「どんなときも。」で見せたアーティスト・槇原敬之の本質を丁寧に作品へと映させた『君は誰と幸せなあくびをしますか。』

2019年5月22日 / 19:00

“ボーっと生きてんじゃねーよ!”が昨年の流行語にも選ばれたことで知られるNHK総合のテレビ番組『チコちゃんに叱られる!』。その番組内で、縁側に座るチコちゃんと岡村隆史さんに視聴者からの手紙を届けている黒い鳥“キョエ”が、何とシングルをリリースした。5月22日に発売された「大好きって意味だよ」がそれ。作詞作曲は槇原敬之で、老若男女問わず誰もが口ずさめるような、彼らしい親しみやすい楽曲である。そんなわけで今週は、槇原敬之の初期作品にスポットを当ててみることにした。
「どんなときも。」発表後の 2ndアルバム

アルバム『君は誰と幸せなあくびをしますか。』を聴いてちょっと気になったことがあるので、改めて言うことでもないかなとは思いつつ、まずはそこから書こう。このアルバムはオープニングがM1「どんなときも。[インストゥルメンタル・ヴァージョン]」で、ラストがM11「どんなときも。」である。シングルがヒット中だったとあって、ここぞとばかりに同曲を推してきたのだろうが(ちなみにシングルは1991年6月10日発売で、アルバムは同年9月25日発売)、同曲をちゃんと聴いてみて、“やはり”と言うか何というか、具体性に乏しい歌詞であることを再確認した。いい意味で観念的というか概念的なのである。

《僕の背中は自分が思うより正直かい?/誰かに聞かなきゃ不安になってしまうよ/旅立つ僕の為にちかったあの夢は/古ぼけた教室のすみにおきざりのまま》《あの泥だらけのスニーカーじゃ追い越せないのは/電車でも時間でもなく僕かもしれないけど》

《もしも他の誰かを知らずに傷つけても/絶対ゆずれない夢が僕にはあるよ/“昔は良かったね”といつも口にしながら/生きて行くのは本当に嫌だから》《消えたいくらい辛い気持ち抱えていても/鏡の前笑ってみるまだ平気みたいだよ》(M11「どんなときも。」)。

《“昔は良かったね”》~《本当に嫌だから》なんて言っていることから過去に思いを寄せていることは分かる。《教室》や《スニーカー》というワードからするとその過去は学生時代のことであるとは推測できるけれども、どのくらい前のことなのか、中学校なのか高校なのかよく分からないし、もしかすると小学校なのかもしれない。

《どんなときもどんなときも/僕が僕らしくあるために/「好きなものは好き!」と/言えるきもち抱きしめてたい》《そしていつか誰かを愛し/その人を守れる強さを/自分の力に変えて行けるように》(M11「どんなときも。」)。

“好き”や“愛”という言葉もあるのでパッと聴きラブソングのように思ってしまう瞬間はあろうが、ここで《抱きしめてたい》と言っている《「好きなものは好き!」と/言えるきもち》は他者を対象としたものであるとは限定されていない。“愛”にしても《いつか誰かを愛し》なのだから、それはこの歌詞の中でリアルタイムに進行しているものではないようだし、《自分の力に変えて行けるように》とあるので──こう言っては何だが、物語というよりは、願望や決意と言っていいものである。少なくともラブソングと断言できるような要素はない。個人的には尾崎豊「僕が僕であるために」(1983年・アルバム『十七歳の地図』収録)に近いスタンスではないかと考える。…と思って、「僕が僕であるために」を聴き直してみたら、同曲には《別れ際にもう一度 君に確かめておきたいよ/こんなに愛していた》《慣れあいの様に暮しても 君を傷つけてばかりさ/こんなに君を好きだけど 明日さえ教えてやれないから》とあるから、尾崎のほうはわりと恋愛要素が強かった。どちらがどうだというわけではないけれども、歌詞だけに話を絞れば、恋愛要素が薄い分、意外なことに「どんなときも。」のほうが硬派ではある(個人の感想です)。
「どんなときも。」のヒット、 実は異例!?

