まるで21世紀のスワン・ソングのように響くジュリアン・ベイカーの歌。時代を呼吸するシンガー・ソングライターの生々しい声に耳を傾ける雪の降る夜

2019年2月10日 / 11:40

 立て掛けられたギターと電気ピアノが置かれただけの簡素なステージ。ヴァイオリニストのアイシャ・バーンズと共に今宵のアクトレスがステージ横の階段を降りてきた。

 きっとノー・メイクに違いない。グレイのシャツに黒のパンツ。飾り気のない佇まいのままステージに上がった彼女は、マイクの前に歩み寄ると足元のアタッチメント・ボードを少し神経質に操作しながら、おもむろにテレキャスターの弦を震わせる。少しずつ広がっていく、まるでダニエル・ラノアがミキシングしているようなスピリチュアルな響き。会場の温度を変えていく音が僕の胸にこびり付いていた“錆び”を剥がしていく。それから間を空けず、生温かさとほんの少しの湿度を感じさせるほの暗い声が発せられていく……。

 ジュリアン・ベイカー。テネシー州メンフィス出身のシンガー・ソングライターが紡ぐ言葉に、会場はセンシティヴな空気に満たされていった。

 それは、まさに“救いの歌”――混迷を極める世界に放たれる、儚くも強い精神性を滲ませる歌。憎悪や悲しみの連鎖に振り回され、信じていたものが目の前で崩れていくのを呆然と見つめるしかない無力感を抱えた人たちと同じ目線で綴られる歌。

 決して豊かな声でもなく、卓越した歌いまわしもない。しかし、赤裸々な感情と理知的な思考の際どいバランスによって成立している詞と音が、理屈抜きで聴き手の胸に深く食い込んでくる。

 2015年にインディーズからリリースした『Sprained Ankle』でデビューし、ストイックなギター・サウンドとプライヴェートな苦しみを綴った言葉が、感受性の鋭い人たちの耳を惹きつけたジュリアン・ベイカー。17年にはセカンドの『Turn Out The Lights』をドロップし、その生々しさが絶賛された。タイトル曲は透明感のあるアルペジオに乗せて内省した心を聴かせながらも、後半に向かって解き放たれていくエモーションとクッキリした輪郭が、身近な“ストーリー”を喚起していく。その自然体で独特な世界観に込められている焦燥や哀しみや抑圧。そして、それらを乗り越えていこうとする、ささやかな強さ――。痛みを抱えたリスナーにそっと寄り添ってくれるジュリアンの歌は、もしかすると分断の時代のスワン・ソングなのではないか? 耳を傾けていると、そんな前のめりになりがちな想いまでもが込み上げてくる。

 トランプ大統領が声高に叫ぶ「アメリカ・ファースト」の旗の下、自国内に起きている社会の亀裂や軋みを肌で感じながら歌を紡ぐ、弱冠23歳のジュリアン。昨年の10月には彼女を核とする3人の女性シンガー・ソングライター・ユニット=Boygeniusが同名の6曲入りシングルをドロップし、女性ならではの繊細な感受性をベースとしたメッセージを伝えていた。そんな活動も敏感な感性を持つリスナーに注目されているジュリアンが、初来日からたった1年のインターヴァルで日本に戻って来てくれた。前回、東京と大阪のハコをソールド・アウトにし、日本でも一躍“時代の声”と認識されるようになった彼女が、今回は9日(東京)と12日(大阪)に『ビルボードライブ』でじっくりと聴かせてくれる。

 自身の気持ちと真摯に向き合い、それをどれだけシンプルかつ直接的に表現していけるか――ジュリアンのライブは、敢えてそんなテーマに挑戦しているようにさえ見える。だから、奏でられるギターもピアノも「簡素」という表現が最も適切に感じられる。しかし今、この響きと感情の吐露こそが、時代を大きく揺さぶるのではないか。彼女の歌を聴いていると、僕の胸の内にはそんな想いが息苦しいほど膨らんでいく。

 表現者と聴き手が時間と空間を共有するライブという特殊な環境の中で、彼女の歌は圧倒的に生々しく、ときには干からびた心を逆なでしたリ、慰めてくれたりする。気が付けば無防備の心を曝け出したリスナーたちを大きく揺さぶり、渇いた日常の中で萎えてしまっていた感性にドキドキするほどの刺激を与えてくれる。

 初っ端と中盤に数曲ずつ、アイシャのヴァイオリンがジュリアンの歌に抒情的な旋律を絡めていく。しかし、大半の曲は彼女のギターか鍵盤のみで奏でられ、淡々と進行していく。だが、決して退屈ではなく、むしろ一瞬たりとも目が離せないほどの緊張感と、漠とした陰影に彩られている。ときには落ち着かなくなるほど、崩れ落ちそうに際どい瞬間や、鳥肌が立つほど不気味な一瞬が、前触れもなく訪れる。しかし、曲を重ねていくにしたがい、ジュリアンの歌はどんどん自由度を増し、奔放に羽ばたいていく。マイクから距離を取り、か細く小さな身体からブレることのない意思を投影した声を吐き出していく。でも、そこには微かな甘い空気も漂っていて……。

 終盤になり、ステージ後方のカーテンが開くと、ガラス越し一面に細かい雪が舞う白い世界が目の前に広がった。張り詰めた景色とジュリアンの声が瞬時にシンクロし、硬質な意思を湛えた歌が結晶化したように感じられた75分のステージは、詰めかけた人たちを釘付けにしていた。

 凍える夜に堪能したジュリアン・ベイカーの歌は、2月12日(火)に大阪でも聴くチャンスがある。萎えた意識を覚醒させる彼女の声を肌で感じることのできる貴重なステージを、ぜひ、肉眼で確認して欲しい。

◎公演概要
【ジュリアン・ベイカー】
ビルボードライブ東京
2019年2月9日(土)※終了

ビルボードライブ大阪
2019年2月12日(火)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30

URL:http://www.billboard-live.com/

Photo:Yuma Totsuka

TEXT:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。立春を過ぎ、暦の上では「春」ですが、細かい雪が路上のクルマに積もったりもするこの時季。身体を温めてくれるデザートとして美味しいのが焼き芋(笑)。癒し系の甘さとしっとりした舌ざわりに合わせたいと夢想してしまうのが、ソーヴィニヨン・ブランとセミヨンで造られるボルドーの白ワイン。例えばメドック地区A.O.Cサン・ジュリアンの4級格付け『Chateau Talbot Caillou Blanc』ようにドライでミネラリーながら、桃や白い花のアロマが香る品のいい味わいは、スウィート・ポテトと相性がよさそう。思わず試してみたくなるマリアージュです。


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