を挙げていくときりがないけれども、男性ロックヴォーカリストで今パッと思い浮かんだ人で言うと、浅井健一、布袋寅泰辺りは間違いなく、その歌声は唯一無二のものと言っていいだろう。替えが効かない声と言ったらいいだろうか。両者ともに優れたメロディメーカーでもあるので、彼らが正式に作った曲であれば誰が歌っても一定のクオリティーは保障されるであろうが、少なくとも作った本人が歌ったものをオリジナルとすれば、他のヴォーカリストのカバーがそれを超えることはなかなか難しいと思う。

この他、思い付くままにアーティストの名前を挙げていくこともできるのだが、本題に戻る。今回そのメジャーデビュー作である『ロマンチスト・エゴイスト』を取り上げるポルノグラフィティの岡野昭仁(Vo&Gu)もまた天性の恵まれた歌声を持ったヴォーカリストであることは疑いようがない。その声質をつぶさに言語化するのはなかなか難しいのだけれども、彼の歌は喉や口から音が出ているのではなく、鼻の前辺りからメロディーが出てくるような──個人的にはそんな聴き応えがある。“押しが強い”と言うと簡単すぎるし、“声ならざる声”と言ってしまうと少し語弊があるだろうが、声量や喉の使い方によって簡単に出せるものではない印象が強い。しかも、滑舌がいい。そのため、フェイクに頼ったようなところがなく、歌詞をスポイルしている感じもないので、とても丁寧なヴォーカリストであることも間違いない。

“個性的”という言葉を使う時、その人の持つ何かが他者と比較して独特である様子を指してそう言うわけだが、その観点で言えば、岡野の歌声は独特と言うのではなく、ちゃんと歌える人が持つ歌声の最上位にあるような──そんな言い方が当てはまる気もする。真っ当に歌って、それが特徴になるシンガーという言い方でもいいだろうか。そんなアーティストは彼の他にはちょっと思い浮かばない。
歌声を最大限に活かした旋律

岡野昭仁の歌声の特徴を上手く言葉で表現できたかどうかと言うと自信はないけれども、ポルノグラフィティというバンドは彼の歌声が推進力ではあったことは、これまた間違いないようである。ファンならばよく知るエピソードに、もともとヴォーカルを担当した新藤晴一(Gu)がコーラスとして岡野を誘ったところ、彼の歌の方が上手かったので新藤がヴォーカルを岡野に譲り、ギターに専念したという話があるそうだ(BUCK-TICKにもGLAYにも似たような話があるけれども、大成するバンドはバンド内でのヴォーカル交代が必要条件なのだろうか…)。また、筆者はここまでポルノグラフィティを自発的に聴いたことがない門外漢であることを白状するので、以下、書き手が半可通以下であることを前提にお読みいただきたいのであるが、彼らのメジャーデビューに当たっては、やはり岡野の歌を前面に出すようなスタッフワークがあったような節がある。

これもファンならばご存知のことと思うが、当初、彼らのデビュー曲は、『ロマンチスト・エゴイスト』にも収録されているM3「ヒトリノ夜」がその候補ではあったけれども、“1stはインパクトが強い曲にすべき”ということでM9「アポロ」がデビュー曲となったという経緯があるそうだ。「ヒトリノ夜」は軽快なR&R。さわやかさの中にも若干のウエット感もあるメロディーで、決して悪い楽曲ではない(実際、「ヒトリノ夜」は2ndシングルになったのだから何をかいわんや…である)。だが、「アポロ」に比べると、Aメロの抑揚がやや薄い。Aメロの後半がわずかに平板だと思う。メロディーの抑揚があるほうが歌声は目立つ。加えて、「アポロ」は所謂サビ頭の楽曲であるからして、どちらをデビュー第一弾に選ぶかとしたら、「アポロ」に軍配が上がるのは自然なことだと思う。「ヒトリノ夜」はインディーズ時代から存在していた曲だというから、メンバーにとって思い入れも強かったであろうが、そこで「ヒトリノ夜」ではなく、「アポロ」を選んだというのは、バンド優先ではなく、楽曲優先、歌メロ優先の姿勢の表れであって、もっと言えば、それを歌う岡野のヴォーカリゼーションを前に出す方策でもあったように思う。

また、「ヒトリノ夜」は作曲クレジットが“ak.homma”となっているので、インディーズ時代からのあった楽曲だとはいえ、ak.homma=本間昭光氏の手による相当なブラッシュアップがあったことをうかがわせる。作曲にその名があるのだから、どの程度なのかは分からないが、氏がメロディーを創り上げたのは確実である。全13曲のうちM1「Jazz up」、M4「ライオン」、M8「デッサン#1」、M10「ラビュー・ラビュー」、M11「ジレンマ(How To Play “didgeridoo” Version)」の5曲が“シラタマ”=Tama(Ba)の作曲。メンバーが作曲を手掛けたナンバーが4割以下である。全てのバンドが自作自演でなければならないことはないが、同時代にデビューしたバンド、あるいは同世代のバンドと比べて、自作の比率が低いのは明白であろう。ak.hommaだけでなく、M13「ロマンチスト・エゴイスト」では、“Ryo”=吉俣良氏が作曲を手掛けている。この辺からも楽曲優先の姿勢をうかがうことができると思う。
ロックへの敬意を随所に散りばめて

