キャンディーズの7thアルバム『夏が来た!』に現在まで続くアイドルグループの原型を見る

2019年5月29日 / 20:00

元キャンディーズの伊藤蘭が5月29日、アルバム『My Bouquet』をリリースした。今作は何と彼女のソロ歌手としてのデビュー作。1978年のキャンディーズ解散後、41年振りの歌手活動再開だという。となれば、当コラムとしてもキャンディーズを取り上げないわけにはいきますまい。というわけで、今週はアイドルグループのレジェンド中のレジェンドのアルバムをピックアップ!
伝説的女性アイドルグループ

人気絶頂であった1977年に突然の解散宣言。そこでメンバーのひとり、伊藤蘭が泣きながら叫んだ“普通の女の子に戻りたい!”が当時の流行語になったと言えば、現在50歳くらいまでの人、即ち1970年以前に生まれた人であれば“そうそう”とうなずくところだろう。しかしながら、逆に言えば、アラフィフ以下の人にとっては、如何にキャンディーズが伝説的アイドルグループだったと言ったところでピンと来ないような気もする。

何しろキャンディーズは解散後、一度も再結成していない。藤村美樹は1983年に、田中好子は1984年に、それぞれ歌手活動を行なっているものの、藤村の場合は期間限定での歌手活動であって、その後、間もなく結婚し、芸能界を引退している。田中はその後、女優としての活動を本格化させていったので、両者共に歌手としての活動は極めて短かった。伊藤に至っては今回発売されたアルバム『My Bouquet』がキャンディーズ解散後、41年目にして初のソロ音楽活動である。3人の内の誰かひとりでも長く歌手活動をしていれば、“あの歌手が在籍していたグループね”と認識されることも多かったのだろうが、伊藤も田中も役者として大成したため、過去の歌手活動、つまりキャンディーズにスポットが当たることが少なくなっていったようなところはあると思う。

また、キャンディーズには所謂“記録”がなかった。「年下の男の子」(1975年)を始め、「春一番」(1976年)、「やさしい悪魔」「暑中お見舞い申し上げます」(共に1977年)とヒット曲は多かったものの、チャート1位となったシングルは何と「微笑がえし」(1978年)のみ。ラストシングルが最初で最後の1位であった(ちなみにアルバムでは、1978年4月4日の解散コンサートが収録された『キャンディーズ ファイナルカーニバル プラス・ワン』が初登場1位となっている)。

同時期のアイドルグループとして比較される向きもあるピンク・レディーが、1978年に「UFO」「サウスポー」「モンスター」と年間シングルチャートのトップ3を独占していることと比べると(どちらがどうという優劣の話ではなく、記録という意味で)対照的ですらある。もっとも、キャンディーズは1973年デビューで、ピンク・レディーは1976年デビューと、キャンディーズの方が3年先輩にあたるわけで、単純な比較は無理のある話で、“織田がつき羽柴がこねし天下餅すわりしままに食うは徳川”ではないが、連続する歴史の中で共に歌謡シーン、芸能史を築いてきた存在であったと見るのが正解だろう(それで言えば、ザ・ピーナッツがつきキャンディーズがこねた…といった感じだろうか)。

解散後にメンバーの歌手活動がほとんどなかったことに加えて、現役時代の目に見える記録がなかったことで、公に語られる機会が必然的に減っていったと思われるキャンディーズだが、同じ時代をリアルタイムで過ごした人たちにとってその印象は極めて鮮烈だったようだ。最近こんな話を聞いた。とんねるずの木梨憲武が俳優の水谷豊と親しくなったばかりの頃、水谷から氏の自宅に招かれた時、“蘭さん、いるんですよね? 水谷さん、すみません。俺、いいです”とそのお誘いを断ったという。水谷の奥様は、言わずもがな、元キャンディーズの伊藤蘭である。