この「どんなときも。」は槇原敬之最大のヒット作であり、自身初のチャート1位楽曲かつ初のミリオン作である。こうして歌詞をまじまじと考察していると、“当時はこういうタイプの歌詞が支持される要因が何かあったんだっけな?”との思いも首をもたげてきた。そこで、同曲が発表された1991年の年間シングルチャートも調べてみた。1位が小田和正「Oh! Yeah!/ラブ・ストーリーは突然に」で、2位CHAGE&ASKA「SAY YES」、3位 KAN「愛は勝つ」。「どんなときも。」はそれらに次ぐ4位で、以下、5位 ASKA「はじまりはいつも雨」、6位小泉今日子「あなたに会えてよかった」、7位B’z「LADY NAVIGATION」、8位長渕剛「しゃぼん玉」、9位DREAMS COME TRUE「Eyes to me/彼は友達」、10位B’z「ALONE」と、見事にラブソングが並んでいる。「愛は勝つ」もわりと概念的な歌詞だが、《Carry on carry out/傷つけ傷ついて愛する切なさに/すこしつかれても Oh もう一度夢見よう/愛されるよろこびを知っているのなら》とあるから、ラブソング寄りであろうし、8位の「しゃぼん玉」にしても、《ほんの一瞬でも お前を愛せてよかった/枯れ果ててしまっても 温もりだけは残ったよ》とのフレーズが見出せる。やはりいつの時代も流行歌の基本は恋愛であることが分かるし、そう考えると「どんなときも。」のヒットはこの時期においてはやや特異なことであったと言えるかもしれない。

まぁ、とはいえ、ラブソングでなくても、年間チャート上位のヒット曲となることがないわけではない。図らずも「どんなときも。」発表の前年である1990年の年間1位はB.B.クィーンズ「おどるポンポコリン」だし、同年の4位はたま「さよなら人類/らんちう」だったりする。しかしながら、前者はテレビアニメ『ちびまる子ちゃん』、後者は“イカ天”ブームがヒットの要因であることは間違いなく、それが楽曲そのものの良さを強力に後押しした格好だった。その点で言えば、「どんなときも。」にも何かタイアップがあったのかと調べてみたら、金子修介監督による織田裕二主演映画『就職戦線異状なし』主題歌だったとある。筆者はその映画を観たのことがないので作品の良し悪しに関しては何とも言えないが、邦画の歴代興行収入の上位にランクインされている作品ではないし、熱量の多いファンを擁したカルトムービーである…というような話を聞いたことがないので、『就職戦線異状なし』が「どんなときも。」のセールスを後押ししたとは考えづらい。また、複数の企業がCMソングに起用しているが、それはのちの話。いずれも2000年以降のことである。つまり、「どんなときも。」のヒットはほぼタイアップとは無縁と言っていいのである。これは相当にすごいことである。

「どんなときも。」は槇原敬之自身初のチャート1位獲得楽曲であるばかりか、初めてチャートインしたシングルである(それ以前に発表したシングル2作はいずれも100位以下)。それをいきなり1位に叩き込んでいる。しかも、1位となったのは発売から約1カ月半後。ロングセラーを記録して、翌年1992年に選抜高等学校野球大会の入場行進曲にもなっている。冷静に考えたら偉業に近いことではないかとすら思う。この頃、他に聴くべき曲がなかったかと言えばもちろんそんなことなく、前述の通り、他にもヒット曲は多々あった。そんな中で、ほぼノンタイアップの楽曲がヒットしたというのは、これはもう楽曲のポテンシャルが相当に高かったことに他ならないと思う(それ以外に何か要因があって、それを知っている人がいたらぜひ教えてほしいほどだ)。
リスナー納得の丁寧なアルバム

M1「どんなときも。[インストゥルメンタル・ヴァージョン]」から始まる『君は誰と幸せなあくびをしますか。』。当時、本作を手にしたリスナーのほとんどはシングルヒットから槇原敬之に興味を持った人たちであっただろうから、その期待を裏切らないオープニングである。そこから続くM2「僕の彼女はウェイトレス」も同様だ。全体的にはソフトな久保田利伸、あるいはソフトな岡村靖幸といった印象のファンキーでソウルフルなナンバーで、若干アップテンポではあるものの、パーカッションが醸し出すダンサブルさが「どんなときも。」を彷彿させる。そこに槇原敬之特有の癖の少ない歌い方が重なると、高揚感と同時に不思議な安心感が生まれるのである。