では、『ロマンチスト・エゴイスト』が岡野昭仁の歌声だけに主眼を置いたヴォーカルアルバムになっているかと言えば、そうではない。かなり手の込んだ…と言えばいいか、実にバラエティー豊かなロックアルバムである。オープニングであるM1「Jazz up」は軽快なブラスが入ったリズム&ブルース的ポップロックチューン。アルバムのド頭からエンターテインメント性にも長けた、スケールの大きいバンドであることが示される。そこから一転、M2「Century Lovers」は同期入りの四つ打ちダンスナンバー。イントロはシンセが前面でロボ声も入っているなど、M1とは真逆とも言えるサウンドアプローチが面白い。同期が入っているとは言っても、アコギのカッティングがしっかりと自己主張しているなど、ボトムはちゃんとバンドサウンドが支えていることも分かる。M3「ヒトリノ夜」を挟んで、M4「ライオン」は完全にLed Zeppelinへのオマージュを捧げたと思われるナンバー。リズムが若干変拍子気味なのもZEPを感じさせるし、間奏はモロにJimmy Pageだ(ライヴでは「Whole Lotta Love」の間奏を弾いたこともあったというから、完全に確信犯だったようだ)。

M5「憂色〜Love is you〜」はハードロックではあるが乾いたアコギのストロークやスネアの音にサザンロックを感じなくもないし、M6「Heart Beat」はファンクでありながらも大胆にデジタルを取り入れている。ギターのリフがモッズ的なM7「マシンガントーク」。アメリカンハードロック風なミディアムM8「デッサン#1」。M9「アポロ(New Apollo Project Version)」から続くM10「ラビュー・ラビュー」は、ボサノヴァタッチのギターも印象的なポップンソウル。オーストラリアの先住民、アボリジニの楽器である“ディジュリドゥ”を同期のリズムに合わせるという革新的なイントロから始まり、本編はオールドスクールなロックであるM11「ジレンマ(How To Play “didgeridoo” Version)」、ややサイバーな味付けが感じられるM12「リビドー」、歌へ絡むブルージーなギターにやや泥臭さが感じられるタイトルチューンのM13「ロマンチスト・エゴイスト」…ざっと紹介しただけでも、随分とバラエティー豊かであることがお分かりいただけると思う。メロディーがポップで、親しみやすいものばかりであって、そこで一本筋が通っているものの、サウンド面はいい意味でバラバラと言っても過言ではないだろう。これがデビューアルバムなのだから、バンドの懐の深さ、ポテンシャルの高さを示すに十分すぎるほどだ。

この辺はアレンジャーのak.homma=本間昭光氏の手腕によるところも大きかったのだろうが、さりとて氏の趣味に任せてやったことではないこともまた明白だろう。岡野昭仁、新藤晴一のふたり、つまりメンバーが手掛けた歌詞でそれを裏付けることができると思う。

《ディランはこんなふうにうたってる/そうさ「答えは風に舞ってる」って》《ジョンがみつけたシンプルなこと/それは「愛とは―愛されたいと願うこと」》(M2「Century Lovers」)。

《愛のために(love up journeyman)/何が出来る(like a jumping jack)》《愛の前に(love up Ramblingman)/ひざまずけ(like a Tumbling dice)》(M11「ジレンマ」)。

《ジャニスジョプリンのような声で本能へと蹴り込んでくれないか?》(M12「リビドー」)。

ディランはBob Dylanで、「答えは風に舞ってる」は「Blowin’ in the Wind」の歌詞からの引用。ジョンはJohn Lennonで、同じく「愛とは―愛されたいと願うこと」は「Love」からの引用である。ジャニスジョプリンは説明不要だろう。「ジレンマ」のサビのコーラスパートは──『journeyman』はEric Claptonのアルバム名、「jumping jack」「Tumbling dice」はThe Rolling Stonesの曲名(「Tumbling dice」はそのまま、「jumping jack」は「Jumpin’ Jack Flash」から)、「Ramblingman」はThe Allman Brothers Bandの曲名を拝借している。M4「ライオン」が確信犯的なLed Zeppelinへのオマージュであったと同様、それと分かるように伝説のロックアーティストに敬愛を捧げている。

また、これは歌詞ではないが、M2「Century Lovers」の《言葉が胸で大渋滞 クラクションたたくよ》のあとでThe Beatles「Drive My Car」の《Beep beep’m beep beep》を模したコーラスを入れるなど、随所々々で遊び心を露呈している。伝説のアーティストたちが歩いて来たロックの地平に自分たちも立てている喜びを、プロデューサー、アレンジャー、エンジニアらと一緒になって音楽で表現しているかのようで、聴いているこちらも楽しくなってくる。メンバーの心意気がスタッフに伝播してこうした作品になったことを勝手に想像してしまうが、そうした塊具合というか、一丸感といったものが強烈に感じられる、実にいいアルバムだと思った。
TEXT:帆苅智之
アルバム『ロマンチスト・エゴイスト』
2000年発表作品

<収録曲>

1.Jazz up

2.Century Lovers

3.ヒトリノ夜

4.ライオン

5.憂色〜Love is you〜

6.Heart Beat

7.マシンガントーク

8.デッサン#1

9.アポロ(New Apollo Project Version)

10.ラビュー・ラビュー

11.ジレンマ(How To Play “didgeridoo” Version)

12.リビドー

13.ロマンチスト・エゴイスト


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