何でも、とんねるずの番組に伊藤蘭がゲスト出演した際、彼女を目の前にした木梨は、本人曰く“パニくって何か変になった”そうで、水谷邸に行くとまた変になっちゃうと思ったとか。メディアに出て傍若無人に振る舞うのも、とんねるずの芸のひとつだが、そんなとんねるずの木梨をパニックにさせるのだから、氏がリアルタイムで目の当たりにしたキャンディーズのインプレッションが如何に強烈であったのかが計り知れようというもの。その後、徐々に慣れていったということだが、木梨は水谷にキャンディーズのCDとペンを渡して“ちょっとこれに3人のサインもらってきて”と頼んだこともあるそうで、そのサインは今も自宅に飾ってあるという。これは一例であって、しかも有名人の特異な例であるかもしれないけれども、不可侵なキャンディーズの思い出は、直撃世代のファンの数だけあるような気がする。
若きムーンライダーズが参加

ベタな言い方をすると記録より記憶に残るグループだったと言えなくもないキャンディーズであるからして、彼女たちが遺したアルバム作品の中から代表作をひとつに絞るのはなかなか困難だ(筆者は彼女たちの直撃世代ではないので尚更のこと)。通常このコラムでの作品のチョイスは、“このアーティストならこれしかない”という誰もが認める作品か、それが選べない場合は初ミリオン作とか、ミリオンでなくともブレイクのきっかけとなったナンバーが収録されている作品とか、初のチャート1位獲得作とか、そういった観点で作品を絞っている。前述したライブ盤『キャンディーズ ファイナルカーニバル プラス・ワン』でもよかったのだが、ライブ音源2枚+スタジオ録音1枚というのは、半可通には手に余る。荷が重い。即ち気も重い…などと思いつつ、キャンディーズのディスコグラフィを眺めていると、“7枚目のアルバム『夏が来た!』にムーンライダーズが参加している”という記述を見付けた。

収録曲のクレジットを見てみると、M5「さよならバイバイ」とM10「MOON DROPS」の編曲が“鈴木慶一とムーンライダース”名義。また、M5とM9「季節のスケッチ」が1977年までムーンライダーズのギタリストであった椎名和夫が作詞作曲を手掛けたナンバーで、M10とM11「雨の日に偶然」の作曲者が同バンドのキーボーディストの岡田徹とある。“鈴木慶一とムーンライダース”がアルバム『火の玉ボーイ』でデビューしたのが1976年1月で、キャンディーズの『夏が来た!』の発売が1976年7月。はちみつぱいからの流れを考えると日本ロック史の重要バンドのひとつと言えるムーンライダーズとはいえ、その頃はまだ新進気鋭と言っていい存在だったであろう。鈴木慶一の他、当時のムーンライダーズのメンバーは1975年からアグネス・チャンのバックバンドを務めていたそうで、そうした活動の経緯からキャンディーズ作品への参加することになったのだろうが、彼らの起用が英断ではあったことは想像するに難くない。その辺の興味から、今回は極めて独断的に7枚目のオリジナルアルバムである『夏が来た!』を取り上げることにした。

というわけで、そのムーンライダーズ関連作から見ていこう。まずM5「さよならバイバイ」から。イントロのキーボード(シンセ?)を左右に振った音作りをしている辺りから何とも幻想的。そこにパーカッシブなリズム、ギターのカッティング、流麗なストリングス(たぶんバイオリン)が重なっていく。いずれも派手に自己主張しているわけではないが、なくてはならない音としてそこに存在している。ムーンライダーズのファンはニヤリとさせられること間違いなしのサウンドではなかろうか。それでいてメロディーはメジャー感があってポップ。可愛らしい印象だ。サビあとにCメロ(大サビ)が用意されているのもドラマティックでいい。歌詞は今で言う“ツンデレ”で、先見性があった…とは流石に言い過ぎだろうが、そうした女性アイドルグループならではのコケティッシュさを助長したと思われる。

同じく“鈴木慶一とムーンライダース”が編曲したM10「MOON DROPS」もムーンライダーズ的というか、M5以上にバンドサウンドであることが分かるナンバーだろう。テンポは緩いが実にグルービーである。楽曲が進むに従って各パートがフリーキーになっていくというか、熱が高まっていくような印象もある。まぁ、そうは言っても、それはロックバンドのようなものではなく、もちろんキャディーズの歌唱を妨げるまでにはなってないのだけれども、多彩に奏でられるギターや巧みなコーラスワーク、サイケデリックな味付けを含めて、そのサウンドメイキングにバンドの矜持を感じるところではある。アイドルグループの楽曲は今も基本的には歌の旋律や歌詞の物語性が最重要であろうし、少なくとも当時はそこまでサウンドが重要視されていなかったであろうが、ここまで仕上げたムーンライダーズもすごいが、それを受け止めたキャンディーズも懐が深かったということだろう。
サウンドも歌唱もバラエティ豊か