以降、M3「AFTER GLOW」は子供の頃にYMOに衝撃を受けたというだけあって、「NICE AGE」(というよりも「(JINGLE “Y.M.O.”)」か)的なイントロに始まって「THE END OF ASIA」風のサウンドを聴かせていたり(いずれの楽曲も1980年のYMOのアルバム『増殖』収録)、M7「ひまわり」ではウォール・オブ・サウンドやサイケデリックロックを意識したようなサウンドがあったりするものの、何と言うか、そこが妙に突出した感じがないのである。M9「3月の雪」などはヴォーカルの旋律がややコンテポラリーR&B風で、コーラスワークにもドゥワップ的な要素を見出すこともできるが、それも強いて言えばそう思える…といった程度であって、マニアックに追及しようと思えばできるところをそうはしていない。M4「Necessary」で雨音、M5「満月の夜」で混線気味のラジオのチューニングの音、M8「CALLIN’」で電話のコール音と、SEを多用しているので、楽曲の世界観を膨らませる意識があるにはあったのだろうが、だからと言って必要以上にサウンドメイキングには固執していない印象なのである。

それによって何が強調されているかと言えば、これはもうメロディーと歌詞だと思う。もっと言えば、彼は楽曲制作においては歌詞先行、所謂“詞先”だというから、そもそも強調しているのは歌詞が描き出す物語やメッセージということになろう。逆説的な意味で、M10「僕は大丈夫」を聴けば、それがより理解できる気はする。M10「僕は大丈夫」はアレンジに服部克久氏が参加しているだけあって、ピアノ~ストリングス、さらにはブラスも入って来るという、ゴージャスな音作りが成されており、そのゴージャスなサウンドがこの楽曲の特徴である。その一方、歌詞は彼の作るものの中でも最も言葉数が少ない部類ではなかろうかと思うくらい短く、シンプル。もしもM10「僕は大丈夫」が言葉が多く、なおかつそこに物語性があったとするとこういうアレンジにはならなかったような気はしてならない。

まぁ、だからと言って、M10「僕は大丈夫」のサウンドがトゥーマッチだったかと言えばさにあらずで、このあとでラストM11「どんなときも。」へとつながっていくことを考えると、この流れは正解だったと言える。曲順はこれがベストであっただろう。このアルバム自体がシングル「どんなときも。」のヒット後に発売されたものだと冒頭で述べた。制作サイドにしてみれば(本人にとってもそうだったかもしれないが)槇原敬之というアーティスト像を多くのリスナーに印象付ける好機と感じていたに違いない。

オープニンでのM1「どんなときも。[インストゥルメンタル・ヴァージョン]」から始まり、物語やメッセージが強調されたさまざまな楽曲を経て、再びサウンドが強調されたM10「僕は大丈夫」を迎え、そこからM11「どんなときも。」が聴こえてくる。槇原敬之というアーティストの本質を肌感覚で理解していくようなとても丁寧な作りだ。それまでチャートとは無縁だった人が突然チャート上位にランキングされたりすると、その後はさっぱり…という、所謂“一発屋”となることは少なくないが、槇原敬之はそうなることはなく、今も日本のミュージックシーンにおいて欠くことができないシンガーソングライターであるのは、彼が不世出の音楽家であると同時に、「どんなときも。」のヒット後に『君は誰と幸せなあくびをしますか。』というアルバムがあったからではないか──今回、本作を聴いてそんな思いを強くした。
TEXT:帆苅智之
アルバム『君は誰と幸せなあくびをしますか。』
1991年発表作品

<収録曲>

1.どんなときも。[インストゥルメンタル・ヴァージョン]

2.僕の彼女はウェイトレス

3.AFTER GLOW

4.Necessary

5.満月の夜

6.EACH OTHER

7.ひまわり

8.CALLIN’

9.3月の雪

10.僕は大丈夫

11.どんなときも。


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