このムーンライダーズが参加した楽曲たちもいいのだが、アルバム『夏が来た!』これ以外にも聴き流せないナンバーが連なっている。ひいては、そこがキャンディーズのおもしろさとも言えるだろうか。ブラスもストリングスも入ってゴージャスに仕上げられたディスコティックなM1「HELLO! CANDIES」。同じくディスコティックだが、アナログシンセらしい音作りと、バンドサウンドの生々しさがマジでカッコいいソウルナンバー、M2「危険な関係」。その一方、タイトルチューンでもあり、10枚目のシングル曲でもあるM3「夏が来た!」では、この時期によくあったと思われる、フォークソングのロックバンド的なアレンジを見せているし、フルートを取り入れたアダルティなM4「MY LOVE」はしっとりと聴かせるといった具合に、実にバラエティー豊かだ。さらに件のM5を経て、M7「SAMBA NATSU SAMBA」では文字通りのサンバ、M8「行きずりの二人」ではブルース・フィーリングあるR&Rと、多彩なサウンドはまだ続いていく。

M3「夏が来た!」はシングル曲なだけあってか、さすがにキャンディーズ王道とも言えるポップなメロディーラインだし、M9「季節のスケッチ」もいい意味でアイドル歌謡っぽく、コーラス、スキャットを含めて妙な安心感がある。その上で、日本の童謡のような雰囲気を持ったM6「めぐり逢えて」や、旋律に昭和歌謡特有(と言っていいだろう)のいなたさが感じられるM12「恋はサーフィンに乗って」もあったりするから、歌のメロディもいろいろあって楽しいところだ(ちなみにM12は某国民的バンドの某氏が自身の楽曲で参考にしたとかしなかったとか…)。3人それぞれがメインヴォーカルを務めている楽曲がある上、3人で歌うパートでもユニゾンがあったりハモリがあったりと、ボーカルパフォーマンスも多岐にわたっているのは、シンガーグループの面目躍如たるところだったであろうか。

ただ、その歌唱が完璧だったかというと、少なくともこの『夏が来た!』では未だ微妙なところがあったことは否めないし、サウンドはバラエティに富んでいるといっても、逆に言えば整合性が取れていたとは言い難い部分もあるとは思う。聞けば、それまでプロデュースを手掛けていた穂口雄右氏が「夏が来た!」を最後に一旦キャンディーズから離れ、『夏が来た!』はその後に制作されたアルバムということで、想像するに少なからず混乱したようなこともあったのだろう。

しかしながら──これもまた想像でしかないが──『夏が来た!』でバラエティ豊かな作家陣が参加したことは、のちに「やさしい悪魔」で吉田拓郎が作曲を手掛けることにも関係したような気もする。アイドルグループの楽曲をロックバンドのメンバーが提供することが今は何ら珍しいものではなくなっているが、『夏が来た!』以降のキャディーズの動きはその先駆だったと言える。そして、そのことは現在のアイドルの盛り上がりとまったく無縁とは言い切れまい。そんな風に考えると、冒頭でキャンディーズを記録より記憶に残るグループだったと言ったが、記憶はおろか、そのDNAは今もあまた居るアイドルミュージシャンに連なっていると言えるし、その原型だったと言っても過言ではないかもしれない。
TEXT:帆苅智之
アルバム『夏が来た!』
1976年発表作品

<収録曲>

1.HELLO! CANDIES

2.危険な関係

3.夏が来た!

4.MY LOVE

5.さよならバイバイ

6.めぐり逢えて

8.行きずりの二人

9.季節のスケッチ

10.MOON DROPS

11.雨の日に偶然

12.恋はサーフィンに乗って


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